消風散は「夏になり汗をかくと悪化する湿疹」に使うイメージの漢方薬です。
実際に知り合いの高齢婦人は夏になると皮膚がかゆくなり掻き壊してただれてしまう・・・消風散を飲むようになってからそれが気にならなくなったと言っています。
某漢方医による「アトピー性皮膚炎には冬は温清飲、夏は消風散」というコメントも記憶に残っています。
さて、乳幼児のアトピー性皮膚炎のフローチャート(西村甲著「臨床漢方小児科学」)にも消風散が登場します。
【乳児】(0〜2歳)
第一選択は黄耆建中湯
→ 今ひとつなら十味敗毒湯を併用
→ 今ひとつなら十味敗毒湯を治頭瘡一方(湿疹上半身に強い)あるいは消風散(皮疹が体全体)へ変更
【幼児】(2〜6歳)
第一選択薬が黄耆建中湯
→ 今ひとつなら湿潤(ジクジク)か乾燥(カサカサ)かを観察し、
ジクジクで上半身に強い場合は治頭瘡一方、体全体なら消風散を併用。
カサカサの場合は温清飲を併用
→ 今ひとつなら白虎加人参湯を追加
・・・あれ、これだと3剤併用になってしまい、保険診療で認めてもらえない可能性がありますね。
一通り調べた結果としてのポイントとまとめを先に提示します。
<基本>
(「ツムラ医療用漢方製剤」より)
・虚実:実〜中間
・寒熱:熱
・気血水:血虚、水滞
(赤本)「表熱実証」
(「活用自在の処方選択」より)
・気血水:血水が主体
・六病位:少陽病
・漢方的適応病態:風湿熱の皮疹
・TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説: 疏風・清熱化湿・養血潤燥
<ポイント>
・アトピー性皮膚炎の病態は「風・湿・熱」で、消風散はそのすべてに対応する祛風・化湿・清熱の作用を持っているのでピッタリ。+血虚(補血・養血)もあることをお忘れなく。
・痒みが強く(風邪)、じくじくした(湿邪)、赤い(湿邪)湿疹や蕁麻疹に効く。
・湿を乾かす化湿(蒼朮)と、乾きを潤す潤燥(当帰・地黄・胡麻)という逆のベクトルを持つ生薬が同居していることをどう捉えるべきか悩ましい。生薬構成と位置づけをみると、
(臣薬)蒼朮・苦参・木通
(佐薬)知母・石膏・当帰・地黄・胡麻仁
であり、化湿が潤燥の上位に来ている。つまり化湿>潤燥と捉えるべきであろう。
・良く云えば湿潤病変にも乾燥病変にも使える「皮膚疾患の万能薬」であり、
悪く云えば「どっちつかずの生薬構成なので切れがない・物足りない」方剤。
・「漢方かゆみ3兄弟」のひとつで、湿潤傾向の皮疹に用いる消風散、乾燥傾向の皮疹に用いる当帰飲子、広域スペクトラムを有する十味敗毒湯。
・湿疹には、冬に悪化傾向なら温清飲,夏に悪化傾向なら消風散。
・消風散はどちらかというとやや即効的な意味合いのある方剤。
・蕁麻疹やアトピー性皮膚炎であればどんな場合でも消風散が効くというものではなく、痒みが強く、じくじくした赤い皮疹でないと効いてくれない。白いものや、熱感がないものに消風散は効かない。
・消風散は風邪を除去し、熱邪や湿邪も排除し、さらに養血もしてくれる、いわば欲張りな処方。従って、疏風と除湿だけをしたくて養血はしたくない場合などには、いくら痒みが強い湿疹でも、本方を使わない。例えば、痒みが強いアトピー性皮膚炎に本方を使った結果、養血薬が作用しすぎて病態が悪化した、というケースなどがみられる。
<まとめ>
・アトピー性皮膚炎を漢方的に表現すると風邪(かゆみ)・湿邪(ジクジク)・熱邪(発赤)であり、消風散はこれらすべてに対応できる方剤であり、小児にも使用可能である。
・さらに消風散には「血虚」に対する「補血・養血」作用(渇きを潤す作用)もある。つまり、じくじくを乾かす作用とカサカサを潤す作用が同居している、よく言えば万能薬、悪く言えばどっちつかずの方剤とも言える。
・逆にアトピー性皮膚炎でも赤みが乏しく熱感のないものには効かない。さらに乾燥が目立たない場合は、補血・養血作用により湿疹が悪化する可能性があるので注意。
では上記結論にいたる思考経路を以下に記します(長文注意)。
まずは荒浪暁彦先生の総論から消風散の記述を抜き出してみます。
■ 【皮膚科領域と漢方医学】
(荒浪暁彦:慶應義塾大学漢方医学センター非常勤講師・ あらなみクリニック院長)
清熱・利水作用のある石膏と知母を配合したものに白虎加人参湯と消風散があり、白虎加人参湯は口渇や多汗を伴う場合、消風散は分泌物が多く、特に夏に増悪する場合に使用する。
消風散は風湿熱を除く作用に優れ、湿潤傾向の強い皮膚疾患に頻用される。
荒浪先生のシェーマでは、アトピー性皮膚炎に対する消風散は乳児期にはなく幼児期以降に登場します。
標治のシェーマでは「清熱・利水」の項目。虚実では「実〜中間証」であり虚証の患者さんには合いません。
簡単にまとめると「消風散は清熱・利水を目標に虚証ではない幼児期以降のアトピー性皮膚炎に使用すべき方剤」ということになります。
上記総論には気血水や五臓の異常を目標としたシェーマも記されており、標治にとどまることなく、これらを総合的に判断して処方できると有効率が上がるんだろうな、と感じました。
次に十味敗毒湯でも引用した総論的記事から。
■ 「かゆみ」治療の最新事情/漢方薬の使い分け
(第32回日本臨床皮膚科医会:栁原茂人Dr.:鳥取大学皮膚科助教)
皮膚科診療における漢方処方の使い分けを、
1)かゆみをとる
2)炎症をとる
3)乾かす
4)潤す
5)こじれをとる
6)こころを診る
の6つの視点からの対応について紹介する。
1.かゆみをとる:祛風
かゆみをとるには病態に合った生薬選びが重要である。かゆみ=風邪を内風と外風に分け、それぞれ中枢性止痒薬、局所性止痒薬で使い分ける考えがある。前者は蝉退、釣藤鈎、天麻などの熄風薬、 後者は麻黄、防風、荊芥などの解表作用のあるものを挙げている。それら祛風薬を主役にそろえた「漢方かゆみ3兄弟」として、湿潤傾向の皮疹に用いる消風散、乾燥傾向の皮疹に用いる当帰飲子、広域スペクトラムを有する十味敗毒湯の3つを覚えておくとよい。
2.炎症をとる:清熱(熱をとる)
熱をとるには白か黄と覚えるとよい。皮疹に応じて、潤しながら熱をとる白虎(石膏)主体の白虎加人参湯、五虎湯、越婢加朮湯などか、乾かしながら熱をとる黄(黄連、黄芩、黄柏)の生薬主体の、黄連解毒湯、三黄瀉心湯、半夏瀉心湯などを選択する。夏秋はAD患者に対して白虎加人参湯が速やかに「顔のほてり」を改善させ、顔面のほてりがその方剤の目標として重要視すべき項目であると結論づけた。
3.乾かす:利湿(浮腫、滲出液をとる)
利湿を要する疾患として蕁麻疹を挙げる。山本巌は、
・一般型(風熱型)に消風散ベース
・寒冷蕁麻疹 (風寒型)には麻黄剤など
・食餌性蕁麻疹には茵蔯蒿湯に小柴胡湯か大柴胡湯を合方
・心因性蕁麻疹には加味逍遙散合黄連解毒湯
・コリン型蕁麻疹には消風散合温清飲合加味逍遙散
を記載している。このように蕁麻疹に対しては誘因に応じて漢方を使い分ける必要がある。慢性蕁麻疹に対しての茵蔯五苓散の有効率は67.9%〜85%、十味敗毒湯は90.9%と高い効果が報告されている。茵蔯蒿湯と茵蔯五苓散の鑑別は、前者は消炎作用に長け、後者は利水作用に長けていることである。蕁麻疹の心理社会的ストレスとの関連性を重視し、抑肝散の奏効例を集めた報告もある。
4.うるおす:滋潤
乾燥した皮膚のかゆみには滋潤性の処方がよい。補血潤燥+清熱薬として、温清飲、当帰飲子などの四物湯ベースの方剤や人参養栄湯など補血剤を多く配合した処方を選択する。炎症の慢性化をきたすと補腎剤として六味丸などを検討する。一般的に虚熱に使用する六味丸と、虚寒に使用する八味地黄丸との老人性皮膚瘙痒症患者に対しての2群間クロスオーバー試験では、両者とも80%近くの有効率が得られたが、さらなる解析により体力のある例では前者、体力のない例では後者がもう一方に対して優った。
5.こじれをとる:駆瘀血
こじれた皮疹(苔癬化、痒疹化)の処方には一工夫を要する。古市らの桂枝茯苓丸のAD患者24人に 対する有効性の検討では、76%という高い有効率を得たが、さらに解析をかさね、非瘀血群/瘀血群で比較した場合より、非苔癬化群/苔癬化群で比較した方が有意差を示したパラメータが多かった。瘀血という東洋医学的所見よりも皮膚科医の目が漢方薬選択に役立つこともある一つの証明となった。 筆者は「漢方駆瘀血3兄弟(姉妹)」として、当帰芍薬散(補する)、加味逍遙散(巡らせる)、桂枝茯苓丸(瀉する)のどれか1つをある方剤に加えることで、その方剤の作用を増強させる可能性を提案している。
6.こころを診る
ADや皮膚瘙痒症で心理−皮膚相関が提唱され、抗うつ剤や抗不安剤の併用をされることが増えてきた。不安や抑うつ傾向、心気的な患者の皮疹に対して「漢方のメンタル3兄弟」、抑肝散加陳皮半夏、 加味帰脾湯、加味逍遙散を挙げる。抑肝散はもともと小児の癇の虫の処方だったが、肝陽上亢から肝風内動に対する処方として、内風つまり痒みにもよく効く。認知症の周辺症状を抑制したり、神経障害性疼痛、線維束攣縮に適応されたり、各種神経系統の異常興奮を抑制する可能性がある。痒みの知覚閾値が低下していると考えられる症例に適応可能な処方であると考える。
消風散は、
1.かゆみをとる:祛風
3.乾かす:利湿(浮腫、滲出液をとる)
に登場します。
つまり、かゆくて水っぽい(浸出液が多くむくみっぽい)湿疹に有効であり、
逆に、赤く熱を持った湿疹や乾燥してかさかさが目立つ湿疹には効かないということです。
でも栁原先生の“漢方3兄弟シリーズ”という表現はおもしろいですね。
【かゆみ3兄弟】湿潤傾向の皮疹に用いる消風散、乾燥傾向の皮疹に用いる当帰飲子、広域スペクトラムを有する十味敗毒湯
【駆瘀血3兄弟】当帰芍薬散(補する)、加味逍遙散(巡らせる)、桂枝茯苓丸(瀉する)
【メンタル3兄弟】抑肝散加陳皮半夏、 加味帰脾湯、加味逍遙散
次は症例を通して原典を紹介する記事。
■ アトピー性皮膚炎と心の問題に. 古典を知る-その11-「外科正宗」消風散と「保嬰撮要・保嬰金鏡録」抑肝散
(若葉ファミリー 常盤平駅前内科クリニック 院長 原田智浩)
