漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

小児アトピー性皮膚炎に「黄耆建中湯」(98)は有効か?

2017年09月19日 14時26分38秒 | 漢方
 現在私が乳児アトピー性皮膚炎に第一選択的に使用しているのがこの黄耆建中湯です。
 虚弱な子どもの健康を底上げする小建中湯に皮膚を強くする黄耆を加えた方剤。
 使用目標は「脾虚」&「表虚」と捉えてきました。
 小児漢方領域では「乳幼児のアトピー性皮膚炎には黄耆建中湯」と結構有名なのですが、一般の漢方啓蒙書を読むとあまり記述はありません。

 実際に使用してみると、皮疹が自然に落ち着くことを経験しますし、ステロイド軟膏を止めやすいという漢方仲間の感想もあります。

 なぜ効くのか、確認する意味でもう一度調べてみました。
 結論から申し上げると、う〜ん、やはり小児のアトピー性皮膚炎に特化した方剤ではない様子。

<基本>
(ツムラ医療用漢方製剤)
・虚実:虚
・寒熱:寒
・気血水:気虚、血虚
赤本)裏寒虚証
(「活用自在の処方解説」)
・六病位:太陰病
・TCM:補気固表・緩急止痛・温中補虚(同上)


<ポイント>
・使用目標は、脾虚・気虚・表虚。
・小建中湯証(虚弱児で冷え性、血色が悪い)に寝汗を伴う場合に補気・利水作用を期待して黄耆の加わった黄耆建中湯を選択する(荒浪暁彦Dr.)。
・ひどい疲れで体力が衰え、腹の筋肉が突っ張っており、体力、気力などいろいろと足りない。こういう状態のものには黄耆建中湯がよい(『金匱要略』)。
・小建中湯は漢方でいういわゆる裏急あるいは虚労を目標とするのに対して、この処方は表裏の虚損を目標として黄耆を加えた(大塚敬節Dr.)。
・黄耆は体表の水毒を去る。いわゆる水肥りで皮膚のきめが細か、軟らかい人によく用いられ、こういう人は皮膚の栄養状態が不良でしまりが悪く、発汗傾向があるということが多い(稲木一元Dr.)。
・黄者建中湯は小建中湯の証にして盗汗、自汗するものを治す(『方極』)。
・黄耆の使用目標は皮膚表面の栄養状態が悪い、いわゆる水毒状態があることを目標にする(『腹証奇覧』)。
・黄耆の配合量が多いので、皮膚の栄養を高め肉芽の発生を促進し、化膿を止め、皮膚の諸症状(寝汗、湿疹、床ずれなど)を改善する(小太郎製薬)。
・黄耆は「元気を益し、膿を排し、皮膚を丈夫にして汗を止める」 生薬(『神農本草経』)→応用として「お腹の弱い、汗をたくさんかいてしまう虚弱なアトピー患者」に使えそう(石毛敦Dr.)。
・黄耆は表に停滞した水を去る目的で用いられる生薬。しかしその薬性は温補であり、また、燥湿の性質は中。すなわち、水を強制的に排除するために用いられる生薬ではなく、水を巡らせる力を与える生薬(すなわち補薬)であるということ。これにより水の配置を正常に戻し、結果として浮腫や寝汗、自汗を去る。この点で表の水を排除するために用いられる桂枝や麻黄とは本質的に異なる薬能を持つ(浅岡俊之Dr.)。


<まとめ>
・原典・古典には皮膚症状をターゲットにした方剤としての記載は見当たらない。
・小建中湯証(虚弱児で冷え性、血色が悪い)で表虚(皮膚の栄養状態が悪い、水太り・多汗・寝汗など水毒状態)の本治薬。


 以上の点でアトピー性皮膚炎に応用可能と理解しました。
 つまり、湿疹の性状より、全身の状態で判断して選択する方剤なのですね。

 ではまず、「黄耆建中湯&アトピー性皮膚炎」で検索してヒットした記事から;


