ぶうちん村、風わたる。

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国鉄・宮之城線の今 【薩摩永野のスイッチバックの謎】  その2

2010年03月24日 21時07分35秒 | Weblog
 それでは、そもそもスイッチバックとは何かを押さえておかないといけません。
 
 私は、急勾配を登るために鉄道線路をジクザクにした施設と単純に考えていましたが、インターネット辞書Wikipediaには下記のように書かれていました(以下、引用)。

 スイッチバックとは、険しい斜面を登坂・降坂するために、ある方向から概ね反対方向へと鋭角的に曲折する道路又は鉄道軌道を指す。トンネルや切り通しの設置が難しい地形において丘陵を登坂する方法の一つとして、短区間において進行方向を反転させるものである。

 鉄道では広義には、ある列車が始発から終着までの間にある駅や信号場において、さらに先へと進むために列車の進行方向を変えて運転すること、またそのための施設を指す。

 とあります。
 そして、スイッチバックの設置形態別に下記の5つの分類が示してありました。

 1 勾配を緩和するために、本線上で列車の進行方向を逆転させるもの(停車場に停車せずに通過することはできない)

 2 勾配途中に停車場を設置するために、本線から平坦な場所へ線路を分岐させた結果、列車の進行方向の逆転が発生するもののうち、停車場に停車せずに通過することができないもの

 3 勾配途中に停車場を設置するために、本線から平坦な場所へ線路を分岐させた結果、列車の進行方向の逆転が発生するもののうち、停車場に停車せずに通過することができるもの

 4 勾配または他の理由で、停車場の線路・ホームの有効長を長くするために作られるもの

 5 勾配とは関係なく鉄道敷設の経緯などによって作られるもの
 

 そして、例示がしてあるのですが、薩摩永野駅は5のなかまに分類されていました。
 
 そのまま、Wikipediaで宮之城線を検索してみると、薩摩永野駅のスイッチバックが下記のように説明されていました。

 途中の薩摩永野駅はスイッチバックになっていた。同駅がスイッチバックの線形になったのは二つの説がある。一つは地元住民の要望により市街地に鉄道路線を敷くため、もう一つは薩摩永野駅から肥薩線に接続する計画があったため、という説である。そもそも薩摩永野駅周辺はスイッチバックが必要なほど急峻な地形ではなかった。

 と、5の分類に沿った仮説を紹介しています。
 私はWikipediaの2つの仮説を否定はしませんが、本当にそれだけか?と思ったのです。


 PS 写真は昨日と少し撮影の位置をずらしてみました。
コメント
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