消風散は、原典 外科正宗(げかせいそう)に『風湿、血脈浸淫し、瘡疥を生じることを致し、掻痒絶えざる、及び、大人、小児、風熱、癮疹、遍身、雲片斑点、乍ち有り、乍ち無きを治して並びに効あり (図)』とあります。つまり消風散は、雲のような斑点が出たり出なかったりする、風熱の蕁麻疹に効果があると述べられています。
原典は蕁麻疹を思わせる記述です。
次は小児漢方の功労者、広瀬滋之先生の解説です。
■ 重要処方解説(79)消風散・当帰飲子
消風散の「風」とは漢方独特の概念で,この場合は目に見えない働きとして存在する痒みなどを指すものと考えられます。消風散は,これらの風を除去する働きを持った薬で,中国明時代の医師陳実功(ちんじつこう)の著わした『外科正宗』に記載された処方です。この意味は「外からの邪気や湿毒が,人間の経脈に入り,侵して表在性の皮膚疾患となり,非常に掻痒の強いものを治す。また大人や子供の外邪の熱毒,つまり風熱や奪麻疹が全身に出て,雲状の斑点が,今ここにあるかと思えば消えて,また現われたりするものに用いて効果がある」です。現在の皮膚疾患でいえば,湿潤傾向があり,発赤を伴った浅在性の療痒の強い皮膚疾患や,全身性の発赤と療痒の強い皮膚病や奪麻疹に用いるということでしょう。
浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』には「当帰,地黄,防風,蝉退,知毎,喜参,胡麻,菊募芋,蒼琉1牟蕃,岩蕎,脊輩,呆蓬,右十三味,この方は風湿血脈に浸淫して瘡疵を発するものを治す」とあります。
<古典・現代における使用法>
消風散の応用については,先人の口訣が多くあり,先ほどの『勿誤薬室方函口訣』のほかに,目黒道琢(1739-1798)『餐英館療治雑話』に詳しく記載されています。「この方,疥その他一切の湿熱血脈に浸淫し, 瘡疥(ヒゼン)を生じ,痒みの強きものを治す。この方もまた発表,並びに土茯苓(どぶくりょう),大黄などを用いても癒えず,半年,一年の久しきを経て痒み強く掻けば随って出で,掻かねば則ち没し,又はじとじとと脂水出で,或は乾いて愈ゆえれば又跡より出で,或は病人腹内に熱あるを覚ゆ。時々発熱のようにくわっと上気し,夜に入れば別して痒み甚しきなどの諸候,この方を用ゆる標準なり」。「瘡疥の類,久しく愈え兼ねるは,血虚か血熱の二つに外ならず。血虚は当帰飲(当帰飲子),血熱ならばこの方の右に出るはなし。この方中にある苦参,別して血熱を去ること妙なり。虚人,又は左程に熱深からざる者は石膏を去り用ゆべし」。また「小児毎年夏季に至ると疥の如き小瘡を発し,痒みつよく,夜寝かぬる者世上多し。後世家は荊防敗毒散加浮薄(?),古方家は胎毒と云て紫円などにて下せども愈えず。かようの証,必ずしも胎毒ばかりに非ず。皮膚血脈のうちに風湿を受けたる者と覚ゆ。この方に胡麻,石膏を去り用ゆべし。妙なり」とあります。
この文にあるように,湿疹ばかりでなく薄麻疹にも用いるとあります。
「掻けば随って出て,掻かねば即ち没し」とは,蕁麻疹やデルモグラフィーをいっておりますが,実際に消風散や,消風散と越婢加朮湯を合方して投与すると,比較的速やかに蕁麻疹が消失しますが,まさに本文の通りです。 体に熱感を覚え,夜間痒みが増悪するタイプ,夏季に増悪する皮膚病によいとありますが,場合によっては石膏を除かねばなりません。石膏はご存じのように清熱作用を持っており,冷えのタイプで虚弱の人に用いれば, 逆に体が弱ってくる場合があり,注意を要します。これらを総合して本方の証を考えると,「湿疹の性状が分泌物の多いタイプで痂皮を形成し,地肌が赤味を帯び,痒みが強く,口渇を訴えるものを目標とする」ということになります。
<鑑別処方> 温清飲
本方と鑑別を要するものに温清飲があります。温清飲は黄連解毒湯と四物湯の合方で,漢方の理論からすれば血熱と血虚が同居する状態です。湿疹の性状は,消風散タイプのようなものもありますが,全体としては血虚があるため,皮膚は黒くザラザラしたアトピックスキンのことが多く,冬に悪化傾向の温清飲に対し,夏の悪化傾向の消風散ということになりますが,実際には鑑別がそれほどやさしくはありません。小児のアトピー性皮膚炎の漢方治療はなかなかむずかしいのですが,本方は小児の中でも乳児に使って効果がみられます。根本的な治療は,補中益気湯や柴胡剤をべ一スにしながら使うわけですが,消風散はこの場合はやや対症療法のニュアンスがあります。まず消風散である程度炎症を抑えておいて,補中益気湯を徐々に増やす方法をとります。びらんのひどい時は石膏や朮の作用を増強する意味で,越婢加朮湯を合方すると速やかにびらんが消失します。そうしておいて,先ほど述べた方法をとるのもよいと思います。
湿疹とくにアトピー性皮膚炎の漢方治療においては,必ずといってよいほど皮疹が悪化する経験をします。これは一般に十味敗毒湯や桂枝加黄耆湯などのように,投与前より発表作用があらかじめ予想される方剤なら対応できますが,そうではない方剤にも時として増悪現象がみられます。消風散もその1つですが,この場合,いつまで本方を続けるかが大切になります。一般に2週問以上も湿疹が悪化している場合はそれ以上続けてもよくなることは少なく,患者も我慢の限界に達しているので一時休薬するか,他の方剤に切り替えた方が無難です。
さすが広瀬先生、実地診療のさじ加減まで書かれてあります。
彼の診療スタンスが垣間見える貴重な資料ですね。
広瀬先生の書いたクイズ形式の記事をもう一つ見つけました。
■ 服薬指導に役立つ漢方クイズ20
(広瀬滋之先生)
【問題】
真夏のある日,5歳の男児がアトピー性皮膚炎でかゆみが強く,顔も赤く,皮疹があちこちにあって,一部が湿潤した状態で来院しました。 また,陰のうも腫れ気味なので,“ボク,ミミズにおしっこかけたの?”と聞と,きょとんとした表情をしていました。 こんな状態のときに,漢方エキス剤では珍しく動物生薬の入っている処方がよく効きます。
Q1.どういう処方でしょうか。
Q2.動物生薬というのは何のことでしょうか。
【解説】
一般に,動物生薬を漢方で使うことは,それほど多くありません。よく知られたものに地龍(ミミズ),虻虫(アブ),水蛭(ヒル),別甲(スッポン)などがありますが,漢方エキス剤には含まれておらず,煎じ薬として使います。
例えば,地龍は発熱や脳卒中後遺症などに使いますが,これまで解熱作用はミミズの皮の部分,血栓融解作用は内臓の一部にあることがわかっており,近年は乾燥ミミズ食品が血栓融解剤として注目を浴びているようです。
さて,アトピー性皮膚炎で夏期に多用する方剤に消風散があります。高温多湿の日本の夏期はアトピーの人にとってもいやな季節です。アトピー性皮膚炎は漢方でいうところの風・湿・熱の相互作用による疾患ですが,この症例は,かゆみの「風」,湿潤の「湿」,発赤の「熱」などが同時にみられることからその状態をよく現しています。
こういった場合にはよく消風散を使います。消風散には蝉退(アブラゼミやクマゼミの抜け殻)が入っていて,止痒効果があります。現在,薬価基準に収載されている漢方エキス剤の中で,唯一承認されている動物生薬入りの処方です。一般に,アトピー性皮膚炎では乳児に補中益気湯や黄耆建中湯などの脾胃の働き(消化機能)を守る方剤をよく使い,幼児・学童は柴胡清肝湯などの清熱作用のあるものを体質改善の目的として用いますが,消風散はどちらかというとやや即効的な意味合いのある方剤といえます。
また,発赤などの熱症状が強い場合は,それに黄連解毒湯や白虎加人参湯などの清熱作用の強い方剤を付け加え,合方方剤として用いることも少なくありません。
消風散は, 風(止痒), 湿(乾燥),潤燥・清熱(抗炎症)などの多くの作用を持った方剤ですが,夏期に悪化するアトピー 性皮膚炎にはとても適した方剤です。
【解答】
1.消風散
2.蝉退(ぜんたい)
アトピー性皮膚炎の病態は「風・湿・熱」で、消風散には祛風(止痒)・化湿(乾燥)・清熱(抗炎症)の作用を持っているのでピッタリという解説です。
しかし消風散の作用に「潤燥」(乾きを潤す)という文言もあります。
湿を乾かす化湿と、乾きを潤す潤燥が同居しているのはなぜ?
次に小児科医・石川先生の記事。
■ 私の漢方診療日記〜小児のアトピー性皮膚炎
(石川功治:たんぽぽクリニック)
皮膚が真っ赤になってカサカサした状態の重症のアトピー性皮膚炎では皮膚の赤みを改善しないと良くなっていきません。このような時には次の2つの漢方薬が効果があります。
1)白虎加人参湯
体を冷やす成分の最強コンビの石膏と知母が入っているのでこの作用によって皮膚の赤み(皮膚のほてり)がとれてきます。
白虎加人参湯に含まれる石膏の量は他の石膏が含まれ る漢方に比べて15gと最も多く含まれていますので冷やすという事には最適です。 顔が真っ赤になっているアトピー性皮膚炎には特に良く効きます。皮膚の赤みが改善しますと皮膚のカサカサも良くなっていきます。 まず、赤みが良くなるまで白虎加人参湯の内服を続けてることが大切です。白虎加人参湯は速効性の あるお薬ですので皮膚の症状が特に早く良くなっていきます。
2)消風散
白虎加人参湯に比べますと冷やす役割の石膏の量は少ないお薬ですが、石膏と知母という最強の冷やすコンビがこれにも入っていますので、消風散は皮膚の赤みは真っ赤というよりは赤みが中等度で皮膚がカサカサしているアトピー性皮膚炎に効きます。 消風散には皮膚の赤みを改善する石膏に加えて、カサカサとこわれた皮膚の組織の修復を担う当帰や地黄や胡麻といった成分が含まれています。 皮膚の赤みを改善して、皮膚のカサカサを改善するのがこのお薬です。アトピー性皮膚炎の皮膚では傷が多いので細菌が入りやすく「とびひ」になりやすい傾向にあります。 消風散には排膿を促進させる荊芥、防風を含んでいますので「とびひ」(伝染性膿痂疹)の予防にもなります。
石川先生は石膏と知母のコンビによる清熱、当帰・地黄・胡麻など血虚に効く生薬より「皮膚の赤みを改善して、皮膚のカサカサを改善する」と血虚を強調して説明しており、湿潤を乾かすという今までの論調とちょっと異なりますね。
蒼朮の説明はどこへ行ったんだろう・・・?