黄耆建中湯石川功治先生
 ツムラ黄耆建中湯に含まれる桂皮には発汗作用と体の表面を温める作用があります。
 もともと汗をかきにくいアトピー性皮膚炎で皮膚の血流がよくなり乾燥状態に効きます
 お子さんは本来お腹の調子がわるい脾虚の状態がありますので、芍薬は腹痛を治して、お腹の状態を良くする作用があります。
 アトピー性皮膚炎は、お腹の状態が良くなるとお肌の状態も良くなります
 黄耆建中湯に含まれる黄耆は「ねあせ」に使うお薬です。
 含有成分である粉末飴(膠飴)は甘いアメの成分で安神の作用(気分を落ち着かせる作用)があります。生姜、大棗、甘草は胃薬です。
 アトピー性皮膚炎で「水イボ」を繰り返すお子さんに黄耆建中湯を使用しますと「水いぼ」が減少します。


・桂皮の発汗作用、体表面を温める作用→ アトピー性皮膚炎の皮膚血流増加し乾燥改善
・脾虚改善→ アトピー性皮膚炎はお腹の調子が良くなると肌の状態も良くなる

 と、黄耆よりも小建中湯証で石川先生は説明しています。

■ 黄耆建中湯黒川晃夫先生
 黄耆建中湯は、小建中湯に黄耆を加味した処方である。黄耆は強壮、肉芽形成促進、皮膚の血液循環の促進による栄養状態の改善、利尿作用、抗菌作用がある。アトピー性皮膚炎では、虚弱体質の患児で、皮膚は乾燥もしくは湿潤し、発汗傾向があり、感染症を繰り返す場合に用いられる。本剤は甘くて飲みやすく、小児アトピー性皮膚炎における漢方治療の第一選択薬に挙げる先生も少なくない。


 黒川先生は黄耆という生薬に注目し、強壮、肉芽形成促進、皮膚の血液循環の促進による栄養状態の改善、利尿作用、抗菌作用によりアトピー性皮膚炎に有効であると説いています。
 湿疹の治療というより「皮膚の低栄養状態を血流をよくすることにより改善する」と大きなとらえ方ですね。
 怪我をして骨折した際、赤くはれ上がった部位を急性期は冷やしますが、回復期には温めて血流をよくすることにより治癒を促しますが、この回復期の治療と同じ考え方です。
 つまり、急性増悪ではなく体質改善に用いる薬と捉えることができます。


■ アトピー性皮膚炎の漢方治療荒浪暁彦Dr.
アトピー性皮膚炎の漢方治療は、年齢によって処方が異なる。
1.乳児期
 乳児期の第一選択薬は小建中湯で、虚弱児で冷えを伴う、血色が悪い場合に頻用される。さらに寝汗を伴う場合は、補気・利水作用のある黄耆が加わった黄耆建中湯を用いる。通常は両処方とも、腹直筋が突っ張っていることが目標になるが、逆にフニャフニャの場合でも用いる。
桂枝加黄耆湯は、湿潤、乾燥が混合している場合に用いる。
補中益気湯には虚熱を冷ます作用があり、食欲不振などの脾虚が主体で四肢倦怠感の強い症例に用いる。免疫調整作用に優れていることから、乳児にかかわらず幼児、学童、成人すべてに対して体質改善のために用いてよい。
十全大補湯は、脾虚、血虚に虚寒の症状が加わった場合の乾燥型、湿潤型のいずれの状態でも使用できる処方である。疲弊したステロイドリバウンド時のアトピー性皮膚炎に対する著効例の報告がある。
治頭瘡一方は分泌物が多く、痂皮を伴った上半身の皮膚炎に用いる。


