カメラ試写の続きです。下鴨神社では紅葉が見られなかったので
清凉寺を訪ねてみました。
今年の夏に訪ねた折り、境内や庭園に楓がいっぱい植えられていて
秋には、さぞ・・・と思ったのですが。
〈多宝塔の前の紅葉〉
お寺の説明は今回はなし、前回とだぶりますからね。
今回は写真の羅列になります。
観楓(かんぷう)という言葉はあまり使いませんね。
もみじ狩りの方が一般的。逆に「さくら狩り」は聞きません。
「梅狩り」なんて言ったら果物狩りみたいだもんね・・・
どうも「狩り」という言葉は自然の中、特に山かな?に分け入って
何かを獲ってくる。そんなニュアンスがあるようです。
鹿狩り、猪狩り、植物で言えばキノコ狩り、柿狩りなんてね。
イチゴ狩りやブドウ狩りは農園や果樹園に行きますが・・・
もみじがお寺の境内や庭園に植えられるようになったのは
梅や桜より後のようです。
源氏物語五十四帖の巻の一つ、第7帖。に「紅葉賀(もみじのが)」
というのがあり、光源氏の建てた六条院の秋の町には紅葉が植えられて
いたと記されていますが、この頃はまだ、観賞用としてあまり庭園に
植えられてはいなかったようです。
平安貴族の紅葉の愛で方は、どうやら山に行き紅葉した楓の枝を
手折り、それを眺めて楽しんでいたってところでしょうかね。
桜とともに日本の四季を雅に彩ってくれる紅葉、
できれば優雅に観楓したいものですね。
2015.11/28、清凉寺にて。
清凉寺を訪ねてみました。
今年の夏に訪ねた折り、境内や庭園に楓がいっぱい植えられていて
秋には、さぞ・・・と思ったのですが。
〈多宝塔の前の紅葉〉
お寺の説明は今回はなし、前回とだぶりますからね。
今回は写真の羅列になります。
観楓(かんぷう)という言葉はあまり使いませんね。
もみじ狩りの方が一般的。逆に「さくら狩り」は聞きません。
「梅狩り」なんて言ったら果物狩りみたいだもんね・・・
どうも「狩り」という言葉は自然の中、特に山かな?に分け入って
何かを獲ってくる。そんなニュアンスがあるようです。
鹿狩り、猪狩り、植物で言えばキノコ狩り、柿狩りなんてね。
イチゴ狩りやブドウ狩りは農園や果樹園に行きますが・・・
もみじがお寺の境内や庭園に植えられるようになったのは
梅や桜より後のようです。
源氏物語五十四帖の巻の一つ、第7帖。に「紅葉賀(もみじのが)」
というのがあり、光源氏の建てた六条院の秋の町には紅葉が植えられて
いたと記されていますが、この頃はまだ、観賞用としてあまり庭園に
植えられてはいなかったようです。
平安貴族の紅葉の愛で方は、どうやら山に行き紅葉した楓の枝を
手折り、それを眺めて楽しんでいたってところでしょうかね。
桜とともに日本の四季を雅に彩ってくれる紅葉、
できれば優雅に観楓したいものですね。
2015.11/28、清凉寺にて。
近くにこんないいところがあって、すぐに行けて。
何度見ても紅葉はいいもんです。
ずっと見れないからまたいいんでしょうね。
いやー素晴らしいです。
カメラの性能を活かしきってますよ。
僕も何度みても紅葉はいいとおもいます。
フジのカメラはですね。。。
ほんとカタログスペックで現れない
素晴らしいですね。
結構穴場かも・・・
他の有名スポットのとはレベルが違いますが。
NikonやSIGMAよりもライトルームとの相性が良いことは分かりました。(^_^ゞ
これでX-T1が増々欲しくなってます。
カッパさんが撮ると、見慣れた景色も違って見えます
今週は嵐山花灯路やってますです
昔タクシーに乗って、「釈迦堂へ」と言ったら千本釈迦堂に行きそうになった事が
それ以来、嵯峨の釈迦堂と言ってます。
写真は不思議ですね、風景を切り取るから実際とは違って見えます。(^_^ゞ
嵐山花灯路、一度行きたいと思っているのですが、この時期は忙しくて・・・
釈迦堂ね、そりゃタクシーも千本釈迦堂に行ってしまうかもね。
子供の頃から今に至るまで「紅葉狩り」と聞く度に、紅葉の葉を集めて持ち帰るイメージが思い浮かびます。
眺めるだけなのに「狩り」なんてね(笑)
心の問題か・・・・・
それとも・・・・老眼の所為か
今年の紅葉はだめでしたね。
人の思うように自然はなってくれません。
いつも同じならいいかというと、それも面白くない。
年中桜の花が咲いていたら、感動しないですよね。
「狩り」になったのでしょうね。
私は紅葉だけに鹿狩りをイメージしてしまいます。
鹿肉のことをもみじ肉って言いますもんね。
あれは花札からきたのかな・・・