次は夏に特化したアトピー性皮膚炎の漢方の説明を。
■ 「夏に悪化するアトピー性皮膚炎の漢方治療」より
(内海康生Dr.:内海皮フ科医院)
夏に見られるアトピー性皮膚炎は、汗により増悪するケースが多く、紅斑は熱を帯び、やや湿潤していることが多く認められます。夏場に用いる標治の処方のポイントは、清熱剤(消風散、白虎加人参湯)、または清熱利水剤(越婢加朮湯)を用いることです。
しかしこれらの標治の処方を用いて一時的に症状が改善しても再燃することが多くあります。再発を防ぎ治癒へ導くためには体質を改善する本治としての治療が必要となります。
効果判定は早くて2〜4週間くらいで可能です。皮疹が改善すれば次第に標治の処方を減らし、本治の処方を主体にしていくようにします。
消風散の使用目標は「風湿熱」で「清熱剤」という位置づけです。
利水や血虚の要素には触れていません。
併記してある白虎加人参湯も「清熱剤」(ただし上半身に目立つ)、越婢加朮湯は「清熱利水剤」と記されています。まあ、越婢加朮湯に比べれば利水作用は弱いのでしょうが。
なんだか「夏はとりあえずビール」のように「夏に悪化する湿疹はとりあえず消風散」くらいの書き方が多くて、今ひとつ参考になりませんね。
■ 小児皮膚疾患に頻用される漢方薬の使いどころを知る〜特にアトピー性皮膚炎〜
(黒川晃夫Dr.:大阪医科大学皮膚科)
この表では乳児期・幼児期に消風散は登場しません。
学童期以降の薬という位置づけの説明は本文中にありませんでした。
う〜ん・・・。
■ 『皮膚科漢方10処方 Part2』解説③:消風散・五苓散・抑肝散 より
(山田秀和:近畿大学奈良病院皮膚科教授)
【消風散】
◇湿疹治療の第一選択薬
漢方で湿疹を治療する場合の第一選択薬である。基本は消風散でよいが,十味敗毒湯との合方になることも多い。消風散は、
・清熱(抗炎症作用)を有する苦参・石膏・知母・生地黄・牛蒡子
・抗アレルギー作用・瘙痒抑制作用のある防風・荊芥・牛蒡子
・中枢性の瘙痒抑制作用の蟬退
・利湿作用(※1)の蒼朮
・潤燥(※2)作用の当帰・地黄・胡麻
※1)利湿:体内の余分な水分を排出させること。
※2)潤燥:乾きの状態を改善すること。
からなる。
消風散は主として湿潤・浮腫のある場合に特によい。このため、化膿性病変に用いる場合(膿疱)は十味敗毒湯を合方することで有効性が上がる。
このため煎じ薬でない場合では、皮疹の発赤・熱感が強ければ消風散に黄連解毒湯を足し、水疱・びらん・浮腫が強ければ越婢加朮湯・麻杏甘石湯を加える。
皮疹の色が赤黒い場合や乾燥が強い場合は温清飲、苔癬化や肥厚がある場合は悪血と考え、通導散や桂枝茯苓丸と合方するのが一般的である。
■ 皮膚科医にとっての漢方薬とエビデンスより
(清水忠道Dr.:富山大学皮膚科教授)
主に苔癬化病変に対する桂枝茯苓丸に関する内容ですが、「アトピー性皮膚炎に対する漢方治療」という図に消風散が乗っていたので引用しました。
消風散は「分泌物が多い」と書いてある一方で「熱証+血虚」とあり、矛盾します。
いや、矛盾と考えず、水毒(蒼朮)と血虚(当帰・地黄)の生薬が混在するのがこの方剤の特徴と捉えるべきかもしれません。
しかし、このことに言及した記事・文章が見つけられませんでした。
では中医学的解説に目を向けてみます。
■ 消風散 中医学解説
(「家庭の中医学」より)
石膏5.0
当帰・地黄・白朮・木通各3.0
防風・牛蒡子各2.0
知母・胡麻・甘草各1.5
蝉退・苦参・荊芥各1.0
【効能】 疏風・清熱化湿・養血潤燥
【解説】
防風・荊芥・牛芳子・蝉退 ・・・止痒作用をもち解熱に働きます。
荊芥・防風 ・・・皮膚の血行促進をして発散
石膏・知母・苦参 ・・・消炎解熱に働き皮膚の発赤、熱感をしずめます。
苦参 ・・・止痒、利水に働く
白朮・木通 ・・・組織中の水分を利尿などによって除きます。
地黄・当帰・胡麻 ・・・滋養強壮作用により皮膚を栄養、滋潤します。
効能に書いてある「化湿」と「潤燥」は作用がケンカしないんだろうか、という疑問に対する説明はありませんでした。
次は、ちょっとエッセイ風で軽いのですが、なるほどと頷いた説明;
■ 「消風散の解析」より
(よろず漢方薬局)
皮膚病で使われることの多い漢方薬の処方と言えば、まず「消風散(しょうふうさん)」が挙げられるのではないでしょうか。病院で出されることも多いお薬です。
この「消風散」の名前の由来は、「風邪(ふうじゃ)」を消し去る作用を持つという点にあります。確かに皮膚病は「風邪」が絡んでいることが多く、特に痒みがある場合にはまず「風邪」を疑います。皮膚病における悩みの多くは痒みであるため、皮膚病=消風散という考え方もあながち間違ってはいないわけです。
まず「消風散」の内容生薬を見てみますと、去風薬と呼ばれる「風邪」を除く成分として「荊芥」「防風」「牛蒡子」「蝉退」が入っています。これらが主薬となるわけですが、その他の脇役もあって初めて効能が発揮されます。
次に「蒼朮」「苦参」「木通」は主に「湿」を取り除く作用があり、これもまた皮膚病の際によく見られる邪気の一つです。
そして「石膏」「知母」は「熱」を除き、「当帰」「地黄」「胡麻仁」が「血」を補い、「甘草」が調和します。
これら13種類もの生薬の組み合わせの妙で効果を発揮するのが「消風散」という漢方薬になるわけです。
具体的には、痒みがある皮膚病を中心に、ジュクジュク感や赤みがある場合に適しますので、アトピー性皮膚炎やじんましんなどに用いられることが多いでしょう。しかしながら、潤いをもたらす作用もあるので、乾燥がある時にも使えないことはなく、かなり適用の広い漢方薬とも言えそうです。長期間使っても大きな問題が起きることはない内容でもあります。逆に言えば、やや穏やかな処方ともいえ、はっきりと早めに効果を出したい時には物足りなく感じる方も多いかもしれません。
下線部が私の疑問を氷解してくれました。
「痒みがある皮膚病を中心に、ジュクジュク感や赤みがある場合に適しますので、アトピー性皮膚炎やじんましんなどに用いられることが多いでしょう。しかしながら、潤いをもたらす作用もあるので、乾燥がある時にも使えないことはなく、かなり適用の広い漢方薬とも言えそうです。」
「はっきりと早めに効果を出したい時には物足りなく感じる方も多いかもしれません。」
つまり、良く云えば湿潤病変にも乾燥病変にも使える「皮膚疾患の万能薬」であり、
悪く云えば「どっちつかずの生薬構成なので切れがない・物足りない」方剤でもあります。
西洋医学の「強力レスタミンコーチゾンコーワ軟膏®」(かゆみ止めと化膿止めとステロイドの全部入りで「どれかは当たるだろう」という感じ)に似てますね。ちょっとずるい処方だなあ。
「効果が今ひとつの時は○○○を合方すべし」とやたら書いてある理由もわかりました。
中医学系で、何気に詳しい解説を見つけました。
■ 「消風散」(漢方LIFE.com)より
【ポイント】
・皮膚表面の熱を下げる荊芥・防風・牛蒡子
・止痒効果のある蝉退
を中心に、
・水分の停滞を解消する木通、蒼朮
・体内に入り込んだ熱を下げる知母・苦参、石膏
・皮膚の潤いを確保する当帰・地黄・胡麻
・消化器を保護する甘草
で構成。
浸出液とかゆみを伴う皮膚炎等に適応。甘辛味。
【効能】
効能:疏風養血・清熱利湿
主治:血虚風燥・湿熱内蘊
※ 疏風養血:風邪を発散すると同時に、体内の陰血を養う治法である。陰血が充たされれば、陽邪である風も容易に鎮まる
※ 清熱利湿:熱邪と湿邪を同時に除去する治法である。
※ 血虚風燥:皮膚疾患、特に瘙痒症状が現れる病態を示す陰血が不足すると体内に内風(陽邪)が生じ、動き回ることがある。また血虚に乗じて、外の風邪も容易に体内に侵入してくる。いわゆる「血虚風盛」の状態である。
※ 湿熱内蘊:湿邪と熱邪が体内に停滞する病証を示す。本方が対象とするのは皮膚と筋肉に温熱が蘊結したものである。
【解説】
消風散は去風・利湿・清熱・養血など各作用を備えている。
荊芥、防風、牛蒡子、蟬退は疏風薬である。「痒は風よりおこる、止痒するにはまず疏虱すべし」とあるように、痒みを鎮めるためには風邪の発散を先行させる。
荊芥と防風はともに風薬の代表で、荊芥には発疹の原因となる風毒をさっぱりと体外へ追い出し、順調に発疹させる作用がある。
牛蒡子と蟬退も疏風作用があるが、荊芥、防風にくらべれば弱い。薬性が辛凉なので、皮膚、筋肉に潜んでいる熱毒、特に風熱の邪気を体外へ発散するのに適している。牛蒡子は清熱解毒作用が強く、蟬退は皮膚の搔痒を止める作用が強い。
蒼朮、苦参、木通は利湿薬である。蒼朮は薬性が温で、去湿作用に優れ体表の外湿と体内の内湿を除去することができる。特に皮膚のジュクジュクしている湿疹によく使用される。苦参は薬性が寒で清熱燥湿作用をもち、皮膚病の専門薬である。らい病にも使えるといわれている。特に湿熱毒による皮膚の滲出物と瘙痒感を治療できる。木通は滲湿利水作用が強く、体内の湿邪を下から除去する。薬名のように「通」の特徴があり、特に血脈を通じさせ局部の血行を改善して、皮膚機能の回復を助ける。
石膏、知母は強い清熱薬で、筋肉深部の熱邪を除去して、局部や全身の熱感、皮膚の赤味を治療する。
当帰、生地黄、胡麻仁は血分薬である。本方に血分薬を配合するのは次の理由による;
① 熱邪が体内の陰血を損傷することが多い。
② 熱邪が深入して血熱になると、血行が阻害され瘀血を発生する。
③ 木通、苦参、蒼朮、防風などの去風利湿薬は陰血を損傷する恐れがある。
④ 血が虚すと風ー邘が容易に侵入して、皮膚症状をさらに悪化させる。
3薬はともに体内の陰血を養い、さらに当㷌は活血作用によって瘀血を取り除き、局部の腫れ、疼痛を治療する。生地黄は清熱凉血作用によって血分の熱を清す。胡麻仁は潤いが多く皮膚の乾燥症状を改善し、また通便する。