 荒浪先生は小建中湯証(虚弱児で冷え性、血色が悪い)に寝汗を伴う場合に補気・利水作用を期待して黄耆の加わった黄耆建中湯を選択すると説いています。
 類似薬に桂枝加黄耆湯がありますが、これは黄耆建中湯から膠飴を抜いた方剤です。
 以前某講演会で「黄耆建中湯と桂枝加黄耆湯はどう使い分ければよいのですか?」と質問したところ、「違いは“脾虚”があるかどうかです。虚弱児で胃腸が弱い印象があれば黄耆建中湯、その要素がなければ桂枝加黄耆湯を選択します」と明快にお答えいただいたことがあります。

 「黄耆建中湯&アトピー性皮膚炎」のキーワードで検索してヒットした数はあまり多くありません。
 これ以降は黄耆建中湯単独で検索した記事になります。

■ 黄耆建中湯稲木一元先生
 黄耆建中湯の原典は『金匿要略』血痺虚労病篇です。条文は「虚労、裏急、諸々の不足は黄者建中湯これを主る」とあります。これは「ひどい疲れで体力が衰え、腹の筋肉が突っ張っており、体力、気力などいろいろと足りない。こういう状態のものには黄耆建中湯がよい」という意味のようです。
 次に、実際の使用目標と応用についてお話しいたします。
 大塚敬節先生によりますと、小建中湯は漢方でいういわゆる裏急あるいは虚労を目標とするのに対して、この処方は表裏の虚損を目標として黄耆を加えたと思われます。したがって、黄耆建中湯は小建中湯の適応となるような状態で、さらに虚証のものに用いると考えられます。黄耆の使用法というものを理解していただければ、この応用も理解できるといえます。
 黄耆は「体表の水毒を去る」といわれます。いわゆる水肥りで皮膚のきめが細か、軟らかい人によく用いられます。こういう人は皮膚の栄養状態が不良でしまりが悪く、発汗傾向があるということが多いと思われます。以上によりこの黄者建中湯は、次のような場合に応用されます。
<応用疾患>
1:盗汗、すなわち寝汗のひどいもの
2:慢性中耳炎
3:いわゆる虚弱児
4:痔疾患の治りにくいもの
5:皮膚の潰瘍性の病変などで肉芽形成の不良のもの
6:湿疹など滲出性の皮膚病変で慢性化して治りにくいもの(これにはアトピー性皮膚炎なども含まれる)
<古典から>
 古方派の大変有名な吉益東洞は『方極』の中で「黄者建中湯は小建中湯の証にして盗汗、自汗するものを治す」と記しております。ここでは黄耆は盗汗(寝汗)あるいは自汗(汗が出やすい)を主ると考えたようです。
 また『腹証奇覧』には「諸々の不足とは気血ともに充足せざるの謂いなり。案ずるに黄耆は正気を肌表にはりて津液をめぐらすの能あり。諸々の肌表の不足するものは皮膚乾いて潤いなく、衛気、腠理を固めざる故、津液漏れて自汗、盗汗となり、出ずるなり。黄耆正気をはり、津液をめぐらし、腠理をしてかたからしむれば、瘀水は自らめぐり降りて小便に通利し、肌膚滑(なめらか)にして潤沢を得るなり。(略)余が門の黄耆を用いる、汗の有無を必とせず、ともに肌表の正気乏しきものを診し得て誤らずとす」と記されております。黄耆の使用目標は皮膚表面の栄養状態が悪い、いわゆる水毒状態があることを目標にするといっております。
 浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』には、「この方は小建中湯の中気不足腹裏拘急を主として、諸虚不足を帯る故黄耆を加うるなり。仲景の黄耆は 大抵表托止汗袪水の用とす。この方も外体の不足を目的とする者と知るべし。この方は虚労の症、腹皮背に貼す。熱なく咳する者に用うと錐も、或は微熱ある者、或は汗出ずる者、汗無き者倶に用うべし」とあります。
 黄者建中湯は体の弱い虚弱な子供に非常によく使い、また腹痛などの小建中湯の証も参考にして用いるということでよいのではないかと思います。黄者の使い方はこのほか防巳黄耆湯、補中益気湯などにも共通するのではないかと思います。


