PMS(月経前症候群)とは、
生理前に心身の不調を来し、
生理が始まるタイミングで治まる病態です。
PMSを自覚している女性は従来、
成人女性に多いとされてきましたが、
近年、思春期女子も多くが経験していることが明らかになってきました。
ポイントは「心身の不調」です。
体だけではなく精神的にも不安定になります。
つまり月経周期に伴い分泌されるホルモンは、
体だけではなく心にも影響するという事実。
西洋医学では、身体症状に対する薬と精神症状に対する薬が別々に処方されます。
ホルモン療法は両方に有効です。
一方の漢方医学では、身体症状と精神症状をまとめて一つの方剤で治療します。
心と体は影響し合っているという「心身一如」という考え方が根底にあるのです。
ですから、自分の体質に合う漢方薬に出会うと、
生理関係トラブルが軽減するので、一生幸せに過ごせます。
月経前症候群の漢方的捉え方は、
血液がたまって血の巡りが悪くなる「お血」という病態概念を用います。
それを解消する薬を「駆お血剤」と呼び、
血の巡りをよくすることにより、諸症状が軽減します。
生理関係トラブルには、
・月経痛(月経困難症)
・月経不順
・月経前症候群
・更年期障害
などがありますが、
実はこれらに用いる漢方薬は共通しています。
「血の異常」に対する方剤を使い分けるのですね。
今までに私が集めた情報をまとめると以下の通り;
当帰芍薬散(23):陰虚:水毒4/血虚4/お血3
加味逍遥散(24):陽虚:お血4/気逆3
桂枝茯苓丸(25):陽実:お血5/気逆3
桃核承気湯(61):陽実:お血4/気逆4
温経湯(106) :陰虚:血虚4/お血3/気逆3
当帰建中湯(123):陰虚:お血3/血虚3
柴胡桂枝乾姜湯(11):陽虚:気逆3
半夏白朮天麻湯(37):陰虚:水毒4/気虚4/気滞3
「陰虚」とか「陽実」とかは、
漢方の「陰陽虚実」という概念による分類です。
その後ろの単語と数字は、
漢方の「気・血・水」という概念による特徴と、
5段階評価でどの程度の強さを持つかという指標です。
さて、PMSに関してはなかなかまとまった記述に出会えません。
「漢方薬のきぐすり.com」というサイトの記事が詳しいので、
私なりに読み解いてみたいと思います。
私が書いたリスト以外にも、複数の方剤が登場します。
抑肝散(54)
抑肝散加陳皮半夏(83)
半夏厚朴湯(16)
香蘇散(70)
六君子湯(43)
苓桂朮甘湯(39)
…これらの方剤は主に“気”の異常に対するものですね。
つまり、このサイトの記述者は、
PMSに対して血の失調に対する方剤と、気の失調に対する方剤を併用する方針のようです。
しかし併用の具体例、注意点については言及していないので、
現場では困ってしまいそう。
一方、私が書いたリストは、血と気の失調の両方をカバーする方剤で、
一つの方剤で何とかしようという方針です。
<メモ・備忘録>
▢ PMSの定義
・月経の数日から10日前に生じる多様な精神・身体症状。
・従来は「月経前緊張症」と呼ばれてきた。
▢ PMSの症状
① 疲労感、抑うつ感、引きこもり、(集中力低下)、喉元や胸のつかえ感、腹部膨満感、神経過敏、イライラ
② 頭重感、頭痛、立ちくらみ、手足のむくみ、冷え、冷えのぼせ、嗜好の変化、食欲不振や過剰摂取
▢ PMSの症状に対する漢方医学の気血水の病態
1.気の失調
(気滞)抑うつ感、喉のつかえ感(→ 柴胡、薄荷、川芎)
(気逆)神経過敏、イライラ、のぼせ、動悸( → 桂皮、山梔子)
(気虚)疲労感、集中力低下、食欲不振( → 朮、甘草、茯苓)
2.血の失調
(お血)頭痛、冷えのぼせ、暗赤色の歯肉( → 川芎、桃仁、牡丹皮)
(血虚)顔色が悪い、めまい、動悸、冷え症( → 当帰、芍薬)
3.水の失調
(水滞)頭痛、めまい、むくみ( → 朮、茯苓、沢瀉)
▢ PMSの精神神経症状には加味逍遥散(24)
・気うつ感、イライラ感、怒りやすさは気滞・気逆に相当する。
・柴胡を中心とする理気剤の加味逍遥散(24)が適する。
▢ イライラ感・怒りの顕著なPMSには抑肝散加陳皮半夏(83)
・気うつ傾向と攻撃的な症状を持つ場合。
・加味逍遥散(24)はどちらにも用いられるが、主に気うつ傾向に適する。
・イライラ感や怒りなど攻撃的な症状(月経前不機嫌症状)が顕著な場合は、抑肝散(54)や抑肝散加陳皮半夏(83)が適する。
