ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

「また、同じこと言ってる」・・

2011-10-21 16:31:52 | 実例体験観察
「否定的に聞く」・・

人の話を聞くとき、気がつくと否定的に聞いていることある。

「こんなこと言ってるわぁ・・」とか「又同じこと言ってる」とか

・・微妙な不愉快感を持ちながら聞いている自分に気が付く。

あまりいい顔つきしてないんじゃないかな。そういうとき。

その人の話、気持ちを聞いてるんじゃなくて、

自分が自分のものの見方を聞いてる。

「同じ事を何度も言うのはおかしいものである」という自分の判断を、

自分が聞いてる。

それで不愉快になってる。

その人がそれを言ったのはキッカケに過ぎない。

言ったひとは「昨日こうした」という言葉を発しただけなんだけどね。



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わからないよ~

2011-10-21 10:01:01 | ひとの幸福
何かを話した時に、「その話はわからないよー」と

とぼけた感じで言われたことがあった。

まさしくその時の私は(言われた)と受け取った。

言われた という言い方は、自分が被害者になってる心の状態のときが多い。

一概にはいえないけどね。

そのひとは只、私の話の内容が「わからない」と言っただけなのに、

その時の私は自分のその発言を否定されたように感じて、

すごく恥ずかしい思いをしたことを鮮明に憶えている。

なんかみっともない・・そんな感情もあった。

これはなんなのか?

そのひとが何を思って「わからない」と言ったのかはわからないが、

私が「ナンタラカンタラ・・」と話した。
 
聞いたひとが「わからない」と言った

これのどこが恥ずかしいんだろう?

自分の中の何に反応したんだろう?

「人にわからないような話をするのはみっともないものである」

・・こんなものの見方があったんだろな。

おかげさまで、この頃はそういうことはない。

そんな話は人にしないし、(してるかもしれないけど・・)

それを聞いても、そうか、もっとわかりやすく言おう

・・と思ったりするだけだから。

でも、「わからないよ~」と言っても、

わかりたいよ~ か、どうかはわからないけどね。



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あの人に一票入れて・・

2011-10-20 10:53:05 | 実例体験観察
2年前のこと。

夫のいとこが来て、

町長選に出ているナントカがもうじきここに演説に来るから、

行ってな!それで、投票も頼むわな!

・・・と話していった。

その時、その言葉の調子が強制的に聞こえて、嫌な感じを受けた。

行くつもりもなかった。

投票するつもりもなかった。

行かなければいいだけのこと。

それなのに、なんでイヤな気分なのか?

玄関から居間に戻り、椅子に腰掛けた・・

自分の中で何が起こっている?と検査が始まった。


強制された?

そんなことがあるか?

いとこにどんなつもりがあったかわからないけど、

私はそういう言葉を聞いて、

「行かなくちゃならない」と瞬時に解釈したんだ!

それでイヤな気持ちになったんだ。

そのことと、

その候補者について、ほとんど知らないのに、

「そんなひと」と決めてた自分もみつけた。


そういうことに気づくと、気分が明るく変わる。

イヤイヤではなく、演説会場に行ってみたら、

いとこは あら、来たんだね~ みたいな対応だった。

そして、その候補者は 私が思ってた、「そんな人」じゃなかった。 

それはたまたまだろうけど。

でも会わなかったら、ずっと私にとっては

「そんなひと」だったかもしれない。




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大好き!

2011-10-20 09:54:55 | ひとの幸福
好き ということ。

好き には 嫌い がセットになっている場合もよくある。

子供の欲しい物を買ってあげたときに、

「お母さん、大好き」という言葉を聞いたことがある。

子供が小学生の頃の話だ。

その時の子の様子を見て、

この(好き)は一挙に嫌いになる可能性があるなぁと思ったよ。

よく使われる言葉で「現金だなぁ」というニュアンス。

こういうのを現金とはよく云ったものだ。

(目先の利益によってすぐに考えや態度を変えるさま)と辞書には載っていた。

でもそういうのって、幼稚で可愛いい。
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言葉はひとを傷つける!?

