海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

沖縄のシマ伝説

2009-03-08 19:42:36 | 生活・文化
 沖縄はいまサトウキビの収穫期だ。名護でもサトウキビを満載して国道を突っ走る大型トラックをよく目にするが、連日の雨で作業が遅れ、農家は大変だろう。サトウキビのことを沖縄ではウジやウージという。荻の沖縄語読みである。略してキビと言うことも多い。沖縄島の中南部ではキビ刈りのことをウジトーシ(キビ倒し)というのが一般的のようだが、今帰仁ではウジナジ(キビ薙ぎ)という。
 ウジナジといえば欠かせないのが、中ユクイ(途中休憩)の時に食べる熱コーコーの天ぷらだ。ふわふわの衣に包まれた白身魚やイカ、ウム(芋)の天ぷらにソースをつけて食べるのが最高である。ということで、沖縄のある小学校に伝わる天ぷらについての「都市伝説」ならぬ「シマ伝説」を、イカじゃない、以下に紹介する。

 隆起珊瑚礁でできた島である沖縄には、いたるところにガマ(洞窟)がある。沖縄戦のときに、ガマが防空壕や日本軍の陣地として使われ、多くの人の命を救ったり、逆に多くの人がそこで命を落としたことは、よく知られている。沖縄戦のときに使われたガマは、いまは平和学習で使われたりしている。何かの機会があって、あるいは好奇心や冒険心にかられて、あなたがガマに入ると、奥の暗がりに光が見えることがある。その光に誘われて奥に進んでいくと、やばい、と思う一方で好奇心はさらに募り、光もだんだん強くなってくるので、どうせそこに出口があるのだろう、とつい安心して、あなたはさらに先に進んでしまう。かなり歩いた頃、突然、視界が開ける。東京ドームくらいもあるような地下の空間が、あなたの目の前に現れる。高い天井には鍾乳石が下がり、あちこちに照明が配されていて、その明かりを反射しているのは大きな池だ。池はいくつもあり、数十名のおじーが池に餌を放ったり、網で魚をすくったりしている。あなたが話しかけても、おじーたちは無言で作業を続けている。魚はアフリカから食用として導入され、沖縄中の河川に外来魚として広がったテラピアで、餌が良いのか品種改良されたのか五十センチ以上にも成長している。網の中で暴れるテラピアにおじーたちの足下もおぼつかない。池にはテラピアの群れがひしめいていて、いったい何万匹いるのだろう、とあなたは息を飲む。池のそばにはプレハブの工場らしきものがあり、窓から中をのぞいたあなたは、呆気にとられてしまう。中では白い割烹着にもんぺ姿のおばーたちが百名近く働いている。あるおばーのグループは見事な包丁さばきでテラピアを三枚に下ろして白身の切れにし、別のおばーのグループは卵を割ってメリケン粉とかき混ぜ、その隣のおばーのグループはそれを衣にして白身の切れを油で揚げ、さらに隣のおばーのグループは揚がった天ぷらを透明なパックに詰めて輪ゴムで止めている。流れ作業で作られた白身魚の天ぷらパックは、ベルトコンベアーに載せられて工場の奥に運ばれていく。ユンタクをしながら働いているおばーたちの賑やかな様子に、あなたはついつい見入ってしまうのだが、油断してはならない。工場の周りにはイルクルタンメー(色黒おじー)と呼ばれる日本兵の格好をした警備員がいて、侵入者を見つけると腰の日本刀を抜き、切りつけてくるのだ。「ィヤーヤターヤガ(お前は誰だ)」という声に驚いたあなたは、色黒の顔を歪めて目を見開き、日本刀を振り上げて構えているイルクルタンメーに驚いて、あわてて逃げ出す。もと来たガマに入って戻ろうとするあなただが、来るときは一本道だと思っていたガマは複雑に入り組んでいて、あなたは闇の中をさまよい続ける。イルクルタンメーは闇に溶け込み、二つの目と日本刀だけが白く光って、あなたを追ってくる。「ダーニウイガ?ダーニウイガ?(どこにいるか?どこにいるか?)」というイルクルタンメーの嗄れた声がガマに響く。あなたは恐ろしさに気も狂いそうで、生爪をはがし、頭や顔、体のあちこちを岩にぶつけながら、手探りで必死に逃げる。だが、とうとうガマは行き止まりになってしまう。「ダーニウイガ?ダーニウイガ?」と言いながら近づいてきたイルクルタンメーは、腰を抜かしているあなたに気づく。「クマーカイウイテーサヤ(ここにいたな)」と言って日本刀を振り上げるイルクルタンメー。その時あなたは大きな声で、「イカリソースをつけて食べるのが好き」と三回言わなければならない。それを言えばイルクルタンメーは刀を収めて帰っていく。しかし、もしその言葉を知らなかったり、別のソース名を言ってしまうと、あなたは斬り殺されてしまうのだ。また、イルクルタンメーが去っても、それで助かるというわけではない。ガマから抜け出せるかどうかは別の話だ。真っ暗なガマの中をさまよい、もし外に出ることができたら、あなたはそれから白身魚の天ぷらを食べるときに、思わず手を合わせるようになるだろう。ちなみに、なぜ命を救う言葉が「イカリソースがをつけて食べるのが好き」かというと、イルクルタンメーは元海軍の兵隊だったのだという。そして、ガマの中で働いているおじーやおばーたちは、ガマの奥に隠れて沖縄戦を生き延びた子どもたちや少年・少女たちで、そのあと戦争が終わったことを知らずに60年以上もガマの中で暮らし、いまでは何者かによって働かされ、地上で戦っている日本軍のためにだと信じて白身魚の天ぷらを作り続けているのだという。これが沖縄のある小学校の生徒たちをしかますシマ伝説「ダーニウイガの悪夢」である………………………………ということで、ザワワ、ザワワ、ザワワ、広いサトウキビ畑の地下のお話やいびたん、センスル、センスル、ヨーセンスル、テンク、テンク。

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1 コメント

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Unknown (やんばるっ子)
2009-03-09 22:38:53
久しぶりに「目取真ワールド」を読んで面白かったです。

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