今日も晴れたり曇ったりで風が強くて寒い一日でした。
日曜日なので、御ミサに行きました。
今日は待降節第二主日(2nd Sunday of Advent)ですので、2本目のロウソクに灯が灯りました。
典礼色は(神父様の祭服の色その他)イースター前の受難節と同じように悔い改めを意味する「紫」となります。
(外国では多分断食期間)
ベトナム製キャンドル
神父様がアメリカから帰られて、今日はこのキャンドルの意味の説明をなさっていました。
1本目、2本目、4本目が紫色、3本目は間もなくクリスマスが来るというので喜びのピンク色だそうです。
4本目が白色なのは今ないからだそうです
(でも、白は「キリストの誕生」を意味するそうなので)
昨年のキャンドルはもっと大きかったのに今年はかわいいキャンドルだわぁと思っていたら、勿体ないから昨年の続きを使われているのだそうで・・・本当は新品にするのが正式だそうです。
(我が家も昨年の続きを使っています)
御ミサの後、委員会があり信徒会長さんが今年も同じようにツリーその他の飾り付けをするかどうか、パーティーはどうするか等神父様に聞かれていました。
御ミサ後出した飾り
お手伝いをしていたら「今年は○○さん(私のこと)がいるから助かるわぁ~」
皆さん高齢になられて(私もですが、やはり日本人の中では一番若い)、あ~でもない、こ~でもないと言いつつ飾りつけをしている姿が何ともほのぼのとして温かい空気感。
イヴのミサ後のパーティーは「するじゃ、しないじゃ」(これ多分、岡山弁)、神父様との言語でのコミュニケーションがうまくいかず、結局、委員会ではしないことになりましたが、(ベトナム人が仕事で間に合わない ←これは25日の日中のミサのことだった)、結局後で皆が楽しみにしているのがわかり、毎年のように持ち寄りパーティーをすることになりました。
母が元気で一緒にクリスマスのミサに行っていた頃は母の提案で我が家はおぜんざいを持って行っていました。
町内の三世代交流で、母がお餅をたくさんもらっていましたので。
どなたかがフライドチキンとか言われていました。
私はポテトサラダでも
ポテトサンドにしようかな。
この日は日中お出掛けなので簡単に。
今日の御ミサ参加者は日本人10人、ベトナム人13人。
ベトナムの人が帰国されたら小さな巡回教会になるかもです。
ベトナムの人達が馬小屋作りの続きをしていました。
自転車をこぎ帰りながら、日曜日の朝のこの時間ってやっぱり良いかも~と思いました。
(神父様が又、ミサの中で母の為に祈って下さっていました)
皆で祈りつつ、あ~でもない、こ~でもない。
多分、教会は私の居場所のひとつなのだと思います。
我が家のこのピンクのバラ、「ラ・マリエ」だと思うのですが、なかなか咲きません。
もう少しパンジーやビオラ、ストックを買おうと思っています。
友人と水曜日に行く予定
質素になっていた「今日の果物」が頂き物で少しリッチになりました。
昨日、今日とホスピス勤務時代のお嬢さんが来る予定でしたので、このオイシックスのお試しセットを昨日受け取りにしていました。
これ、かなりの量が届きました。
どうしよ~~~
撮り忘れた舞茸は昨日の残りのすきやきにおうどんを入れて使いました。
教会から帰ったのが12時過ぎていました。
冷凍のおうどんがあと一玉残っていましたので食べることにし、先のすきやきうどんを作りました。
ちょうど「光る君へ」が12時15分から始まりました。
最後、倫子さま、直球~
私までびっくりしました。
少しお散歩へ。
寒かったのですが、まだ序の口ですね。
斑入りの葉の柊を初めて見た気がします。
とっても綺麗
教会では音楽をかけて、何人かのベトナムの人達が馬小屋を作りをしていて、大分出来上がっていました。
我が家のアドベントクランツ
★致知一日一言 【今日の言葉】2024.12.8
青春に生きる
一生勉強、一生青春
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中村栄輔(モスフードサービス社長)
○月刊『致知』2018年3月号「天 我が材を生ずる 必ず用あり」
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●元モスフードサービス会長・櫻田厚氏が
モスバーガー躍進の秘訣を語った記事はこちら。
ぜひご覧ください
[ECCJ] 今日(12月08日)の珠玉のリーディング
エドガー・ケイシー
人は自ら率先して奉仕の機会を求めなければならなりません。奉仕が人を求めることは滅多にないのですから。神は一人一人に能力を授けられました。人は自分から求めてそれを神の奉仕のために使うのです。
Individuals must first seek that they be of service. Service rarely seeks individuals. God has given every man his abilities. Man seeks to apply same to God's service.
(254-31)