漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

小児アトピー性皮膚炎に「甘麦大棗湯」(72)は有効か?

2017年10月07日 08時16分33秒 | 漢方
 甘麦大棗湯は赤ちゃんの「夜泣きの漢方」として有名です。
 私は夜泣きの相談を受けたときに、「怒りんぼ系なら抑肝散、泣き虫系なら甘麦大棗湯が合いますよ」と説明して使い分けています。

 皮膚科医の大竹先生は、この甘麦大棗湯を乳児アトピー性皮膚炎の本治として使用すると書かれています。

 「癇症で眠りにつきにくく、常にイライラして泣き叫ぶような際は、甘麦大棗湯・抑肝散・抑肝散加陳皮半夏などを用いて心を落ち着かせることが治療を進める上で重要となる。」

 確かに、「乳児アトピー性皮膚炎で痒くてぐずって眠れない時に甘麦大棗湯を使用すると眠れて掻き壊しが減る」とセミナー聞いたことがあります。
 他に資料がないか探してみました。

 結論として、甘麦大棗湯を乳児アトピー性皮膚炎に適用するという記事・報告はほとんど見つけられませんでした。
 唯一、心因性皮膚疾患に甘麦大棗湯を使い、その適応は「精神的に不安定で極度の神経過敏状態にあり,泣き笑い,シクシク涙を流すなどの感情障害や,痙攣を伴う精神状態で不眠を伴う場合」と、皮膚所見は関係ないようです。
 まとめると、赤ちゃんの元々の性格やかゆいことによるぐずり方の様子を観察して、気持ちを落ち着かせることにより掻き壊しを減らして「itch-scratch cycle」を断ち切る手助けをする、と理解しました。

 では資料とそれを読んだ感想を書き留めておきます。
 まずは「現代人は思いのほか虚している、冷えている」が持論の井上淳子先生の文章から。
 甘麦大棗湯の使い方のコツ;

・上手く泣かせることで、積もり積もった悲しみを解消に導く処方。泣いてわめき散らす人によい。
・ギャーギャーとヒステリックに泣くのではなく、ヒイヒイと悲しそうに泣く子どもの夜泣きにも使用する。

 適応疾患に「アレルギー性鼻炎・花粉症・アトピー性皮膚炎」とあります。出典の記載はありませんが「甘麦大棗湯は皮膚や粘膜の過敏性を鎮める効果もある」とも記されていました。すると「湿疹が痒くて夜間グズる(悲しそうな夜泣き)赤ちゃん」にいいのかもしれません。

■ 現代人のための処方解説「甘麦大棗湯」
井上淳子Dr.:井上内科クリニック
・成書の記載は「神経の興奮のはなはだしいものを鎮静させ、また諸痙攣症状を緩解させるときに用いる」。
・「甘麦大棗湯は、甘草・大棗・小麦からなる。この 3味の薬はすべて穏やかな薬味と考えられているが、実際の臨床で用いてみると、本当に穏やかな薬理作用を有しているのだろうかと、考えこんでしまう。それは、本当に悲しんでいる人に使うと脱力してしまうからである。こうした状態の人には、帰脾湯などを使わなければならない。気落ちによる悲しみと、怒りに近い泣き喚きがあるが、甘麦大棗湯の使用目標は後者であるということを認識しておかなければならない。すなわち、凶暴刺激を排除する瀉剤であるということである。したがって、ヒステリー発作を起こす、凶暴性がある、泣いて喚き散らすことが本来の適応証である。 その薬理作用は上手く泣かせることによって、またはあくびをさせることによって、邪気を外に排出し、それが脳を刺激して凶暴性の悪循環を起こすのを防ぐ薬方であることを知っておかなければならない。」( 伊藤康雄先生:杏林ワコー薬局・名古屋市)
・原典の『金匱要略』婦人雑病門には、「婦人臓躁、喜悲傷し、哭せんと欲し、象神霊の作す所のごとく、数欠伸するは、甘麦大棗湯これを主る」と記されています。つまり婦人が臓躁を病み、悲傷して泣き喚き、まるで何かにつかれたように見え、たびたびあくびをするということです。甘麦大棗湯は、いわゆるヒステリーに用いる処方です。