 稲木先生は歴史を紐解き、原典の金匱要略から「ひどい疲れで体力が衰え、腹の筋肉が突っ張っており、体力、気力などいろいろと足りない。こういう状態のものには黄耆建中湯がよい」と条文を引用しています。
 原典には皮膚症状の記載は無いのですね・・・意外な驚き。
 江戸時代の吉益東洞は「黄者建中湯は小建中湯の証にして盗汗、自汗するものを治す」(『方極』)と記し、『腹証奇覧』には「黄耆の使用目標は皮膚表面の栄養状態が悪い、いわゆる水毒状態」を目標にすると記されています。
 浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』には「黄者建中湯は体の弱い虚弱な子供に非常によく使い、また腹痛などの小建中湯の証も参考にして用いる」という意味の文章。
 大塚敬節先生が残した記述も「黄耆建中湯は小建中湯の適応となるような状態で、さらに虚証のものに用いる」と皮膚所見に触れていません。
 
 歴史的には皮膚所見を重視した記述がない!?

 稲木先生は黄耆建中湯という生薬の効能「体表の水毒を去る」ことからアトピー性皮膚炎への応用を結びつけています。
 でも「水毒」とくれば治療は「利水剤」が頭に浮かびます。
 しかし利水剤という文言が出てきません・・・不思議です。

 次に小太郎製薬の処方解説「黄耆建中湯」から引用させていただきます。

■ 黄耆建中湯 小太郎製薬
【処方コンセプト】
 衰弱して、とにかく疲れやすく、よく腹痛を訴える方に。
 ベースに消化器の機能低下があり、体力がかなり衰えていて、すぐに寝込んでしまう。また、年中風邪をひいているかのようなだるさを感じ、少し動いただけでも息切れがして、すぐに汗をかいてしまう(寝汗含む)ような方に適している。寝たきりで衰弱していて、床ずれを起こしている方にもよい。
<黄耆建中湯適応症>
◆ 体の深部(消化器など)の気を補って腹部を温め消化器機能を高める小建中湯に、体表の気を増して皮膚のしまりをよくする黄耆を合わせたもの。表と裏の両方の気を補うので虚労(体力低下状態)の方に適した処方構成となっている。
◆ 小建中湯証の腹中急痛(緊張と冷えのために腹が痛む)に、自汗・息切れ・冷え・疲労倦怠感などの気虚の症状がより顕著なものを目標に用いる。また、汗をかいた後に冷えて下痢をしてしまう方や風邪をひきやすい方にもよい。
◆ 黄耆の配合量が多いので、皮膚の栄養を高め肉芽の発生を促進し、化膿を止め、皮膚の諸症状(寝汗、湿疹、床ずれなど)を改善する
【処方構成】7味



本方は小建中湯に黄耆を加えた処方。小建中湯より気虚の状態が進んだものに用いる。
・消化器の気を補う甘草・膠飴・大棗に、
・体を温める桂皮・生姜、
・補血をして鎮痙(痙攣を止める)する芍薬
で構成された小建中湯に、
・表の気を補う黄耆が加わっている
 〜ので、皮膚のしまりをよくして汗を止め、肉芽の発生を促進し、栄養を与える。これらの生薬構成により体表および体の深部(消化器など)の気を補う。






 とにかく全身的に疲れ切っている(表裏両虚)に使用する方剤で、「寝たきりで衰弱していて、床ずれを起こしている方にもよい」なんて書いてあります。
 「寝たきり老人と元気な赤ちゃんに同じ薬を使うの?」という素朴な疑問が生まれてきますね。
 皮膚に関する記述はやはりオマケ程度ですが、「黄耆は皮膚の諸症状(寝汗、湿疹、床ずれなど)を改善する」という文言に尽きるような気がしてきました。

