新しい歴史教科書をつくる会(以下、つくる会と略す)が3月29日に「沖縄問題」緊急シンポジウムを東京・杉並公会堂で開いている。大阪地裁で大江・岩波沖縄戦裁判の判決が下りた翌日のことだ。本来なら、勝利の報告で沸き立つ予定だったのだろうが、藤岡信勝氏をして、想定された最悪の判決、という結果になり、目論見はあえなくはずれてしまったというところか。
シンポジウムのテーマは「狙われる沖縄と日本の前途」とされ、藤岡信勝氏(つくる会会長)、松本藤一弁護士(大江・岩波裁判原告弁護団長)、恵隆之介氏(ジャーナリスト)、田久保忠衛氏(つくる会顧問)、桜井良子氏 (ジャーナリスト)が発言している。ほかに梅澤裕氏のテープメッセージも会場で流されている。シンポジウムの様子はチャネル桜で放映されていて、早速ユーチューブに映像が投稿されている。それを見ると現在の原告側やその支援者の問題意識が分かって面白い。
ちなみに、3月28日の裁判のあとに喫茶店で偶然、梅澤氏や藤岡氏らを見かけたことを前に書いた。そのときに藤岡氏がカセットレコーダーを梅澤氏の口元に持っていって、何か録音していたのだが、集会で紹介されたメッセージを録っていたようだ。テープの背後の雑音でそれと分かる。
六名の中で桜井良子氏の発言は、「狙われる沖縄と日本の前途」というテーマを設定した主催者の問題意識を代弁しているようだ。台湾で新しく国民党の馬英九政権が誕生したことと沖縄の状況を関連させながら、台湾、沖縄を取り込んでいこうとする中国の意図について触れている。その分析が妥当か否か、評価は色々あるだろう。ただ、押さえておきたいのは、桜井氏やこの集会を開いている藤岡氏らが、現在の東アジアの状況を彼らなりに分析して、日本が中国に対抗するという視点から台湾と沖縄の問題をとらえようとしていることだ。
前掲の「福岡講演記録」でも触れたが、大江・岩波沖縄戦裁判が仕掛けられた背景には、台頭する中国に対して島嶼防衛の観点から沖縄の自衛隊を強化していく動きがあると私は見ている。有事(戦争)法の成立や教育基本法の改悪、憲法改悪に向けての動きは前提としてのことだが、「靖国応援団」を自称する弁護士グループの梅澤・赤松両氏へのはたらきかけや、小林よしのり氏の『ゴーマニズム宣言SPECIAL沖縄論』の連載が2004年夏から始まっていくのは、日本政府・防衛庁(当時)が新防衛計画大綱や在日米軍再編計画で、対中国・対テロ戦争に向けて自衛隊を米軍と一体化する形で強化し、中国の侵攻に備えた島嶼防衛とミサイル・ディフェンス計画によって中国を封じ込めていく、という構想を前面化していくのを、彼らなりに踏まえ、対応していった動きではないかと考えている。
教科書は全国の学生が使うものだ。旧日本軍の「名誉回復」をはかり、軍隊への否定感を払拭していくというのは、藤岡氏らにとって全国的な課題であり、沖縄に限定された問題でないのは言うまでもない。その一方で、上記の構想を進めるために、沖縄県民の意識を自衛隊の活動を積極的に支えるものに変える必要が、政府・防衛省や右派グループにとって緊急の課題としてあることも押さえておく必要がある。
東シナ海を挟んで中国と軍事的に対抗する上で、琉球列島全体の自衛隊強化が重要であるという認識が、台湾問題とも絡みながら右派グループの中で高まっていることが、今回の桜井氏の発言によく表れている。
しかし、昨年の9・29県民大会に示されたように、教科書検定問題に対する沖縄県民の反発は強く、大江・岩波沖縄戦裁判も一審では敗訴に終わり、右派グループの目論見はうまくいっていない。むしろ彼らにとっては予想以上に厳しい状況に陥っているだろう。その危機感が「狙われる沖縄」というシンポジウムのテーマにも反映している。
