神の慈悲は平等です。
太陽に例えれば、昼は隅々まで光を照らし
夜は休息を与えるかのようにして、実は相変わらず光輝いているのです。
その天地運行の働きを陰ながらされているのが、神様なのです。
そこには、差別はありません。
無償の奉仕があります。
あらゆる生命に命を与え、伸ばし育てているのです。
書いていて思い出しました。
父親が、罪をおかし、刑務所にはいっている、娘さんのことです。
何とかして、父親を立ち直らせたい。
その思いは、近くの信者さんの導きで受講に縁を結びました。
感動と感激のなか、家に帰ってからは、壁に御神尊様のお写真を御神殿の代わりとしました。
毎日祈りながら、父親の身の上に思いを馳せていました。
一方父親は、刑務所の窓から広い青空をながめては、おのが不運を嘆く毎日でした。
ある日、ふと外をみると、人が立っているのです。
目を凝らすと、黒っぽい服をきて、ジーっと見ているではありませんか。
驚いて、確かめたら、姿は消えていました。
出所して家に帰った父親は、壁の写真に気づき
留守の間に彼氏を作ったと勘違いし、激怒した父親に、娘さんはいきさつを話しました。
気持ちの治まらないまま写真を見ていた父親は、その姿に驚きました。
その写真は、なんと刑務所の窓から見た黒っぽい服の方だったからです。
それからほどなく、受講した父親は御神尊様におすがりして、生まれ変わられました。
「信の一念と熱意と道の実践!」
神様の無差別の慈悲に包まれていくのです。
合掌