温清飲は成人アトピー性皮膚炎に頻用される漢方薬です。
実はこの方剤、イメージしやすいんです。
単純に「冷やして潤す」薬であり、治療対象は赤くて乾燥している病変(ほぼアトピー性皮膚炎ですね)。
漢方的に云いますと、温清飲の成り立ちは黄連解毒湯(清熱剤)と四物湯(補血剤)の合方で、使用目標は「熱証」と「血虚」であり、症状としては炎症を起こして発赤し乾燥した状態(湿疹)です。
しかし私は、子どものアトピー性皮膚炎にほとんど処方していません。
温清飲は子どもには苦くて飲みにくい薬の代表で「良薬口に苦し」そのもの。
自院のスタッフで「何とか飲みやすくならないものか」といろんな飲み物に溶かしたり食材と混ぜたりして試しましたが、誤魔化せたのはココアくらいでした。
実は、熱を持っている状態を冷やす薬は基本的に「苦い」らしい。
暑い夏にビールが美味しい理由はここにあるとか。
では大人の味、大人の漢方と云うこと?
いやいや、温清飲の加味方(派生処方)と呼ばれる方剤もいくつか存在し、小児期には柴胡清肝湯(80)、思春期以降は荊芥連翹湯(50)がよいとされています。
さて、どのような患者さんに温清飲を使用すべきなのか?
一通り調べた結果のポイントとまとめを先に提示しておきます。
<基本>
(「ツムラ医療用漢方製剤」より)
・虚実:中間
・寒熱:熱
・気血水:血虚
(赤本)「裏熱虚証」・・・あれ? ツムラの資料では虚実中間、赤本では虚証となってますね。
(「活用自在の処方解説」より)
・気血水:血が主体
・六病位:少陽病
・漢方的適応病態:血虚・血熱
・TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説:清熱瀉火・解毒・補血活血・止血
<ポイント>
・温清飲は四物湯と黄連解毒湯の合方である。
・それぞれの①証と②作用は、
(四物湯)①血虚、②補血
(黄連解毒湯)①血熱、②清熱
・配合量は四物湯>黄連解毒湯のため、四物湯の性質「血虚→補血」が強く出ている。標治と本治の両方に当てはまる方剤でもある。
・四物湯は「温めて潤す」(補血)、黄連解毒湯は「冷やして乾かす」(清熱)という逆のベクトルを持つ不思議な方剤であり、使う際に悩ましい。これは体を上下に分けて「上熱下寒を治する」(熱を持った上半身を冷まし、血流が悪くなり冷えている下半身を温める)と考えるとわかりやすい。
・アトピー性皮膚炎患者では夏は赤みが目立ち、冬は乾燥が目立つ。これに対して四物湯・黄連解毒湯・温清飲を適用し、ときには合方してその比率を変えることにより皮疹のコントロール可能である。
<まとめ>
・「血虚>熱証」を指標に小児アトピー性皮膚炎にも応用可能であるが、味が苦くて飲みにくい。保険病名に皮膚疾患がないことも欠点である。加味方の柴胡清肝湯の適用を考慮した方がよいかもしれない。
上記結論に至る思考経路を以下に記します。
いざ、アトピー性皮膚炎の漢方治療の本丸へ。
まずはツムラ「漢方スクエア」で温清飲&アトピー性皮膚炎を検索。
荒浪暁彦先生による【皮膚科領域の漢方医学】に掲載されている表をざっと眺めますとアトピー性皮膚炎に対する温清飲の位置づけは・・・
年齢:幼児期以降に登場
標治:血虚薬(中間〜実証向け)
本治:血虚薬(中間〜実証向け)
・・・荒浪先生は清熱作用より補血作用を重視しているようです。
それから、標治と本治の項目に同じ「血虚薬」と記されていることに驚きました。
以前にも耳にしたことがあるのですが、温清飲は標治と本治を兼ねた方剤と考えられているのですね。
温清飲の構成要素である黄連解毒湯の荒浪先生による解説も引用しておきます。
■ 「顔面皮疹には黄連解毒湯 〜状況による使い分けで高い効果を発揮」より
(あらなみクリニック院長 荒浪 暁彦)
顔面皮疹の治療には漢方薬が非常に高い効果を発揮します。
黄連解毒湯は黄連、黄岑、黄柏、山梔子の4生薬で構成されています。
(黄連) ・・・「心」「肝」「脾」の熱
(黄岑) ・・・「心」 「肺」の熱
(黄柏) ・・・ 「腎」の熱
(山梔子)・・・「心」「肝」 「肺」「腎」の熱
・・・を冷ます作用があり、体の上の方に昇ってほてった熱を下げる事により顔面の皮疹を治します。特に「心」の熱を下げる効果ありますので、精神のバランスを司る「心」の異常により生じる不眠やイライラなども治してくれます。顔面がのぼせた状態になっており、精神症状も伴う場合に良く効くようです。赤面症にも黄連解毒湯は有効となるわけです。
私は飲酒するとすぐ顔が真っ赤になってしまうのですが、黄連解毒湯を内服してから飲酒すると明らかに顔の赤みが出にくくなります。黄連解毒湯の保険病名を見ますとノイローゼ、高血圧、脳溢血等とあり、現代医学的には全然違う病名に何故同じ薬が効くんだという事になりますが、顔を真っ赤にして怒ってばかりいる血圧が上がり気味の頑固親父の脳溢血の予防に有効だと思います。
顔面皮疹の治療薬としては黄連解毒湯以外に治頭瘡一方とツムラ白虎加人参湯を頻用します。治頭瘡一方はどちらかというと赤黒く、びらん、痂皮を伴う場合、白虎加人参湯は全身に熱がこもっていて口渇や多汗を伴う場合に使用します。
次は合方である温清飲をボケ(四物湯)とツッコミ(黄連解毒湯)になぞらえて説明しした飯塚先生の文章を紹介します。
■ 「乾燥タイプのアトピーに温清飲 〜二剤のバランス調整が千変万化の対応を可能にする」より
(山口大学医学部附属病院・漢方診療部 准教授 飯塚徳男)
温清飲は四物湯合黄連解毒湯であり、血虚+血熱に投与する漢方薬である。 「勿誤薬室方函口訣」(ふつごやくしつほうかんくけつ)で浅田宗伯先生は「此方ハ温ト清ト相合スル處ニ妙アリテ」
と書かれており、「温」は「四物湯」を、「清」は「黄連解毒湯」を意味する。
乾燥タイプのアトピー性皮膚炎には、温清飲、黄連解毒湯、治頭瘡一方、白虎加人参湯、茵蔯蒿湯等を汎用するが、多くのケースで、この温清飲中心に以下のバリエーションで対応可能である。
アトピー患者は治療期間が長く、今回のように乾燥タイプで発赤・痒みを伴い 夏場に悪化するケースには温清飲を分解して、黄連解毒湯単独(1剤常用)、黄連解毒湯+温清飲(比率を換える)(2剤常用)、温清飲単独(1剤常用)、黄連解毒湯+四物湯(比率を換える)(2剤常用)等のバリエーションを使い分けることにより、清熱と補血のバランスを換えて、症状に合わせた微妙な対応ができる、まさに漢方薬ならではの使い方の醍醐味を教えてくれる処方である。
さて、冒頭で述べた合方における(ボケ)と(ツッコミ)の議論であるが、一見、作用の強い黄連解毒湯は(ツッコミ)であり、マイルドに作用する四物湯は(ボケ)のイメージであるが、夏場に悪化するアトピー患者の観点からは、清熱の黄連解毒湯は(ボケ)であり、温める四物湯は火に油(ツッコミ)となるのであろう。従って赤みの強い熱が極まった状態では、四物湯成分を減らしていき、黄連解毒湯を増やして清熱を強化しないといけない。このようなさじ加減の妙を知ってしまうと、さらに漢方診療が楽しくなる。ただし、四物湯単独になると味をきらったり、胃の不調を訴える患者が出てくるのが欠点だが。
わかりやすいようなわかりにくいような・・・。
患者さんの皮膚の状態を熱と乾燥という要素で評価し、相対的に乾燥が勝ればボケ(四物湯)を増量し、熱が勝ればツッコミ(黄連解毒湯)を増量して調節可能であると。