かつて、時事通信の沖縄支局長として那覇に駐在していたという田久保忠衛氏は、故山里永吉氏と交流があったらしく、山里氏が唱えた「琉球独立論」について発言の中で言及している。「独立」を主張するのは政府から金を引き出すため、という主張は、今の右派によく見られる沖縄理解の浅薄さを露呈しているが、このシンポジムであえて「独立論」を出したのは、聴衆に危機感を持たせる狙いがあったのだろう。
「支那」「中共」が沖縄を日本から引き離し、独立させようと画策している。そういうアジテーションを原告支援グループが、大江氏らの本人尋問の際に傍聴券を求めて集まった人たちに行っていた。それを妄想的発言と一笑に付すのは簡単だが、そのような陰謀論にリアリティを感じて運動している者たちがいることには注目したい。田久保氏の発言も、沖縄「独立」を狙ってうごめく中国と沖縄左翼、という印象を聴衆に喚起するもので、このシンポジウムのテーマに沿っている。
大江・岩波沖縄戦裁判には隠れたテーマとして「中国問題」があると私は考えてきたが、北京オリンピックやチベットへの武力弾圧などで中国への関心が高まり、控訴審に向けての動きも進む中で、その隠れたテーマがこれからさらに表に出てくるのではないかと思う。
もう一点、シンポジウムやチャンネル桜のスタジオで解説している藤岡氏の発言を見ていると、控訴審に向けての新しい証拠として宮平秀幸氏の証言を提出・アピールしていこうとしているようだ。宮平証言が出たのが一審の結審後だったことを残念に思い、これで判決をひっくり返せると思っているのかもしれない。しかし、宮平証言についてはすでにネット上で、過去に雑誌取材で答えた証言やビデオで行っている証言との食い違いが指摘され、証言の信用性の無さが盛んに議論されている。
また、宮平証言と梅沢証言の食い違いを追及すれば、梅沢氏の1945年3月25日の記憶自体があいまいであり、裁判で行った陳述も信用性がなくなるという結果になる。そのことについては本ブログの3月16日に「『正論』4月号・藤岡信勝氏の評論を読む」という文章を書いたので、一読してもらえたらと思う。
いずれにしろ、宮平証言を使って無理筋の論を押し通そうとすれば、藤岡氏は墓穴を掘ることになるだろう。そのことを自覚できないとすれば、愚かとしか言いようがない。
シンポジウムのテーマは「狙われる沖縄と日本の前途」とされ、藤岡信勝氏(つくる会会長)、松本藤一弁護士(大江・岩波裁判原告弁護団長)、恵隆之介氏(ジャーナリスト)、田久保忠衛氏(つくる会顧問)、桜井良子氏 (ジャーナリスト)が発言している。ほかに梅澤裕氏のテープメッセージも会場で流されている。シンポジウムの様子はチャネル桜で放映されていて、早速ユーチューブに映像が投稿されている。それを見ると現在の原告側やその支援者の問題意識が分かって面白い。
ちなみに、3月28日の裁判のあとに喫茶店で偶然、梅澤氏や藤岡氏らを見かけたことを前に書いた。そのときに藤岡氏がカセットレコーダーを梅澤氏の口元に持っていって、何か録音していたのだが、集会で紹介されたメッセージを録っていたようだ。テープの背後の雑音でそれと分かる。
六名の中で桜井良子氏の発言は、「狙われる沖縄と日本の前途」というテーマを設定した主催者の問題意識を代弁しているようだ。台湾で新しく国民党の馬英九政権が誕生したことと沖縄の状況を関連させながら、台湾、沖縄を取り込んでいこうとする中国の意図について触れている。その分析が妥当か否か、評価は色々あるだろう。ただ、押さえておきたいのは、桜井氏やこの集会を開いている藤岡氏らが、現在の東アジアの状況を彼らなりに分析して、日本が中国に対抗するという視点から台湾と沖縄の問題をとらえようとしていることだ。
