風と友達

山の中が私の故郷。風の良く通り抜けていく場所に生家がある。

さくらは待っていてくれた

2021-04-27 | 風の山から
3週間ぶりに帰った風の山のサクラは、まだ十分に鑑賞できる八重桜が、強い風に吹雪ショーを見せてくれた。 子どものころから有る桜で、ベニフケンショウと教わったが、検索で調べてみたら(紅普賢象)と書いて『ベニフケンゾウ』と言うのが正解らしいが、私はやはりベニフケンショウと言う。以前にも何度か書いていると思う。


散る桜をゆっくり見る暇もなく、お昼を食べて、部屋いっぱいに出してあった布団を片付ける。
山の上の家まで車は来ないので、お客ごとがあって親戚が集まると、日帰りと言うことは出来ないので、とにかく布団を多く準備しておかなければいけなく、嫁入りの着物を、布団に仕立て直していた。と母が言っていた。農家では着物を着る機会もないので、袖を通さないままののもあったと思う。母が着ている姿より、来客用の布団の柄が記憶に残っている。何度か打ち直し、まだ十分に使えそうでもあったが、全部出して選り分け、新しく買った布団や毛布など残し、半分に減らした。
私専用の布団一式はお気に入りでもあり、まだ何回か泊まらなければいけないだろうと、残してある。戦前戦後、花より食糧だったらしく、こんな場所に桜の木は植えてなかったが、林道が抜け畑も分断され、父がこの場所に接ぎ木して置いてくれたので、今は道路から間近にてっぺんの花も見られる。これがヤマモモだったら、てっぺんの美味しい良く熟れたのが食べられるのにねえとも思う。

いつも何かしらの花が咲いて迎えてくれる。クレマチス。左下にピンクの混じった花も咲いている。長い年月に変異もするのだろか、手(支柱)をしてやりたかったが、時間がない。ヤマガラや、縄張りとしている裏山のウグイスが歓迎してくれるように賑やかに鳴いてくれた。


兄が垣根のウバメガシを切るのを手伝ったり、お墓参りに行ったが、急いて綺麗に掃除が出来なかった。父の月命日でもあったのに。
15年経ったかなあ。
まだ、帰りに叔母も、高齢者施設に入所したというので、寄る約束をしてあったので、5時の放送に慌てる。母がいなくなっても、防災無線は健在。


山を下りる途中、オンツツジの咲いている所で、停まってもらい慌てて撮影。滅多と車の通らない山道でも、いつ車が来るか分からないので、ゆっくり見ることも出来なかったが、帰ってパソコンに取り込んでみると、もう盛は過ぎていた。
自然の中で見るオンツツジ、もっと鑑賞していたかった。

これからの高齢者問題など、思うこと多々だが、長くなるのでいったん終わります。

トップの写真を見て、後ろに見えるクスノキが随分大きくなったと改めて思う。この木の風景を見て70年だもの当然ですね。
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