
2011年12月4日 日曜日。
本日は祖母の一年祭に出席するため、茨城県は坂東市まで行ってまいりました。
前日は栃木県に住む我が心の兄弟「たかし君」宅に泊めてもらったおかげで、一時間かからず目的地に着くことが出来ました
。

今回は北は北海道から、南は大阪まで合計28名が集まって生前の個人をしのびました。
これだけの人数が集まるのですから、一個人宅ではとても収容すること出来ません。この坂東市(旧岩井市)で親戚一同集まるときは、近所の料理屋の座敷を貸し切るのが通例。
「・・・・カシコミカシコミ、モゥマオス~」と、無事滞りなく祭りごとすんだ後、今度はその離れで、すかさず「なおらい」に進行出来ると。
いやはや、私の頭が悪いのか・・・名前出てこない顔が何名も。
しかしまぁ~あれですな、皆々年寄りましたな、従兄も自分も・・・・。自分たちの親が亡くなれば、そう会う機会も減るのでしょうね。陣頭指揮とる人間がいないものな~。
わたしに何かあって、そう本人心無くも亡くなったとき、骨は南房総は白浜の・・・・いつもテント張ってキャンプする「その海に」撒いてくれと、我がファミリーにはきっと申し伝えてあります。俺のチビ達、墓参りは白浜の海ですることになるわけですな。
そうすると我が子供達はこの自分よりも、親戚付合いから遠くなって行くのでしょうな。それが良いか悪いか分かりませんが・・・。
自分の生を終えて、先だった親族の待つ墓に入る・・・・俺にはイマイチピンと来ません。もしかしたら自分、親不孝の部類にはいるのかな?
ふぅむ・・・・簡単に答えだすこと出来ない、そう由々しき問題ですね。