▢ 加味逍遥散(24)と抑肝散加陳皮半夏(83)の比較
・24と83は精神神経症状(気滞)に用いる柴胡と、貧血傾向(血虚)に用いる当帰を共に含む類似処方。
・24は柴胡と芍薬が主薬で、精神的に弱い状態(陰証)に適する。
・83は柴胡と釣藤鉤が主薬で、精神的に強い状態(陽証)に適する。
▢ PMSの予防・養生
1.症状を軽減する工夫
・温める:温かいものを食べる。ゆっくり入浴する。冬は腰をカイロで温める。首筋を温める。夏場のオフィスの過剰冷房対策を考える。
2.控えた方がよいもの
・体を締めつけないようにする(ガードル、ボディースーツ)。
・(むくみを増悪させる)塩辛い食品を控える。
▢ 気うつの顕著なPMSには半夏厚朴湯(16)・香蘇散(70)
・両処方は蘇葉を含み、気分が優れない病態が適応。
・気うつ感・気分がすぐれない・胃腸が丈夫でないことは共通。
・半夏厚朴湯(16)は喉・胸・胃のつかえ感を軽減する。
・香蘇散(70)は頭重感を伴い、半夏厚朴湯(16)より体力のない人が適応。
▢ 「もの悲しい印象」の人に合う香蘇散(70)
・気うつの頭重感に用いる香附子と、食後の停滞感を軽減する陳皮が主薬。
✓ 焦り気味
✓ 頭重感、頭痛
✓ 虚弱者の初期感冒
▢ 「几帳面・おしゃれ」な人に合う半夏厚朴湯(16)
・むかつきや食後の停滞感を軽減する半夏、茯苓と、気うつ感を軽減する厚朴が主薬。
✓ 咽喉頭異常感
✓ 動悸、めまい感
✓ 嘔気、胃部停滞感
✓ 腹部膨満感
▢ 気うつ感&胃腸虚弱には六君子湯(43)
・PMSに伴う気うつ感や胸のつかえ、冷え症には、胃腸虚弱で少食が関与している場合があり、六君子湯(43)が有用。
・43は薬用人参を含み、胃の停滞感を軽減する半夏、生姜、茯苓は半夏厚朴湯(16)と共通。
▢ PMSに用いられる漢方
加味逍遥散(24)
桂枝茯苓丸(25)
香蘇散(70)
柴胡加竜骨牡蛎湯(12)
当帰芍薬散(23)
半夏厚朴湯(16)
抑肝散加陳皮半夏(83)
苓桂朮甘湯(39)
▢ 使い分けその1:体力
(実証)胃腸が丈夫、食欲旺盛、脂っこいものも食べる、声が大きい、夜更かしをしても大丈夫。
桂枝茯苓丸(25)、柴胡加竜骨牡蛎湯(12)
⇧
(中間証)
加味逍遥散(24)、抑肝散加陳皮半夏(83)
⇩
(虚証)少食傾向、淡白な野菜食を好む、疲れやすい、風邪を引きやすい。
当帰芍薬散(23)、半夏厚朴湯(16)、
苓桂朮甘湯(39)、香蘇散(70)
▢ 使い分けその2:のぼせと冷え
(体力あり)
⇧ (のぼせ、頭痛、下肢の冷え)桂枝茯苓丸(25)★
⇧ (顔面紅潮、焦燥感、頭痛)黄連解毒湯(15)
⇧ (のぼせ、めまい、頭痛)女神散(67)
(冷えのぼせ、不安、多様な症状)加味逍遥散(24)★
⇩ (発作性の動悸、のぼせ、めまい)苓桂朮甘湯(39)
⇩ (冷え症、むくみ、貧血傾向)当帰芍薬散(23)★
⇩ (顕著な冷え、頭痛、嘔気)呉茱萸湯(31)
(体力なし)
▢ 使い分けその3:イライラと気うつ
(体力あり)
⇧ (動悸、不安、不眠、驚きやすい)柴胡加竜骨牡蛎湯(12)★
⇧ (イライラ、顔面紅潮、焦燥感)黄連解毒湯(15)
⇧ (頭痛、気難しい)釣藤散(47)
(多様な愁訴、冷えのぼせ、イライラ)加味逍遥散(24)★
(怒り、神経過敏、筋肉緊張)抑肝散加陳皮半夏(83)
⇩ (喉のつかえ感、嘔気、腹部膨満感)半夏厚朴湯(16)★
⇩ (胃腸虚弱、頭痛、気うつ)香蘇散(70)
(体力なし)
▢ 使い分けその4:腹痛・生理痛
(体力あり)
⇧ (のぼせ、頭痛、下肢の冷え)桂枝茯苓丸(25)★
⇧ (のぼせ、頭痛、便秘)桃核承気湯(61)
⇧ (冷え症、腰痛、関節痛)五積散(63)
(多様な愁訴、冷えのぼせ、イライラ)加味逍遥散(24)★
(疲労感、貧血傾向、痔)当帰建中湯(123)
⇩ (顕著な冷え症、頭痛、腰痛)当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)★
⇩ (冷え症、むくみ、頭重)当帰芍薬散(23)
(体力なし)
▢ PMSに用いる漢方薬服用のコツ
1)標治
・PMSは月経前3-10日に認められるので、症状の出現する数日前から服用する。
・痛みが強い場合は芍薬甘草湯(68)を併用する。
・胃腸虚弱を伴う場合は安中散(5)を併用する。
2)本治
・お血、水滞、気虚、気滞を改善する治療も必要。