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ツリオヤジのキドニーケアな日々 ~ 知れぬ事は知れぬまゝに、たやすく知れるのは浅い事 (葉隠 聞書第一0202)

大江健三郎全小説3 (講談社)

2024-06-14 01:15:07 | 読書メモ

図書館で借りてきました。
目的は、1961年に文學界に掲載されて以降、右翼団体からの脅迫により単行本化が見送られてきた「政治少年死す(セヴンティーン第二部)」を読むことにほかなりませんが、ほかにも未読の作品が多く収録されていて、じっくりと楽しむことができました。

講談社発行の大江健三郎全小説は15巻からなり、この3巻には1961年~1964年の15編の作品が収められています。

セブンティーン、性的人間は文庫で読んでいるので今回はパス。

『政治少年死す』
浅沼稲次郎暗殺事件をもとにした小説です。セヴンティーンの続編となっていますが、セヴンティーンが発表された後に暗殺事件が起き、その後に政治少年死すが書かれています。セヴンティーンが内面的な描写が多く荒々しい文体で書かれていることに対し、政治少年死すは写実的な描写も多く、淡々とした文体で心理描写も続きます。暗殺事件に対し、大江健三郎が受けた衝撃が伝わってくるようです。

また、みずから我が涙をぬぐいたまう日、の作家ノートの理解が、政治少年死すを読むことにより深まりました(特に純粋天皇に纏わるあたり)。

『幸福な若いギリアク人』
実存主義がテーマだと思います。この頃から大江健三郎がサルトルに傾倒してたことが伺えます。この小説と共同生活が似ていると感じました。共同生活が文學界の1961年1月号、幸福な若いギリアク人が小説中央公論の1961年1月と、ほぼ同じ時期に発表されながら、片やすっきりしないエンディング、片やハッピーエンドと違いがあるのが興味深いところです。
ちなみにギリアク人は樺太に住むロシアの少数民族です。

『不満足』
朝鮮戦争の時代、負傷した米兵が地方都市に見られ、徴兵の噂、自ら戦場に送り込まれるのではないかという不安の時代を過ごす若者の姿が描かれています。共産主義にも染まり切らず、日々を漫然と過ごしている若者が、精神病院から脱走した患者の捜索を通して、自己の中の責任感を発見するという話です。1962年の作品。

『ヴィリリテ』
インテリの同性愛者と心優しき同性愛者と策略的な同性愛者の3人が織りなす短篇。テーマがよくわからなかった。同性愛の男性側と女性側は相対である、という意味なのだろうか?題名のヴィリリテは男らしさという意味らしいです。

『善き人間』
これも同性愛に関わる話。ホテルのペット室の少年が主人公なのが動物を登場させる初期の大江作品らしい。ヴィリリテを読んだあとにこれを読んだけど、こちらもテーマがいまいちわからん。率直に感想を述べれば、ただの痴話喧嘩。

『叫び声』
またもや同性愛の人物が登場。同性愛のアメリカ人の元に、ヨットクルーを目指して集まった3人の若者たちの、希望と破滅の物語。アメリカ人が少年誘惑により国外退去されることにより、若者3人の夢は挫折するのですが、混血の若者は銀行強盗のまねごとで射殺され、在日の若者は強盗殺人で死刑確定、語り手の若者、"僕"は、漠然とした恐怖を身近に感じています。高校生のとき、ダフネスとクロエを読んで娼婦の所に行きます。ダフネストクロエは純愛物語で、三島由紀夫はダフネストクロエから潮騒を書きましたが、この小説の語り手は娼婦のところに行っていら梅毒恐怖症にかかり、その後の女性体験も暗いものばかりです。最後に同性愛のアメリカ人と再会した語り手の僕は、心の中に叫び声を聞きます。
アイデンティの崩壊から破滅の道を進む若者像が描かれていると思います。
この小説は、小松川事件をモチーフにしています。

『スパルタ教育』
新興宗教団体による理不尽な暴力に対し、いったんは屈服した主人公が、屈服したことによる負け犬根性こそが最大の屈辱だと気づき、復活した理不尽な暴力に対しての怯えが消える、という話。大江作品にしては、わかりやすい一篇のように思えます。

『大人向き』
他者へ立ち向かう手段のうち、大人向きの手段を主人公が発見する話です。またもや同性愛者が物語のキーとなっています。この時代の大江健三郎のテーマは同性愛なのか?また、女装して化粧をして縊死する男の描写は、この後の万延元年のフットボールにおける顔を赤く塗って肛門に胡瓜を刺して縊死する男と重なります。軍隊からの逃亡した兄は、芽むしり仔撃ちの脱走兵とも重なるし、縊死や脱走についてのコダワリ(?)を感じます。あと、大江健三郎は官僚(あるいは出世主義者)が大嫌いなのでしょう、それが伝わってきました。最後に登場するヴァン・ドンゲンの女は、あまりにもイメージがハマり過ぎておかしさが止まりません。文章は画像よりも想像力を掻き立てられる好例かと思います。

『敬老週間』
若者が老人に対し、理想と共に未来図を語るが老人の現実的な指摘にたじたじになる話。面白かった。あまり大江らしくないような作品。

『アトミック・エイジの守護神』
ひきとった原爆被曝者の子どもに生命保険を掛ける男の話。ヒロシマ・ノートは読んでいないのだけど、この作品にその端緒はあるのだろうか?

『ブラジル風のポルトガル語』
この話は意味がよくわからなかった。村を出て東京に住んだ人達が、そこに戻るまで、なぜ半年の猶予が必要だったのか?村を出た意図は?戻った理由は?次に村を出るのはさらに遠く(海外)になる必然は?と、釈然としない気分で読み終えました。これらをあえてぼかすことで、幻想的な(神話的な?)雰囲気を狙っているのでしょうか。どうもピンとこない作品でした。また、四国の山奥の谷間(窪地)が舞台というのは、大江作品にもしばしばみられるシチュエーションで、こちらには、らしさが感じられます。

『犬の世界』
幼い頃に生き別れた弟を巡る奇譚。犬の世界という題名から、犬が出てくる小説かと思いましたが、そうではなく、イタリア映画のタイトル「犬の世界」から来ているようです。この、すっきりしない読後感は大江作品らしいともいえるかもしれません。

***

巻末の尾崎真理子氏の解説、「封印は解かれ、ここから新たに始まる」は、大江作品の解説の中で、もっともわかりやすく、わたしの疑問に応えてくれるものでした。特に、大江健三郎の戦後民主主義を肯定する思想と、政治少年死すの超国家的思想の乖離が、この解説を読んですっきりしました。

初版は2018年と比較的新しいです。
1961年に文學界に発表された後に右翼団体から脅迫を受け、単行本掲載が見送られたまま、実に57年もの間、政治少年死すは世間の目から遠ざかっていたわけです。

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