「少年兵よ」
富澤 きよ
可愛い孫たちに囲まれて幸せなとき
ふっとあの少年兵を思い出す
敗戦の年の十月 凍てついた荒野で
友軍が助けに来るを信じて
じっと穴に隠れていた少年兵
みつかった時両足は凍傷で腐っていた
"わが国の軍隊"が敗けるなんて…
少年は肩をふるわせ号泣した
両下肢の全趾は腐って歩けないのに
"大元帥陛下に賜った"銃は光っていた
満蒙開拓義勇軍の少年兵は十六歳
ハルピンの野戦病院、手術室
「では始める」軍医の手にメスが光る
「ちょっと待って下さい」うめく様な声
目隠しのガーゼの下から
少年兵の涙がボロボロとこぼれる
耳の穴に入らぬ様私は黙ってそれを拭く
声をかければ自分も泣きそうで…
「では」軍医が眼くばせした
「ちょっと待って下さい」二度目の声
「頑張ろう、切らなきゃなあ」
「ハイ、分かっているんであります
ただ、ちょっと待って下さい」
少年の涙は嗚咽となって手術室に流れた
「自分の足との別れだもんなあ」
年かさの足持役の補充兵がつぶやいた
十六歳になったわたしの息子が
卵焼きの入った弁当を鞄に詰めて
新しい自転車で学校へ行く
そのうしろ姿を見送るわたしは幸せ
そんな時ふっとあの少年兵を思い出す
戦乱の中でチリヂリになり私は八路軍へ
病人や傷兵は引揚船を待つ筈だったが…
無事に祖国に帰っただろうか
お母さんに逢えただろうか
十年ぶりに祖国の土を踏んだ私は
仕事と子育てと活動に追われて
いつしか歳を重ねた
北満の地で別れた少年兵よ健在か
願わくはあの時の無念さを
平和を守る力に足してほしい
あんなバカげた戦争をしでかしたのは誰だ
一家の大黒柱も学生も少年も少女も
果てしない泥沼の戦地へ連れ出したのは誰だ
わたしは幸せなときに思い出す
二十歳の時にこの耳で聞いた
ちょっと待って下さいと
三度言った少年の声を
沸沸と煮えたぎる怒りが胸に満ちる
それはわたしの生きる力
それはわたしの平和を守る力
(1992年12月「反戦のこえ」)