甘麦大棗湯が皮膚や粘膜の過敏性を鎮める効果もあることを知り、10年ほど前より、心気虚に陥った人のアトピー性皮膚炎や花粉症による皮膚や眼・鼻の痒み、肌荒れ、ニキビなどにも甘麦大棗湯を使用しています。
・子どもの夜泣きでギャーギャーとヒステリックに泣き叫ぶものには抑肝散、ヒイヒイと悲しそうに泣くものには甘麦大棗湯。


 次はイラストレーターという別の顔を持つ長野県の小児科医:池野一秀先生の文章。
 いろいろな疾患に使用し有効例を紹介していますが、「キツネ憑きに効く」との原典の説明には驚きました。さらに「お嬢様、甘いものが好き、人間離れした泣き声・叫び声」がキーワードと記しています。なんだか、単なる夜泣きの薬という雰囲気ではなくなってきました。

■ 子どものカラダとこころを癒やす漢方薬②「甘麦大棗湯」
漢方と診療 Vol.3 No.2 2012.06
(池野 一秀:長野松代総合病院小児科)
・有効経験例:憤怒けいれん、突発性発疹解熱時の啼泣、チック、円形脱毛症、過呼吸、キツネ憑き
・甘麦大棗湯の出典は,『金匱要略』(婦人雑病篇)にしばしばあり,「甘麦大棗湯:婦人臓躁(ヒステリー),喜悲傷かたちして哭せんと欲し,象神霊の作す所の如く、しばしば欠伸す」と書かれています。つまり、「女性がヒステリー発作を起こして泣き叫び、キツネや悪霊に取り憑かれたような姿形を示し、(夜眠らずに)よく欠伸をする」といった意味かと思います。「喜悲傷して」の部分は、「笑ったり泣いたりして」とも取れます。「象 (かたち)神霊の作す所の如く」は、まさしくキツネ憑き、悪霊憑きの状態でしょう。こうした症例には、昔の西洋ならエクソシスト、日本では高僧の御祈禱、医師の甘麦大棗湯が活用されたに違いありません。
・私が個人的に考える甘麦大棗湯の典型例は、
1.お嬢様
2.甘いものが好き
3.人間離れした泣き声・叫び声
が特徴です。こうした女の子が、普段とは全く違う異常行動をとり、夜行性で眠らなくなったときが甘麦大棗湯の出番です。
・中川良隆先生の共鳴理論;
「甘麦大棗湯は不思議な薬である。食品でもある甘草・小麦・大 棗が “ 心 ” に語りかける」「例えばモーツアルトの音楽で気持ちが晴れる時、それを “ 魂にひびくものがあっ た ” と表現するが、それと同類の機序ではなかろうか」
・相見三郎先生;「本方で統合失調症の幻想・幻聴が治るのは、精神神経系統以外の霊的領域の過敏状態が常態に復帰するものの如くである」


 あれ? アトピー性皮膚炎という単語は一度も出てきませんでしたね。
 次は、「チャート式皮膚疾患の漢方治療」の「心因性皮膚疾患」(黒川晃夫Dr.:大阪医科大学皮膚科)から。
 まず、「心因性皮膚疾患」という単語にはじめて出会い、興味津々で読み進めました。アトピー性皮膚炎もしっかりこの範疇に入るのですね。各方剤のエビデンスも記載されています。

■ 心因性皮膚疾患
・アトピー性皮膚炎・蕁麻疹・円形脱毛症・帯状疱疹 後神経痛をはじめとする皮膚疾患は,イライラ・神経 過敏・不安・気力低下・動悸・不眠などさまざまな精神症状を合併しやすい。精神症状はしばしば皮膚疾患の要因,もしくは増悪因子となり,皮膚症状の悪化は さらなる精神症状の悪化を引き起こしかねない。皮膚疾患に伴う精神症状には 多くの漢方方剤が適応となる。



