What A Wonderful World

毎日の暮らしの中で、心惹かれたことを語ります。

ノラ猫の命を、大切だと思うなら。

2010年05月14日 14時02分48秒 | 日常
asahi.com(朝日新聞社):野良猫餌やり、加藤・元将棋名人に慰謝料204万円命令 - 社会より引用

判決について原告の管理組合の島谷清理事長(85)は「率直にうれしい。動物愛護だからといって、ルールを無視して個人の意思を押しつけることはいけない」と述べた。

一方、加藤さんは「命あるものを大切にする私の信念は変わらず、餌やりも住宅の敷地外で今まで通り続けたい」と話した。

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 人間だって「命あるもの」なんだから、「大切する」という信念に含まれないんでしょうか?みんな、猫だって犬だって、大切な「命」だというのは判っているんですよ。でも、共存するには、今の時代に合ったルールの中で暮らしていかなきゃならないでしょう。


 私の実家がもし、地方の一戸建じゃなくて、隣家が親戚の家じゃなかったら、とっくに町内で同じように問題視されていると思います。いや、猫が集まる家というので、ご近所の皆さんの心の内では問題にはなっているとは思うんですが、それにしても、まだご近所と訴訟を起こす段階まではいっていないです。

動物愛護というのも、人それぞれで難しいですよね。以前、実家の敷地の門柱あたりで、小学校低学年の子供達が、日向ぼっこしているノラの子猫たちを撫でたりして、問題なく毎日過ごしていたんです。ところが、話しを聞きつけたんでしょうねぇ、動物愛護団体と名乗る人が、子猫たちを連れて行ってしまったんですよ。その場に父しか居なかったので、聞いた事しか判らないんですが、そりゃノラ猫ではありましたが、子供達の目の前で、しかも敷地に入り込んでまで、どうなんでしょうか。その人から、ノラ猫を保護しますからと言われて、父も飼い猫ではありませんから、そのまま何もできなかったようですが、兄は猫さらいが来たと言って、そりゃ怒ってました。

第三者として話しを聞くぶんには、身元を照会できる書面もなく、敷地に入ってまでノラ猫を保護した人も、ノラ猫としてエサをやったり自由にさせていた父や兄も、どっちもどっちかな~というのが私の心の内での割合です。

「地域猫」という考え方が、少しずつではありますが広まってきていますね。大昔であれば、ノラ猫が気ままに生きる空間や土地がいまよりはあって、ノラ猫たちがノラとして生きる権利があるはずだという兄の考えも通用したんだと思います。でも、やはりここまで宅地が増えて、雑木林などの空間が無くなってしまってきている今となっては、猫を人間が管理する事で幸せになって貰う方が、共存していけるように私は思います。


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羅川真里茂 『赤ちゃんと僕』 ほか

2010年05月14日 13時38分37秒 | 漫画
きなこ餅コミック 育児のお供に、育児以外のお供に『赤ちゃんと僕』

 とても秀逸な作品紹介&感想です。私も、こういう風に感想を書ければ好いのになぁ(苦笑)

羅川さんの『赤ちゃんと僕』が、少女漫画雑誌「花とゆめ」に連載されているのを、リアルタイムで読んでいました。この後に描かれた、名作の誉れ高い『ニューヨーク・ニューヨーク』も欠かさず読んでいましたけど、最近のちゃんと試合している(爆笑)テニス漫画『しゃにむにGO』は、コミックまとめ読みしました。今は、どこかで新連載を描かれているみたいですけど、それはまだ未読です。

どの作品でも、主要キャラはもちろん、脇役キャラも、それぞれ人生いろいろあって、今があるという部分をしっかり描いてある「生きている人間」なのですよ。だから、重い辛い話もあるし、アホみたいな話もあるし(失礼)そんな毎日の積み重ねが、いろんなエピソードを通して描かれていくのが、とにかく面白くて魅力的で目が離せなくて、『赤ちゃんと僕』が連載当時は、ほんと欠かさず読んでました。

だから、今でも、赤ちゃんこと実君が事故に遭ってハラハラするお話とか、クラスで問題が起きて僕こと拓也君が、思春期らしく葛藤する話とか覚えてます。リンク先で紹介されている、お父さんとお母さんのエピソードも、そうそうあったな~と懐かしく思い出しました。

リンク先の一文を引用させて頂くと、

>『赤僕』は、読む年齢や状況によって、心に残る作品が変わりますね。十年後に読み返すと、当時とは違うキャラクターに感情移入ができる。少女期にしか読めない少女漫画が多い中、これは稀有なパターンです。昔から男性読者も多かった『赤ちゃんと僕』、老若男女問わず、広く深く人間を描いた作品でした。

私は連載当時は、二十代半ばでしたから、やっぱりお兄ちゃんの拓也君目線で読んでいたんだと思います。なので、書かれているように、母親となって息子たち(小学生を過ぎてしまいましたが)と過ごすいま、読み返したらきっと当時は見えなかった部分が、たくさん見えそうだなと思いました。

う~ん、『ニューヨーク・ニューヨーク』をBL漫画と言われたくないと、いまでも思ってますし、『しゃにむにGO』も、WJなどの少年誌とはまるで違うアプローチで、男子テニスに打ち込む青春を真っ向から描いているのがたまらんし、どれもこれも読み返したくなって困りましたね(笑)
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一杯だけ熱い紅茶が欲しい時。

2010年05月14日 09時05分35秒 | 日常
手軽に温かな一杯、お湯が沸かせるオシャレなマグカップを学生が開発。 | Narinari.com

 これ欲しい!主婦ひとりが、昼間でも夜でも、一杯だけ紅茶を飲みたいと思った時に、わざわざお湯を沸かすのは、勿体無い(メンドクサイ)と思っちゃうのね。そんな時に、このマグがあったらそりゃハッピーですよ~。

昼間は、大概保温ポットにお湯を常備してますけど、夕食の準備をするごろには、もうお客さんも来ないだろうと、調理に使っちゃうのね。寒い時期なら、ストーブの上にヤカンを乗せてるけど、そのお湯も使ってしまうのね。で、そういう夜に限って、一服したくなる訳ですよ(笑)

くだらないと思う人も居るかもしれなけど、その一杯の紅茶で、もっと頑張れたり、辛い事も癒されたりするのだぞー!

早く日本でも売らないかなぁ。

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