がんになってもぽじぽじいこか

2012年6月食道がん発見、53歳でした。始めての体験で体当たりの治療とリハビリ。見つけたものも意外にあり!

認知症予兆(ガンと同じくらいこわっ)

2019-04-30 20:48:15 | 日記
今日。平成最後のお仕事してきました

10連休じゃないんだよん。
前日はアヒルママ面会やホームとのお話もあって、いい気分転換です。

この頃、こども園の終了時間が伸びて、遅番は中番になり、久しぶりに最後の子供と付き合う。
昔はよくやったなあ、鍵閉めて帰る


アヒルママを訪ねる道すがら

混雑を気にして早めに出て下道を走る。
藤が咲き始めた。
山がその部分藤色。

ふとママのボケの予兆を関連して感じられた。
他人だとわかることあるねえ。

ああそうだったか、とか思い浮かぶ。
そうだったんだ。

嫌いなアヒルママに私は思いを馳せている。

辛くて嫌いで逃げたいけど、逃げている自分さえ責めるんだ。

ドライブはいいものだ。


こんなだったよ



参考にならないかもしれない。

アヒルママは若い頃からよく忘れ(ひとの話聞いていない)ものも忘れ、落し物も多く。
バタバタして落ち着きがない。

一番最後はチェジュですがその前、ツアーでオーストリアに行った9年前、一緒にいて大丈夫かな??と思いました。
全然お守りで楽しめません。
さんざ、海外旅行してきた人が時差に対応できず、即寝。
湯色に誘っても。寝る。
一人、外国の地の夜をさまよう楽しみをもらいましたが。

これだけは、言っちゃいけない言葉をすぐいう母。

母は大変恵まれた環境に育った。
母だけが学問も裁縫も花も数学も社会科も身に付かなかった。
料理も全くダメくそ。
顔はアヒル。

軍国時代の厳しい中「みんな度肝を抜かれました、打たれるか、と思う。授業放棄してスカートも丸く広げ。本を読んでいたんですよ」
母の同級生が言ってた。
こうしては母戦時中教師とキスした日記を後日見た。
彼は自殺したらしい

モラハラしか出来なかった母。

最悪の母が生んだ子は苦しんだよ。

平成のことを全部話し、終わりにした明日からは仕切り直したい。

他の兄弟姉妹の多くはきちんと育った。

チャラチャラしたものを追いかけ、学問を成し得なかったのは母だけ。

私は母の温かさや正直さをあまり感じず育った。
大家族でよかった。

平成のお片付け終わり!

今日は給食ないんでコストコで買ってきて元気付ける。
職員と喋る。

伯母に伝える

私の苦しみを理解している伯母がありがたい。
でも叔母もボケてきていて本当に心配。


私もすぐ出てこない

なんだっけ、sがついた船だよね、あれ。
あ、スプリントだ、まで考えるのが頭が渋る。

ママの子なのでボケるかもしれない。

怖いなあ・

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