 ツムラの漢方スクエアに戻り、「黄耆」という生薬について検索しました;


■ 方剤における生薬の役割「黄耆◉黄耆建中湯」石毛敦先生
 小建中湯に今回主役の黄耆が入ったのが黄耆建中湯です。基本になる方剤が小建中湯ですので「体質虚弱」など全身症状が元にあることはおわかりいただけるのではないでしょうか。そうなると、黄耆が何者であるのかがわかれば黄耆建中湯も理解できるわけです。
 早速、黄耆を調べてみましょう。
 生薬の薬能を調べるにはいくつかの書物がありますが、最も古い薬物書といわれているのが『神農本草経』です。これを基に、その後にいくつもの書物が出ていますので、その中で共通した薬能を抜き出して要約しますと、黄耆は「元気を益し、膿を排し、皮膚を丈夫にして汗を止める」 生薬であると考えることができそうです。
 黄耆建中湯の効能をみていきましょう。「身体虚弱で疲労しやすいものの次の諸症:虚弱体質、病後の衰弱、 寝汗」とあります。小建中湯とどこが異なっているでしょうか。黄耆の薬能から考えますと、小建中湯に元気を益し(補気)、汗を止める生薬を入れたものと理解できます。小建中湯よりも本剤の方が元気にしてくれそうで、寝汗などの虚弱な人に起こる症状もとってくれる漢方薬であることが理解できるのではないかと思います。寝汗などを目標にしてみるとよいかもしれません。
 応用としては「お腹の弱い、汗をたくさんかいてしまう虚弱なアトピー患者」などにも使えそうです。そのほか、黄耆を含有する方剤を少しみてみますと,「防已黄耆湯」や「補中益気湯」がヒットしてきます。両方剤は、ともに虚弱な方に使い、多汗症に対する効能をもっているのも特徴的ですね。もちろん黄耆だけの薬効ではありませんが、大きな役割は担っているものと考えられます。


 黄耆建中湯本来の効能は「身体虚弱で疲労しやすいものの次の諸症:虚弱体質、病後の衰弱、 寝汗」ですが、その応用として「お腹の弱い、汗をたくさんかいてしまう虚弱なアトピー患者」にも使える、という記述です。「汗をかきやすい」のは「皮膚の締まりがない、皮膚が弱い・低栄養状態である」と捉えるのですね。

■ 真柳誠「漢方一話 処方名のいわれ92-黄耆建中湯」
『漢方医学』25巻2号87頁、2001年4月 真柳 誠(茨城大学/北里研究所東洋医学総合研究所)
 本方の出典は3世紀の仲景医書に由来する『金匱要略』で、その血痺虚労病篇に「虚労裏急、諸不足、黄耆建中湯が之を主る」とのみ記される。これでは主治文が少なくてよく分からないばかりか、薬味は記載すらない。が、宋の林億らが本書を1066年に初刊行した際の注に「小建中湯に黄耆を加える」とあるので、小建中湯の6味に黄耆が加わった計7味と分かる。
 一方、『金匱要略』と同様の主治文は7世紀の『千金方』巻19と、8世紀の『外台秘要方』巻17にあり、ともに上述の7味も明記している。つまり本方は小建中湯加黄耆で間違いないが、黄耆を主薬とするので黄耆建中湯と名付けられた、と理解していいだろう。
 なお『金匱要略』では本方の直前に小建中湯の条文があり、その林億注は『千金方』巻19の小建中湯条を引用する。ただし林億注末尾の「六脈倶に不足、虚寒乏気、少腹拘急、羸痩百病、名づけて黄耆建中湯と曰う」の一文だけは、『千金方』や同文を記す『肘後方』巻4に見えず、何から引用されたか分からない。
 また当文末の「名づけて黄耆建中湯と曰う」も前とつながりの悪い句だが、どうも林億らは前句を黄耆建中湯の主治と認知して引用したらしい。ならば本方の主治は「虚労裏急、諸不足」と、出典不明の「六脈倶に不足、虚寒乏気、少腹拘急、羸痩百病」になろう。
 ちなみに本草での黄耆の初出は1-2世紀の『神農本草経』中薬だが、なぜ黄耆というのだろう。むろん黄色いから「黄」なのだが、問題は「耆」である。耆には古くから「老」や「長」の意味がある。それで16世紀の『本草綱目』は、黄耆が補薬の「長」ゆえ「黄色い耆」なのだと説くが、時代錯誤というしかない。
 そもそも黄耆を上薬でなく、中薬に分類した『神農本草経』の時代に、それを補薬の長とする考えなどない。黄耆が人参とならぶ補薬として世に認識されたのは、李東垣流の参耆説が普及した明代からなのである。とするなら、黄耆の根が二、三尺にも伸びるので、「黄色く長い」の意味で黄耆と呼ばれた、という森立之『神農本草経攷注』の説を是とすべきである。