甘草は諸薬を調和するほか、甘味で他の苦薬を緩和し、さらに生の甘草は清熱解毒作用を発揮する。
【どんな人に効きますか?】
消風散は「風湿熱、風疹、湿疹」証を改善する処方である。
「風湿熱」は、風邪(ふうじゃ)と湿邪(しつじゃ)と熱邪(ねつじゃ)のこと。風邪は自然界の風により生じる現象に似た症候を引き起こす病邪で、風のように発病が急で、変化が多く、体表部や呼吸器を侵すことが多い。痒みが強い、患部があちらこちらと移動しやすい(遊走性)、患部が拡大しやすい、などの症候がみられやすい。
湿邪は自然界の湿気により生じる現象に似た症候を引き起こす病邪で、べっとりと湿っぽく、重く、経過がゆっくりで、体内に停滞しやすい水疱、滲出液などの症候がみられやすい。
熱邪は自然界の火熱により生じる現象に似た症状を引き起こす病邪で、勢いが激しく、熱証を表す。患部の発赤、熱感、炎症、化膿などがみられる。
これらの病邪について、漢方では、ウイルス・細菌・アレルゲンといった原因物質で判断するのではなく、上記のように、人体に表れる症状から病邪を判断している。従って、西洋医学的には同じ病名の病気でも、最初は風邪だったのが、途中から熱邪に変わる、などというケースもよくみられる。外部環境要因よりも人体側の状態を重視しいるわけで、その結果、体質強化、体質改善、再発予防などの効果が漢方薬に備わっているものと思われる。
漢方でいう「風疹」は、現代医学の蕁麻疹に相当するこの風疹や湿疹は、多くの場合、「風熱」や「湿熱」などの病邪が人体内で勢いを増したときに生じる。それらの病邪が血脈に染み込み、コントロールが効かなくなり、皮膚に達し、皮疹を発生させるのである。従って皮疹の色は赤く(熱邪)、痒みが強く(風邪)、滲出液が多い(湿邪)。痒みは夜、強くなりやすい。地図状に赤くなる場合も多い。蕁麻疹や湿疹でも、白いものや、熱感がないものに消風散は効かない。
皮疹以外には、ほてりや口渇も表れやすい。舌は赤く、舌苔は熱邪の勢いにより、白い場合と黄色い場合がある。
臨床応用範囲は、蕁麻疹、アトピー性皮膚炎、皮膚掻痒症、汗疱、白癬、その他各種湿疹や皮膚炎で、風湿熱、風疹、湿疹の症候を呈するものである。
判断ポイントは、痒みが強く(風邪)、じくじくした(湿邪)、赤い(湿邪)湿疹や蕁麻疹、という点。蕁麻疹やアトピー性皮膚炎であればどんな場合でも消風散が効く、というものではなく、痒みが強く、じくじくした赤い皮疹でないと、さすがの良方も効いてくれない。漢方では、病名ではなく、証の判断(弁証)が命である。病名投薬は避けたい。
【どんな処方ですか?】
配合生薬は、荊芥、防風、牛蒡子(ごぼうし)、蝉退(せんたい)、蒼朮、苦参、石膏、知母、当帰、地黄、胡麻仁(ごまにん)、木通、甘草の十三味である。
(君薬)荊芥、防風、牛蒡子、蝉退
いずれも体表部に存在する風邪を散らし(疏散[そさん])、痒みを止める(疏風止痒)。牛蒡子と蝉退には清熱作用もある(疏散風熱)。
基本的に、風邪のないところに痒みは生じない(無風不痒)。従って、痒みを治療する際は、まず風邪を除去する。風邪が消えれば、痒みは自然と治まる。本方の名前の所以である。
(臣薬)蒼朮、苦参、木通
蒼朮は風邪を除去し、湿邪を乾燥させて取り除く(祛風燥湿)。胃腸を守る働きもある(健脾)。苦参は熱邪を冷まし、燥湿する(清熱燥湿)。疏風止痒作用もある。木通も清熱燥湿し、湿熱をさばく。これら燥湿作用のある生薬の働きにより、湿邪を消退させる。
(佐薬)知母、石膏、当帰、地黄、胡麻仁
知母と石膏には、熱邪(火邪)を冷ます働きがある(清熱瀉火)。これにより、炎症による発赤や熱感を鎮める。
当帰、地黄、胡麻仁は、身体を滋養し(養血)、血流を調える(活血)。これにより、皮膚が養われ、潤う。皮疹が慢性化して皮膚が乾燥したり萎縮したりした場合(血虚)に役立つ配合である。
(使薬)甘草
諸薬の薬性を調和させつつ、化膿性の炎症など(熱毒)を除去する(清熱解毒)。
以上、消風散の効能を「疏風養血、清熱除湿」という。本方の配合の特徴は、痒みを止める疏風止痒薬を中心に、清熱薬や除湿薬、養血薬が配合されている点である。このコンビネーションにより、体質を強化しつつ、病邪を除去して、病気を根治していく(扶正祛邪[ふせいきょじゃ])。風湿熱邪がなくなり、血脈が調えば、痒みは自然と消える。
逆の見方をすれば、消風散は風邪を除去し、熱邪や湿邪も排除し、さらに養血もしてくれる、いわば欲張りな処方である。従って、疏風と除湿だけをしたくて養血はしたくない場合などには、いくら痒みが強い湿疹でも、本方を使わない。例えば、痒みが強いアトピー性皮膚炎に本方を使った結果、養血薬が作用しすぎて病態が悪化した、というケースなどがみられる。炎症に加えて、体の熱感や口の渇きなどの熱証が強ければ白虎湯を合わせて清熱瀉火の力を強める。皮疹に化膿がみられるなら黄連解毒湯を合方する。炎症よりも湿潤が強い場合は茵蔯蒿湯、越婢加朮湯などを併用する。乾燥傾向が強い場合は四物湯を加える。湿潤がない場合は当帰飲子などを検討する。
長〜い解説ですが、私の疑問の答えてくれる箇所をいくつか見つけました。
まず、当帰・生地黄など血虚を治する補血剤が入っている理由が述べられています(しかし説明内容が中医学的過ぎてピンときません・・・)。
それから君薬・臣薬・佐薬別に記されており、蒼朮が臣薬、当帰・地黄が佐薬なので、位置づけは蒼朮が上になり、つまり方剤の性質としては、利水>補血ということになります。
では最後のまとめに秋葉哲生先生の解説を;
■ 「消風散」
(「活用自在の処方選択」より)
1.出典:『外科正宗』
●風湿血脈に浸淫し、瘡疥を生ずるを致し、瘙痒絶えざるを治す。および 大人小児、風熱疹身に遍く、雲片斑点、たちまち有り、たちまち無きに、 並び効あり。(『外科正宗』瘡疥門)
2.腹候:
腹力中等度前後(2-4/5)。腹部皮膚に肌膚甲錯(乾燥してザラザラと粗造なこと)を認める。
3.気血水:血水が主体の気血水。
4.六病位:少陽病。
5.脈・舌: 脈は数。舌質は紅、舌苔は微黄。
6.口訣:
●慢性の皮膚疾患にバランスのよい薬方である。(道聴子)
●急性症状には無効で、この場合は越婢加朮湯が適する。(『現代漢方治療 の指針』)
●本方は、湿疹群、蕁麻疹群、痒疹群に対する代表処方である。(『中医処 方解説』)
7.本剤が適応となる病名・病態:
a 保険適応病名・病態
効能または効果:分泌物が多く、かゆみの強い慢性の皮膚病(湿疹、蕁麻疹、水虫、あせも、 皮膚そう痒症)。
b 漢方的適応病態:風湿熱の皮疹。すなわち、かゆみが強い(夜間に増悪する傾向がある)、局所の発赤と熱感、浸出液が多いあるいは水泡形成、体のほてりや熱感、口渇などがみられる。
8.構成生薬:
石膏3、地黄3、当帰3、牛蒡子2、蒼朮2、防風2、木通2、知母1.5、甘草1、苦参1、荊芥1、胡麻1.5、蝉退1。(単位g)
9.TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説: 疏風・清熱化湿・養血潤燥。
※ 「疎風」とは、祛風解表薬を用いて、風邪を疏散する治法。風寒表証には防風、桂枝、藁本などを用い、風熱表証には薄荷、牛蒡子などを用い、風湿表証には羌活、白芷などを用いる。
10. 効果増強の工夫:
1 )十味敗毒湯を合方して祛風化湿・清熱解毒作用を増強する。
処方例)ツムラ消風散 7.5g 分3食前
ツムラ十味敗毒湯 5.0g(1-0-1)
2 )黄連解毒湯を合方して清熱作用を増強する。
処方例)ツムラ消風散 7.5g 分3食前
ツムラ黄連解毒湯 5.0g(1-0-1)
11.本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より:すべて頑固な皮膚病、湿疹、じん麻疹、水虫、あせも、皮膚瘙痒症、夏期に悪化する皮膚病など。
●龍野一雄著『改訂新版漢方処方集』より:頑固乾燥性で、夏期また温暖時に増悪する皮膚病、じん麻疹。
今回の消風散は、日本漢方より中医学系の解説の方がわかりやすくしっくりきました。
しかし、当初のイメージ「汗で悪化する湿疹」「夏になると悪化する湿疹」というフレーズはどこから生まれたんだろう、と思うくらい出てきませんでしたね。
ただ、厳密には血虚の要素がある皮膚病変でないと悪化する可能性があることは認識すべきだと思いました。
<追加>
皮膚疾患に使用する漢方方剤の一覧表を見つけました。
まず、「皮膚科疾患に用いられる方剤の医薬品情報」(薬事新報2009、桂元堂薬局:佐藤大輔)から「風湿熱」の解説;
続いて、これらに対応する漢方方剤一覧表;
この表を見ると、「風湿熱」すべてに対応しているのは消風散だけ、ということになります。
かつ、湿邪(≒水毒)と血虚の両者をカバーするのも消風散だけ。
ある意味、万能薬として作られたのでしょう。
実際に知り合いの高齢婦人は夏になると皮膚がかゆくなり掻き壊してただれてしまう・・・消風散を飲むようになってからそれが気にならなくなったと言っています。
某漢方医による「アトピー性皮膚炎には冬は温清飲、夏は消風散」というコメントも記憶に残っています。
さて、乳幼児のアトピー性皮膚炎のフローチャート(西村甲著「臨床漢方小児科学」)にも消風散が登場します。
【乳児】(0〜2歳)
第一選択は黄耆建中湯
→ 今ひとつなら十味敗毒湯を併用
→ 今ひとつなら十味敗毒湯を治頭瘡一方(湿疹上半身に強い)あるいは消風散(皮疹が体全体)へ変更
【幼児】(2〜6歳)
第一選択薬が黄耆建中湯
→ 今ひとつなら湿潤(ジクジク)か乾燥(カサカサ)かを観察し、