つまり、夏季に黄連解毒湯、冬期に四物湯と両極端に置き、その間季節の変わり目にはこの二つの方剤を併用し比率を変えながら調節するのが上手な治法であり、それを方剤にしてしまったのが温清飲を云うわけです。
次は以前にも引用した黒川先生の記述;
■ 「小児皮膚疾患に頻用される漢方薬の使いどころを知る ~特に小児アトピー性皮膚炎~」より
(黒川晃夫:大阪医科大学附属病院 皮膚科)
この一覧表では、温清飲は乳児期には見当たらず、幼児期以降に用いられる漢方薬という位置づけです。
もう一つ黒川先生の書かれて記事を見つけました。
■ 「成人皮膚疾患に頻用される漢方薬の使いどころを知る ~特に成人アトピー性皮膚炎~」より
(黒川晃夫:大阪医科大学附属病院 皮膚科)
【黄連解毒湯】
黄連・黄芩・黄柏・山梔子のいずれも清熱作用を有する4種類の生薬からなる方剤である。中枢抑制作用、抗炎症作用のほか、ほてり・顔面紅潮に対する効果などが報告されている。赤ら顔で、のぼせやイライラする傾向があり、皮膚の発赤や瘙痒を伴うが、皮膚の乾燥はみられない場合などに用いられる。
【温清飲】
黄連解毒湯と四物湯の合方である。四物湯は当帰・川芎・芍薬・地黄のいずれも補血作用(潤いを与える)を有する4種類の生薬からなる方剤である。温清飲は、抗炎症作用、抗アレルギー作用、瘙痒抑制作用などが報告されている。精神症状は黄連解毒湯を用いる場合より軽く、皮膚の乾燥と軽度の発赤を伴う皮膚症状がみられる場合などに適応される。
黄連解毒湯との使い分けや、生薬組成の解説をしています。
しかし、含まれる生薬をながめると、黄連解毒湯由来の「冷やして乾かす」生薬と四物湯由来の「温めて潤す」生薬の対比が見事としか云いようがありません。
これらが作用を打ち消し合ってプラスマイナスゼロになるのではなく、両方向の効果を有する処方に練り上げるまで、大変な努力と時間が必要であっただろうことが想像されます。
次はインターネット漢方塾塾長の大野先生の解説を;
■ 「漢方処方実践編 症例から学ぶ服薬指導のポイント“アトピー性皮膚炎”」
(大野 修嗣:大野クリニック院長)
1)温清飲
原典:万病回春。
生薬構成:黄連・黄・黄柏・山梔子・当帰・川・薬・地黄。
黄連解毒湯と四物湯の合方である。ただし,生薬の分量として温清飲中の当帰・川・薬・地黄は各3gで四物湯と同量であるが,黄連・黄・黄柏・山梔子の生薬量は各1.5gと山梔子以外は元の黄連解毒湯より減じている。したがって効能の基本は四物湯で,補血・温補・滋潤の効能を有する。加えて清熱解毒(皮膚・粘膜の消炎)の部分を黄連解毒湯が担っている。
使用目標:血虚(月経の不調・皮膚枯燥・寒証)と血熱(熱証)が並存する病態に適応する。したがって上熱下寒,皮膚のカサツキ・変色(発赤・萎黄・色素沈着)・苔癬化などともに精神的緊張が目標となる。
臨床応用:アトピー性皮膚炎,月経不順,月経困難,神経症など。原典の指示ではもっぱら月経の異常に対して用いられる処方としているが,現在では皮膚疾患,とくに乾燥性で炎症性の皮膚疾患に対して頻繁に応用されている。また,近年になりベーチェット病に応用され,自験例の観察でも一定の効果をもつようである。
荒浪先生が温清飲を血虚の項目に分類していた理由が、大野先生の解説でわかりました。
構成生薬の分量・比率なのですね。
四物湯由来の生薬量は元の四物湯と同量ですが、黄連解毒湯由来の生薬は減量されているため、基本は四物湯の薬効である「血虚」が目標になると。
それから熱を冷やす(清熱)と血行をよくして温める(補血)の相反する薬効が混在していて混乱していたのですが、体を上下に分けて「上熱下寒」状態を治すると説明しています。熱を持った上半身を冷まし、血流が悪くなり冷えている下半身を温める、ということ。
なるほど、なるほど。
大野先生の鑑別処方の解説もわかりやすいので引用させていただきます。
【鑑別処方:血虚のアトピー性皮膚炎】
① 柴胡清肝湯;
生薬構成は温清飲に柴胡・薄荷・連翹・桔梗・牛蒡子・楼根・甘草が追加されている。柴胡が2gその他の生薬はすべて1.5gである。柴胡・薄荷・連翹・牛蒡子は消炎作用を有し,薄荷・連翹・牛蒡子は皮膚疾患に頻用される生薬である。排膿作用のある桔梗と滋潤作用のある楼根が追加されている。
主に小児の腺病質の体質改善に応用されてきた。アトピー性皮膚炎に応用する場合,就学前の小児に適応する場合が多い。必ずしも飲みやすい味ではないが,問題なく服用してくれる小児が多いことには驚かされる。
② 荊芥連翹湯;
本漢方薬も温清飲の加味方であるが,柴胡清肝湯から牛蒡子・楼根を去り,止痒の効能をもつ荊芥・防風・白と排膿の枳実を加味して皮膚疾患に適した生薬構成となっている。柴胡清肝湯より清熱作用は弱いが,青年期となって化膿傾向が出現した場合によい適応となる。浅黒い皮膚,筋肉質,掌蹠の発汗などが使用目標である。
③ 当帰飲子;
生薬構成としては四物湯に黄耆・防風・荊芥・子・何首烏・甘草を加味したものである。ただし四物湯の構成生薬の分量が異なり当帰5g・地黄4gと増量されている。したがって四物湯より血虚に対する効能が増強され,皮膚付属器の機能を回復させる黄耆・何首烏を加え,さらに止痒として働く防風・荊芥・蒺藜子が加味され,甘草で全体を調和していると考えられる。すなわち発疹・発赤などの皮膚の炎症状態が無いか軽度で皮膚枯燥が著しく痒みを伴っている場合に適応する。皮脂欠乏性皮疹に応用されることが多く,アトピー性皮膚炎に応用する場合には黄連解毒湯との合方も役立つ。
④ 十全大補湯;
四物湯(血虚)に四君子湯(人参3g・蒼朮3g・茯苓3g・甘草1.5g;気虚)を合方して八珍湯とし,さらに皮膚付属器の機能を回復させる黄耆3gと経脈を温める桂皮3gを加味した生薬構成をもつ。気血両虚を改善させ温めながら皮膚の状態を改善させる漢方薬ということになる。皮膚のカサツキは温清飲適応例と同様であるが,より虚証で元気の虚損が見られる症例に適応する。
当帰飲子の解説が印象的です。
当帰飲子(86)は四物湯ベースに皮膚を栄養する黄耆、痒みを抑える生薬(防風・荊芥・蒺藜子)を加えたものと考えるとわかりやすい。
これらの解説を下表(「皮膚科疾患に用いられる方剤の医薬品情報」桂元堂薬局:佐藤大輔)をながめながら読むと、より理解が深まります。
【鑑別処方:熱証のアトピー性皮膚炎】
① 黄連解毒湯;
黄連2g・黄3g・黄柏1.5g・山梔子2gと清熱解毒の代表的処方である。温清飲中の四物湯が省かれていることから補血・温補・滋潤の効果は期待できないが,いらいら・のぼせ(気逆)など精神的緊張が明らかで,赤ら顔・目の充血(熱証)を伴い,カサツキが軽度な皮膚の炎症状態に適応する。
② 三黄瀉心湯;
黄連3g・黄3g・大黄3gの3種の生薬からなり,使用目標は気逆・熱証など黄連解毒湯とほぼ同様である。大黄が配剤されていることから黄連解毒湯が適応する病態で,便秘がある場合に用いられる。
③ 越婢加朮湯;
生薬構成は石膏8g・麻黄6g・蒼朮4g・大棗3g・甘草2g・生姜1gであり,白虎加人参湯に次ぐ石膏の量を有している。したがって本漢方薬も清熱剤の代表的漢方薬である。清熱とは抗炎症に近い作用であり,石膏と麻黄の組み合わせは止汗の方向に働く。止汗とは汗のみでなく各種の分泌に対して抑制的に作用する。すなわち分泌物が多く痒感(湿疹)あるいは疼痛の強い皮膚疾患(帯状疱疹の水疱期)にはことに役立つ。さらに花粉症の流涙・水様性鼻汁にも有用である。