 フムフム・・・黄耆のネーミングも諸説紛々らしい。
 あ、浅岡俊之先生(ケアネットDVDでお世話になりました)の黄耆の解説を見つけました。

■ 原理から理解する漢方治療 16「黄耆と処方 防已と処方」より
浅岡クリニック 院長 浅岡 俊之
16-1-1「黄耆
1)マメ科ナイモウオウギあるいはキバナオウギの根
2)神農本草経 『癰疽(ようそ)、久敗瘡、排膿・止痛、大風癩疾、五痔、鼠瘻(そろう)を主る』
 *癰疽:皮膚の腫瘍や潰瘍
 *鼠瘻:リンパ節腫(結核)
3)主治:浮腫、寝汗、自汗
4)薬性:温、補
5)守備範囲:表
6)ポイント
 黄耆は表に停滞した水を去る目的で用いられる生薬です。しかしその薬性は温補であり、また、燥湿の性質は中です。すなわち、水を強制的に排除するために用いられる生薬ではありません水を巡らせる力を与える生薬(すなわち補薬)であるということです。これにより水の配置を正常に戻し、結果として浮腫や寝汗、自汗を去るということです。
 この点で表の水を排除するために用いられる桂枝や麻黄とは本質的に異なる薬能を持ちます
 以下に黄耆が配合される処方をご紹介しますが、皆温補することで問題の解決を図ろうとする処方です。

16-1-2「黄耆」が配される処方
1)桂枝加黄耆湯:桂枝, 芍薬, 生姜, 大棗, 甘草, 黄耆
(1)出典:金匱要略
(2)条文:『身重く、汗出で已ってたちまち軽き者は久久にして必ず身潤す。...身疼重、煩躁し小便利せず、此れを黄汗と為す』
(3)適応:浮腫, 関節痛
(4)ポイント:浮腫を伴う関節痛, 腰痛などに用いられる処方です。疼痛を去る目的で用いられる桂枝湯に浮腫を去るための黄耆が加えられています。
2)黄耆建中湯:桂枝, 芍薬, 生姜, 大棗, 甘草, 膠飴, 黄耆
(1)出典:金匱要略
(2)条文:『虚労裏急,諸不足』
 *裏急:腹痛
(3)適応:寝汗, 自汗を伴う腹痛
(4)ポイント:腹痛, しぶり腹を主治する桂枝加薬湯に膠飴を加えれば小建中湯になりますが、ここにさらに黄耆を加えた処方です。 黄耆を加味した目的はやはり寝汗、自汗を去ることにあります。前述の桂枝加黄耆湯の薬を増量することで腹痛に対応し、さらに膠飴を加えた形になります。
黄耆の薬性は「補」であり、決して強制的に表の水を排除するために用いられる生薬ではありません。 それは以下に示す黄耆が配合された処方の用いられ方からしても明らかです。