ジクジクで上半身に強い場合は治頭瘡一方、体全体なら消風散を併用。
カサカサの場合は温清飲を併用
→ 今ひとつなら白虎加人参湯を追加
・・・あれ、これだと3剤併用になってしまい、保険診療で認めてもらえない可能性がありますね。
一通り調べた結果としてのポイントとまとめを先に提示します。
<基本>
(「ツムラ医療用漢方製剤」より)
・虚実:実〜中間
・寒熱:熱
・気血水:血虚、水滞
(赤本)「表熱実証」
(「活用自在の処方選択」より)
・気血水:血水が主体
・六病位:少陽病
・漢方的適応病態:風湿熱の皮疹
・TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説: 疏風・清熱化湿・養血潤燥
<ポイント>
・アトピー性皮膚炎の病態は「風・湿・熱」で、消風散はそのすべてに対応する祛風・化湿・清熱の作用を持っているのでピッタリ。+血虚(補血・養血)もあることをお忘れなく。
・痒みが強く(風邪)、じくじくした(湿邪)、赤い(湿邪)湿疹や蕁麻疹に効く。
・湿を乾かす化湿(蒼朮)と、乾きを潤す潤燥(当帰・地黄・胡麻)という逆のベクトルを持つ生薬が同居していることをどう捉えるべきか悩ましい。生薬構成と位置づけをみると、
(臣薬)蒼朮・苦参・木通
(佐薬)知母・石膏・当帰・地黄・胡麻仁
であり、化湿が潤燥の上位に来ている。つまり化湿>潤燥と捉えるべきであろう。
・良く云えば湿潤病変にも乾燥病変にも使える「皮膚疾患の万能薬」であり、
悪く云えば「どっちつかずの生薬構成なので切れがない・物足りない」方剤。
・「漢方かゆみ3兄弟」のひとつで、湿潤傾向の皮疹に用いる消風散、乾燥傾向の皮疹に用いる当帰飲子、広域スペクトラムを有する十味敗毒湯。
・湿疹には、冬に悪化傾向なら温清飲,夏に悪化傾向なら消風散。
・消風散はどちらかというとやや即効的な意味合いのある方剤。
・蕁麻疹やアトピー性皮膚炎であればどんな場合でも消風散が効くというものではなく、痒みが強く、じくじくした赤い皮疹でないと効いてくれない。白いものや、熱感がないものに消風散は効かない。
・消風散は風邪を除去し、熱邪や湿邪も排除し、さらに養血もしてくれる、いわば欲張りな処方。従って、疏風と除湿だけをしたくて養血はしたくない場合などには、いくら痒みが強い湿疹でも、本方を使わない。例えば、痒みが強いアトピー性皮膚炎に本方を使った結果、養血薬が作用しすぎて病態が悪化した、というケースなどがみられる。
<まとめ>
・アトピー性皮膚炎を漢方的に表現すると風邪(かゆみ)・湿邪(ジクジク)・熱邪(発赤)であり、消風散はこれらすべてに対応できる方剤であり、小児にも使用可能である。
・さらに消風散には「血虚」に対する「補血・養血」作用(渇きを潤す作用)もある。つまり、じくじくを乾かす作用とカサカサを潤す作用が同居している、よく言えば万能薬、悪く言えばどっちつかずの方剤とも言える。
・逆にアトピー性皮膚炎でも赤みが乏しく熱感のないものには効かない。さらに乾燥が目立たない場合は、補血・養血作用により湿疹が悪化する可能性があるので注意。
では上記結論にいたる思考経路を以下に記します(長文注意)。
まずは荒浪暁彦先生の総論から消風散の記述を抜き出してみます。
■ 【皮膚科領域と漢方医学】
(荒浪暁彦:慶應義塾大学漢方医学センター非常勤講師・ あらなみクリニック院長)
清熱・利水作用のある石膏と知母を配合したものに白虎加人参湯と消風散があり、白虎加人参湯は口渇や多汗を伴う場合、消風散は分泌物が多く、特に夏に増悪する場合に使用する。
消風散は風湿熱を除く作用に優れ、湿潤傾向の強い皮膚疾患に頻用される。
荒浪先生のシェーマでは、アトピー性皮膚炎に対する消風散は乳児期にはなく幼児期以降に登場します。
標治のシェーマでは「清熱・利水」の項目。虚実では「実〜中間証」であり虚証の患者さんには合いません。
簡単にまとめると「消風散は清熱・利水を目標に虚証ではない幼児期以降のアトピー性皮膚炎に使用すべき方剤」ということになります。
上記総論には気血水や五臓の異常を目標としたシェーマも記されており、標治にとどまることなく、これらを総合的に判断して処方できると有効率が上がるんだろうな、と感じました。
次に十味敗毒湯でも引用した総論的記事から。
■ 「かゆみ」治療の最新事情/漢方薬の使い分け
(第32回日本臨床皮膚科医会:栁原茂人Dr.:鳥取大学皮膚科助教)
皮膚科診療における漢方処方の使い分けを、
1)かゆみをとる
2)炎症をとる
3)乾かす
4)潤す
5)こじれをとる
6)こころを診る
の6つの視点からの対応について紹介する。
1.かゆみをとる:祛風
かゆみをとるには病態に合った生薬選びが重要である。かゆみ=風邪を内風と外風に分け、それぞれ中枢性止痒薬、局所性止痒薬で使い分ける考えがある。前者は蝉退、釣藤鈎、天麻などの熄風薬、 後者は麻黄、防風、荊芥などの解表作用のあるものを挙げている。それら祛風薬を主役にそろえた「漢方かゆみ3兄弟」として、湿潤傾向の皮疹に用いる消風散、乾燥傾向の皮疹に用いる当帰飲子、広域スペクトラムを有する十味敗毒湯の3つを覚えておくとよい。
2.炎症をとる:清熱(熱をとる)
熱をとるには白か黄と覚えるとよい。皮疹に応じて、潤しながら熱をとる白虎(石膏)主体の白虎加人参湯、五虎湯、越婢加朮湯などか、乾かしながら熱をとる黄(黄連、黄芩、黄柏)の生薬主体の、黄連解毒湯、三黄瀉心湯、半夏瀉心湯などを選択する。夏秋はAD患者に対して白虎加人参湯が速やかに「顔のほてり」を改善させ、顔面のほてりがその方剤の目標として重要視すべき項目であると結論づけた。
3.乾かす:利湿(浮腫、滲出液をとる)
利湿を要する疾患として蕁麻疹を挙げる。山本巌は、
・一般型(風熱型)に消風散ベース
・寒冷蕁麻疹 (風寒型)には麻黄剤など
・食餌性蕁麻疹には茵蔯蒿湯に小柴胡湯か大柴胡湯を合方
・心因性蕁麻疹には加味逍遙散合黄連解毒湯
・コリン型蕁麻疹には消風散合温清飲合加味逍遙散
を記載している。このように蕁麻疹に対しては誘因に応じて漢方を使い分ける必要がある。慢性蕁麻疹に対しての茵蔯五苓散の有効率は67.9%〜85%、十味敗毒湯は90.9%と高い効果が報告されている。茵蔯蒿湯と茵蔯五苓散の鑑別は、前者は消炎作用に長け、後者は利水作用に長けていることである。蕁麻疹の心理社会的ストレスとの関連性を重視し、抑肝散の奏効例を集めた報告もある。
4.うるおす:滋潤
乾燥した皮膚のかゆみには滋潤性の処方がよい。補血潤燥+清熱薬として、温清飲、当帰飲子などの四物湯ベースの方剤や人参養栄湯など補血剤を多く配合した処方を選択する。炎症の慢性化をきたすと補腎剤として六味丸などを検討する。一般的に虚熱に使用する六味丸と、虚寒に使用する八味地黄丸との老人性皮膚瘙痒症患者に対しての2群間クロスオーバー試験では、両者とも80%近くの有効率が得られたが、さらなる解析により体力のある例では前者、体力のない例では後者がもう一方に対して優った。
5.こじれをとる:駆瘀血
こじれた皮疹(苔癬化、痒疹化)の処方には一工夫を要する。古市らの桂枝茯苓丸のAD患者24人に 対する有効性の検討では、76%という高い有効率を得たが、さらに解析をかさね、非瘀血群/瘀血群で比較した場合より、非苔癬化群/苔癬化群で比較した方が有意差を示したパラメータが多かった。瘀血という東洋医学的所見よりも皮膚科医の目が漢方薬選択に役立つこともある一つの証明となった。 筆者は「漢方駆瘀血3兄弟(姉妹)」として、当帰芍薬散(補する)、加味逍遙散(巡らせる)、桂枝茯苓丸(瀉する)のどれか1つをある方剤に加えることで、その方剤の作用を増強させる可能性を提案している。
6.こころを診る
ADや皮膚瘙痒症で心理−皮膚相関が提唱され、抗うつ剤や抗不安剤の併用をされることが増えてきた。不安や抑うつ傾向、心気的な患者の皮疹に対して「漢方のメンタル3兄弟」、抑肝散加陳皮半夏、 加味帰脾湯、加味逍遙散を挙げる。抑肝散はもともと小児の癇の虫の処方だったが、肝陽上亢から肝風内動に対する処方として、内風つまり痒みにもよく効く。認知症の周辺症状を抑制したり、神経障害性疼痛、線維束攣縮に適応されたり、各種神経系統の異常興奮を抑制する可能性がある。痒みの知覚閾値が低下していると考えられる症例に適応可能な処方であると考える。
消風散は、
1.かゆみをとる:祛風
3.乾かす:利湿(浮腫、滲出液をとる)
に登場します。
つまり、かゆくて水っぽい(浸出液が多くむくみっぽい)湿疹に有効であり、
逆に、赤く熱を持った湿疹や乾燥してかさかさが目立つ湿疹には効かないということです。
でも栁原先生の“漢方3兄弟シリーズ”という表現はおもしろいですね。
【かゆみ3兄弟】湿潤傾向の皮疹に用いる消風散、乾燥傾向の皮疹に用いる当帰飲子、広域スペクトラムを有する十味敗毒湯
【駆瘀血3兄弟】当帰芍薬散(補する)、加味逍遙散(巡らせる)、桂枝茯苓丸(瀉する)
【メンタル3兄弟】抑肝散加陳皮半夏、 加味帰脾湯、加味逍遙散
次は症例を通して原典を紹介する記事。
■ アトピー性皮膚炎と心の問題に. 古典を知る-その11-「外科正宗」消風散と「保嬰撮要・保嬰金鏡録」抑肝散
(若葉ファミリー 常盤平駅前内科クリニック 院長 原田智浩)
消風散は、原典 外科正宗(げかせいそう)に『風湿、血脈浸淫し、瘡疥を生じることを致し、掻痒絶えざる、及び、大人、小児、風熱、癮疹、遍身、雲片斑点、乍ち有り、乍ち無きを治して並びに効あり (図)』とあります。つまり消風散は、雲のような斑点が出たり出なかったりする、風熱の蕁麻疹に効果があると述べられています。
原典は蕁麻疹を思わせる記述です。
次は小児漢方の功労者、広瀬滋之先生の解説です。