④ 消風散;
荊芥・防風・牛蒡子・蝉退・石膏・知母・苦参・木通・蒼朮・胡麻・当帰・地黄・甘草からなる。荊芥から退までは止痒の効果など皮膚疾患用の生薬である。蝉退から木通までは清熱に働き,木通・蒼朮・胡麻は燥湿の効能がある。当帰・地黄は四物湯から芍薬・川芎を除いたもので皮膚の滋潤に役立つ。総じて分泌物が多い炎症性の皮膚疾患に応用されている。アトピー性皮膚炎に対する応用の場合,夏季あるいは一時的に局所が湿潤状態となった場合に使用する。
⑤ 治頭瘡一方;
防風・連翹・荊芥・忍冬・紅花・川・蒼朮・大黄・甘草からなる。防風から荊芥は皮膚疾患に対する要薬であり,これらと忍冬との組み合わせで解毒作用がもっとも強力となった漢方薬である。紅花・川芎・大黄は血行促進に働き,蒼朮は燥湿に働く。痂皮形成が顕著な場合に適応となるが,分泌の抑制・止痒の効果は消風散が勝る。
さて、そろそろ温清飲の加味方(柴胡清肝湯、荊芥連翹湯)へ話を振りたいと思います。
稲木先生の解説から。
■ 「温清飲を核とした処方解説」
(稲木一元先生:東京女子医科大学東洋医学研究所講師、青山稲木クリニック 院長)
温清飲は複雑な性格を持った漢方薬です。元来は、女性の不正性器出血が長引く場合に用いられましたが、現在では、月経不順、月経困難、更年期障害などの婦人科疾患はもとより、自律神経失調症、神経症、さらには皮膚疾患など多くの慢性疾患に応用されます。また、この処方に複数の生薬を加えてできた 柴胡清肝湯や荊芥連翹湯も皮膚疾患などに用いられます。
1.温清飲の出典と構成生薬について
温清飲は、明代の龔廷賢(きょうていけん・1539?-1632?)が著した『万病回春』の血崩門を 出典とし、「婦人、経水(けいすい)住(とど)まらず、或(ある)いは豆汁(とうじゅう)の 如(ごと)く五色相(あい)雑(まじ)え、面色(めんしょく)痿黄(いおう)、臍腹(せいふく)刺痛し、寒熱往来、崩漏(ほうろう)止(や)まざるを治(ち)す」と記載されます。血崩 も崩漏も不正子宮出血で、これが長引いて貧血様顔貌となった例に用いるとしています。
処方構成は、黄連解毒湯と四物湯とをあわせた形です。温清飲という名前は、血行を改善して身体を温め潤いをつける四物湯の温と、「血熱」と称される炎症、充血、熱感、興奮を鎮静して冷却する黄連解毒湯の清(さます)との二つを組み合わせたことに由来すると考えられます。相互に拮抗する温と清を組み合わせたところに、この処方の妙味があります。
一方、四物湯と黄連解毒湯に共通する要素もあります。たとえば、四物湯は、子宮出血、痔出血に用いる芎帰膠艾湯の骨格部であり、黄連解毒湯もまた出血急性期に用います。そこで、両者の合方である温清飲にも止血効果があります。また、四物湯、黄連解毒湯ともに神経症、更年期障害などに用いられますので、温清飲にも同様の作用が期待できます。
皮膚症状についても、四物湯は乾燥状態の皮膚炎などに用いる当帰飲子の骨格部であり、黄連解毒湯も赤く腫脹した皮膚炎に用いますので、両者の合方である温清飲は赤く乾燥した皮膚症状に使用できます。
2.実地臨床上の使用目標と応用
温清飲の対象となるのは、体質体格中等度からやや虚弱な者です。胃腸虚弱で胃下垂高度な者では胃腸障害が出やすいので用いません。
皮膚疾患では、慢性の湿疹や皮膚炎で、患部が乾燥して分泌物がなく、赤味を帯び、灼熱感があり、掻痒が甚だしく、ひっかくと粉がこぼれ、掻爬によって出血痕を残していることが目標となるとされます。この状態はアトピー性皮膚炎や尋常性乾癬を思わせますが、実際に用いてみると一定の効果をみる例があります。筆者は、高齢者の乾燥した皮膚の湿疹で赤黒い状態に有効な例を経験しました。指掌角皮症、皮膚掻痒症、蕁麻疹などにもよい場合があるとされます。指掌角皮症には確かに温清飲がよい場合がありますが、温経湯との鑑別が問題です。虚弱で冷え症の、指のほっそりとした女性には温経湯がよいと思います。
3.柴胡清肝湯・荊芥連翹湯
鼻炎、にきびなどに用いる荊芥連翹湯、湿疹などに用いる柴胡清肝湯には温清飲が含まれます。いずれも、温清飲と同様の皮膚粘膜疾患に用いますが、 柴胡などを加えたことで鎮静、抗炎症などの作用が強まったと思われます。
最後に、アトピー性皮膚炎に温清飲が効くかという点を考えてみます。
もちろんステロイドなど外用剤をある程度用いることが前提ですが、実際に使ってみますと、乾燥してやや赤みのある程度の場合には一定の効果を期待できると思います。ただ、エキス製剤の場合、その生薬構成の点で黄連解毒湯と四物湯の比率が1:2と黄連解毒湯の部分が少ないので、黄連解毒湯と併用したほうがよい場合が少なくありません。筆者は、各5g分2で用いることが多いです。
また、温清飲を皮膚疾患に用いることは健康保険上は適応外使用とみなされる可能性がありますので、注意が必要です。柴胡清肝湯は皮膚疾患に適応がありますので、こちらを用いたほうがよい場合もあると思います。そのほか、味の問題があります。温清飲は飲みにくいほうですので小児 には無理かと思います。柴胡清肝湯は飲みやすいようです。 温清飲は、様々な症状に意外なほど有効な場合のある処方です。ぜひ使ってみてください。
ほほう、と思った箇所。
「相互に拮抗する温と清を組み合わせたところに、この処方の妙味がある」とする一方で、「四物湯と黄連解毒湯に共通する要素もある」という視点が興味深い。
・止血効果:四物湯は、子宮出血、痔出血に用いる芎帰膠艾湯の骨格部であり、黄連解毒湯もまた出血急性期に用います。そこで、両者の合方である温清飲にも止血効果があります。
・神経症・更年期障害:四物湯、黄連解毒湯ともに神経症、更年期障害などに用いられますので、温清飲にも同様の作用が期待できます。
・皮膚症状:四物湯は乾燥状態の皮膚炎などに用いる当帰飲子の骨格部であり、黄連解毒湯も赤く腫脹した皮膚炎に用いますので、両者の合方である温清飲は赤く乾燥した皮膚症状に使用できます。
なるほど、なるほど。
それから、温清飲は皮膚疾患の適応病名がないので、私も処方する際に困っています。
中医学的解説に目を向けてみます。
■ 温清飲・中医学的解説
(「家庭の中医学」より)
【効能】清熱瀉火、解毒、補血活血
【適応症】温清飲は四物湯と黄連解毒湯の合方で、四物湯の温で補血、活血をし、黄連解毒湯の清で血熱をさますとの意味で温清飲と名づけられました。四物湯は血を生じ枯燥を潤し、黄連解毒湯は炎症充血、煩燥、のぼせ等の熱を去る。このことから津液が枯れ、皮膚も枯燥した皮膚病に用いられます。また、子宮出血が長引いたり月経過多など婦人科疾患にも用います。
【解説】
温清飲の生薬はいずれも清熱瀉火の効能を持ち、消炎、解熱、化膿の抑制、鎮静、止血などの作用があり、黄連・黄芩・黄柏・山梔子には、利胆、肝保護作用があり広く炎症全般に使われます。
・黄連・黄芩・黄柏・山梔子:強い消炎、解熱、抗菌、抗化膿の作用をもち、化膿性、非化膿性の炎症をしずめます(清熱解毒)。
・黄連・黄芩・黄柏・山梔子:鎮静、血圧降下などの作用をもち、自律神経系の興奮や脳の充血を緩解します(清熟清火)。また、当帰・芍薬・川芎は鎮静作用により、これを補助します。
・黄連・黄芩・黄柏:炎症性充血を軽減し、山梔子は血管透過性抑制に働き、共同して炎症性出血をとめます(止血)。また、地黄・芍薬も止血を補助します。