①非周期的に出現する精神症状
抑肝散)爆発性 の怒り,興奮しやすい状態にはよい適応である。アトピー性皮膚炎・ 蕁麻疹・帯状疱疹後神経痛などが適応となる。
黄連解毒湯)赤ら顔で,のぼせやイライラする傾向があり,皮膚の発赤を伴うが皮膚の乾燥はみられない場合にはよい適応である。アトピー性皮膚炎・湿疹・蕁麻疹・尋常性乾癬・酒皶など。
温清飲)精神症状は黄連解毒湯を用いる場合より軽く,皮膚の乾燥と軽度の発赤を伴う皮膚症状がみられる場合によい適応となる。 アトピー性皮膚 炎・湿疹・皮膚瘙痒症・尋常性乾癬など。
甘麦大棗湯)マウスでの予測不能な慢性緩和ストレスによるうつ的行動の予防効果,あくび行動抑制作用などが報告されている。精神的に不安定で極度の神経過敏状態にあり,泣き笑い,シクシク涙を流すなどの感情障害や,痙攣を伴う精神状態で不眠を伴う場合にはよい適応である。適応となる主な心因性皮膚疾患には,アトピー性皮膚炎・乳児湿疹・帯状疱疹後神経痛などがあげられる。
柴胡加竜骨牡蛎湯)柴胡加竜骨牡蛎湯は,慢性ストレスによる不安に対する予防効果,興奮抑制作用などが報告されている。神経が高ぶり,イライラしがちで動悸がし,不眠を伴う場合にはよい適応である。アトピー性皮膚炎・多汗症・円形脱毛症など。
桂枝加龍骨牡蛎湯)抗不安作用,抗うつ作用などが報告されている。神経衰弱による精神不安がみ られ,悪夢を見やすく不眠を伴う場合にはよい適応である。円形脱毛症など。
半夏厚朴湯)気の停滞による精神症状,例えば喉の違和感を伴う精神不安や自分の症状を詳細にメモ書きする,いわゆる「メモの証」がみられ,嗄れ声や不眠を伴う場合にはよい適応である。アトピー性皮膚炎・蕁麻疹など。

②周期的に出現する精神症状
 月経時に周期的に出現・増強する精神症状を目標に,加味逍遙散・桃核承気湯を用いる。

③気力の低下による精神症状
 気力の低下による症状を目標に,補中益気湯・十全大補湯を用いる。
補中益気湯)元気がなく疲労倦怠感や食欲不振などがみられるも,全身状態は比較的良好な場合にはよい 適応である。アトピー性皮膚炎・蕁麻疹・褥瘡・円形脱毛症など。
十全大補湯)心身ともに衰弱し,高度の疲労倦怠感や食欲不振などが認 められ,末梢循環障害や末端の冷え,皮膚の乾燥を伴う場合にはよい適応となる。アトピー性皮膚炎・蕁麻疹・褥瘡・円形脱毛症など。


図 1 の縦軸は精神状態,横軸は時間軸を示す。 横軸を境界に,上にいけばいくほど感情の高ぶりが著 しく,下にいけばいくほど気力の低下や精神衰弱が顕著であることを表している。

抑肝散)感情の起伏 (=波)が大きく急激である。
黄連解毒湯・温清飲)波は抑肝散より小さく,感情の高ぶりは黄連解毒湯に比べ温清飲の方が軽度である。
甘麦大棗湯)精神的に不安定で極度の神経過敏状態にあり,波は横軸の上下にまたがり非常に大きな振れ幅を示す。
柴胡加竜骨牡蛎湯)神経の高ぶりを呈し、
桂枝加竜骨牡蛎湯)精神衰弱を呈する。ともに精神的に不安定で波は比較的大きく急激であるが,甘麦大棗湯ほど激しくはない。
半夏厚朴湯)精神不安がみられるが,気が停滞した状態で,波は小さく緩徐である。
加味逍遙散・桃核承気湯)精神症状が月経時に増強する。大きな波の振れ幅は桃核承気湯の方が大きく,大きな波の最大振れ幅と最小振れ幅との差は加味逍遙散の方が大きい。
補中益気湯・十全大補湯)ともに気力が低下した状態で波はほとんどない。気力の低下は十全大補湯の方が補中益気湯より高度である。


