小児漢方探求

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

高齢者の腰下肢痛の漢方

2025年01月27日 07時35分57秒 | 漢方
知識をアップデートすべく、今回は小児漢方と離れて、
ふだん扱うことのない高齢者漢方のセミナーを視聴しました。

高齢者の漢方は小児と比較して複雑です。
人生の荒波にもまれ、さまざまな因子により症状が発生し色づけされるからです。

今回のセミナー(講師は喜多Dr.)でも、
どの漢方的評価法を用いればいいのか、
複雑な説明で煙に巻かれる感じがしました。

最初の基礎編でまず、気血水と五臓論が混じり合って解説されるという応用問題からはじまり、
頭の中が混乱しました。

高齢者の腰下肢痛を漢方医学で分析すると、
気虚・血虚・腎虚の要素があり、
かつ寒熱で漢方薬を使い分けるという、
複雑な思考回路が必要であることがわかりました。

でも、「ここまでわかっているけど、ここからが微妙」という自覚もできますので、
高齢者漢方を学ぶことも有用だと思いました。

備忘録としてメモを残しておきます。

▶ 変形性膝関節症や高齢者の腰下肢痛では“寒熱”概念が重要

▶ 西洋医学は疾患局所を診て、漢方医学は患者全体を診る
・その患者が病気になりやすい状態か、病気が治りにくい状態か
・漢方の診断治療スキルである“証”で評価する
 ✓ 気血水:不健康状態を把握
 ✓ 虚実寒熱:体質を評価
 ✓ 陰陽六病位:闘病反応を評価
・診断治療体系が異なるため、西洋医学からみると「同病異治」「異病同治」が発生する。

【気虚のはなし】

▶ “気”の働き
・“気”には二つの働きがある
✓ 機能発現:パワーとしての気(モーター)
✓ 機能維持:エネルギーとしての気(電池)・・・ATP ← グルコース・脂肪酸 ← 炭水化物・脂肪
・パワー低下+エネルギー不足=気虚

▶ 機能発現の三つの気(パワー)
・胃気 → 消化吸収機能発現
・神気 → 精神運動機能発現
・衛気 → 生体防御機能発現
これらのパワーとしての気に、エネルギーとしての気が供給されて機能を発現する。
エネルギーとしての気は胃気(消化吸収機能)により後天の気・水穀の気として供給される。

▶ 気虚の症候
・消化吸収機能低下
 ✓ 食欲低下
 ✓ 胃もたれ
 ✓ 消化不良
 ✓ 軟便傾向
 ✓ 下痢しやすい
・精神運動機能低下
 ✓ 全身倦怠感や易疲労
 ✓ 気力や活力低下
 ✓ 日中の眠気
 ✓ 目や声に力がない
 ✓ 手足がだるい
・脈・舌・腹の所見
・生体防御機能低下
 ✓ 風邪を引きやすい
 ✓ 風邪が治りにくい
 ✓ 創傷が治りにくい
 ✓ 脈が弱い
 ✓ 舌の色が淡白
 ✓ 腹力軟弱

▶ 構造を形成する第四の気(パワー)、腎気(先天の気)
・腎気(先天の気) → 成長・発育、生殖・妊娠・出産、細胞の再生・抗加齢
・腎気は有機資材としての血から供給され、構造を維持する

▶ 狭義の気虚と腎虚を区別
・狭義の気虚:後天の気不足
・広義の気虚:後天の気不足+先天の気不足

▶ 腎虚の病態に適応となる方剤:八味地黄丸(7)
・先天の気(腎気)を補い、有機資材としての血を補う
 ✓ 成長能力の賦活
 ✓ 生殖能力の賦活
 ✓ 再生能力の賦活

▶ 八味地黄丸(7)が適応となる症状(抜粋)
症状:腰部・下肢の脱力感、腰痛、膝痛、下肢のしびれ
疾病:運動器疾患(腰痛症、坐骨神経痛、変形性膝関節症、骨粗鬆症)

【血虚のはなし】

▶ 血が供給する素材
・エネルギー源(機能維持):グルコースなど(水穀の気・後天の気)
・有機素材(構造維持):アミノ酸やたんぱく質

▶ 血虚の病態
代謝器官(化学工場)としての甘草におけるアミノ酸やたんぱく質などの有機資材の産生低下
 ⇩
血液循環による全身の細胞への有機資材の供給低下
 ⇩
供給された有機資材を利用して全身の細胞が身体構造を形成・維持する活動低下
(筋肉・皮膚・爪・毛髪・軟骨・細胞内骨格など)