・黄芩・黄柏:利尿作用をもち、炎症性滲出物を軽減します(清熟化湿)。
・当帰・芍薬・地黄:滋養強壮作用をもち、体を栄養滋潤し、内分泌系、自律神経系を調整し、また皮膚に栄養を与えます(補血)。
・当帰・川芎:血管拡張により血行を促進し、栄養作用が全身に行きわたるように補助します(活血)。
・当帰・芍薬・川芎:月経調整、子宮機能調整に働く(調経)。
・当帰・芍薬:鎮痙、鎮静作用をもちます。
■ 温清飲
(ハル薬局)
【証(病機)】血虚発熱
【中医学効能(治法)】 清熱瀉火・解毒・補血活血・止血・涼血・化湿・養血
【用語の説明】
・清熱瀉火法 »…寒涼性の生薬を用い、熱や火邪(高熱・口渇・顔面紅潮・目の充血・腹満)を除く治療法です。
・解毒 »…体内に入った毒の作用を除くことです。
・補血 »…血を補うことです。=益血、養血。
・活血 »…血の流れを良くすることです。
・止血 »…出血している血を止めることです。
・涼血 »…熱で出血しやすい状態を改善することです。
・化湿法 »…湿邪を動かしたり、汗や尿などで排除する治療法です。
黄芩・黄連・黄柏・梔子は黄連解毒湯であり、当帰・川弓・芍薬・地黄は四物湯であるから、これは以上2つの方剤の合方です。
黄連解毒湯は熱実証向き(清熱)、四物湯は寒虚証向き(温補)の方剤です(温清飲の名はこれからとりました)が、これを合わせた温清飲は、熱虚証向きと見ることができます。ただし、虚証(用語説明)の著しい方には不向きです。
黄連解毒湯を構成する生薬は、すべて寒性で消炎効果が強く、梔子には止血作用もあります。四物湯はいわゆる補血剤で、血液を補い、血のめぐりをよくする作用があります。この二つが合わさったのが温清飲で、血液の欝滞を伴った、赤みのある皮膚病に用い て、効果のあることが多いです。ただし、当帰・地黄など潤性の薬物が多く入っているので、湿潤性の強い皮膚病には適しません。
温清飲に関しては、日本漢方も中医学もあまり概念が変わらないような印象を受けます。
最後に秋葉哲生先生の「活用自在の処方解説」より引用;
■ 57.温清飲(うんせいいん)
1.出典:龔廷賢著『万病回春』
●やや久しく虚熱に属するものは、よろしく血を養いて而して火を清くす。 婦人経脈住まらず、あるいは豆汁のごとく、五色あいまじえ、面色痿黄、臍腹刺痛、寒熱往来し、崩漏止まざるものを治す。(血崩門)
2.腹候:腹力中等度前後(2-4/5)。ときに心下痞 あり(腹候図)。
3.気血水:血が主体の気血水。
4.六病位:少陽病。
5.脈・舌: 舌質は紅、舌苔は黄。脉細数。
6.口訣:
●この方は、温と清と相合するところに妙ありて、婦人漏下あるいは帯下、 あるいは男子下血久しく止まぬ者に用いて験あり。(浅田宗伯)
●全体では、消炎、解熱、鎮静、抗菌作用とともに滋養強壮、鎮痛、鎮痙、 循環改善の効果が得られ、清熱と補血という攻補兼施の処方となっている。(『中医処方解説』)
7.本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果:皮膚の色つやが悪く、のぼせるものに用いる:月経不順、月経困難、血の 道症、更年期障害、神経症。
b 漢方的適応病態:
血虚・血熱。すなわち、皮膚につやがない、頭がふらつく、目がかすむ、 爪がもろい、手足のしびれ感、筋肉の引きつりなどの血虚の症候とともに、 のぼせ、ほてり、いらいら、不眠、目の充血、口渇などの熱証や、鼻出血、 不正性器出血、下血など鮮紅色の出血がみられたり、灼熱感のある暗紅色 の発疹(湿潤性がない)、あるいは皮膚炎、口内炎などが生じるもの。
8.構成生薬:
地黄3、芍薬3、川芎3、当帰3、黄 1.5、黄柏1.5、黄連1.5、山梔子1.5。(単位g)
9 TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説:清熱瀉火・解毒・補血活血・止血。
★より深い理解のために:
血虚・血熱とは、栄養不良状態(血虚)とともに、慢性の炎症、脳の充血や興奮性増大、自律神経系の興奮、血管透過性増大などがみられるものである。一般には、慢性の炎症や出血に伴って全身的な栄養状態の悪化が加わって生じることが多いが、元来血虚の体質のものに炎症や興奮性増大が加わって生じることもある。(『中医処方解説』)
10.効果増強の工夫:
血熱と血虚の程度や原因の違いなどにより、黄連解毒湯と四物湯の割合を 変えて対処することも考えられる。
11.本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より
婦人血崩の病、諸出血、慢性で頑固な皮膚粘膜疾患でとくに皮膚そう痒症、 慢性湿疹、尋常性乾癬、掌蹠膿疱症、皮膚炎、じん麻疹、ベーチェット症候群(眼症状少ない)など。
●龍野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より
子宮出血、メトロパチー、子宮がん、痔、膀胱腫瘍、腎臓結核、じん麻疹。
●桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より 分泌物のあまりない熱証の皮膚疾患。
<ヒント>
わが国の漢方家で本方やその関連処方をしばしば用いたのは森道伯(1867~ 1931)である。その直弟子であった矢数道明氏(1905~2003)は次のように述べ ている。
「本方は一貫堂蔵方の柴胡清肝湯、竜胆瀉肝湯、荊芥連翹湯等の基本をなすもので、恩師森道伯翁はこれによつて一貫堂医学の三大体質(臓毒症、瘀血症、 解毒症)の一つとしていた解毒症体質の改善を企図した。
これらの処方は、清肝、瀉肝等の方名に示すように、いずれも肝臓機能の障害を伴うものに用いるとされているので、本方と肝機能、あるいはアレル ギー性体質との関連性が考えられる。
温清飲は、四物湯と黄連解毒湯との合方されたもので、温補養血に清熱瀉火を兼ねた独自の方剤で、その応用範囲は広い。
その応用目標は、皮膚の色が黄褐色で、渋紙のように枯燥しているものが多い(六五%)。たいてい体質的疾患または慢性的に経過したもので、肝臓機能障害を伴い、あるいはアレルギー性体質といわれている皮膚過敏のものに用いられる。
また本方を基本とした柴胡清肝湯、竜胆瀉肝湯、荊芥連翹湯等は一貫堂経験による解毒症体質の体質改善薬として広範な治療領域を有しているもので ある。」(『臨床応用漢方処方解説』矢数道明著』)
実はこの方剤、イメージしやすいんです。
単純に「冷やして潤す」薬であり、治療対象は赤くて乾燥している病変(ほぼアトピー性皮膚炎ですね)。
漢方的に云いますと、温清飲の成り立ちは黄連解毒湯(清熱剤)と四物湯(補血剤)の合方で、使用目標は「熱証」と「血虚」であり、症状としては炎症を起こして発赤し乾燥した状態(湿疹)です。
しかし私は、子どものアトピー性皮膚炎にほとんど処方していません。
温清飲は子どもには苦くて飲みにくい薬の代表で「良薬口に苦し」そのもの。
自院のスタッフで「何とか飲みやすくならないものか」といろんな飲み物に溶かしたり食材と混ぜたりして試しましたが、誤魔化せたのはココアくらいでした。
実は、熱を持っている状態を冷やす薬は基本的に「苦い」らしい。
暑い夏にビールが美味しい理由はここにあるとか。
では大人の味、大人の漢方と云うこと?