■ 重要処方解説(79)消風散・当帰飲子
消風散の「風」とは漢方独特の概念で,この場合は目に見えない働きとして存在する痒みなどを指すものと考えられます。消風散は,これらの風を除去する働きを持った薬で,中国明時代の医師陳実功(ちんじつこう)の著わした『外科正宗』に記載された処方です。この意味は「外からの邪気や湿毒が,人間の経脈に入り,侵して表在性の皮膚疾患となり,非常に掻痒の強いものを治す。また大人や子供の外邪の熱毒,つまり風熱や奪麻疹が全身に出て,雲状の斑点が,今ここにあるかと思えば消えて,また現われたりするものに用いて効果がある」です。現在の皮膚疾患でいえば,湿潤傾向があり,発赤を伴った浅在性の療痒の強い皮膚疾患や,全身性の発赤と療痒の強い皮膚病や奪麻疹に用いるということでしょう。
浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』には「当帰,地黄,防風,蝉退,知毎,喜参,胡麻,菊募芋,蒼琉1牟蕃,岩蕎,脊輩,呆蓬,右十三味,この方は風湿血脈に浸淫して瘡疵を発するものを治す」とあります。
<古典・現代における使用法>
消風散の応用については,先人の口訣が多くあり,先ほどの『勿誤薬室方函口訣』のほかに,目黒道琢(1739-1798)『餐英館療治雑話』に詳しく記載されています。「この方,疥その他一切の湿熱血脈に浸淫し, 瘡疥(ヒゼン)を生じ,痒みの強きものを治す。この方もまた発表,並びに土茯苓(どぶくりょう),大黄などを用いても癒えず,半年,一年の久しきを経て痒み強く掻けば随って出で,掻かねば則ち没し,又はじとじとと脂水出で,或は乾いて愈ゆえれば又跡より出で,或は病人腹内に熱あるを覚ゆ。時々発熱のようにくわっと上気し,夜に入れば別して痒み甚しきなどの諸候,この方を用ゆる標準なり」。「瘡疥の類,久しく愈え兼ねるは,血虚か血熱の二つに外ならず。血虚は当帰飲(当帰飲子),血熱ならばこの方の右に出るはなし。この方中にある苦参,別して血熱を去ること妙なり。虚人,又は左程に熱深からざる者は石膏を去り用ゆべし」。また「小児毎年夏季に至ると疥の如き小瘡を発し,痒みつよく,夜寝かぬる者世上多し。後世家は荊防敗毒散加浮薄(?),古方家は胎毒と云て紫円などにて下せども愈えず。かようの証,必ずしも胎毒ばかりに非ず。皮膚血脈のうちに風湿を受けたる者と覚ゆ。この方に胡麻,石膏を去り用ゆべし。妙なり」とあります。
この文にあるように,湿疹ばかりでなく薄麻疹にも用いるとあります。
「掻けば随って出て,掻かねば即ち没し」とは,蕁麻疹やデルモグラフィーをいっておりますが,実際に消風散や,消風散と越婢加朮湯を合方して投与すると,比較的速やかに蕁麻疹が消失しますが,まさに本文の通りです。 体に熱感を覚え,夜間痒みが増悪するタイプ,夏季に増悪する皮膚病によいとありますが,場合によっては石膏を除かねばなりません。石膏はご存じのように清熱作用を持っており,冷えのタイプで虚弱の人に用いれば, 逆に体が弱ってくる場合があり,注意を要します。これらを総合して本方の証を考えると,「湿疹の性状が分泌物の多いタイプで痂皮を形成し,地肌が赤味を帯び,痒みが強く,口渇を訴えるものを目標とする」ということになります。
<鑑別処方> 温清飲
本方と鑑別を要するものに温清飲があります。温清飲は黄連解毒湯と四物湯の合方で,漢方の理論からすれば血熱と血虚が同居する状態です。湿疹の性状は,消風散タイプのようなものもありますが,全体としては血虚があるため,皮膚は黒くザラザラしたアトピックスキンのことが多く,冬に悪化傾向の温清飲に対し,夏の悪化傾向の消風散ということになりますが,実際には鑑別がそれほどやさしくはありません。小児のアトピー性皮膚炎の漢方治療はなかなかむずかしいのですが,本方は小児の中でも乳児に使って効果がみられます。根本的な治療は,補中益気湯や柴胡剤をべ一スにしながら使うわけですが,消風散はこの場合はやや対症療法のニュアンスがあります。まず消風散である程度炎症を抑えておいて,補中益気湯を徐々に増やす方法をとります。びらんのひどい時は石膏や朮の作用を増強する意味で,越婢加朮湯を合方すると速やかにびらんが消失します。そうしておいて,先ほど述べた方法をとるのもよいと思います。
湿疹とくにアトピー性皮膚炎の漢方治療においては,必ずといってよいほど皮疹が悪化する経験をします。これは一般に十味敗毒湯や桂枝加黄耆湯などのように,投与前より発表作用があらかじめ予想される方剤なら対応できますが,そうではない方剤にも時として増悪現象がみられます。消風散もその1つですが,この場合,いつまで本方を続けるかが大切になります。一般に2週問以上も湿疹が悪化している場合はそれ以上続けてもよくなることは少なく,患者も我慢の限界に達しているので一時休薬するか,他の方剤に切り替えた方が無難です。
さすが広瀬先生、実地診療のさじ加減まで書かれてあります。
彼の診療スタンスが垣間見える貴重な資料ですね。
広瀬先生の書いたクイズ形式の記事をもう一つ見つけました。
■ 服薬指導に役立つ漢方クイズ20
(広瀬滋之先生)
【問題】
真夏のある日,5歳の男児がアトピー性皮膚炎でかゆみが強く,顔も赤く,皮疹があちこちにあって,一部が湿潤した状態で来院しました。 また,陰のうも腫れ気味なので,“ボク,ミミズにおしっこかけたの?”と聞と,きょとんとした表情をしていました。 こんな状態のときに,漢方エキス剤では珍しく動物生薬の入っている処方がよく効きます。
Q1.どういう処方でしょうか。
Q2.動物生薬というのは何のことでしょうか。
【解説】
一般に,動物生薬を漢方で使うことは,それほど多くありません。よく知られたものに地龍(ミミズ),虻虫(アブ),水蛭(ヒル),別甲(スッポン)などがありますが,漢方エキス剤には含まれておらず,煎じ薬として使います。
例えば,地龍は発熱や脳卒中後遺症などに使いますが,これまで解熱作用はミミズの皮の部分,血栓融解作用は内臓の一部にあることがわかっており,近年は乾燥ミミズ食品が血栓融解剤として注目を浴びているようです。
さて,アトピー性皮膚炎で夏期に多用する方剤に消風散があります。高温多湿の日本の夏期はアトピーの人にとってもいやな季節です。アトピー性皮膚炎は漢方でいうところの風・湿・熱の相互作用による疾患ですが,この症例は,かゆみの「風」,湿潤の「湿」,発赤の「熱」などが同時にみられることからその状態をよく現しています。
こういった場合にはよく消風散を使います。消風散には蝉退(アブラゼミやクマゼミの抜け殻)が入っていて,止痒効果があります。現在,薬価基準に収載されている漢方エキス剤の中で,唯一承認されている動物生薬入りの処方です。一般に,アトピー性皮膚炎では乳児に補中益気湯や黄耆建中湯などの脾胃の働き(消化機能)を守る方剤をよく使い,幼児・学童は柴胡清肝湯などの清熱作用のあるものを体質改善の目的として用いますが,消風散はどちらかというとやや即効的な意味合いのある方剤といえます。
また,発赤などの熱症状が強い場合は,それに黄連解毒湯や白虎加人参湯などの清熱作用の強い方剤を付け加え,合方方剤として用いることも少なくありません。
消風散は, 風(止痒), 湿(乾燥),潤燥・清熱(抗炎症)などの多くの作用を持った方剤ですが,夏期に悪化するアトピー 性皮膚炎にはとても適した方剤です。
【解答】
1.消風散
2.蝉退(ぜんたい)
アトピー性皮膚炎の病態は「風・湿・熱」で、消風散には祛風(止痒)・化湿(乾燥)・清熱(抗炎症)の作用を持っているのでピッタリという解説です。
しかし消風散の作用に「潤燥」(乾きを潤す)という文言もあります。
湿を乾かす化湿と、乾きを潤す潤燥が同居しているのはなぜ?
次に小児科医・石川先生の記事。
■ 私の漢方診療日記〜小児のアトピー性皮膚炎
(石川功治:たんぽぽクリニック)
皮膚が真っ赤になってカサカサした状態の重症のアトピー性皮膚炎では皮膚の赤みを改善しないと良くなっていきません。このような時には次の2つの漢方薬が効果があります。
1)白虎加人参湯
体を冷やす成分の最強コンビの石膏と知母が入っているのでこの作用によって皮膚の赤み(皮膚のほてり)がとれてきます。
白虎加人参湯に含まれる石膏の量は他の石膏が含まれ る漢方に比べて15gと最も多く含まれていますので冷やすという事には最適です。 顔が真っ赤になっているアトピー性皮膚炎には特に良く効きます。皮膚の赤みが改善しますと皮膚のカサカサも良くなっていきます。 まず、赤みが良くなるまで白虎加人参湯の内服を続けてることが大切です。白虎加人参湯は速効性の あるお薬ですので皮膚の症状が特に早く良くなっていきます。
2)消風散
白虎加人参湯に比べますと冷やす役割の石膏の量は少ないお薬ですが、石膏と知母という最強の冷やすコンビがこれにも入っていますので、消風散は皮膚の赤みは真っ赤というよりは赤みが中等度で皮膚がカサカサしているアトピー性皮膚炎に効きます。 消風散には皮膚の赤みを改善する石膏に加えて、カサカサとこわれた皮膚の組織の修復を担う当帰や地黄や胡麻といった成分が含まれています。 皮膚の赤みを改善して、皮膚のカサカサを改善するのがこのお薬です。アトピー性皮膚炎の皮膚では傷が多いので細菌が入りやすく「とびひ」になりやすい傾向にあります。 消風散には排膿を促進させる荊芥、防風を含んでいますので「とびひ」(伝染性膿痂疹)の予防にもなります。
石川先生は石膏と知母のコンビによる清熱、当帰・地黄・胡麻など血虚に効く生薬より「皮膚の赤みを改善して、皮膚のカサカサを改善する」と血虚を強調して説明しており、湿潤を乾かすという今までの論調とちょっと異なりますね。
蒼朮の説明はどこへ行ったんだろう・・・?
