死んでも生きてる(PART 1 OF 3)
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デンマンさん。。。 なんで急に抹香(まっこう)臭いタイトルを持ち出してきたのでござ~ますか?
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。。。ん? 抹香臭い?
そうでござ~ますわ。。。 なんだか お葬式のお線香の匂いがするではござ~ませんか?
あのねぇ~、実は、夕べ バンクーバー市立図書館で借りた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。
人は死んだとき、
まわりの声が聞こえている
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人間の死には、まずふたつの段階があります。
「個体の死」と「細胞の死」です。
「個体の死」というのは、全体の統合が取れなくなった状態です。
つまり、脳による全体のコントロールが止まるとか、あるいは血液の流れが止まり、脳に酸素が行かなくなって脳死になる、ということ。
人間は、どれかひとつの歯車がなくなると、全体のシステムが壊れてしまう機械のようなものですから、統合性を保つことができなくなると、意識を保って理解をする、ということが困難になります。
しかし、統合性が失われる「個体の死」が訪れても、細胞はしばらく生きています。
細胞というのは、自分の持っている酸素がつづくかぎり、細胞の中で酸素呼吸をしますから、そのあいだはミトコンドリアも発熱するし、しばらく体温も維持できる。
そして、各所にある酸素が全部使い果たされてしまうと、ミトコンドリアも死んで、細胞も死に、だんだん冷たくなっていきます。
それは、「酸素の供給が止まった」ということ。
その酸素を供給していたものが、心臓のポンピング作用と肺におけるガス交換ですから、それら循環器系の機能が停止すると、あらゆる機関の統合性がどんどん失われていきます。
そのため、心臓の動きが止まったときに「ご臨終です」と、人間は死を迎えたとされるわけです。
しかし、このあともまわりの声が聞こえている可能性があります。
細胞内に酸素があるかぎり、脳もおそらくしばらくは働いています。
個体の死、つまり統合性が失われていても、脳にまだ酸素があるうちは最後まで働こうとするのです。
心臓の動きが止まり、お医者さんが「ご臨終です」と告げたあとも、残された家族が悲しむ声が本人に聞こえている可能性は十分にあるのです。
ただ、それを統合的に理解するだけの酸素が脳に残っているかどうかはむずかしい問題です。
(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)
168-170ページ 『脳がしびれる科学の時間』
著者: 長沼毅
2013年1月10日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 河出書房新社
つまり、デンマンさんは死をまじかに控えて 心の準備をしているのでござ~ますか?
何で僕が死をまじかに控えているのですか?
だってぇ~、デンマンさんは、まもなく飛行機でバンクーバーから成田に飛び立つのですわ。。。 すると、その飛行機はハイジャックされ デンマンさんが止せばいいのにスーパーマンになったつもりでハイジャッカーに立ち向かうので、ついに悪者たちが爆弾を破裂させて飛行機は北太平洋の上空で木っ端微塵(こっぱみじん)に破裂して、デンマンさんはあの世に逝くのでしょう?
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やだなあああァ~。。。 卑弥子さんは、どうして そのような人の嫌がる不吉な事を言うのですか?
なぜか、あたくしは夕べ そのような夢にうなされたのでござ~ますわァ。
あのねぇ~、そのような悪夢にうなされるような不吉な事は 当事者の前では言わないものですよ。。。 言霊(ことだま)というのを卑弥子さんも聞いたことがあるでしょう?
ありますわ。。。
人によったら、卑弥子さんの悪夢は悪霊のお告げだと思って予定をキャンセルして貨物船か何かで日本へ行くのですよ。
デンマンさんも、そうするのでござ~ますか?
いや。。。 僕は、人の言う事は どちらかというと疑ってかかる性格ですからね。。。 たとえ卑弥子さんが何と言おうと、もう予定は変えないのですよ。
。。。で、もし あたくしの悪夢が本当になったら。。。?
そしてら、卑弥子さんを恨んであの世に逝きますよ。
そして、デンマンさんがあの世に逝ってから あたくしを呪い殺すのでござ~ますか?
