金曜日の夜に行ってきました。
2013年7月の「夏目漱石の美術世界展」(東京藝大美術館)、2014年3月の「ラファエル前派展」(六本木ヒルズ)に続き、私にとって日本で3回目のラファエル前派
絵画の世界では比較的マイナーな部類だと思うのに、こんなに頻繁に企画展を開いてくれるなんて・・・幸せ
今回はリヴァプール国立美術館より計65点が来日。
ミレイの『オフィーリア』やロセッティの『ベアタ・ベアトリクス』が来日していた六本木ヒルズの展示に比べると、今回は大きな目玉となる絵は少なめ?とも思いましたが、テートブリテンには今後も行く機会はあるかもしれないけど、リヴァプールにはおそらく行くことはないと思うので、私にとって稀少性はこちらの方が上かも。
厳密な意味での「ラファエル前派(ラファエル前派兄弟団Pre-Raphaelite Brotherhood)」としての活動は1848年の結成から1853年にミレイがアカデミーの准会員になりグループが崩壊する辺りまでの僅か数年で、それ以降のウォーターハウスなどの画家は「ラファエル前派の影響を受けた画家」、あるいは「ラファエル前派第二世代、第三世代」と呼ぶのが正しい、ということを今回知りました。
今は存じませんが数年前のテートではウォーターハウスの『シャロット』(←ボートの)の真下にミレイの『オフィーリア』が展示されていたりしたので、その辺の違いをあまり意識したことがなかったのです(六本木ヒルズで説明されてたかもしれないけど^^;)。まぁ後年のミレイ作品よりウォーターハウスの方がよほどラファエル前派らしい絵とも思われるので、この二つを並べるのは自然だと思います。そもそも何をもって「ラファエル前派らしい」というか、という疑問もありますが・・・。「自然に忠実(写実性)」、「中世回帰」、「聖書や文学に題材をとった物語性」、「場合によって象徴主義」という感じの理解でいいのだろうか。で、どの部分を強調するかは画家に委ねられていた(そしてそれが分裂の原因にもなった)、という感じ・・・?うーん、ラファエル前派の特徴ってやっぱりわかりにくい・・・。いずれにしても「アカデミーには反対!」というところでは兄弟団の意見は一致していた、という感じでしょうか。
そして兄弟団を結成したとき、ミレイは19歳、ロセッティは20歳、ハントは21歳だったのですねー。若い 時期としては、印象派より25年くらい前。
【Ⅰ.ヴィクトリア朝のロマン主義者たち】
ジョン・エヴァレット・ミレイ 『いにしえの夢―浅瀬を渡るイサンブラス卿 A Dream of the Past: Sir Isumbras at the Ford』 1856-57年
ミレイは人物はもちろんですが、『オフィーリア』でも見られるとおり、植物がもっっっのすごく美しいと思うのです。左下の枯草も、少年が背負っている枝も、生で目を凝らして見ても、すんごい上手。ミレイは写生の鬼だったそうです。まるで本物みたいなんだけど、写真みたいというのとも少し違う、絵画ならではの美しさ。
とはいえこの絵も発表当初は「馬が騎士に比して大きすぎる」等の理由で批評家から猛烈な批判を受け、幾度も修正を重ねたのだとか(確かにそれらしき跡が見えます)。
批判者の一人は、美術評論家のジョン・ラスキン。ラファエル前派のよき理解者だった方。彼にはエフィーという奥さんがいましたが、彼女はミレイと恋に落ちてしまい、1854年に婚姻無効の訴訟を起こし離婚、翌55年にミレイと再婚しています。だから批判したわけでもないでしょうが、ラファエル前派周辺の人間関係って若さのままにドロンドロン・・・ ロセッティの愛人ジェイン・バーデン(前回来日していた『プロセルピナ』のモデル)の夫は、ウィリアム・モリスですしね(^_^;)
ラスキンは後にホイッスラーの『黒と金のノクターン』(1877年)も痛烈批判し、名誉棄損で訴えられたりしています。
さて、こういう企画展は、額縁の鑑賞もお楽しみの一つですよね。
©finefil
ステキ 精巧で美しい葡萄の実で縁どられています
右の小さな額は、同じ絵を紙にグワッシュで描いたもの(1863年)。ミレイはオリジナルと明確に区別させるために、少女の服の色などを変えています。これがまた上手でねぇ。。。
ジョン・エヴァレット・ミレイ 『春 林檎の花咲く頃』 1859年
「描かれているのは妻やその妹たちなど身近な人々で、各人物の将来が顔や物腰に象徴的に暗示されています。全体の雰囲気は希望と期待に彩られ、それは瑞々しい春の開花と芽吹きによって示されていますが、画面右側の大鎌の刃は、はかない存在の不吉な象徴となっています。」(公式サイト)とのこと。
これまた左右に置かれた籠の中の草花や、青い服の少女の髪に飾られた黄色の花、林檎の花々が、それはそれはそれは自然で美しいのですー
しかしただ平和に美しい風景というだけでは終わってくれないのが、ラファエル前派。彼女達がどういう運命を辿ったのかは不明ですが、みんながみんなウッキウキ♪という表情ではありません。そして右端の大鎌。この鎌さえなければ、このポストカードは飛ぶように売れたでしょうに
ジョン・エヴァレット・ミレイ 『ブラック・ブランズウィッカーズの兵士 The Black Brunswicker』 1859年
女性の服や壁紙の質感がもうねぇ。。。スンゴイのよ。。。どんなに目を凝らしても、ただの絵具から作りだされたとは信じがたい。
