絶望 北條民雄
十日に一度は、定って激しい絶望感に襲われるようになった。頭は濁った水の底へでも沈んで行くようで、どうにももがかずにはいられない。たいていは一日及至二日でまた以前の気持に復することが出来るが、ひどい時には五日も六日も続くことがある。食欲は半減し、脈搏が上り、呼吸をするさえが苦しくなる。四五日も続いた後では、病人のように力が失せてしまう。しかし、私は一体何に絶望しているのであろうか。自分の才能にか、それとも病気が不治であるということにか、社会から追い出されたということにか、或はまた蝕まれ行く青春にか。いやいや、私は━━。
ぼんやりそんないいかげんなことを考えているともう夕食になってしまった。
北條民雄さんの略歴
1914年9月22日、朝鮮「京城」生まれ。1歳から父の郷里の徳島県那賀郡で育つ。1933年2月発病。1934年5月18日、全生病院(現・多摩全生園)に入院。1936年1月「いのちの初夜」が川端康成の推薦により「文學界」に発表され、「文學界賞」を受賞する。その後「文學界」「中央公論」「改造」「文藝春秋」に作品を発表。1937年12月5日、結核により死去。享年23歳。『定本 北條民雄全集』(1980 東京創元社)。