前掲の「福岡講演記録」でも触れたが、大江・岩波沖縄戦裁判が仕掛けられた背景には、台頭する中国に対して島嶼防衛の観点から沖縄の自衛隊を強化していく動きがあると私は見ている。有事(戦争)法の成立や教育基本法の改悪、憲法改悪に向けての動きは前提としてのことだが、「靖国応援団」を自称する弁護士グループの梅澤・赤松両氏へのはたらきかけや、小林よしのり氏の『ゴーマニズム宣言SPECIAL沖縄論』の連載が2004年夏から始まっていくのは、日本政府・防衛庁(当時)が新防衛計画大綱や在日米軍再編計画で、対中国・対テロ戦争に向けて自衛隊を米軍と一体化する形で強化し、中国の侵攻に備えた島嶼防衛とミサイル・ディフェンス計画によって中国を封じ込めていく、という構想を前面化していくのを、彼らなりに踏まえ、対応していった動きではないかと考えている。
教科書は全国の学生が使うものだ。旧日本軍の「名誉回復」をはかり、軍隊への否定感を払拭していくというのは、藤岡氏らにとって全国的な課題であり、沖縄に限定された問題でないのは言うまでもない。その一方で、上記の構想を進めるために、沖縄県民の意識を自衛隊の活動を積極的に支えるものに変える必要が、政府・防衛省や右派グループにとって緊急の課題としてあることも押さえておく必要がある。
東シナ海を挟んで中国と軍事的に対抗する上で、琉球列島全体の自衛隊強化が重要であるという認識が、台湾問題とも絡みながら右派グループの中で高まっていることが、今回の桜井氏の発言によく表れている。
しかし、昨年の9・29県民大会に示されたように、教科書検定問題に対する沖縄県民の反発は強く、大江・岩波沖縄戦裁判も一審では敗訴に終わり、右派グループの目論見はうまくいっていない。むしろ彼らにとっては予想以上に厳しい状況に陥っているだろう。その危機感が「狙われる沖縄」というシンポジウムのテーマにも反映している。
かつて、時事通信の沖縄支局長として那覇に駐在していたという田久保忠衛氏は、故山里永吉氏と交流があったらしく、山里氏が唱えた「琉球独立論」について発言の中で言及している。「独立」を主張するのは政府から金を引き出すため、という主張は、今の右派によく見られる沖縄理解の浅薄さを露呈しているが、このシンポジムであえて「独立論」を出したのは、聴衆に危機感を持たせる狙いがあったのだろう。
「支那」「中共」が沖縄を日本から引き離し、独立させようと画策している。そういうアジテーションを原告支援グループが、大江氏らの本人尋問の際に傍聴券を求めて集まった人たちに行っていた。それを妄想的発言と一笑に付すのは簡単だが、そのような陰謀論にリアリティを感じて運動している者たちがいることには注目したい。田久保氏の発言も、沖縄「独立」を狙ってうごめく中国と沖縄左翼、という印象を聴衆に喚起するもので、このシンポジウムのテーマに沿っている。
大江・岩波沖縄戦裁判には隠れたテーマとして「中国問題」があると私は考えてきたが、北京オリンピックやチベットへの武力弾圧などで中国への関心が高まり、控訴審に向けての動きも進む中で、その隠れたテーマがこれからさらに表に出てくるのではないかと思う。
もう一点、シンポジウムやチャンネル桜のスタジオで解説している藤岡氏の発言を見ていると、控訴審に向けての新しい証拠として宮平秀幸氏の証言を提出・アピールしていこうとしているようだ。宮平証言が出たのが一審の結審後だったことを残念に思い、これで判決をひっくり返せると思っているのかもしれない。しかし、宮平証言についてはすでにネット上で、過去に雑誌取材で答えた証言やビデオで行っている証言との食い違いが指摘され、証言の信用性の無さが盛んに議論されている。
また、宮平証言と梅沢証言の食い違いを追及すれば、梅沢氏の1945年3月25日の記憶自体があいまいであり、裁判で行った陳述も信用性がなくなるという結果になる。そのことについては本ブログの3月16日に「『正論』4月号・藤岡信勝氏の評論を読む」という文章を書いたので、一読してもらえたらと思う。
いずれにしろ、宮平証言を使って無理筋の論を押し通そうとすれば、藤岡氏は墓穴を掘ることになるだろう。そのことを自覚できないとすれば、愚かとしか言いようがない。