2011-10-20 09:17:04 | ひとの幸福
ひとが自分の悪口を言った、とする。

それを聞いた自分が嫌な気分になった、とする。

「あの人があんなこと言ったから、嫌な気分になった あの人のせいだ」

・・と思う。

言葉で傷ついた、という表現もよく聞く。

言葉を聞いて、心が傷ついてしまう、という現象はこの世にたくさんある。

私も経験したことある。

これからもそういうことは多分あると思う。

でも、いつか未来にどんな言葉にも傷つかない自分になってる

・・ことを望んでる。

老化して、感情が鈍くなって、わけがわからなくなる・・

という成り方じゃなくてね。

傷ついてない振りをするんでもなくて。


「あのひとのせいで嫌な気分になった」に、“なる”のは、

自分がその言葉を聞いて、どう解釈してる自分か、

・・を観察できていないからじゃないかな。


電波もいくら発信しても、受信機が故障してたりしたら、

発信しても無意味なように、

言葉が発されても、

それをどう受信してるかがその後の展開に影響を及ぼす。

ひととの小さなトラブルから、大きな世界的な問題まで。


「アンタ、目が細いね、ブスだね~」と、いう言葉を聞いて、

それの受け取り方はさまざま。


その1・・「うん、確かにブスといえば言える。 目は細い」・・なんの異論もございません。

その2・・「そんなこと言うなんて酷い!!」

その3・・「えっ!う・う・う・う・・む・・」

その4・・「フン、目が細くて悪かったわね~!

      そう言うアンタは鼻がデカイね、顔もデカイね~!」

その5・・無言で(人前でそんなこと言うなんて・・・・シクシク)

その6・・その7、8、9、 多分いろいろ・・・ある。

そういう言葉が発せられた場所、人、時間、メンバー、体調、心境、生理前生理中生理後・・

・・いろんな状況で聞き方は変化する可能性はある。

だけど、その時に自分の中にあるものに反応している。

この前紹介したニーチェの言葉ふうに表現するなら、

「言葉そのもの を聞いているのではなく、

自分の思いやこだわり、その状況に対する自分の感情や想像を聞いている。」

・・ということ。

自分で自分を傷つけている。自傷行為。

勿論、それがいけない、なんてことはないよ。

そうなってるという話し。

それを否定する理由なんか何処探しても無い。








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コタツで寝ると風邪を引く・・・

2011-10-19 15:32:27 | 日々の暮らし・思い出
「コタツで寝ると風邪を引く」という言葉が世の中にある。

私はしょっちゅうコタツで寝ていた。

いや、しょっちゅうどころか一冬そうしていたこともある。

布団を敷いたり畳んだりするのが面倒だったからだ。

一人暮らしだった頃のこと。

風邪を引く・・云々に(そうかなぁ・・?どうかなぁ?)というのがあった。

勿論風邪なんか引かなかった。

「ひとは思ったものになる」という文章のことは前に書いたけど、

これもそういうことかなと。

思ったもの、というよりものの見方じゃないかな。

「コタツで寝ると風邪をひくもんだ」

・・という見方になっている人はそうなる場合が多いのかもしれない。


「思い込み」というものも 見方の別名かもしれない。

「験をかつぐ」というのもそういうことかも。

何かする前にこれを食べるといい結果になる、

そう思い込むとそうなる・・みたいな・・

こんなふうなの聞いたことある。

けど、これは表面意識での操作という気がするなぁ。

あまり強力じゃなさそう。

あの人は人が変わったようだ って見方が変わること。



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超訳 ニーチェの言葉

2011-10-19 11:44:45 | 本を読んで
「超訳 ニーチェの言葉」

その中でこういうのがあったので・・ちょっと紹介。

「多くの人は 物そのものや状況そのものを見ていない。

その物にまつわる自分の 思い や 執着 や こだわり、

その状況に対する自分の 感情や想像 を見ているのだ。

つまり 自分を使って 物そのものや 

状況そのものを隠してしまっているのだ。」


ニーチェもそういうことを言っていた。

人なら誰でも、意識を精妙に観察できるようになると、

こういうことなんだなぁ となる。
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半袖短パン

2011-10-19 09:38:33 | 日々の暮らし・思い出
今朝早くに、2階から降りてきた時、

義父が仏壇に向って手を合わせていた。

半袖短パン姿だった。

今こうして上に書いたように、

「あらーっ!半袖短パンだ」と思った。

そう思った瞬間これは見方だな と思った。

この頃朝など肌寒い。

義父位の年齢(95歳)だと今の季節なら、

朝は長袖ともうちょっと厚手のズボンが相応しい・・

こういう見方を自分が持っているからこそ、

「半袖、薄手の・・」が出てくる。


経験の少ない幼い子どもなら、こういう見方を持ってないだろうから、

そういう姿を見ても「半袖、短パン!」は生まれないんちゃうかな。

私が見るのも幼い子どもが見るのも、

物理的には同じスタイルの義父の姿だけど、

私には(寒そうな義父) と見える。

幼い子どもには・・? と見える

こういうのは別に弊害はないけどね。


でも、「こういう時期にこんな格好をして、風邪でも引いたら、

嫁の私がなんか言われるでしょっ!

