“恐怖”をキーワードに選んだ物語を白石加代子さんが朗読する「百物語」シリーズ。
22年前、白石さんが50歳のときに始まり、以来ライフワークとして続けられ、今回がそのファイナル公演だそうです(私が拝見するのは今回が初めて)。
ご存じのとおり百物語は100話目の怪談を語り終えたときに本物の怪が現れると言われていて、100話目は決して語ってはいけないというのが言い伝え。というわけで、このシリーズも99話目で終了されるそうです。
私の目当てはその99話目の『天守物語』だったのですが、予想に反して、98話目の『橋づくし』が素晴らしかった。
素敵な空間を体験させていただきました。
※3階席:3000円
橋づくし45分~休憩25分~天守物語65分
【第九十八話 三島由紀夫 橋づくし】
昭和通りにはまだ車の往来(ゆきき)が多い。しかし街がもう寝静まったので、オート三輪のけたたましい響きなどが、街の騒音とまじらない、遊離した、孤独な騒音というふうにきこえる。
月の下には雲が幾片か浮かんでおり、それが地平を包む雲の堆積に接している。月はあきらかである。車のゆききがしばらく途絶えると、四人の下駄の音が、月の硬い青ずんだ空のおもてへ、じかに弾けて響くように思われる。
小弓は先に立って歩きながら、自分の前には人通りのないひろい歩道だけのあることに満足している。誰にも頼らずに生きてきたことが小弓の矜りなのである。そしてお腹のいっぱいなことにも満足している。こうして歩いていると、何をその上、お金を欲しがったりしているのかわからない。小弓は自分の願望が、目の前の舗道の月かげの中へ柔らかく無意味に融け入ってしまうような気持がしている。硝子のかけらが、舗道の石のあいだに光っている。月の中では硝子だってこんなに光るので、日頃の願望も、この硝子のようなものではないかと思われて来る。
(三島由紀夫 『橋づくし』)
陰暦八月十五日の満月の夜に、七つの橋を渡って願掛けをする四人の女の物語。
昭和三十一年、作者が31歳のときの作品です。
ドビュッシーの「月の光」とともに客席上手から登場された白石さんは、涼しげな白地の着物と真っ赤な口紅。
帰宅してから知りましたが、現在72歳なのですね。お若い。
実際に拝見したのは初めてですが、綺麗な方だなぁと感じました。雰囲気がすっと一本通っていて、とても綺麗。
舞台にはお供えのお月見団子と薄。黒衣さん達が楽しげに御酒を酌み交わしています
やがて小弓が米井で夜食をいただく場面になると、上手の卓上に黒衣さんがお素麺を運んできて、それをずず~っと啜る白石さん^^
そしていよいよ四人が願掛けに出発します。
ドビュッシーの旋律、虫の音、時折通る車のエンジン音…、それらが東京の夜の静寂を実に効果的に表していて、舞台の空気がふっと変わる。
それまでのセットは静かに下げられ、舞台の上にはシンプルな数枚の板で表した橋(板の合わせ方で色々な形の橋に変わります)と、橋の名前がぽっと浮かんだ常夜灯のみ。
本当に昭和の、今よりずっと灯りも交通量も少ない夜の銀座がそこにあるようだった。
そして白石さんの語りを見て聞いているうちに、実際は一人で演じられているのに、そこに四人の女性がいるような錯覚を覚えました。
三島由紀夫はこの作品について、「私がかねがね短篇小説というものに描いてきた芸術上の理想を、なるたけ忠実になぞるように書いた作品で、冷淡で、オチがあって、そして細部に凝っていて、決して感動しないことを身上にしている」と言っています。
まさにそのとおりの作品で、原作を読んだときは面白味がわかるようなわからないような、どう消化していいのか正直少々困ってしまったのだけれど、今回、なんだか腑に落ちたといいますか、この作品がとても好きになってしまいました。
以前はこの作品にちょっと冷たいような印象を多くもっていたのですが、白石さんの明るくチャーミングな語りを通すと、この作品の軽みと可笑しみが自然と感じられて、けれど闇の深さと透明な美しさも依然としてそこにあって、それらが絶妙に融け合って、そういうところにこの作品の魅力はあるのかもしれないな、と。
何かを主張するわけではなく、ただ、ある秋の満月の夜の、東京の花街の、普通の四人の女達の、たわいもない(けれど本人達にとっては特別な)、その結末が気になってちょっぴりドキドキする、ほんの数時間の物語。
昭和の銀座にタイムスリップして彼女達の秘密の儀式を覗いているような、素敵な45分間でした。
なお、この『橋づくし』のエピグラフは、近松の浄瑠璃からとられています。以下。
………元はと問へば分別の
あのいたいけな貝殻に一杯もなき蜆橋、
短かき物はわれわれが此の世の住居秋の日よ。
――『天の網島』名ごりの橋づくし――
【第九十九話 泉鏡花 天守物語】
72歳とは思えない、大変な熱演。
ではあったのですが。。。
少々観ていて疲れてしまった、、、というのが正直な感想です・・・(すみません・・・)。
一人が代わる代わる数役を演じるのはやはりどうしても慌ただしく感じられ(なんとトータル17役だそうです)、登場人物に感情移入がしにくかった。私は観ていませんが、以前された『高野聖』などの方が登場人物も少なく、朗読劇には合っているのではないかしら。
また力を抜いて語った方がいいような箇所も力が入っていることが多く、そのせいか妖怪達に妖しさが少なく、みんなどこか市井っぽい(人間の図書はちょっとおっさんぽい^^;)。 桃六も、もっと人間や妖怪を超えた、泰然自若とした雰囲気なのではないかしら。
それらが、別世界を描いたこの物語とあまり合っていないように感じられました。
とはいえ、天守の舞台セットは素敵で、黒衣さんをうまく使って侍女や図書のように見せるなど、よく工夫されているなぁと感心しました。
そして全体を通して言えることは、やはり上手い!
平幹二郎さんの『ヴェニスの商人』や美輪明宏さんの『黒蜥蜴』のときも書きましたが、『橋づくし』にしろ『天守物語』にしろ、あれほど美的な言葉の数々で彩られた文章が白石さんの声を通すとすぅと意味が頭に入ってくる。自然に理解できる。これってすごいことですよ。なかなか出会えるようで出会えないです、こういう役者さん。
カーテンコールは1回。
黒衣さんのご紹介と、TV放映の紹介も兼ねた、すっきりとスマートなカテコでした。
舞台中央に正座し挨拶をされる白石さんを見ながら、改めて、素敵な女性だなぁと。
魅力的な女性を見た後にいつももらえる「こんな女性になりたい」パワーを、今回もいっぱいいただいた。
中島みゆきさんや美輪さまや玉さまの舞台を観た後に感じる、あの感覚と同じです。
って、最後のお二人は女性じゃなかった、笑
この日は旅公演の中日だったそうで、WOWOWの撮影が入っていました。
また今週土曜日23時からEテレで特集番組が放映されるそうなので、ご興味のある方はぜひ(*^_^*)
それにしても、今までこのシリーズの存在を知らなかった自分がつくづく悔やまれる。。。。。。。。。
※99本目のろうそくに達した「白石加代子の百物語」で演劇の醍醐味を(JAPAN TIMESより)