日々の疑問を語る。離れの館

ヤフーに同名の題名があったが無くなってしまった。はなれ版のつもりだったが。。 ツウィッターは「反哺の孝あり」で参加中。

感じなかった感覚の継続か

2022-06-12 21:10:29 | 日記
 暫く前に尊敬して目標としていた祖父が語っていた最終的な意味が解った気がした。その意味は話をしていた当時の伯父も解らないと言っていた事だった。

そして、その事が解ったとき、急に不思議なことに感覚として世界が立体的に感じられる様に為って来たのだ。何だろうこの感覚は。

深い所で感じる皮膚感覚に近い様な感覚でもあり、違う様でもあり、手掛かりとして過去にこんな感覚を昔感じた事が在ったかなと思い返す。

しばらく感覚を思い返すと、完全に一致する感覚は一度もなく、昔感じた共感覚での量子の縮尺の時に見えた感覚の一段浅い所の様な感覚に近い感じではある。勿論当時は何が見えたのかは分からなかったのだが。

そして感じそうで感じられなかった近い感覚と言えるのが8-9歳頃に人の話を聞いていると図形が透ける様に見えたりするという不思議な感覚に為るということがあり今もそれはあるが、その時に、届きそうで届かないもう一段の時に、一度だけ一瞬感じられた様な時の感覚に近いソレが継続している感じか。

脳科学的に言えばそれは変質する重要な時期でもあるときであるのは最近では分かっているが、当時はその感覚を無意識的に求めていた気はする。本当にこの時期の1-2年は色々あったな。

そう言えば伯父にこう言う色や映像が祖父には見えたことがあったのかと尋ねたが、そういう話は聞いたがそういう話は聞いた事が無いと言っていたから見えて居なかったのかな。けれども私の一族の昔の文書などを見るとそういう事を思わせる節の記述があるんだけどな。

何が書きたいか判らなくなってきた来た。ここに書いている趣旨に合うな(微笑)
コメント
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