たぶん、そうなるでしょうねぇ~。。。。 うへへへへへへ。。。
あのォ~。。。、あのォ~。。。 今の悪夢のお話はウソですわァ。。。 実は、デンマンさんは無事に成田について、それから新幹線で京都に向かい、あたくしとエッチよりも感じるハグをして再会を果たしたのでござ~ますわァ~。。。 そういう夢だったのでござ~ますう。。。 うふふふふふ。。。
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あのねぇ~、今更、そのような事を言っても遅いのですよ。
分かりましたわァ~。。。 いつまでも下らない事を言っていると ここまで読んできたネット市民の皆様が他のブログへ飛んでしまいますから、なぜ“死んでも生きてる”のか? その理由を説明してくださいなァ。
だから、すでに僕が読んだ本の重要な箇所を引用したでしょう!
つまり、ただその箇所を引用しただけで、終わりにするのですか?
いや。。。 もちろん、それだけじゃ卑弥子さんを呼んだ意味がないですからねぇ~。。。
だから、もったいぶらないで細木数子のようにズバリ!ズバリ!と核心を突いてくださいなァ~。
あのねぇ~、実は、先月(9月21日) 僕はバンクーバー市立図書館でDVDを借りて次の映画を見たのですよ。
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■『実際のカタログページ』
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あらっ。。。 日本映画ではござ~ませんかァ!
そうですよ。。。 この映画は、それ以前に僕は見たことがあった。
それなのに、どうしてまた同じ映画を DVD を借りてみたのでござ~ますか?
日本語のタイトルが目につかなかったのですよ。。。 だから初めて観る映画だと思ってDVDを借りたわけです。
そしたら、すでに観た事があると思ったのでござ~ますか?
そうですよ。。。 しかも、僕は、その映画のことで記事まで書いていたのですよ。。。 卑弥子さんは覚えてないでしょう?
どうして。。。、どうして。。。、あたくしが覚えていないといけないのでござ~ますか?
なぜなら、その映画のことで卑弥子さんと対談しているからですよ。
マジで。。。?
だから、僕は卑弥子さんを呼び出したのです。。。 その箇所を引用するから読んでみてください。
卑弥子さんはナウい映画よりも時代劇の方が趣味なのですか?
だってぇ、あたくしは源氏物語を研究している者ですわ。 京都の女子大学では「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~♪~ますう。 当然、時代劇には関心がありますわ。
ローズティーには関心がないのですか?
もちろん、関心がありますわ。。。でも、今日はおとといの続きですわ。 11月19日には『ローズティーと生ツ八橋』というタイトルでお話して、『必死剣鳥刺し』がローズティーと生八ツ橋に関係あると、デンマンさんはおっしゃったのでござ~♪~ますわ。
よく覚えていますねぇ~?
まだ、おとといのことですもの。。。それで、上の映画のどういう所にデンマンさんは感銘を受けたのでござ~♪~ますか?
あのねぇ~、上の説明にも書いてあるけれど、映画の内容は現代にも通じるのですよう。 時代劇だけれど、人間普遍の物語として描かれている。
だから、具体的には、どういうことなのですか?
要約すれば次のようになるのですよ。
剣豪ゆえに陥る宿命に対し、
最後は己を爆発させる主人公の姿は
「人生のままならなさ」、
「人はいかに命を全うするか」という
永遠の問いを観る者の胸に刻みこむ。
そして文字通り激烈なクライマックスは、
邦画史における新たな神話となるであろう。
デンマンさん!。。。これは上の説明の中に書いてある事をそのまま書き出しただけではござ~♪~ませんか!
いけませんか?
ダメですよう! 引用でごまかさないでくださいなァ。 デンマンさんは実際に(成田からバクーバーまでの)飛行機の中で上の映画を見たのでしょう?
もちろんですよう。
だったら、ご自分の言葉で説明してくださいなァ。
分かりました。 卑弥子さんがそれ程までに言うのならば僕の言葉で説明します。。。まず次のニュース記事を読んでみてください。
(すぐ下のページへ続く)