やめてください!!おとうさん」・・

・・なんて、渡る世間は鬼ばかり みたいな

台詞が飛び交う家もあったりして・・。


子供はそういうものの見方がないから、どうってことはない。
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プラシーボ効果

2011-10-18 15:45:19 | 量子力学と心
ノーシーボ効果をこの前書いたけど、

その反対がプラシーボ効果。

小麦粉を丸めた錠剤をこれは凄くこの症状に効き目があります・・

と信用がおける医師が言って、

それを聞いた患者はその気になって、飲むと症状がよくなる、というもの。

科学的根拠が無い・・ということになってるらしいけど、

いろいろな新しい発見や考察はいつも最初は科学的根拠がない!と言って、

馬鹿にされ、白眼視され、迫害される。

こういうのは単に人間がまだ未熟だということ。

解明できてないことなんて、山ほどあるはず。

そういう実例が在る・・・っていうのには、

そうですか、としか言いようがない。

科学的根拠はあるので、現象が起こるわけですが、人間はまだ見出せてません。

こういう表現の方がふさわしい。

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バリヤフリー

2011-10-18 12:11:53 | ひとの幸福
差別待遇というのは差別意識があっての待遇のこと。

差別してしまう意識があれば、差別待遇は無くならない。

かといって、かたちがどんなにバリヤフリーになっていても、

それをどういう気持ちで作ったのかは見てもわからない。

駅のエレベーター設置とかも、

「こうしないとこの頃うるさいからなぁ」

という思いで作っている人もいるかもしれないし、いないかもしれない。

現象を見ただけではわからない。

別に疑っているわけではない。

ただ、わからないことではあるなぁ、と言ってる。

言葉でそう謳ってあっても本当かどうかも分からない。

心がバリヤフリーに“なっている”かどうかは、

本人にしかわからないし。


でも、最初はそうするしかないか、と思ってやったことでも、

後になって、利用者から役立っていると聞いて、

そう思ってやったことだけど、やってよかった、

・・と気持ちが晴れ晴れしたりすることもあるかもしれない。

心は止まっていない。

相互作用で変わっていく。

なので、いけないことなんか、ひとつもない。

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恐い人

2011-10-18 10:03:49 | ひとの幸福
思い込み・・・はひとの幸福にどう作用するか。

ジャーン!!!

それがあると、何かする時の気持ちが違うね~。

例題 1.

「何かというとすぐ怒る木村さんだから、怒らせないようにしよう」

・・という事はありうるし、

(木村さんて、例えばだよ、 Aさんでもいいんだけど

それだとつまらないから)

受験の時の 傾向と対策 のように生活に活かせることはある。

怒りっぽい木村さんは よく、こういう場面でこういう反応をするから、

こういうことを伝えたい時にはその話題は出さずに、

こういう言い方で言おう・・とかなんとか、周りは苦心する。

まぁ、面倒といえば面倒だけどね。

トラブルや争いをしたいわけじゃないから、

今のところしかたないね。

でも、そういうのは木村さんという人を、

よく観察してるということだ。


こういうんじゃなくて、ある種の思い込みを持ってると、

木村さんと何かする前に既に精神が異常状態ということが起こる。

なにかというとすぐ怒る傾向がある木村さんを、

見たときから萎縮してしまう。

ひどいと、見る前から萎縮してしまう。

こういうのはどういうことなんだろう・・・?