この絵は、ナポレオン戦争に向かうプロイセンの兵士とその恋人の別れを描いているそうです。しかしなぜか左上には、敵であるはずのナポレオンさんの額が・・・。発表当時から色々憶測を呼んだようですが、結局理由はわからないみたい(誰もミレイに聞かなかったのー?)。女性のモデルは、作家チャールズ・ディケンズの娘さん。ディケンズはこの10年ほど前にミレイの『両親の家のキリスト』を猛烈批判していますが、もう和解していたのかな?この絵、実際にはモデル同士は会っておらず、それぞれが木の人型相手にポーズをとったのだとか。
ジョン・エヴァレット・ミレイ 『森の中のロザリンド』 1867-68年頃
こちらはとても小っちゃな絵。全体の色合いがシックで素敵。
ジョン・エヴァレット・ミレイ 『良い決心』 1877年
写真では全くわかりませんが、生で見ると上下の服の質感の違いがスンゴイのです。
あまり細かいところに目をやる見方はしたくないけれど、見ないではいられない。
ジョン・エヴァレット・ミレイ 『巣』 1887年に最初の出品
こちらも生で見ると少女の柔らかな透けた服と、母親の黄色の服の質感が、モノスゴイのです。
少女の表情は、自然に対する畏敬の念の顕れとのこと。
ミレイは他に、『ソルウェーの殉教者 The Martyr of the Solway』(1871年頃)が展示されていました。
アーサー・ヒューズ 『聖杯を探すガラハッド卿』 1870年に最初の出品
ミレイにスペースをとりすぎてしまった。サクサクいきましょう。
こちらは、イングランド北部の風景なのだそうです。写真だとわかりにくいですが、石の橋の下に川が流れています。
この感じ、昔行ったハワースの荒野の風景↓に少し似てると思いました。
ピンクの花はヒース。のどかに写っていますが、実はものすごい大荒れの天気の中で撮ってます。だからカメラの調子もおかしい(^_^;)
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 『シビラ・パルミフェラ』 1965-70年 カラーチョーク・紙
手にしているのはヤシの葉(パルミ=パーム)。左上の薔薇は愛、目隠しのキューピッドは「恋は盲目」の暗示。右上のケシの花とその下の髑髏は、死の暗示。蝶々は魂の象徴。
モデルは、アレクサ・ワイルディング。ロセッティのモデルの中で唯一男女の関係になかったといわれる女性。ほんっとロセッティって・・・(ーー;)
ダニエル・マクリース Daniel Maclise 『祈りの後のマデライン』 1868年に最初の出品
【Ⅱ.古代世界を描いた画家たち】
ローレンス・アルマ=タデマ 『お気に入りの詩人』 1888年
ラファエル前派って色のドギツイ鮮やかな絵が多いので、途中でこういう色合いを見るとほっとする 隠れた意味のない(よね?)ところも。
しかしこの大理石の質感の見事さよ。。。
フレデリック・レイトン 『書見台での学習』 1877年
このピンクのサテンの質感・・・!少女らしい細っこい身体も愛らしいです。
ロンドンのホーランドパークには、レイトンの家がLeighton House Museumとして残っているのだそうです。行ってみたいなあ。
エドワード・ジョン・ポインター 『テラスにて』 1889年に最初の出品
これも一息つける系
【Ⅲ.戸外の情景】
ウィリアム・ヘンリー・ハント 『卵のあるツグミの巣とプリムラの籠』 1952-60年頃 水彩、グワッシュ・紙
ハントは、ミレイ、ロセッティとともにラファエル前派を創設した主要人物の一人(忘れないで~)。
この絵は屋外ではなく、これらのものを室内に持ち込んで書かれたのですって
ラファエル前派のモットーの一つだった「自然に忠実に」に忠実に、自然を観察した作品。
ジェイムズ・ハミルトン・ヘイ 『流れ星 The Falling Star』 1909年
星の瞬く漆黒の空、一面の雪、シンと寝静まった家々。そんななか、遠くに見える一軒の家から漏れる灯りの暖かさ
【Ⅳ.19世紀後半の象徴主義者たち】
ジョージ・フレデリック・ワッツ 『十字架下のマグダラのマリア』 1866-84年
イエスは午前9時に十字架にかけられ、12時頃には全地が闇に覆われ、15時頃に息を引き取り、夕方に十字架から降ろされたと言われています。
マリアの後ろの柱は、イエスが磔になった柱。彼女の視線の先にはそういうイエスの姿があるのです。この絵の前に立つと、背景の暗い空と暗い丘の色合いに、「ああ、きっとこういう感じだったのだろうなぁ」と感じました。
ワッツは他に、テートに完成品がある『希望 Hope』のためのスケッチなども展示されていて、興味深かったです。
エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ 『フラジオレットを吹く天使』 1878年 水彩、グワッシュ、金彩・紙
100年以上前の絵ですが、昨日描かれたイラストですと言われても信じちゃいますよね~。少年のような中性的な雰囲気が素敵。
バーン=ジョーンズは他に、水彩の大作『スポンサ・デ・リバノ(レバノンの花嫁)』などが展示されていました。
©spice
ジョン・ロダム・スペンサー・スタナップ『楽園追放』について解説する宮澤政男上席学芸員
この額の豪華さ~~~。
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 『エコーとナルキッソス』 1903年
黄色の水仙は死の象徴。こういう感じの場所も、イギリスにはよくありますね。
オックスフォードのルイス・キャロルのお散歩道。似てません?
