勉強をしますか。何か書きますか。君方は新時代の作家になるつもりでしょう。僕もそのつもりであなた方の将来を見ています。どうぞ偉くなって下さい。しかしむやみにあせっては不可(いけ)ません。ただ牛のように図々しく進んで行くのが大事です。文壇にもっと心持の好い愉快な空気を輸入したいと思います。それからむやみにカタカナに平伏する癖をやめさせてやりたいと思います。これは両君とも御同感だろうと思います。
今日からつくつく法師が鳴き出しました。もう秋が近づいて来たのでしょう。
私はこんな長い手紙をただ書くのです。永い日が何時(いつ)までもつづいてどうしても日が暮れないという証拠に書くのです。そういう心持の中に入っている自分を君らに紹介するために書くのです。それからそういう心持でいる事を自分で味(あじわ)って見るために書くのです。日は長いのです。四方は蝉の声で埋っています。 以上。
大正5年8月21日、漱石が久米正雄・芥川龍之介へ宛てた手紙。
この年の12月9日、彼は『明暗』を執筆途中で亡くなりました。49歳でした。