▶ 血虚の病態を示唆する症候
(全身)疲れやすい、体がだるい、体重減少、貧血
(精神)物忘れ、集中力低下、不眠、浅眠
(頭部)顔色不良、抜け毛、白髪、かすみ目、疲れ目、めまい感、口が渇く、舌色白色調
(四肢)皮膚の荒れとカサカサ、爪が薄くて割れやすい、筋肉のけいれん、こむら返り、手足のしびれ
(その他)動悸、息切れ、過少月経

▶ 気虚と血虚の共通する症状
・易疲労
・倦怠感
・舌色淡白〜白色調

▶ 血虚と腎虚の共通する症状
・疲労倦怠
・口が渇く
・皮膚枯燥
・下肢のしびれ
・動悸

▶ 血虚に対する方剤の使い分け
・筋肉(骨格筋・平滑筋)の血虚 → 芍薬甘草湯(68)
 ✓ こむら返り、急性腰痛、腹部仙痛など
・四肢・関節の血虚  → 疎経活血湯(53)
 ✓ 坐骨神経痛、変形性膝関節症など
・皮膚の血虚 → 温清飲(57)
 ✓ 湿疹、じんま疹、皮膚掻痒症など

【変形性膝関節症の漢方治療】

▶ 変形性膝関節症における漢方的病態
・腎虚:示された八味地黄丸(7)の効能表中に「膝痛」
・血虚:
 代謝器官(化学工場)としての甘草におけるアミノ酸やたんぱく質などの有機資材の産生低下
  ⇩
 血液循環による全身の細胞への有機資材の供給低下
  ⇩
 供給された有機資材を利用して損傷した膝関節の滑膜を形成・修復する活動低下
 (間接表面の滑らかさが失われる)

▶ 変形性膝関節症の漢方を寒熱で使い分ける
    熱感 腫脹 疼痛
熱証:  +  +  +  → 越婢加朮湯(28)  
中間:  ー  +  +  → 防巳黄耆湯(20)
寒証:  ー  ー  +  → 桂枝加苓朮附湯 ・・・寒証+気虚

▶ 血虚を伴う変形性膝関節症の漢方を寒熱で使い分ける
    熱感 腫脹 疼痛
熱証:  +  +  +  → 薏苡仁湯(52) 
中間:  ー  +  +  → 疎経活血湯(53)
寒証:  ー  ー  +  → 大防風湯(97)

▶ 桂枝加苓朮附湯で効果が不十分な場合の次の一手
・関節腫脹が強い場合 → 防巳黄耆湯(20)を併用
・関節の熱感が強い場合 → 越婢加朮湯(28)を併用
・冷えが強い場合  → 附子末を追加(高齢者ではこのパターンが多い)

▶ 附子末の使い方
・運動器の傷みを訴える寒証患者には広く使用可能
・附子末は単独で処方することはできないので、他の方剤と併用する。
・1日0.5gから開始して、0.75g → 1.0g → 1.5g → 2.0g → 3.0gと徐々に増量する。
・患者には副作用(舌のしびれ、動悸、のぼせ、悪心、不整脈)について事前に説明し、
 副作用が出たら中止を指示しておく。
・冬季には増量し、夏季には減量する。

【高齢者腰下肢痛の漢方治療】

▶ 高齢者の痛みには「附子剤」が第一選択
・寒証+腎虚 → 附子+地黄 → 八味地黄丸(7)、牛車腎気丸(107)
・寒証+脾虚 → 附子+芍薬 → 桂枝加苓朮附湯
注1)胃腸が丈夫であれば高齢者には地黄を第一選択とする。
注2)胃腸の虚弱な高齢者には地黄ではなく芍薬が適応となる。

▶ 附子無効例には「当帰剤」が第二選択
・寒証+血虚+気逆 → 当帰+芍薬+桂皮 → 当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)
・寒証+血虚+瘀血 → 当帰+芍薬+桃仁 → 疎経活血湯(53)
注1)当帰+芍薬は冷えを伴う筋肉の緊張と血流低下を改善する。
注2)附子剤も当帰剤も無効な例には大防風湯(97)が適応となる。

▶ 高齢者の痛みに対する漢方薬のまとめ
第一選択(附子剤)
・胃腸が丈夫・腎虚 → 八味地黄丸(7)、牛車腎気丸(107)
・胃腸が弱い・脾虚 → 桂枝加苓朮附湯
第二選択(当帰剤)
・冷えが強い・気逆 → 当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)
・冷えが弱い・瘀血 → 疎経活血湯(53)
第三選択(附子+当帰) → 大防風湯(97)


・・・う〜ん、消化不良(^^;)。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 未病の漢方:花粉症 | トップ |   

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

漢方」カテゴリの最新記事