
人間は、生まれたときから自分の可能性を追及する傾向があります。
それは、幸せに一生を送りたいという本能があるからでしょうね。
しかしこの願いが叶えられるには、あくまで私のためではなく、
利己心を離れて、人のために目的に努力していくときです。
時に人のためと言いながら、気持ちがふさぐことがあります。
不利であっても、喜ばれるからと、我慢と競いながらやって行くと、
思わね僥倖にあづかり、やっぱり辛抱して良かった‼️となります。
自分のことばかりで汲汲としていれば、邪気や邪念妄想にとらわれることになります。
そして暗い日常にもなります。
そこを変えていくには、神様の力、信仰が大切です。
人生の真の喜びを味わうことによって、陽の気が満ちる家となります。
自己中心は、孤独です。
他者とともに、仲良くやっていけば、喜びがこぼれて、
小さな喜びから大きな喜びにつつまれ、意義のある生き方が開けるのです。
人は何のために生またのか、人のための奉仕に生きる為です。