いやいや、温清飲の加味方(派生処方)と呼ばれる方剤もいくつか存在し、小児期には柴胡清肝湯(80)、思春期以降は荊芥連翹湯(50)がよいとされています。
さて、どのような患者さんに温清飲を使用すべきなのか?
一通り調べた結果のポイントとまとめを先に提示しておきます。
<基本>
(「ツムラ医療用漢方製剤」より)
・虚実:中間
・寒熱:熱
・気血水:血虚
(赤本)「裏熱虚証」・・・あれ? ツムラの資料では虚実中間、赤本では虚証となってますね。
(「活用自在の処方解説」より)
・気血水:血が主体
・六病位:少陽病
・漢方的適応病態:血虚・血熱
・TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説:清熱瀉火・解毒・補血活血・止血
<ポイント>
・温清飲は四物湯と黄連解毒湯の合方である。
・それぞれの①証と②作用は、
(四物湯)①血虚、②補血
(黄連解毒湯)①血熱、②清熱
・配合量は四物湯>黄連解毒湯のため、四物湯の性質「血虚→補血」が強く出ている。標治と本治の両方に当てはまる方剤でもある。
・四物湯は「温めて潤す」(補血)、黄連解毒湯は「冷やして乾かす」(清熱)という逆のベクトルを持つ不思議な方剤であり、使う際に悩ましい。これは体を上下に分けて「上熱下寒を治する」(熱を持った上半身を冷まし、血流が悪くなり冷えている下半身を温める)と考えるとわかりやすい。
・アトピー性皮膚炎患者では夏は赤みが目立ち、冬は乾燥が目立つ。これに対して四物湯・黄連解毒湯・温清飲を適用し、ときには合方してその比率を変えることにより皮疹のコントロール可能である。
<まとめ>
・「血虚>熱証」を指標に小児アトピー性皮膚炎にも応用可能であるが、味が苦くて飲みにくい。保険病名に皮膚疾患がないことも欠点である。加味方の柴胡清肝湯の適用を考慮した方がよいかもしれない。
上記結論に至る思考経路を以下に記します。
いざ、アトピー性皮膚炎の漢方治療の本丸へ。
まずはツムラ「漢方スクエア」で温清飲&アトピー性皮膚炎を検索。
荒浪暁彦先生による【皮膚科領域の漢方医学】に掲載されている表をざっと眺めますとアトピー性皮膚炎に対する温清飲の位置づけは・・・
年齢:幼児期以降に登場
標治:血虚薬(中間〜実証向け)
本治:血虚薬(中間〜実証向け)
・・・荒浪先生は清熱作用より補血作用を重視しているようです。
それから、標治と本治の項目に同じ「血虚薬」と記されていることに驚きました。
以前にも耳にしたことがあるのですが、温清飲は標治と本治を兼ねた方剤と考えられているのですね。
温清飲の構成要素である黄連解毒湯の荒浪先生による解説も引用しておきます。
■ 「顔面皮疹には黄連解毒湯 〜状況による使い分けで高い効果を発揮」より
(あらなみクリニック院長 荒浪 暁彦)
顔面皮疹の治療には漢方薬が非常に高い効果を発揮します。
黄連解毒湯は黄連、黄岑、黄柏、山梔子の4生薬で構成されています。
(黄連) ・・・「心」「肝」「脾」の熱
(黄岑) ・・・「心」 「肺」の熱
(黄柏) ・・・ 「腎」の熱
(山梔子)・・・「心」「肝」 「肺」「腎」の熱
・・・を冷ます作用があり、体の上の方に昇ってほてった熱を下げる事により顔面の皮疹を治します。特に「心」の熱を下げる効果ありますので、精神のバランスを司る「心」の異常により生じる不眠やイライラなども治してくれます。顔面がのぼせた状態になっており、精神症状も伴う場合に良く効くようです。赤面症にも黄連解毒湯は有効となるわけです。
私は飲酒するとすぐ顔が真っ赤になってしまうのですが、黄連解毒湯を内服してから飲酒すると明らかに顔の赤みが出にくくなります。黄連解毒湯の保険病名を見ますとノイローゼ、高血圧、脳溢血等とあり、現代医学的には全然違う病名に何故同じ薬が効くんだという事になりますが、顔を真っ赤にして怒ってばかりいる血圧が上がり気味の頑固親父の脳溢血の予防に有効だと思います。
顔面皮疹の治療薬としては黄連解毒湯以外に治頭瘡一方とツムラ白虎加人参湯を頻用します。治頭瘡一方はどちらかというと赤黒く、びらん、痂皮を伴う場合、白虎加人参湯は全身に熱がこもっていて口渇や多汗を伴う場合に使用します。
次は合方である温清飲をボケ(四物湯)とツッコミ(黄連解毒湯)になぞらえて説明しした飯塚先生の文章を紹介します。
■ 「乾燥タイプのアトピーに温清飲 〜二剤のバランス調整が千変万化の対応を可能にする」より
(山口大学医学部附属病院・漢方診療部 准教授 飯塚徳男)
温清飲は四物湯合黄連解毒湯であり、血虚+血熱に投与する漢方薬である。 「勿誤薬室方函口訣」(ふつごやくしつほうかんくけつ)で浅田宗伯先生は「此方ハ温ト清ト相合スル處ニ妙アリテ」
と書かれており、「温」は「四物湯」を、「清」は「黄連解毒湯」を意味する。
乾燥タイプのアトピー性皮膚炎には、温清飲、黄連解毒湯、治頭瘡一方、白虎加人参湯、茵蔯蒿湯等を汎用するが、多くのケースで、この温清飲中心に以下のバリエーションで対応可能である。
アトピー患者は治療期間が長く、今回のように乾燥タイプで発赤・痒みを伴い 夏場に悪化するケースには温清飲を分解して、黄連解毒湯単独(1剤常用)、黄連解毒湯+温清飲(比率を換える)(2剤常用)、温清飲単独(1剤常用)、黄連解毒湯+四物湯(比率を換える)(2剤常用)等のバリエーションを使い分けることにより、清熱と補血のバランスを換えて、症状に合わせた微妙な対応ができる、まさに漢方薬ならではの使い方の醍醐味を教えてくれる処方である。
さて、冒頭で述べた合方における(ボケ)と(ツッコミ)の議論であるが、一見、作用の強い黄連解毒湯は(ツッコミ)であり、マイルドに作用する四物湯は(ボケ)のイメージであるが、夏場に悪化するアトピー患者の観点からは、清熱の黄連解毒湯は(ボケ)であり、温める四物湯は火に油(ツッコミ)となるのであろう。従って赤みの強い熱が極まった状態では、四物湯成分を減らしていき、黄連解毒湯を増やして清熱を強化しないといけない。このようなさじ加減の妙を知ってしまうと、さらに漢方診療が楽しくなる。ただし、四物湯単独になると味をきらったり、胃の不調を訴える患者が出てくるのが欠点だが。
わかりやすいようなわかりにくいような・・・。
患者さんの皮膚の状態を熱と乾燥という要素で評価し、相対的に乾燥が勝ればボケ(四物湯)を増量し、熱が勝ればツッコミ(黄連解毒湯)を増量して調節可能であると。
つまり、夏季に黄連解毒湯、冬期に四物湯と両極端に置き、その間季節の変わり目にはこの二つの方剤を併用し比率を変えながら調節するのが上手な治法であり、それを方剤にしてしまったのが温清飲を云うわけです。
次は以前にも引用した黒川先生の記述;
■ 「小児皮膚疾患に頻用される漢方薬の使いどころを知る ~特に小児アトピー性皮膚炎~」より
(黒川晃夫:大阪医科大学附属病院 皮膚科)
この一覧表では、温清飲は乳児期には見当たらず、幼児期以降に用いられる漢方薬という位置づけです。
