町山智浩 『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』文芸春秋 2008
アメリカは自由の国だ。考えられないようなバカな事をする自由も堂々と許されている。これは’00年代における、アメリカで観察されたおバカを町山智浩が特集した一冊である。悪口がたくさん並べられているが、その内のいくつかを要約して紹介する。作者の町山智浩は1962年、早稲田大学法学部卒業、映画評論家、バークレー在住とある。映画評論の他に社会評論も多い。
● GMのおバカさん
GM(ゼネラルモーターズ)は20世紀の終わりに、10億ドルもかけてEV1(電気自動車)の開発•販売を行っていた。カリホルニア州のZEV「ゼロ排ガス自動車計画」に応じたもので、時代を先取りする画期的なプロジェクトであった。EV1は1000台製造され、リースされたが、評判はすこぶるよかった。都市の環境に良い(ただし発電所のある田舎が犠牲になっている)、静かで、速く、乗り心地満点というわけだ。ところが、21世紀に入ってGMは全てのEV1を回収し、スクラップにしてしまった。その理由はバッテリーの安全性に問題があるというものだった。しかし本当の理由は別にあった。それは、当時のブッシュ大統領が石油業界と組んで、ZEVを撤廃させたのである。ガソリンを使わない車なんて、とんでもないというわけだ。GMはかわりに、高価でガソリンを食うばかでかいSUV(スポーツ多目的自動車)の製造販売に力を注いだ。その後、石油の高騰とユーザーの大型車離れで、GMの売れ行きはガタ落ちとなり、2009年6月ついにこの巨大企業は倒産した。時代を見すえて、地道に電気自動車の開発を続けておれば、GMはいまでも世界のトップランナーで居続けていたかもしれない。
● ポラロイド倒産と社員の悲劇
インスタントカメラの代名詞だったポラロイドはデジタルカメラに負け、2001年に約9億4800万ドルの負債を抱えて経営が破綻した。日本では、例えば富士フィルムなどがカメラのデジタル化に備えて、多角経営に路線転換したのに対して、ポラロイドの経営陣は適切な対応をしなかった。97年には60ドルだった株価はタダ同然に暴落した。わりをくったのは、ポラロイドの社員と元社員だ。彼らはESOP(従業員持ち株制度)により給料の8%で自社株を買わされていた。しかも、社員は株を売ることを許されていなかった。一方、破産管財人は、社員の株を社員の承諾を得ずに売却することができた。ポラロイドの社員と元社員6000人の株は、1株9セントでたたき売られた。社員によっては2000万円も失った人がいる。さらにポラロイドは破産法に基づき、年金と健保の支払い義務を放棄した。アメリカには厚生年金はなく、各企業が独自に年金を運営しており、健康保険も民間の高い保険しかないので、企業が保険料を一部補助している。ところが経営負担になるそれらの福利厚生費を、破綻した会社は削減することが破産法で許されているのだ。民間の保険会社は医療費のかかる老人を加入させないので、すでに引退した高齢の元社員は苦境にたたされた。ポラロイドは02年にOEP(ワン・イクイティ・パートナー)社に買い取られた。OEPは、年金や保険の支払いを放棄して身軽になったポラロイドからさらに赤字部門を切り捨てた。2年後、そのライセンスを受けていたミネソタの会社がポラロイドを買収した。金額は4億2600万ドル。OEPが買った値段の2倍だ。株価は12ドル8セント、ポラロイド社員が無理やり売らされた9セントの134倍になっていた。こういった不条理はポラロイドだけでなく、全米に拡大している。ブッシュ政権になってからアメリカを代表する大企業の経営が次々に破綻した。自動車会社のビッグ3、GM、フォード、クライスラーは倒産するか虫の息だ。頼みの綱のPBGC(年金支払保証組合)は、すでに4500億ドルの赤字を抱え、もはやこれ自身が崩壊状態である。ポラロイドの元社員4000人は、年金や保険料の支払い拒否をした会社を訴えた。幸いに彼らは裁判で勝った。そして、30年以上働いてきたポラロイドの元社員たちが、その代償として受け取ったのは、わずか47ドル(約5000円)だった。
●サブプライムローンと懲りない人々