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 『魔法をかけられた庭 The Enchanted Garden』 1916-17年
ウォーターハウスの未完の遺作。今回この絵が来ていることを知らなかったので、会場で見つけたときは嬉しかったです(*^_^*)
今回の展覧会のポスターになっている絵は同画家の『デカメロン』(1916年)で、10人が10日間をかけて100の物語を語るという場面ですが、こちらの絵の題材はその物語からの一つ。
©spice
会場のソファの布は、ウィリアム・モリスのいちご泥棒
日本の美術館もついにこういう部分にまで拘るようになってくれたんですねぇ
左のアルバート・ジョゼフ・ムーアの『夏の夜』(1890年)も、黄色の布の質感と全体の上品な色合いがスバラシかったです。私もお仲間に入って夏の夜をのんびりまったり過ごしたい~ この4人がみんな同じ女性だと思うと、ちょっと不気味な気もしましたが(^_^;)
ラファエル前派展は渋谷Bunkamuraザミュージアムにて、3月6日まで。
決められた遣り方に従うのではなく、自分の眼で見た通りに描こうというのが、彼らの主張であり、信念であった。…ラファエル前派の画家たちは、単に自然を正確に再現することだけに満足していたのではない。彼らは、眼に見える自然の世界の奥に、眼に見えない魂の神秘、情熱の世界、さらには自然を超えた聖なるものの存在をも見ていた。精緻な自然の再現は、その眼に見えない世界に到達するための手段に他ならない。この点では彼らは、ロマン主義から象徴主義にいたる19世紀のもうひとつの重要な流れとも密接に結びついている。
(ローランス・デ・カール 『ラファエル前派 ヴィクトリア時代の幻視者たち』)
象徴主義は、19世紀後半の重要な芸術の流れのひとつである。科学と機械万能の時代の実利的なブルジョワ精神、芸術の卑俗化を嫌悪した文学者や芸術家は、人間存在とその運命に関する深い苦悩、精神性への欲求から、内的な思考や精神の状態、夢の世界などを表現しようとした。それゆえに象徴主義は、主題や表現手段の上できわめて多様な形をとった国際的な潮流となった。
イギリスに現れたラファエル前派は、最初の象徴主義の運動のひとつにかぞえられる。1848年にダンテ・ガブリエル・ロセッティ、ジョン・エヴァレット・ミレー、ホルマン・ハントらが結成した「ラファエル前派兄弟団」は、ラファエロ以降の西洋絵画を退廃とみなし、それ以前のイタリアやフランドルの芸術のもつ誠実で精神的な在り方こそ理想的な姿としてそれへの回帰を主張した。こうした考え方は19世紀初頭のナザレ派やルンゲ、ブレイクなどに先例をもつ。彼らは聖書や中世の歴史、シェークスピアやダンテなど文学に主題を得ながら、それを初期ルネサンスの画家に倣った入念な細部描写、因習にとらわれない構成で描いて、神秘と象徴の世界を作り出した。
(太田泰人 『カラー版 西洋美術史』。前掲書より引用)
Pre-Raphaelites
なんのミステリーやねん。面白いけど笑。19世紀イギリスは私の永遠の憧れ!
The Founders of The Pre-Raphaelite Brotherhood
John William Waterhouse & Dante Gabriel Rossetti
ほぼウォーターハウスなのに途中でロセッティが一つ混ざってる妙な動画ですが、美しい・・・。