次は夏に特化したアトピー性皮膚炎の漢方の説明を。
■ 「夏に悪化するアトピー性皮膚炎の漢方治療」より
(内海康生Dr.:内海皮フ科医院)
夏に見られるアトピー性皮膚炎は、汗により増悪するケースが多く、紅斑は熱を帯び、やや湿潤していることが多く認められます。夏場に用いる標治の処方のポイントは、清熱剤(消風散、白虎加人参湯)、または清熱利水剤(越婢加朮湯)を用いることです。
しかしこれらの標治の処方を用いて一時的に症状が改善しても再燃することが多くあります。再発を防ぎ治癒へ導くためには体質を改善する本治としての治療が必要となります。
効果判定は早くて2〜4週間くらいで可能です。皮疹が改善すれば次第に標治の処方を減らし、本治の処方を主体にしていくようにします。
消風散の使用目標は「風湿熱」で「清熱剤」という位置づけです。
利水や血虚の要素には触れていません。
併記してある白虎加人参湯も「清熱剤」(ただし上半身に目立つ)、越婢加朮湯は「清熱利水剤」と記されています。まあ、越婢加朮湯に比べれば利水作用は弱いのでしょうが。
なんだか「夏はとりあえずビール」のように「夏に悪化する湿疹はとりあえず消風散」くらいの書き方が多くて、今ひとつ参考になりませんね。
■ 小児皮膚疾患に頻用される漢方薬の使いどころを知る〜特にアトピー性皮膚炎〜
(黒川晃夫Dr.:大阪医科大学皮膚科)
この表では乳児期・幼児期に消風散は登場しません。
学童期以降の薬という位置づけの説明は本文中にありませんでした。
う〜ん・・・。
■ 『皮膚科漢方10処方 Part2』解説③:消風散・五苓散・抑肝散 より
(山田秀和:近畿大学奈良病院皮膚科教授)
【消風散】
◇湿疹治療の第一選択薬
漢方で湿疹を治療する場合の第一選択薬である。基本は消風散でよいが,十味敗毒湯との合方になることも多い。消風散は、
・清熱(抗炎症作用)を有する苦参・石膏・知母・生地黄・牛蒡子
・抗アレルギー作用・瘙痒抑制作用のある防風・荊芥・牛蒡子
・中枢性の瘙痒抑制作用の蟬退
・利湿作用(※1)の蒼朮
・潤燥(※2)作用の当帰・地黄・胡麻
※1)利湿:体内の余分な水分を排出させること。
※2)潤燥:乾きの状態を改善すること。
からなる。
消風散は主として湿潤・浮腫のある場合に特によい。このため、化膿性病変に用いる場合(膿疱)は十味敗毒湯を合方することで有効性が上がる。
このため煎じ薬でない場合では、皮疹の発赤・熱感が強ければ消風散に黄連解毒湯を足し、水疱・びらん・浮腫が強ければ越婢加朮湯・麻杏甘石湯を加える。
皮疹の色が赤黒い場合や乾燥が強い場合は温清飲、苔癬化や肥厚がある場合は悪血と考え、通導散や桂枝茯苓丸と合方するのが一般的である。
■ 皮膚科医にとっての漢方薬とエビデンスより
(清水忠道Dr.:富山大学皮膚科教授)
主に苔癬化病変に対する桂枝茯苓丸に関する内容ですが、「アトピー性皮膚炎に対する漢方治療」という図に消風散が乗っていたので引用しました。
消風散は「分泌物が多い」と書いてある一方で「熱証+血虚」とあり、矛盾します。
いや、矛盾と考えず、水毒(蒼朮)と血虚(当帰・地黄)の生薬が混在するのがこの方剤の特徴と捉えるべきかもしれません。
しかし、このことに言及した記事・文章が見つけられませんでした。
では中医学的解説に目を向けてみます。
■ 消風散 中医学解説
(「家庭の中医学」より)
石膏5.0
当帰・地黄・白朮・木通各3.0
防風・牛蒡子各2.0
知母・胡麻・甘草各1.5
蝉退・苦参・荊芥各1.0
【効能】 疏風・清熱化湿・養血潤燥
【解説】
防風・荊芥・牛芳子・蝉退 ・・・止痒作用をもち解熱に働きます。
荊芥・防風 ・・・皮膚の血行促進をして発散
石膏・知母・苦参 ・・・消炎解熱に働き皮膚の発赤、熱感をしずめます。
苦参 ・・・止痒、利水に働く
白朮・木通 ・・・組織中の水分を利尿などによって除きます。
地黄・当帰・胡麻 ・・・滋養強壮作用により皮膚を栄養、滋潤します。
効能に書いてある「化湿」と「潤燥」は作用がケンカしないんだろうか、という疑問に対する説明はありませんでした。
次は、ちょっとエッセイ風で軽いのですが、なるほどと頷いた説明;
■ 「消風散の解析」より
(よろず漢方薬局)
皮膚病で使われることの多い漢方薬の処方と言えば、まず「消風散(しょうふうさん)」が挙げられるのではないでしょうか。病院で出されることも多いお薬です。
この「消風散」の名前の由来は、「風邪(ふうじゃ)」を消し去る作用を持つという点にあります。確かに皮膚病は「風邪」が絡んでいることが多く、特に痒みがある場合にはまず「風邪」を疑います。皮膚病における悩みの多くは痒みであるため、皮膚病=消風散という考え方もあながち間違ってはいないわけです。
まず「消風散」の内容生薬を見てみますと、去風薬と呼ばれる「風邪」を除く成分として「荊芥」「防風」「牛蒡子」「蝉退」が入っています。これらが主薬となるわけですが、その他の脇役もあって初めて効能が発揮されます。
次に「蒼朮」「苦参」「木通」は主に「湿」を取り除く作用があり、これもまた皮膚病の際によく見られる邪気の一つです。
そして「石膏」「知母」は「熱」を除き、「当帰」「地黄」「胡麻仁」が「血」を補い、「甘草」が調和します。
これら13種類もの生薬の組み合わせの妙で効果を発揮するのが「消風散」という漢方薬になるわけです。
具体的には、痒みがある皮膚病を中心に、ジュクジュク感や赤みがある場合に適しますので、アトピー性皮膚炎やじんましんなどに用いられることが多いでしょう。しかしながら、潤いをもたらす作用もあるので、乾燥がある時にも使えないことはなく、かなり適用の広い漢方薬とも言えそうです。長期間使っても大きな問題が起きることはない内容でもあります。逆に言えば、やや穏やかな処方ともいえ、はっきりと早めに効果を出したい時には物足りなく感じる方も多いかもしれません。
下線部が私の疑問を氷解してくれました。
「痒みがある皮膚病を中心に、ジュクジュク感や赤みがある場合に適しますので、アトピー性皮膚炎やじんましんなどに用いられることが多いでしょう。しかしながら、潤いをもたらす作用もあるので、乾燥がある時にも使えないことはなく、かなり適用の広い漢方薬とも言えそうです。」
「はっきりと早めに効果を出したい時には物足りなく感じる方も多いかもしれません。」
つまり、良く云えば湿潤病変にも乾燥病変にも使える「皮膚疾患の万能薬」であり、
悪く云えば「どっちつかずの生薬構成なので切れがない・物足りない」方剤でもあります。
西洋医学の「強力レスタミンコーチゾンコーワ軟膏®」(かゆみ止めと化膿止めとステロイドの全部入りで「どれかは当たるだろう」という感じ)に似てますね。ちょっとずるい処方だなあ。
「効果が今ひとつの時は○○○を合方すべし」とやたら書いてある理由もわかりました。
中医学系で、何気に詳しい解説を見つけました。
■ 「消風散」(漢方LIFE.com)より
【ポイント】
・皮膚表面の熱を下げる荊芥・防風・牛蒡子
・止痒効果のある蝉退
を中心に、
・水分の停滞を解消する木通、蒼朮
・体内に入り込んだ熱を下げる知母・苦参、石膏
・皮膚の潤いを確保する当帰・地黄・胡麻
・消化器を保護する甘草
で構成。
浸出液とかゆみを伴う皮膚炎等に適応。甘辛味。
【効能】
効能:疏風養血・清熱利湿
主治:血虚風燥・湿熱内蘊
※ 疏風養血:風邪を発散すると同時に、体内の陰血を養う治法である。陰血が充たされれば、陽邪である風も容易に鎮まる
※ 清熱利湿:熱邪と湿邪を同時に除去する治法である。
※ 血虚風燥:皮膚疾患、特に瘙痒症状が現れる病態を示す陰血が不足すると体内に内風(陽邪)が生じ、動き回ることがある。また血虚に乗じて、外の風邪も容易に体内に侵入してくる。いわゆる「血虚風盛」の状態である。
※ 湿熱内蘊:湿邪と熱邪が体内に停滞する病証を示す。本方が対象とするのは皮膚と筋肉に温熱が蘊結したものである。
【解説】
消風散は去風・利湿・清熱・養血など各作用を備えている。
荊芥、防風、牛蒡子、蟬退は疏風薬である。「痒は風よりおこる、止痒するにはまず疏虱すべし」とあるように、痒みを鎮めるためには風邪の発散を先行させる。
荊芥と防風はともに風薬の代表で、荊芥には発疹の原因となる風毒をさっぱりと体外へ追い出し、順調に発疹させる作用がある。
牛蒡子と蟬退も疏風作用があるが、荊芥、防風にくらべれば弱い。薬性が辛凉なので、皮膚、筋肉に潜んでいる熱毒、特に風熱の邪気を体外へ発散するのに適している。牛蒡子は清熱解毒作用が強く、蟬退は皮膚の搔痒を止める作用が強い。
蒼朮、苦参、木通は利湿薬である。蒼朮は薬性が温で、去湿作用に優れ体表の外湿と体内の内湿を除去することができる。特に皮膚のジュクジュクしている湿疹によく使用される。苦参は薬性が寒で清熱燥湿作用をもち、皮膚病の専門薬である。らい病にも使えるといわれている。特に湿熱毒による皮膚の滲出物と瘙痒感を治療できる。木通は滲湿利水作用が強く、体内の湿邪を下から除去する。薬名のように「通」の特徴があり、特に血脈を通じさせ局部の血行を改善して、皮膚機能の回復を助ける。
石膏、知母は強い清熱薬で、筋肉深部の熱邪を除去して、局部や全身の熱感、皮膚の赤味を治療する。
当帰、生地黄、胡麻仁は血分薬である。本方に血分薬を配合するのは次の理由による;
① 熱邪が体内の陰血を損傷することが多い。