もう一つ黒川先生の書かれて記事を見つけました。
■ 「成人皮膚疾患に頻用される漢方薬の使いどころを知る ~特に成人アトピー性皮膚炎~」より
(黒川晃夫:大阪医科大学附属病院 皮膚科)
【黄連解毒湯】
黄連・黄芩・黄柏・山梔子のいずれも清熱作用を有する4種類の生薬からなる方剤である。中枢抑制作用、抗炎症作用のほか、ほてり・顔面紅潮に対する効果などが報告されている。赤ら顔で、のぼせやイライラする傾向があり、皮膚の発赤や瘙痒を伴うが、皮膚の乾燥はみられない場合などに用いられる。
【温清飲】
黄連解毒湯と四物湯の合方である。四物湯は当帰・川芎・芍薬・地黄のいずれも補血作用(潤いを与える)を有する4種類の生薬からなる方剤である。温清飲は、抗炎症作用、抗アレルギー作用、瘙痒抑制作用などが報告されている。精神症状は黄連解毒湯を用いる場合より軽く、皮膚の乾燥と軽度の発赤を伴う皮膚症状がみられる場合などに適応される。
黄連解毒湯との使い分けや、生薬組成の解説をしています。
しかし、含まれる生薬をながめると、黄連解毒湯由来の「冷やして乾かす」生薬と四物湯由来の「温めて潤す」生薬の対比が見事としか云いようがありません。
これらが作用を打ち消し合ってプラスマイナスゼロになるのではなく、両方向の効果を有する処方に練り上げるまで、大変な努力と時間が必要であっただろうことが想像されます。
次はインターネット漢方塾塾長の大野先生の解説を;
■ 「漢方処方実践編 症例から学ぶ服薬指導のポイント“アトピー性皮膚炎”」
(大野 修嗣:大野クリニック院長)
1)温清飲
原典:万病回春。
生薬構成:黄連・黄・黄柏・山梔子・当帰・川・薬・地黄。
黄連解毒湯と四物湯の合方である。ただし,生薬の分量として温清飲中の当帰・川・薬・地黄は各3gで四物湯と同量であるが,黄連・黄・黄柏・山梔子の生薬量は各1.5gと山梔子以外は元の黄連解毒湯より減じている。したがって効能の基本は四物湯で,補血・温補・滋潤の効能を有する。加えて清熱解毒(皮膚・粘膜の消炎)の部分を黄連解毒湯が担っている。
使用目標:血虚(月経の不調・皮膚枯燥・寒証)と血熱(熱証)が並存する病態に適応する。したがって上熱下寒,皮膚のカサツキ・変色(発赤・萎黄・色素沈着)・苔癬化などともに精神的緊張が目標となる。
臨床応用:アトピー性皮膚炎,月経不順,月経困難,神経症など。原典の指示ではもっぱら月経の異常に対して用いられる処方としているが,現在では皮膚疾患,とくに乾燥性で炎症性の皮膚疾患に対して頻繁に応用されている。また,近年になりベーチェット病に応用され,自験例の観察でも一定の効果をもつようである。
荒浪先生が温清飲を血虚の項目に分類していた理由が、大野先生の解説でわかりました。
構成生薬の分量・比率なのですね。
四物湯由来の生薬量は元の四物湯と同量ですが、黄連解毒湯由来の生薬は減量されているため、基本は四物湯の薬効である「血虚」が目標になると。
それから熱を冷やす(清熱)と血行をよくして温める(補血)の相反する薬効が混在していて混乱していたのですが、体を上下に分けて「上熱下寒」状態を治すると説明しています。熱を持った上半身を冷まし、血流が悪くなり冷えている下半身を温める、ということ。
なるほど、なるほど。
大野先生の鑑別処方の解説もわかりやすいので引用させていただきます。
【鑑別処方:血虚のアトピー性皮膚炎】
① 柴胡清肝湯;
生薬構成は温清飲に柴胡・薄荷・連翹・桔梗・牛蒡子・楼根・甘草が追加されている。柴胡が2gその他の生薬はすべて1.5gである。柴胡・薄荷・連翹・牛蒡子は消炎作用を有し,薄荷・連翹・牛蒡子は皮膚疾患に頻用される生薬である。排膿作用のある桔梗と滋潤作用のある楼根が追加されている。
主に小児の腺病質の体質改善に応用されてきた。アトピー性皮膚炎に応用する場合,就学前の小児に適応する場合が多い。必ずしも飲みやすい味ではないが,問題なく服用してくれる小児が多いことには驚かされる。
② 荊芥連翹湯;
本漢方薬も温清飲の加味方であるが,柴胡清肝湯から牛蒡子・楼根を去り,止痒の効能をもつ荊芥・防風・白と排膿の枳実を加味して皮膚疾患に適した生薬構成となっている。柴胡清肝湯より清熱作用は弱いが,青年期となって化膿傾向が出現した場合によい適応となる。浅黒い皮膚,筋肉質,掌蹠の発汗などが使用目標である。
③ 当帰飲子;
生薬構成としては四物湯に黄耆・防風・荊芥・子・何首烏・甘草を加味したものである。ただし四物湯の構成生薬の分量が異なり当帰5g・地黄4gと増量されている。したがって四物湯より血虚に対する効能が増強され,皮膚付属器の機能を回復させる黄耆・何首烏を加え,さらに止痒として働く防風・荊芥・蒺藜子が加味され,甘草で全体を調和していると考えられる。すなわち発疹・発赤などの皮膚の炎症状態が無いか軽度で皮膚枯燥が著しく痒みを伴っている場合に適応する。皮脂欠乏性皮疹に応用されることが多く,アトピー性皮膚炎に応用する場合には黄連解毒湯との合方も役立つ。
④ 十全大補湯;
四物湯(血虚)に四君子湯(人参3g・蒼朮3g・茯苓3g・甘草1.5g;気虚)を合方して八珍湯とし,さらに皮膚付属器の機能を回復させる黄耆3gと経脈を温める桂皮3gを加味した生薬構成をもつ。気血両虚を改善させ温めながら皮膚の状態を改善させる漢方薬ということになる。皮膚のカサツキは温清飲適応例と同様であるが,より虚証で元気の虚損が見られる症例に適応する。
当帰飲子の解説が印象的です。
当帰飲子(86)は四物湯ベースに皮膚を栄養する黄耆、痒みを抑える生薬(防風・荊芥・蒺藜子)を加えたものと考えるとわかりやすい。
これらの解説を下表(「皮膚科疾患に用いられる方剤の医薬品情報」桂元堂薬局:佐藤大輔)をながめながら読むと、より理解が深まります。
【鑑別処方:熱証のアトピー性皮膚炎】
① 黄連解毒湯;
黄連2g・黄3g・黄柏1.5g・山梔子2gと清熱解毒の代表的処方である。温清飲中の四物湯が省かれていることから補血・温補・滋潤の効果は期待できないが,いらいら・のぼせ(気逆)など精神的緊張が明らかで,赤ら顔・目の充血(熱証)を伴い,カサツキが軽度な皮膚の炎症状態に適応する。
② 三黄瀉心湯;
黄連3g・黄3g・大黄3gの3種の生薬からなり,使用目標は気逆・熱証など黄連解毒湯とほぼ同様である。大黄が配剤されていることから黄連解毒湯が適応する病態で,便秘がある場合に用いられる。
③ 越婢加朮湯;
生薬構成は石膏8g・麻黄6g・蒼朮4g・大棗3g・甘草2g・生姜1gであり,白虎加人参湯に次ぐ石膏の量を有している。したがって本漢方薬も清熱剤の代表的漢方薬である。清熱とは抗炎症に近い作用であり,石膏と麻黄の組み合わせは止汗の方向に働く。止汗とは汗のみでなく各種の分泌に対して抑制的に作用する。すなわち分泌物が多く痒感(湿疹)あるいは疼痛の強い皮膚疾患(帯状疱疹の水疱期)にはことに役立つ。さらに花粉症の流涙・水様性鼻汁にも有用である。