<黄耆が配合される頻用処方>
帰脾湯、加味帰脾湯、当帰湯、当帰飲子、人参養栄湯、半夏白朮天麻湯、補中益気湯、十全大補湯、大防風湯、清暑益気湯など


 さすが浅岡先生。ひと味違う、イメージがつかみやすい解説ですね。
 「黄耆は表に停滞した水を去る目的で用いられる生薬、しかしその薬性は温補であり、燥湿の性質は中。すなわち、水を強制的に排除するために用いられる生薬ではなく、水を巡らせる力を与える生薬(すなわち補薬)である。これにより水の配置を正常に戻し、結果として浮腫や寝汗、自汗を去る。この点で表の水を排除するために用いられる桂枝や麻黄とは本質的に異なる。」

 なるほどなるほど。
 さて、中医学の視点から見るとどうでしょう。

■ 黄耆建中湯(補気升陽顆粒) 中医学解説(「家庭の中医学」より)
【効能】 調和営衛・緩急止痛・益気実衛
※ 調和営衛(チョウワエイエイ);
 風邪を解除して営衛の失調を調整する治療法。風邪が表から侵入して営衛の失調を引き起こし、頭痛・発熱・汗出・悪風・鼻鳴・乾嘔・脈が浮緩などがみられる病証に適用する。


■ 黄耆建中湯(ハル薬局HPより)
<弁証論治>
脾陽虚(脾陽不振・脾陽虚弱・脾胃虚寒)
胃虚寒(胃気虚・胃気虚寒)
<八法>
温法:温裏・散寒・回陽・通絡などの効能により、寒邪を除き陽気を回復し経絡を通じて、裏寒を解消する治法です。
【中薬大分類】温裏(補陽)・・・体内を温める方剤です。即ち、裏寒を改善する方剤です。
【中薬中分類】温中散寒剤 ・・・中焦の冷え(裏寒)に用いる方剤です。中焦脾胃の陽気が虚衰して、運化と昇陽が不足し、腹痛・腹満・食欲不振・口渇がない・下痢・悪心・嘔吐・舌苔が白滑・脈が沈細または沈遅の症候がみられます。
<八綱分類>
裏寒虚 ・・・裏証(慢性症状)、寒証(冷え)、虚証(虚弱)の方に適応します。
<中医学効能(治法)>
補気固表・緩急止痛・温中補虚


 中医学では虚証で、その中でも胃腸系が弱っている状態に適応があるという記述です。
 皮膚病変への言及は乏しく「固表」(衛気不固で皮膚腠理が粗鬆になり、自汗が多い・感冒にかかりやすいなどを呈する病証に対する治法)くらいでしょうか。

 ここでちょっと脱線します。用語がわからないと前に進みませんので・・・。
 以前講演会を聞いていて「黄耆は表虚を治する」との説明が記憶に残っています。表虚とは?

【 表虚 】
自汗・脈浮緩を呈する表証、あるいは衛気が虚した腠理不固の病証。
表証には調和営衛で桂枝湯を、衛虚には益気固表で玉屏風散を用いる。


何回か出てきた用語「腠理」(そうり)って何でしょう?
東洋医学での皮膚・皮下組織・筋の概念 Ver.2.0」より抜粋;

2.腠理(そうり)
1)皮下組織(皮下脂肪組織)をさす
2)体液が出る部
 腠理は「汗腺の元」という意味でも用いる。毛口のことを腠理とも呼ぶが、毛口は汗の出口であって、汗腺の元が腠理であり、毛の根元でもある。要するに古代中国人は汗腺と毛孔を区別していなかった。腠理は地下水脈で、毛口は井戸口のようなものである。
 また体毛や表皮に皮脂膜をつくるため、毛口からは皮脂も分泌する。古典的に脂は血が変化したものと考えれば、腠理という地下水脈を流れるのは、水と血であることが推定できる。この水や脂を外に放出するのは、「気(この場合はとくに衛気)」の推動作用であり、結果として皮膚表免にも気血水が存在するといえる。 