② 熱邪が深入して血熱になると、血行が阻害され瘀血を発生する。
③ 木通、苦参、蒼朮、防風などの去風利湿薬は陰血を損傷する恐れがある。
④ 血が虚すと風ー邘が容易に侵入して、皮膚症状をさらに悪化させる。
3薬はともに体内の陰血を養い、さらに当㷌は活血作用によって瘀血を取り除き、局部の腫れ、疼痛を治療する。生地黄は清熱凉血作用によって血分の熱を清す。胡麻仁は潤いが多く皮膚の乾燥症状を改善し、また通便する。
甘草は諸薬を調和するほか、甘味で他の苦薬を緩和し、さらに生の甘草は清熱解毒作用を発揮する。
【どんな人に効きますか?】
消風散は「風湿熱、風疹、湿疹」証を改善する処方である。
「風湿熱」は、風邪(ふうじゃ)と湿邪(しつじゃ)と熱邪(ねつじゃ)のこと。風邪は自然界の風により生じる現象に似た症候を引き起こす病邪で、風のように発病が急で、変化が多く、体表部や呼吸器を侵すことが多い。痒みが強い、患部があちらこちらと移動しやすい(遊走性)、患部が拡大しやすい、などの症候がみられやすい。
湿邪は自然界の湿気により生じる現象に似た症候を引き起こす病邪で、べっとりと湿っぽく、重く、経過がゆっくりで、体内に停滞しやすい水疱、滲出液などの症候がみられやすい。
熱邪は自然界の火熱により生じる現象に似た症状を引き起こす病邪で、勢いが激しく、熱証を表す。患部の発赤、熱感、炎症、化膿などがみられる。
これらの病邪について、漢方では、ウイルス・細菌・アレルゲンといった原因物質で判断するのではなく、上記のように、人体に表れる症状から病邪を判断している。従って、西洋医学的には同じ病名の病気でも、最初は風邪だったのが、途中から熱邪に変わる、などというケースもよくみられる。外部環境要因よりも人体側の状態を重視しいるわけで、その結果、体質強化、体質改善、再発予防などの効果が漢方薬に備わっているものと思われる。
漢方でいう「風疹」は、現代医学の蕁麻疹に相当するこの風疹や湿疹は、多くの場合、「風熱」や「湿熱」などの病邪が人体内で勢いを増したときに生じる。それらの病邪が血脈に染み込み、コントロールが効かなくなり、皮膚に達し、皮疹を発生させるのである。従って皮疹の色は赤く(熱邪)、痒みが強く(風邪)、滲出液が多い(湿邪)。痒みは夜、強くなりやすい。地図状に赤くなる場合も多い。蕁麻疹や湿疹でも、白いものや、熱感がないものに消風散は効かない。
皮疹以外には、ほてりや口渇も表れやすい。舌は赤く、舌苔は熱邪の勢いにより、白い場合と黄色い場合がある。
臨床応用範囲は、蕁麻疹、アトピー性皮膚炎、皮膚掻痒症、汗疱、白癬、その他各種湿疹や皮膚炎で、風湿熱、風疹、湿疹の症候を呈するものである。
判断ポイントは、痒みが強く(風邪)、じくじくした(湿邪)、赤い(湿邪)湿疹や蕁麻疹、という点。蕁麻疹やアトピー性皮膚炎であればどんな場合でも消風散が効く、というものではなく、痒みが強く、じくじくした赤い皮疹でないと、さすがの良方も効いてくれない。漢方では、病名ではなく、証の判断(弁証)が命である。病名投薬は避けたい。
【どんな処方ですか?】
配合生薬は、荊芥、防風、牛蒡子(ごぼうし)、蝉退(せんたい)、蒼朮、苦参、石膏、知母、当帰、地黄、胡麻仁(ごまにん)、木通、甘草の十三味である。
(君薬)荊芥、防風、牛蒡子、蝉退
いずれも体表部に存在する風邪を散らし(疏散[そさん])、痒みを止める(疏風止痒)。牛蒡子と蝉退には清熱作用もある(疏散風熱)。
基本的に、風邪のないところに痒みは生じない(無風不痒)。従って、痒みを治療する際は、まず風邪を除去する。風邪が消えれば、痒みは自然と治まる。本方の名前の所以である。
(臣薬)蒼朮、苦参、木通
蒼朮は風邪を除去し、湿邪を乾燥させて取り除く(祛風燥湿)。胃腸を守る働きもある(健脾)。苦参は熱邪を冷まし、燥湿する(清熱燥湿)。疏風止痒作用もある。木通も清熱燥湿し、湿熱をさばく。これら燥湿作用のある生薬の働きにより、湿邪を消退させる。
(佐薬)知母、石膏、当帰、地黄、胡麻仁
知母と石膏には、熱邪(火邪)を冷ます働きがある(清熱瀉火)。これにより、炎症による発赤や熱感を鎮める。
当帰、地黄、胡麻仁は、身体を滋養し(養血)、血流を調える(活血)。これにより、皮膚が養われ、潤う。皮疹が慢性化して皮膚が乾燥したり萎縮したりした場合(血虚)に役立つ配合である。
(使薬)甘草
諸薬の薬性を調和させつつ、化膿性の炎症など(熱毒)を除去する(清熱解毒)。
以上、消風散の効能を「疏風養血、清熱除湿」という。本方の配合の特徴は、痒みを止める疏風止痒薬を中心に、清熱薬や除湿薬、養血薬が配合されている点である。このコンビネーションにより、体質を強化しつつ、病邪を除去して、病気を根治していく(扶正祛邪[ふせいきょじゃ])。風湿熱邪がなくなり、血脈が調えば、痒みは自然と消える。
逆の見方をすれば、消風散は風邪を除去し、熱邪や湿邪も排除し、さらに養血もしてくれる、いわば欲張りな処方である。従って、疏風と除湿だけをしたくて養血はしたくない場合などには、いくら痒みが強い湿疹でも、本方を使わない。例えば、痒みが強いアトピー性皮膚炎に本方を使った結果、養血薬が作用しすぎて病態が悪化した、というケースなどがみられる。炎症に加えて、体の熱感や口の渇きなどの熱証が強ければ白虎湯を合わせて清熱瀉火の力を強める。皮疹に化膿がみられるなら黄連解毒湯を合方する。炎症よりも湿潤が強い場合は茵蔯蒿湯、越婢加朮湯などを併用する。乾燥傾向が強い場合は四物湯を加える。湿潤がない場合は当帰飲子などを検討する。
長〜い解説ですが、私の疑問の答えてくれる箇所をいくつか見つけました。
まず、当帰・生地黄など血虚を治する補血剤が入っている理由が述べられています(しかし説明内容が中医学的過ぎてピンときません・・・)。
それから君薬・臣薬・佐薬別に記されており、蒼朮が臣薬、当帰・地黄が佐薬なので、位置づけは蒼朮が上になり、つまり方剤の性質としては、利水>補血ということになります。
では最後のまとめに秋葉哲生先生の解説を;
■ 「消風散」
(「活用自在の処方選択」より)
1.出典:『外科正宗』
●風湿血脈に浸淫し、瘡疥を生ずるを致し、瘙痒絶えざるを治す。および 大人小児、風熱疹身に遍く、雲片斑点、たちまち有り、たちまち無きに、 並び効あり。(『外科正宗』瘡疥門)
2.腹候:
腹力中等度前後(2-4/5)。腹部皮膚に肌膚甲錯(乾燥してザラザラと粗造なこと)を認める。
3.気血水:血水が主体の気血水。
4.六病位:少陽病。
5.脈・舌: 脈は数。舌質は紅、舌苔は微黄。
6.口訣:
●慢性の皮膚疾患にバランスのよい薬方である。(道聴子)
●急性症状には無効で、この場合は越婢加朮湯が適する。(『現代漢方治療 の指針』)
●本方は、湿疹群、蕁麻疹群、痒疹群に対する代表処方である。(『中医処 方解説』)
7.本剤が適応となる病名・病態:
a 保険適応病名・病態
効能または効果:分泌物が多く、かゆみの強い慢性の皮膚病(湿疹、蕁麻疹、水虫、あせも、 皮膚そう痒症)。
b 漢方的適応病態:風湿熱の皮疹。すなわち、かゆみが強い(夜間に増悪する傾向がある)、局所の発赤と熱感、浸出液が多いあるいは水泡形成、体のほてりや熱感、口渇などがみられる。
8.構成生薬:
石膏3、地黄3、当帰3、牛蒡子2、蒼朮2、防風2、木通2、知母1.5、甘草1、苦参1、荊芥1、胡麻1.5、蝉退1。(単位g)
9.TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説: 疏風・清熱化湿・養血潤燥。
※ 「疎風」とは、祛風解表薬を用いて、風邪を疏散する治法。風寒表証には防風、桂枝、藁本などを用い、風熱表証には薄荷、牛蒡子などを用い、風湿表証には羌活、白芷などを用いる。
10. 効果増強の工夫:
1 )十味敗毒湯を合方して祛風化湿・清熱解毒作用を増強する。
処方例)ツムラ消風散 7.5g 分3食前
ツムラ十味敗毒湯 5.0g(1-0-1)
2 )黄連解毒湯を合方して清熱作用を増強する。
処方例)ツムラ消風散 7.5g 分3食前
ツムラ黄連解毒湯 5.0g(1-0-1)
11.本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より:すべて頑固な皮膚病、湿疹、じん麻疹、水虫、あせも、皮膚瘙痒症、夏期に悪化する皮膚病など。
●龍野一雄著『改訂新版漢方処方集』より:頑固乾燥性で、夏期また温暖時に増悪する皮膚病、じん麻疹。
今回の消風散は、日本漢方より中医学系の解説の方がわかりやすくしっくりきました。
しかし、当初のイメージ「汗で悪化する湿疹」「夏になると悪化する湿疹」というフレーズはどこから生まれたんだろう、と思うくらい出てきませんでしたね。
ただ、厳密には血虚の要素がある皮膚病変でないと悪化する可能性があることは認識すべきだと思いました。
<追加>
皮膚疾患に使用する漢方方剤の一覧表を見つけました。
まず、「皮膚科疾患に用いられる方剤の医薬品情報」(薬事新報2009、桂元堂薬局:佐藤大輔)から「風湿熱」の解説;
続いて、これらに対応する漢方方剤一覧表;
この表を見ると、「風湿熱」すべてに対応しているのは消風散だけ、ということになります。
かつ、湿邪(≒水毒)と血虚の両者をカバーするのも消風散だけ。
ある意味、万能薬として作られたのでしょう。