④ 消風散;
荊芥・防風・牛蒡子・蝉退・石膏・知母・苦参・木通・蒼朮・胡麻・当帰・地黄・甘草からなる。荊芥から退までは止痒の効果など皮膚疾患用の生薬である。蝉退から木通までは清熱に働き,木通・蒼朮・胡麻は燥湿の効能がある。当帰・地黄は四物湯から芍薬・川芎を除いたもので皮膚の滋潤に役立つ。総じて分泌物が多い炎症性の皮膚疾患に応用されている。アトピー性皮膚炎に対する応用の場合,夏季あるいは一時的に局所が湿潤状態となった場合に使用する。
⑤ 治頭瘡一方;
防風・連翹・荊芥・忍冬・紅花・川・蒼朮・大黄・甘草からなる。防風から荊芥は皮膚疾患に対する要薬であり,これらと忍冬との組み合わせで解毒作用がもっとも強力となった漢方薬である。紅花・川芎・大黄は血行促進に働き,蒼朮は燥湿に働く。痂皮形成が顕著な場合に適応となるが,分泌の抑制・止痒の効果は消風散が勝る。
さて、そろそろ温清飲の加味方(柴胡清肝湯、荊芥連翹湯)へ話を振りたいと思います。
稲木先生の解説から。
■ 「温清飲を核とした処方解説」
(稲木一元先生:東京女子医科大学東洋医学研究所講師、青山稲木クリニック 院長)
温清飲は複雑な性格を持った漢方薬です。元来は、女性の不正性器出血が長引く場合に用いられましたが、現在では、月経不順、月経困難、更年期障害などの婦人科疾患はもとより、自律神経失調症、神経症、さらには皮膚疾患など多くの慢性疾患に応用されます。また、この処方に複数の生薬を加えてできた 柴胡清肝湯や荊芥連翹湯も皮膚疾患などに用いられます。
1.温清飲の出典と構成生薬について
温清飲は、明代の龔廷賢(きょうていけん・1539?-1632?)が著した『万病回春』の血崩門を 出典とし、「婦人、経水(けいすい)住(とど)まらず、或(ある)いは豆汁(とうじゅう)の 如(ごと)く五色相(あい)雑(まじ)え、面色(めんしょく)痿黄(いおう)、臍腹(せいふく)刺痛し、寒熱往来、崩漏(ほうろう)止(や)まざるを治(ち)す」と記載されます。血崩 も崩漏も不正子宮出血で、これが長引いて貧血様顔貌となった例に用いるとしています。
処方構成は、黄連解毒湯と四物湯とをあわせた形です。温清飲という名前は、血行を改善して身体を温め潤いをつける四物湯の温と、「血熱」と称される炎症、充血、熱感、興奮を鎮静して冷却する黄連解毒湯の清(さます)との二つを組み合わせたことに由来すると考えられます。相互に拮抗する温と清を組み合わせたところに、この処方の妙味があります。
一方、四物湯と黄連解毒湯に共通する要素もあります。たとえば、四物湯は、子宮出血、痔出血に用いる芎帰膠艾湯の骨格部であり、黄連解毒湯もまた出血急性期に用います。そこで、両者の合方である温清飲にも止血効果があります。また、四物湯、黄連解毒湯ともに神経症、更年期障害などに用いられますので、温清飲にも同様の作用が期待できます。
皮膚症状についても、四物湯は乾燥状態の皮膚炎などに用いる当帰飲子の骨格部であり、黄連解毒湯も赤く腫脹した皮膚炎に用いますので、両者の合方である温清飲は赤く乾燥した皮膚症状に使用できます。
2.実地臨床上の使用目標と応用
温清飲の対象となるのは、体質体格中等度からやや虚弱な者です。胃腸虚弱で胃下垂高度な者では胃腸障害が出やすいので用いません。
皮膚疾患では、慢性の湿疹や皮膚炎で、患部が乾燥して分泌物がなく、赤味を帯び、灼熱感があり、掻痒が甚だしく、ひっかくと粉がこぼれ、掻爬によって出血痕を残していることが目標となるとされます。この状態はアトピー性皮膚炎や尋常性乾癬を思わせますが、実際に用いてみると一定の効果をみる例があります。筆者は、高齢者の乾燥した皮膚の湿疹で赤黒い状態に有効な例を経験しました。指掌角皮症、皮膚掻痒症、蕁麻疹などにもよい場合があるとされます。指掌角皮症には確かに温清飲がよい場合がありますが、温経湯との鑑別が問題です。虚弱で冷え症の、指のほっそりとした女性には温経湯がよいと思います。
3.柴胡清肝湯・荊芥連翹湯
鼻炎、にきびなどに用いる荊芥連翹湯、湿疹などに用いる柴胡清肝湯には温清飲が含まれます。いずれも、温清飲と同様の皮膚粘膜疾患に用いますが、 柴胡などを加えたことで鎮静、抗炎症などの作用が強まったと思われます。
最後に、アトピー性皮膚炎に温清飲が効くかという点を考えてみます。
もちろんステロイドなど外用剤をある程度用いることが前提ですが、実際に使ってみますと、乾燥してやや赤みのある程度の場合には一定の効果を期待できると思います。ただ、エキス製剤の場合、その生薬構成の点で黄連解毒湯と四物湯の比率が1:2と黄連解毒湯の部分が少ないので、黄連解毒湯と併用したほうがよい場合が少なくありません。筆者は、各5g分2で用いることが多いです。
また、温清飲を皮膚疾患に用いることは健康保険上は適応外使用とみなされる可能性がありますので、注意が必要です。柴胡清肝湯は皮膚疾患に適応がありますので、こちらを用いたほうがよい場合もあると思います。そのほか、味の問題があります。温清飲は飲みにくいほうですので小児 には無理かと思います。柴胡清肝湯は飲みやすいようです。 温清飲は、様々な症状に意外なほど有効な場合のある処方です。ぜひ使ってみてください。
ほほう、と思った箇所。
「相互に拮抗する温と清を組み合わせたところに、この処方の妙味がある」とする一方で、「四物湯と黄連解毒湯に共通する要素もある」という視点が興味深い。
・止血効果:四物湯は、子宮出血、痔出血に用いる芎帰膠艾湯の骨格部であり、黄連解毒湯もまた出血急性期に用います。そこで、両者の合方である温清飲にも止血効果があります。
・神経症・更年期障害:四物湯、黄連解毒湯ともに神経症、更年期障害などに用いられますので、温清飲にも同様の作用が期待できます。
・皮膚症状:四物湯は乾燥状態の皮膚炎などに用いる当帰飲子の骨格部であり、黄連解毒湯も赤く腫脹した皮膚炎に用いますので、両者の合方である温清飲は赤く乾燥した皮膚症状に使用できます。
なるほど、なるほど。
それから、温清飲は皮膚疾患の適応病名がないので、私も処方する際に困っています。
中医学的解説に目を向けてみます。
■ 温清飲・中医学的解説
(「家庭の中医学」より)
【効能】清熱瀉火、解毒、補血活血
【適応症】温清飲は四物湯と黄連解毒湯の合方で、四物湯の温で補血、活血をし、黄連解毒湯の清で血熱をさますとの意味で温清飲と名づけられました。四物湯は血を生じ枯燥を潤し、黄連解毒湯は炎症充血、煩燥、のぼせ等の熱を去る。このことから津液が枯れ、皮膚も枯燥した皮膚病に用いられます。また、子宮出血が長引いたり月経過多など婦人科疾患にも用います。
【解説】
温清飲の生薬はいずれも清熱瀉火の効能を持ち、消炎、解熱、化膿の抑制、鎮静、止血などの作用があり、黄連・黄芩・黄柏・山梔子には、利胆、肝保護作用があり広く炎症全般に使われます。