ヨーロッパからアメリカに移住してきた人々の「アメリカン・ドリーム」は、まず自分の家を持つことだった。ブッシュ大統領が2004年に提唱した低所得者の住宅購入支援政策も「アメリカン・ドリーム・イニシアティヴ」という。そして01年から05年まで空前の不動産バブルが吹き荒れた。引き金を引いたのはITバブル崩壊である。このとき株式市場が暴落した。政府は景気活性化のために金利を史上最低レベルに引き下げた。ローンの金利も下がったので、そこから住宅購入ブームが始まった。マイホームを求める人だけでなく、株に代わる投資対象を求める投資家も住宅市場に殺到した。2002年ごろから、住宅ローンのハードルが急激に低くなった。年収400万円でも4000万円のローンが組めるようになった。頭金なし、金利の低い変動ローン、利息のみローン、書類審査なしの自己申告ローンなど、いわゆるサブプライム(低信用ローン)で低所得者を誘惑した。もちろんこういうローンはリスクが高い。変動ローンは金利に合わせて利子率が変わる。利息のみローンは5年目以降は元本返済が上乗せされる。自己申告ローンは収入を多めに申告すれば払い切れないローンを抱える。でも、このまま不動産価格が上がれば、その差額で儲かるから返せるはずだ。借り手も貸し手も、みんなそう信じていた。このデタラメな貸付のウラでは、投機筋が動いていた。ITバブル崩壊後、投資銀行は住宅ローンをデリバティブとして証券化したのだ。そして住宅ローン業者に「どんどんローンを発行すればいくらでも買うぞ」とけしかけた。需要があるからローン業者はデタラメに貸しまくった。投資銀行は、リスクの高いローンを細かく分散させて他のローンに混ぜて「薄めて」売った。それが世界中に広がった。資産のない24歳の移民青年に、2億円も貸し付けた例も知られている。しかしバブルがはじけて、サブプライムの崩壊は金融危機にまで拡大し、リーマンショックを引きおこした。ドルは下落し、世界中の株は一斉に暴落した。サブプライムの借り手は、全体の30%以上もいて、多くが返済できずに家を差し押さえられホームレスになった。結局、このバブルで儲かったのは不動産屋と売り抜けた一部の投機筋だけだった。それでも懲りずに、アメリカ人はまた別の夢を膨らましているならしい。一説によると現在のアメリカ経済はリーマンショックの直前と同じ様相を呈しているらしい。
解説
カリホルニア在住の著者(町山)が、'00年代のいかれたアメリカをさんざんこき下ろしているが、日本にもそのおバカが伝染した。まさにアホのグローバリゼーションである。おバカが伝染するのは、おバカそのものではなく「金もうけ」の仕組みを真似る輩がいるからである。おバカはその結果なのである。最近の金融庁の年金2000万円問題は、政府自民党のマッチポンプだが、もともとの話は投資で老後の自助努力をせよという、ブッシュ時代の政策を模倣したものにすぎない(騒ぎが大きくなり選挙に不利とみた安倍総理は知らんふりしている)。年金を破産させたブッシュ大統領は当時、「オーナーシップソサエティー」政策を唱え、定年後は投資でもうけて自活せよと言ったそうだ。 投資信託なんてものは、情報のない素人が手をだせば失敗するにきまっている。なけなしの退職金をむしり取る合法的な金融詐欺みたいなものである。かく言う庵主がその犠牲者で、リーマンショックで大損をこいた。某信託銀行の勧誘員は資産状況をお客から聞き出して、その商品が失敗しても、飢え死にしないように、心やさしく投資額を調整してくれた。客が自分の会社の商品で破産して、自殺されると社会問題になり、その会社が弾劾されるからだ。このありがたい日本的心遣いのおかげで、庵主はホームレスにならずなんとか生活している。閑話休題。
こんなアホで間抜けなアメリカがどうして崩壊もせずに体面を保っているのか不思議な話だが、多様性の力と数%の輝く良心の人々が存在するからである。本書にも、アメリカの良心が数人でてくる。その一人が、ジョン・マケイン元上院議会委員 (1936-2018)である。マケインは共和党であったが、ブッシュ政権が進めた国民の盗聴、捕虜虐待、移民の締め付けなどの政策に敢然と反対した。また自分を捕らえ拷問したベトナムとの国交正常化を成し遂げた。マケインは、自分の葬儀にトランプ大統領をだささないようにと言い残したそうだ。さらに反体制映画監督のマイケル・ムーア、80歳を越えてもホワイトハウス記者として「何も罪もないイラクの人々に爆弾を落とすのは何故ですか」とブッシュに質問したヘレン・トーマス、記者クラブの晩餐会でブッシュを面前にほめ殺しスピーチをした、スティーブン・コルベアなど。こういった良識派は、中間層を背景に存在するのだが、アメリカでは中間層が没落しつつある。今日のアメリカは明日の日本である(昨日のアメリカは今日の日本というべきか)。
なお標題の「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」は、情報を自由に取得できるアメリカ人が意外と物を知らない事、それが政府の理不尽な政策の背景にもなっている事を皮肉っぽく表現している。この本の続編は「99%対1%ーアメリカ格差ウオーズ」2012年講談社」であるが、少し町田のトーンが落ちていた。
付記:チャールズチャールズ・ファーガソン 『強欲の帝国ーウォール街に乗っ取られたアメリカ』藤井清美訳 早川書房 (2014)はリーマンショック以前の腐敗したアメリカ金融業界の様子を仔細に報告した希有なドキュメントである。著者のファーガソンはこれをもとに「インサイド・ジョブ』を制作監督した。