8日(金)は朝、カヌー10艇で松田ぬ浜を出発した。辺野古崎に向かってカヌーを漕いでいると、K4護岸の近くで1メートルほどのアカウミガメが泳いでいた。よく目にするアカウミガメだが、動力船と違ってカヌーは静かなので、すぐに逃げようとはしない。こういう豊かな海が日々破壊されていることに胸が痛む。
天皇の即位パレードにむけ沖縄の機動隊も動員されているようで、キャンプ・シュワブのゲート前や安和の琉球セメント桟橋、本部港の塩川区では機動隊の姿がなく、資材の搬入も行われなかったとのこと。市民を弾圧・排除する国家の暴力装置がなければ、工事は進められないのだ。しかし、海では海保が今日も新基地建設のために弾圧体制を敷いていた・
午前9時頃、辺野古崎付近に着いて平和丸と合流した。K8護岸ではすでにランプウェイ台船が接岸し、土砂の陸揚げが行われていた。K9護岸でもランプウェイ台船から土砂が陸揚げされ、ダンプカーで②工区に投入されていた。
9、10月は台風のため埋め立て工事がかなり遅れたが、11月に入って好天が続き、連日埋め立て工事が進められている。陸揚げと同時に、この朝入ったガット船からランプウェイ台船に土砂を積み替える作業も行われていた。
ランプウェイ台船が接岸してしまうと、あとは陸上での作業のため、カヌーは作業の様子を見ていることしかできない。悔しく、腹立たしい現実だが、それもしっかりと見て、記録しておく必要がある。誰かがその役割を果たさなければならない。
K4護岸では汚濁防止膜を海から引き揚げ、トレーラー車に乗せる作業が行われていた。
K2護岸では消波ブロックの設置が行われていたので、オイルフェンスを越えて抗議した。カヌーの連携がうまくいかず成果を出せなかった。もっと工夫の余地があり、反省させられた。
カヌーでできることは限られている。それでも、その時にできるベストを出すために努力しないといけない。この不当な工事を止めるために、大事な時間を割いて海に出ているのだから。
しだいに風が強まるとの予報だったので、この日の海上行動は午前中で切り上げた。午後はカヌーの修理や移動、チラシの修正などの作業を行った。
昼食は手作り弁当の差し入れがあった。美味しいだけでなく、栄養バランスも考えられていて、とても有り難い。にふぇーでーびる。
午後の作業を終えたあと、3時頃に豊原の高台から辺野古側埋め立て工区の様子を見た。午前に続き②工区では土砂の投入が行われていた。K8護岸からの土砂陸揚げは終わっていて、K9護岸から土砂が運ばれているようだった。
N5護岸で土砂の投入箇所が増えていた。K4護岸と接する付近で、②工区全体では5か所目の投入場所となる。10月23日の時点では無かったが、土砂の量からして11月に入って投入が始まったかもしれない。投入箇所は増えても1日に陸揚げされる土砂の量は変わらないので、埋め立てが加速したというわけではない。
午後3時20分頃、瀬嵩の海岸から大浦湾の様子を見た。K9護岸ではランプウェイ台船の入れ替えが行われていて、新たに土砂を満載した台船が接岸するところだった。護岸上にはダンプカーが並んでいたので、引き続き②工区への土砂投入が行われたと思われる。
ランプウェイ台船はほかに2隻が土砂を積み、2隻が空の状態で停泊していた。もう1隻あるはずだが、船に隠れて土砂の有無は確認できなかった。
ガット船は松龍丸、神峰、第二十八旭丸が停泊していた。前の2隻は土砂の積み替えを終えており、旭丸はまだ土砂を積んでいた。午前中、第六十三さだ丸も土砂の積み替えを行っていたので、旭丸がこの日2回目に入ってきた際に出て行ったのだろう。
この間、土砂の陸揚げは1日でK9護岸からガット船2隻分、K8護岸からは1隻分が標準だ。ランプウェイ台船を6隻使えば、その日の使用土砂と2日分の土砂を準備できる。安和と塩川で3隻以上のガット船に土砂を積み込み、大浦湾に3隻以上入れれば、このサイクルを維持できる。
台風や抗議行動でそのサイクルが狂い、ランプウェイ台船上に土砂が無くなれば、その日や翌日の陸揚げができなくなり、埋め立て工事が止まる。そこにいたるのは簡単ではないが、成果を生み出すには日々の行動の積み重ねしかない。