 紹介されている漢方方剤の「精神症状のイメージ・グラフ」は斬新ですね。
 黒川先生自身も「イメージ図を書き終えた後,いくつかの方剤が癲癇発作の脳波に似ていることに気づき,我ながらちょっとした感動を覚えた。」と記されています。
 是非、参考にさせていただきます。

 次は「臨床医のための漢方Q&A」の杵渕彰先生「甘麦大棗湯の使い方」から。

甘麦大棗湯の使い方
Q. 甘麦大棗湯という処方があることは知っており、ヒステリーのような症状で使うと書いてありますが、現在ではどのように使うのでしょうか? 使う目安や、対象となる疾患について教えてくだ さい。
A. ご質問のように現在の使い方は、原典にあるような昔のヒステリーの使い方とは違っておりますので、判りにくいかも知れません。しかし、現在でも非常に有用な処方ですし、昔よりも使い方の範囲は拡がっていると言えると思います。
1)原典では
『金匱要略』の婦人雑病篇が原典で、半夏厚朴湯の次に記載されております。「婦人の蔵躁、 喜(しばし)ば悲傷し、哭せんと欲し、象(かたち)神霊の作すところの如し。数(しばし)ば 欠伸するは、甘麦大棗湯之を主る。」という条文です。 蔵躁は、臓は心臓であり、精神的なものの中心にある臓器が躁擾状態にあり、落ち着かない状態と解釈されてきております。精神が感情をコントロールできず、神霊が憑依したように見える癲狂病(精神科疾患)であるとされます。欠伸は、欠だけでもあくびの意味ですが、現在でも使われているように、疲れて出るあくびと考えて良いと考えられます。
2)中国と本邦の先人の使い方
 中国での使い方は、原典の記載が殆どそのまま記載されているものが多く、症例の呈示は非常に少ないものです。『本事方』に「郷里に一婦人あり、数(しばし)ば欠し、故無く、悲しみ、 泣くこと止まず。」という症例で、祈祷が効かず、甘麦大棗湯で治ったという例が繰り返し取り上げられております。
 また小麦について、現代では薬効の検討はされていないように思いますが、古い時代では、心を養うという薬効があるとされております。
 本邦では、症例の報告も多く、使われる範囲も大分拡がっております。江戸時代中期の有持桂里は、子供の夜啼き・驚きやすい状態、不眠、抑うつ状態、発作的に笑い続ける者などに用いると述べております。
 腹証では、稲葉文礼の『腹証奇覧』では、腹部全体が腹皮攣急して、按じても内実していないものに用いるとあり、浅田宗伯は『勿誤藥室方函口訣』で「右腋下、臍傍の辺に拘攣や結塊のある処へ用いると効あるもの也。」と述べておりますが、現在では、この処方に関してはあまり腹証に拘らなくとも使えるものであると思います。 津田玄仙の『百方口訣集』には、「狂気の起きる前に、故もなく悲しくなって涙をながすこともあるなり。是れを蔵躁悲哭の症などと心得違いして甘麦大棗湯などを用いて、狂気の療治に手遅れになることもあるものである。是れも亦心得るべきの一つである。」と戒めが記載されております。
 この処方で、有名な医師に今泉玄祐という人がいます。『療治夜話』では精神科疾患と考えられる症例が多数記載されており、その殆どの例に甘麦大棗湯を用いております。むしろこの先生の治療は移精変気という精神療法を用いたもので、薬物は補助的な役割だったものと考えらま す。
 現在では、大塚敬節先生が、有持桂里とほぼ同じような対象に用いると述べられております が、更に咽喉頭異物感、てんかんなどにも使うことが記載されております。この使い方が一般的であろうと考えますが、てんかんについては、私は一例も良い例を持っておりません。また、 甘草が急激な症状を緩和させるのに用いられることから、発作的に起きる症状に用いることも多くなっております。 私が現在使っている対象は、パニック障害の方の頓用、乳幼児の不眠・夜泣き、大人でも眠れないことで焦りじっとしていられない場合、咽喉頭異物感で半夏厚朴湯が無効な例です。『療治夜話』などを読むともっと幅広く使えるのではないかと思いますが、私はまだ経験が浅く拡がっていかない状態です。