 地下水脈と井戸口を結ぶ、井戸の縦坑は、一定の広さではなく、状況により広がったり狭まったりする。縦坑が広がることを、腠理が開くとよぶ。腠理が開く目的は、衛気を外に発散して外界に対する防御のためであり、津液を汗として体外に放出するためである。これを宣散作用とよぶ。腠理が閉じる目的は、津液が体外に漏出することを防ぐことにある。これを固摂作用とよぶ。
 古典的に毛孔の開閉は、衛気による防衛の作用とされる。古代中国人は、寒い日に、皮膚から立ち上る水蒸気を観察することで、衛気という概念を想像したのだろう。運動中は体温が高くなり、そのため汗や水蒸気の出る量も増える。これは宣散作用によるものである。
 一方「腠理が開く」とは、衛気の活動が乏しく、気の固摂作用低下で自汗(暑くもないのに汗が出る)するようになる。

「固摂」:スリットを閉じ、津液が体外に漏出することを防ぐ作用
「宣散」:スリットを開き衛気を外に発散し、津液を汗として体外に放出する作用。



 締めは秋葉先生の「活用自在の処方解説」より。

98.黄耆建中湯
1 出典 『金匱要略』
●虚労裏急、諸の不足する証。(『金匱要略』血痺虚労病篇)
2 腹候:腹力は中等度以下から軟弱(1─3/5)。ときに腹直筋の緊張を認める。
3 気血水:気が主体だが気血水いずれも関わる。
4 六病位:太陰病。
5 脈・舌:舌質は正常か淡紅、舌苔は白薄。脈は軟やや弦。
6 口訣
●小建中湯の一等虚したものに用いる。(道聴子)
●仲景の黄耆は、大抵、表托・止汗・祛水の用とす。(浅田宗伯)
7 本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果:身体虚弱で疲労しやすいものの次の諸症:虚弱体質、病後の衰弱、寝汗。
b 漢方的適応病態:気虚の腹痛。すなわち、小建中湯の適応症以外に、自汗、息切れ、食欲不振、疲れやすい、元気がないなどの気虚の症候が顕著にみられるもの。
8 構成生薬:芍薬6、黄耆4、桂皮4、大棗4、甘草2、生姜1。(単位g)
9 TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説:補気固表・緩急止痛・温中補虚
<効果増強の工夫>
・腹満やガスの停滞があれば大建中湯を合わせる。
処方例)ツムラ黄耆建中湯 9g 分3食前
    ツムラ大建中湯 7.5g
★ 本方で先人は何を治療したか?
龍野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
1 )小建中湯よりも表裏の虚がいちだんと著しく、後世方の十全大補湯というところに使う。
2 )自汗盗汗し、全身虚弱のもの。
3 )潰瘍・漏孔・中耳炎・蓄膿症・痔漏・臍炎などで虚証で、分泌物が薄く多量のもの。
4 )風邪を引きやすく、咳が止まぬのを治した例がある。
5 )腹痛、腰痛に使つた例がある。
6 )結核性腹膜炎で、腹満腹痛するのに使つた例がある。
7 )暑気にあたり、手足だるく息切れ、口渇するもの。
8 )肺結核の軽症、又は回復期で、虚労を目標に加人参湯を使つた例がある。
9 )肺気腫で息切れするのに、加人参半夏湯を使つた例がある。


 ええっ!皮膚症状をターゲットにした記載がない。

 以上まとめますと、少なくとも原典〜江戸時代までは、湿疹の治療を目的に黄耆建中湯を使った形跡は見つけられませんでした。
 おそらく遠くない昔に、脾虚・表虚を目標に小児に使ったら皮膚症状も改善した、それからアトピー性皮膚炎にも応用されるようになった、ということでしょうか。

 さあ、あとは実践するのみ。
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