『蹴りたい背中』 綿矢りさ 2003年
さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く、細長く。紙を裂く耳障りな音は、孤独の音を消してくれる。気怠げに見せてくれたりもするしね。葉緑体? オオカナダモ? ハッ。っていうこのスタンス。あなたたちは微生物を見てはしゃいでいるみたいですけど(苦笑)、私はちょっと遠慮しておく、だってもう高校生だし。ま、あなたたちを横目で見ながらプリントでも千切ってますよ、気怠く。っていうこのスタンス。
黒い実験用机の上にある紙屑の山に、また一つ、そうめんのように細長く千切った紙屑を載せた。うずたかく積もった紙屑の山、私の孤独な時間が凝縮された山。(3)
アップランだけは譲れない。運動場を、一周目はゆっくり走り、二周目は一周目より少し早く走り、三周目は二周目よりも速く・・・と、周を重ねるごとに走るスピードを上げて、ラストの周は全速力で走る。徐々に上がっていく息がドラマティックな走り系トレーニング、アップラン。私はこのアップランを、体裁かまわず本気で走る。前半は一番後ろを大人しげに走っているけれど、ラスト周ではできるかぎりスピードを上げ、他の部員たちをごぼう抜きにして、最後は意地でも一位でゴールインする。(38)