 子供の夜泣きに使われるようになったのは江戸時代からのようですね。
 いろいろ対象疾患がありすぎて頭の中で整理できません。
 次は浅岡俊之先生の生薬解説「大棗と処方」から。

■ 大棗と処方
(原理から理解する漢方治療 ⑪)
1)クロウメモドキ科ナツメの果実
2)神農本草経: 『心腹の邪気を主る。中を安んじ脾を養い,少気,少津,身中の不足,大驚,四肢の重きを補し,百薬を和す』
*少津:体液不足のこと
3)主治:『精神不安』『脾虚』『体液不足』
4)薬性:補,潤
5)守備範囲:裏
6)ポイント:
 大棗は傷寒論の40方,金匱要略の43方に配合される頻用生薬です。上記のような主治をもちますが,脾胃を守ることを目的とし,いわゆる胃薬として用いられる場合には生姜,甘草と併用されることが多く,この<生姜・大棗・甘草>の組合せは様々な処方で成立しています。


 次は西本 隆先生(西本クリニック)による「新しい時代の証を考える20」から。
 序文に漢方を学ぶ方法として「個々の生薬の働きを学び,処方の生薬構成を 見たときにそれらが全体としてどのような働きをするかをイメージできるようにすること」と述べられているのが印象的でした。