・黄連・黄芩・黄柏・山梔子:強い消炎、解熱、抗菌、抗化膿の作用をもち、化膿性、非化膿性の炎症をしずめます(清熱解毒)。
・黄連・黄芩・黄柏・山梔子:鎮静、血圧降下などの作用をもち、自律神経系の興奮や脳の充血を緩解します(清熟清火)。また、当帰・芍薬・川芎は鎮静作用により、これを補助します。
・黄連・黄芩・黄柏:炎症性充血を軽減し、山梔子は血管透過性抑制に働き、共同して炎症性出血をとめます(止血)。また、地黄・芍薬も止血を補助します。
・黄芩・黄柏:利尿作用をもち、炎症性滲出物を軽減します(清熟化湿)。
・当帰・芍薬・地黄:滋養強壮作用をもち、体を栄養滋潤し、内分泌系、自律神経系を調整し、また皮膚に栄養を与えます(補血)。
・当帰・川芎:血管拡張により血行を促進し、栄養作用が全身に行きわたるように補助します(活血)。
・当帰・芍薬・川芎:月経調整、子宮機能調整に働く(調経)。
・当帰・芍薬:鎮痙、鎮静作用をもちます。
■ 温清飲
(ハル薬局)
【証(病機)】血虚発熱
【中医学効能(治法)】 清熱瀉火・解毒・補血活血・止血・涼血・化湿・養血
【用語の説明】
・清熱瀉火法 »…寒涼性の生薬を用い、熱や火邪(高熱・口渇・顔面紅潮・目の充血・腹満)を除く治療法です。
・解毒 »…体内に入った毒の作用を除くことです。
・補血 »…血を補うことです。=益血、養血。
・活血 »…血の流れを良くすることです。
・止血 »…出血している血を止めることです。
・涼血 »…熱で出血しやすい状態を改善することです。
・化湿法 »…湿邪を動かしたり、汗や尿などで排除する治療法です。
黄芩・黄連・黄柏・梔子は黄連解毒湯であり、当帰・川弓・芍薬・地黄は四物湯であるから、これは以上2つの方剤の合方です。
黄連解毒湯は熱実証向き(清熱)、四物湯は寒虚証向き(温補)の方剤です(温清飲の名はこれからとりました)が、これを合わせた温清飲は、熱虚証向きと見ることができます。ただし、虚証(用語説明)の著しい方には不向きです。
黄連解毒湯を構成する生薬は、すべて寒性で消炎効果が強く、梔子には止血作用もあります。四物湯はいわゆる補血剤で、血液を補い、血のめぐりをよくする作用があります。この二つが合わさったのが温清飲で、血液の欝滞を伴った、赤みのある皮膚病に用い て、効果のあることが多いです。ただし、当帰・地黄など潤性の薬物が多く入っているので、湿潤性の強い皮膚病には適しません。
温清飲に関しては、日本漢方も中医学もあまり概念が変わらないような印象を受けます。
最後に秋葉哲生先生の「活用自在の処方解説」より引用;
■ 57.温清飲(うんせいいん)
1.出典:龔廷賢著『万病回春』
●やや久しく虚熱に属するものは、よろしく血を養いて而して火を清くす。 婦人経脈住まらず、あるいは豆汁のごとく、五色あいまじえ、面色痿黄、臍腹刺痛、寒熱往来し、崩漏止まざるものを治す。(血崩門)
2.腹候:腹力中等度前後(2-4/5)。ときに心下痞 あり(腹候図)。
3.気血水:血が主体の気血水。
4.六病位:少陽病。
5.脈・舌: 舌質は紅、舌苔は黄。脉細数。
6.口訣:
●この方は、温と清と相合するところに妙ありて、婦人漏下あるいは帯下、 あるいは男子下血久しく止まぬ者に用いて験あり。(浅田宗伯)
●全体では、消炎、解熱、鎮静、抗菌作用とともに滋養強壮、鎮痛、鎮痙、 循環改善の効果が得られ、清熱と補血という攻補兼施の処方となっている。(『中医処方解説』)
7.本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果:皮膚の色つやが悪く、のぼせるものに用いる:月経不順、月経困難、血の 道症、更年期障害、神経症。
b 漢方的適応病態:
血虚・血熱。すなわち、皮膚につやがない、頭がふらつく、目がかすむ、 爪がもろい、手足のしびれ感、筋肉の引きつりなどの血虚の症候とともに、 のぼせ、ほてり、いらいら、不眠、目の充血、口渇などの熱証や、鼻出血、 不正性器出血、下血など鮮紅色の出血がみられたり、灼熱感のある暗紅色 の発疹(湿潤性がない)、あるいは皮膚炎、口内炎などが生じるもの。
8.構成生薬:
地黄3、芍薬3、川芎3、当帰3、黄 1.5、黄柏1.5、黄連1.5、山梔子1.5。(単位g)
9 TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説:清熱瀉火・解毒・補血活血・止血。
★より深い理解のために:
血虚・血熱とは、栄養不良状態(血虚)とともに、慢性の炎症、脳の充血や興奮性増大、自律神経系の興奮、血管透過性増大などがみられるものである。一般には、慢性の炎症や出血に伴って全身的な栄養状態の悪化が加わって生じることが多いが、元来血虚の体質のものに炎症や興奮性増大が加わって生じることもある。(『中医処方解説』)
10.効果増強の工夫:
血熱と血虚の程度や原因の違いなどにより、黄連解毒湯と四物湯の割合を 変えて対処することも考えられる。
11.本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より
婦人血崩の病、諸出血、慢性で頑固な皮膚粘膜疾患でとくに皮膚そう痒症、 慢性湿疹、尋常性乾癬、掌蹠膿疱症、皮膚炎、じん麻疹、ベーチェット症候群(眼症状少ない)など。
●龍野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より
子宮出血、メトロパチー、子宮がん、痔、膀胱腫瘍、腎臓結核、じん麻疹。
●桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より 分泌物のあまりない熱証の皮膚疾患。
<ヒント>
わが国の漢方家で本方やその関連処方をしばしば用いたのは森道伯(1867~ 1931)である。その直弟子であった矢数道明氏(1905~2003)は次のように述べ ている。
「本方は一貫堂蔵方の柴胡清肝湯、竜胆瀉肝湯、荊芥連翹湯等の基本をなすもので、恩師森道伯翁はこれによつて一貫堂医学の三大体質(臓毒症、瘀血症、 解毒症)の一つとしていた解毒症体質の改善を企図した。
これらの処方は、清肝、瀉肝等の方名に示すように、いずれも肝臓機能の障害を伴うものに用いるとされているので、本方と肝機能、あるいはアレル ギー性体質との関連性が考えられる。
温清飲は、四物湯と黄連解毒湯との合方されたもので、温補養血に清熱瀉火を兼ねた独自の方剤で、その応用範囲は広い。
その応用目標は、皮膚の色が黄褐色で、渋紙のように枯燥しているものが多い(六五%)。たいてい体質的疾患または慢性的に経過したもので、肝臓機能障害を伴い、あるいはアレルギー性体質といわれている皮膚過敏のものに用いられる。
また本方を基本とした柴胡清肝湯、竜胆瀉肝湯、荊芥連翹湯等は一貫堂経験による解毒症体質の体質改善薬として広範な治療領域を有しているもので ある。」(『臨床応用漢方処方解説』矢数道明著』)