何かというとすぐ怒る木村さんはその人の中で、

“恐いひと”になっている。

そういう思い込みがある。

前回書いた、娘を見て、その人は“私の娘”としか見えないように、

木村さん=恐い人 に“なってる”

そう“なっている”ので、

恐い と思うな、なんて周りが幾ら言ったって、

そんな言葉は効かない。

だって、私の娘を「わが娘と思うな」と言われても、

そう思えないのと同じでね。

木村さんはその人にとっては「恐い人」に“なってる”

恐い人と“思っている”・・なんてレベルじゃないんだ。


さて・・・・・



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いろいろ感

2011-10-17 10:43:44 | ひとの幸福
心・気が不愉快状態はいろいろある。 

不愉快とはっきり言うほどではないけど、

感情の不透明感というのもある。

腹立ち、イライラ、なんかは凄くわかりやすいけど・・

もっと小さな心の波立ち(ぷくっと瞬間に立つ泡みたいなのもの)、

スッと鳥肌が立つような不安感、

なんとなくすっきりしない感じ、

困惑感、気持ちが硬く固まってしまったような感じ、

フンッ!というような偉そう感、

おどおど感、オロオロ感、

強く押し出したい感、やきもき感、追い立てられ感、

どうせ自分なんか感、ほくほく感、

みっともない感、絶対そう!感、

激しい自己嫌悪感、さいなめられ感、

ホーラそうでしょ感、

・・・・

まぁ、実に正常でない感を何度も何度も経験しているよ。

この一つ一つの感がどんな意識のカラクリで発生するのか。

ちゃんとカラクリがある。

カラクリは解明できるもの。

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やらせようと・・

2011-10-17 10:12:29 | ひとの幸福
「やらせようとする」思いというのがこの世にある。

そういう心の在りようは表情にも出るし、言葉つきにも表れる。

相手はそれを感じる。

言葉は命令形じゃなくても、

押し付けられる、感じを受ける。

人によって違うけど、

「やらなくちゃいけない」と思ってしまう人もいるかもしれないし、

たいていは反発する。

あるいは(やらされ感)を持つ。

そういう やらせようとする思い に対し、

どうこうするのはこちらの自由意思によって決めること 

というふうになりにくい という場合もある。

こんな経験を何度もすると、

「もう、やらされるのは懲り懲りだ」となるのは不思議ではない。

奴隷の解放運動と同じだ。

どんな抵抗運動も起こるべくして起こる。


また、その事柄がどんなに善いことであっても、

やらされてると思ってするのは、

人として一番不自然な、不愉快なことかも。

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かぶれ

2011-10-16 14:30:46 | ひとの幸福
ウルシじゃないのに、ウルシと聞いて、かぶれるという話し。

ウルシ と聞いてもかぶれない人もあるだろう。

そして、それがウルシだと知らずに触ってしまい、

かぶれることもある。

ウルシの物質的な成分には人の皮膚をそうさせるものがあるのは事実。

ウルシではないのにウルシと聞いて、

皮膚がそうなるというのはどういうことなんだろう??

思っただけでそうなるの?

ウルシに触るとかぶれるものだ、というのがその人にあって、

今、触ったのはウルシだ、と思うと、

脳が皮膚にそういう反応をせよ、という指令が出るんだろうか。

謂わば、物質的ウルシ成分の何かに対して抗体が働くんだろうか。

可笑しくなくても笑うと、身体にいい影響を与える、

というのと同じような脳の作用なんだろうか。

思うだけで身体が反応するなんてことはよくあることだ。

パブロフの犬っていうのもそうだね。

条件反射。

空っぽの坪に梅干が入っていると聞いただけで、唾が出てきたり。

空腹の時、ケーキあるよ、と聞いただけで、

私は血圧が上がったりするよ、きっと。

居もしなくても、あそこに幽霊がいるって思っただけで、

怖くなって、脈拍も速くなる。


心はどこにあるのか、とか、

心は脳にあるのか胸にあるのか、なんて話があるけど、

やはり心というのは物質じゃないし、

心の動きが何千分の一秒でも時間的に先で、

次にそれが脳の作用になる、という気がする。

素人考えだとは十分知ってるけどね。

でも、心はどこにあるか、っていうのは、

世界中のどの科学者も、科学者以外でも、多分、

まだ、誰も知らないんだよね。






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不機嫌なお母さん

2011-10-16 09:35:37 | ひとの幸福
前に書いたけど、子供が小学生の頃、

「早くしなさい」を連発してた。

子供がそうしないとイライラした。

「早くしろ と言われて、早くしないと、

お母さんは機嫌が悪くなるから、早くしなくちゃ」

・・と思うように成っても不思議は無い。


「お母さんがそう言うからやった」 

・・という思考が生まれることがあるのも不思議じゃない。


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