ニホンミツバチが京都市内で見当たらない!
最近、京都市内(左京区北白川近辺)ではニホンミツバチの姿をめっきりみかけない。庭の巣箱に毎年来ていた自然分蜂群も来なくなった。一昨年ぐらいから、野外での観察が少ないと感じていたが、ちょっと異常な事態である。 ニホンミツバチの気管に寄生するアカリンダニが全国的に蔓延しており、それが原因だとする説が有力であるが、一方でネコチノイド系農薬の影響だという人もいる。ミツバチは野外で花粉を運ぶ重要な送粉者なので、生態系がおかしくなってしまうのではないかとさえ危ぶまれる。植物学の友人の話では、野外の樹木や草花の結実率が低下しているとのことである。しばらく、成り行きを見つめている以外にないが、数年前には市内の町中の信号機に分蜂群が集まりニュースになったことを思うと、自然の意外な跪弱さに驚かされる。
ミツバチの減少というと、すぐ頭に浮かぶのはセイヨウミツバチのコロニー崩壊症候群(CCD)のニュースである。 2007年頃から、米国各地で養蜂用のセイヨウミツバチが巣箱から逃亡してしまうという報道が、新聞やテレビで頻繁になされるようになった。この現象の特徴は、ミツバチコロニーにおける働き蜂の大部分が、どこかに逃去し、しかも死骸が巣の周り見当たらないことであると言われていた。女王と幼虫が巣にとり残されているのだが、働き蜂がいないのでコロニーはすぐに全滅してしまう。これは、今までのミツバチの生態行動に関する知識からすると不可解な現象といえた。CCDは養蜂家だけの問題だけでなく、ミツバチが野菜や果樹の送粉者として大規模に利用されている現状からも、農業経済にも暗い影を落とすことになった。
ミツバチは、狭い空間に密集して活らしている社会性昆虫である。このような生活形態は、迅速な情報伝達を含めた効率の良い生活を営む基盤となっているが、一方で病原体や寄生虫に感染すると、たちまちコロニーの全体に広がるという弱点を備えている。また、彼らは移動能力の高い昆虫で、花の上で他のコロニーの個体と接触する機会が多いうえに、しばしばよその巣箱に入り込んで盗蜜したりする性質を持っている。これは病原菌などを広範に、しかも短期間にその生息地域に広める原因となる。これは、ヒトを含めた社会性の特質ですが、風通し(流通)の良さが災いして、広範囲な疫病(パンデミク)が短期間に蔓延する傾向がある。
CCDの原因については、病原菌、ウイルス、寄生虫(ミツバチヘキイタダニ)、農薬、遺伝子組み換え農作物説、複合ストレスによる免疫不全、はては携帯電話の電磁波説まであって、考えられるあらゆる可能性がチェックされた。健康なミツバチの群れをCCDで壊滅した巣箱に入れて育てると、このコロニーも短期間のうちに全滅してしまうと言われいる。このようにCCDは見かけ上、伝染性だったので、誰もが最初に疑ったのは病原菌やウイルスの関与であった。そして、いままで養蜂家を悩ましてきたノゼマ病胞子虫やイスラエル急性麻痺ウイルスなどが候補としてあげられた。しかし、いずれも決定的な原因としては特定されていない。CCDにかかったハチの全てから、必ずしもこれらの病原体が見つかるというのではなかったのである。
CCDに悩まされていたフロリダの養蜂業者のダビッド・ハッケンベルグは、近くのコバルト放射施設に全滅した巣箱を持ち込んで、コバルト60のガンマー線照射を依頼した。こうした処理を施した巣箱に健全なミツバチを入れると、ハチのコロニーは何の障害もなく正常に生活できた。一方、照射しなかった対照群の巣箱では、蜂の数が減り始め、遂には全滅の憂き目をみることになったというのである。
このコバルト60のガンマー線照射の結果は、CCDの原因に関して考えられる3つの可能性を示している。まず最初に考えられるのは、やはり病原性の微生物が関与しているという事である。すなわち、コバルト照射によって巣箱に残っていたこれらの微生物が死滅し、ハチが病気にならず、当面は元気に過ごしているという可能性です。上で述べたように、CCDの原因はノゼマ病やイスラエル急性麻痺病ウイルスのようなものではなく、おそらく未知の病原体ということになる。
第2に考えられる事はストレスによる免疫不全である。エイズ患者を無菌室に入れると状態は比較的良くなるといわれている。これはエイズの原因であるHIVが身体からいなくなるからではなく、患者の免疫システムがストレスの試練にさらされないからだ。CCDの原因は、ストレスの蓄積などを起因とするハチの免疫不全で、コバルト照射による無菌的環境が発病を抑えているという考えがある。この場合は、微生物は病因とはなるが、日和見感染ということになります。ストレスとしては農薬、環境変化(地球温暖化?)、養蜂家による酷使などが言われています。
3番目に考えられる可能性は、農薬や殺虫剤がCCDの主因で、ガンマー線照射で、これが分解されてしまうという可能性である。現に米国のミツバチのサンプルからは、ネオニコチノイドをはじめ有機リン系、ピレスロイド系など、ありとあらゆる農薬や殺虫剤が検出されています。養蜂器具を販売する業者の中には、ペンシルバニアの州立施設であるBreazealeのコバルト60のガンマー線放射装置などを用いて、ワックル巣盤を処理して残存しているダニの殺虫剤を分解し出荷している。ワックス巣盤はハチが新たに巣を造るときの素材として利用する物である。食品照射で与えるぐらいの照射量レベルで、巣盤のワックス中に含まれていた殺虫剤は、ほとんど分解されてしまうというので、この点での安全性が保証されるというわけだ。
CCDは、米国で次第に大規模かつ継続的になっており、社会(経済)問題化しつつある。上で述べたように米国では養蜂は、蜂蜜生産よりも、いまやアーモンド、オレンジなどの商業作物のための送粉昆虫としての経済価値が高いと言われている。健全な生態系を破壊し、利潤と効率のみを考える大規模集約農業のツケが、養蜂という古代からのデリケートな営みにおいて噴出したのだと言う人もいる。日本では一時、オーストラリア産のセイヨウミツバチの女王の輸入が防疫のために禁止され、国内のミツバチが不足する事態が生じた。これが原因と思われるハチの巣箱の盗難事件がテレビニュースで報道された。
CCDは複雑な生態現象であるが、新興伝染病ではなく、もともと前からあったもので、なんらかの原因で被害が増加拡大したという意見を言う人もいる。ニホンミツバチの減少も同じような背景があるかも知れない。良質の探偵小説は多くの容疑者が必要であるが、養蜂業にとっても、ミツバチを頼りにしている農家にとっても、そのような呑気な事を言っている余裕はなく、ミツバチ減少の原因解明は重要な課題となっている。
追記 (2021/07/02)
佐々木正己氏(「昆虫と自然38, 2003)によると、1970-94年の24年間は東京世田谷ではニホンミツバチが野外でほとんど見かけられなかったそうである。それがその後、相当数のコロニーが増加した。他の都市部でもこの種の分蜂が市街部でおこりニュースになった。その背景にはセイヨウミツバチを使う養蜂の衰退、オオスズメバチの減少、都市部での花樹(街路樹)の植栽などがあったとされる。
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