■ 「こころの症状に対する漢方処方〜甘麦大棗湯を中心に〜」
甘麦大棗湯の条文と構成生薬
甘麦大棗湯の原典は『金匱要略』婦人雑病篇である。
「婦人臓躁,喜(しばし)ば悲傷して哭せんと欲し,象神霊の
しばしば 作す所の如く, 数(しばしば)欠伸す。」
甘草三両(5) 小麦一升(20) 大棗十枚(6)
※ ( )内はツムラ医療用漢方製剤の生薬量。
条文の解釈
・臓躁:躁とは「足をジタバタ動かして落ち着きのない様子」とあり,「臓」に関しては,①五臓,②子宮, ③心,④肺,⑤心と肝,⑥一定の臓器ではない,など,多くの説があるようである 。また,「臓躁」を 1つの証候名としてとらえるという説もある。
・喜悲傷して哭せんと欲し:「喜」は「しばしば」と 読むことが多い。金子は「理由もなく悲しみに打ちひしがれ」と訳している。
・象神霊の作す所の如く:ものにとり憑かれたよう に。
・数欠伸す:しばしばあくびをする。
構成生薬
・小麦:小麦は世界で最も多く生産される穀物であり,紀元前7000年頃から栽培が始まったとされる。 食用として日常頻用する小麦であるが,『名医別録』では「客熱を除き,煩渇咽燥を止め,小便を利し,肝気を養う」とあり,『千金要方』食治では「心気を養い,心病はこれを食するが宜し」とある。教科書的には,「心神を養い安定させる」作用をもつと記載されている。水でとぐと浮き上がる未成熟なものを特に「浮小麦」といい,止汗作用にすぐれているといわれるが,検証は定かではない。
・甘草:甘草の働きに関して,黄煌は『張仲景50味薬 証論』のなかで,
①単味の甘草は「咽痛」を主治する。
②復方は「気液不足の諸証」を主治する。
③「雑病の躁・急・痛・逆」といった諸証を主治する。
④麻黄・石膏・竜骨などに配合する。
と述べており,甘麦大棗湯での甘草は②③に相当す る。
・大棗:『神農本草経』では「中を安んじ脾を養い,十二経を助け,胃気を平らにし,九竅を通じ,少気,少津,身中の不足,大驚,四肢の重きを補し百薬を和す」とあり,『実践漢薬学』には「甘草に比べ補脾作用と養血作用にすぐれるが,緩急止痛は弱く瀉火解毒・潤肺作用はない」と書かれている。
甘麦大棗湯の適応症状〜過去の報告より
①甘麦大棗湯の母子同服により母親の不安症状と7歳 女児の夜尿・喘息が改善した。
②いじめによる登校拒否の7歳女児に対して「あくびをしきりにする」ことを目標に甘麦大棗湯を投与し たところ登校可能になった。
③膀胱炎治療後も排尿後に下腹部の痛みを感じてイラ イラすると訴える34歳女性 。
④仕事のストレスが強く倦怠感・無気力・動悸・不安 があり,夜間,目が覚めると自分がどこにいるのか、隣に寝ている夫が誰なのかわからなくなることが頻 繁に起きる(夜間自我喪失)と訴える36歳女性 。
⑤高齢の寝たきり老人で独語,夜間不穏興奮症状が続いた3例 。
⑥小児の憤怒痙攣 8 例 。
⑦小児の「夜泣き」「寝ぼけ」24例 。
以上から,甘麦大棗湯は,不安・無気力・イライラ・不眠・不穏・興奮・夜驚・夜泣きなどの精神症状 と,これらに付随する,あくび・動悸・疼痛・痙攣などの諸症状に適応があることがわかる。
甘麦大棗湯の証
それでは,漢方的に甘麦大棗湯の適応証をどのよう に考えたらよいのだろうか。中医学の成書には,甘麦大棗湯 の効能は「養心安神・和中緩急」とある 。 しかし,上述した諸症状をみると,それらは必ずしも「心」の病証だけではなく,肝・肺・脾・腎など,他の臓腑の関与もありうる症状である。


 過去の報告を列挙していますが、ここにはアトピー性皮膚炎の病名はありませんね。
 やはり標治ではなく本治として患者さんの性格や精神状態を評価して用いる方剤であることがわかりました。

 締めは秋葉先生の「活用自在の処方解説」より

■ 72 甘麦大棗湯
3.気血水:気が主体の気血水。
4.六病位:少陽病。
5. 脈・舌:舌質は淡白、脈細。
6.口訣
●小児啼泣止まざる者に用いて速効あり。(浅田宗伯)
●(虚弱な小児や婦人)神経過敏で厭世的傾向があったり、他愛なく喜んだりするもの。(『現代漢方治療の指針』)
7.本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果:夜泣き、ひきつけ。
b 漢方的適応病態:臓躁。すなわち、不安感、悲哀感、驚きやすい、寝つきが悪い、眠りが浅 い、頭がボーッとするなどの心血虚の症候に、食が細い、あくびがよく出 るなどの脾虚の症候を伴うもの。甚だしければけいれん、意識喪失を来す。
※ 臓躁とは、ヒステリー様の症候をいうが、心血虚と 脾虚の軽度のものと考えられ、軽い栄養不良に伴う脳の抑制過程と興奮過程の失調状態と推察する。
8.構成生薬:大棗6、甘草5、小麦20。(単位g)
9. TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説:心安神・健脾緩中。
11.本方で先人は何を治療したか?
龍野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
1 )ヒステリー・泣き中風・笑止まざるもの・夢遊病・小舞踏病・チック病・てんかん・憂鬱病・狂躁病等で、不随意運動、無意識夢中の運動、欠伸などし、或は泣き悲しみ、或は笑うなどの精神症状があるもの。
2 )小児の夜啼きで、泣くが如く長啼きをするもの。
3 )胃アトニー・内臓無力、或は下垂・飢餓感が強いもの等で、疲れやすく欠伸の出るもの。
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