明治時代の10代の人々の様子を書いた書物などを読むと、
これが10代か!?と思うほどに思慮深く、
自分の頭で考え、浮ついていない ように受け取れる。
その当時の人々はたくさんの子供を持ち、
食べる事、食べさせることに忙しく、
子供のことに構っている暇はなかったのだろうと思う。
今みたいな情報の垂れ流しもなかった。
子供がこれこれこういうふうに育つことを願って、
意識的にそういうふうにしていた人も中にはいたかもしれないが、
大半はそんな描きも無く、無意識のうちに只、放っておいた のかもしれない。
子供が育つかたち としてはよかったのかもしれない。
現代の子供よりかなり成熟している。幼稚な感じはしない。
親を殺す子供もなく、無差別殺人する人もなく、
いびつな育ちをしている子供もないように思う。
貧しい時代だったから、無意識でやっていても、
干渉しないというかたちは結果としてよかったのかもしれない。
・・・・ということは、
ひとという生命体は自ら感じ、考え、正常に在ろうとする力を
生まれながらに持っているんじゃないかな。
ひとつの種や受精卵は全ての必要なものが詰まっている。
なんの不足も無く、完全。
これが10代か!?と思うほどに思慮深く、
自分の頭で考え、浮ついていない ように受け取れる。
その当時の人々はたくさんの子供を持ち、
食べる事、食べさせることに忙しく、
子供のことに構っている暇はなかったのだろうと思う。
今みたいな情報の垂れ流しもなかった。
子供がこれこれこういうふうに育つことを願って、
意識的にそういうふうにしていた人も中にはいたかもしれないが、
大半はそんな描きも無く、無意識のうちに只、放っておいた のかもしれない。
子供が育つかたち としてはよかったのかもしれない。
現代の子供よりかなり成熟している。幼稚な感じはしない。
親を殺す子供もなく、無差別殺人する人もなく、
いびつな育ちをしている子供もないように思う。
貧しい時代だったから、無意識でやっていても、
干渉しないというかたちは結果としてよかったのかもしれない。
・・・・ということは、
ひとという生命体は自ら感じ、考え、正常に在ろうとする力を
生まれながらに持っているんじゃないかな。
ひとつの種や受精卵は全ての必要なものが詰まっている。
なんの不足も無く、完全。