その④です。
二日目の旅程は、希望者のみというものの朝5時出発(^_^;)。魚見岳にご来光を仰ぎ、『下駄履き特攻』の指宿海軍航空基地跡に参拝して7時半にさくら館帰着。朝食をとって8時30分出発。トメさんのお墓に献花とお焼香。そして富屋食堂ホタル館へ。
とにかく私にとっての知覧の旅は、明久さんの存在なくしてありえません。今回も二日間、がっぷり四つでお付き合いくださいました。参加者の誰もが、明久さんのその姿に胸を打たれたと確信しています。



学び多き知覧を離れて、次は特別にある場所をご案内。今回唯一特攻に関係のない場所です。それは『西郷隆盛蘇生の家』。行徳先生が網小屋、あみごや、アミゴヤ、と言っている、西郷の生涯の中でも、極めて重要な場所です。幕末安政の大獄を期に、西郷にとって命の恩人とも言うべき月照が薩摩藩から追放されることになった。やむにやまれず、西郷は月照と共に船上から無理心中を図った。月照は溺死、しかしあろうことか西郷は漁師に救われて息を吹き返してしまった。西郷は武士です。恩人を殺して自分がおめおめと生きることなど到底できるわけがない。
しかし、西郷は死ななかった。後の明治維新で大活躍していく西郷。『土中の死骨』の西郷の激しい人生は、ここが転換点となって新たに始まったのです。西郷を語る上で、最も重要な場所だと言えるのです。

一度死んだからこそ、西郷は強かった。そこまでの経験はないにしても、私たちもどん底に落ちることがあるかもしれない。どん底に落ちたことがあるかもしれない。でもその時こそ、大きな転換点なのではないか。参加者の皆さんと、西郷が蘇った時に観たであろう同じ桜島の景色を見ながら、深く感じあったのでした。
次回は平成30年『特攻に学ぶ知覧の旅』最終回です。
ではまた。
おさむ
二日目の旅程は、希望者のみというものの朝5時出発(^_^;)。魚見岳にご来光を仰ぎ、『下駄履き特攻』の指宿海軍航空基地跡に参拝して7時半にさくら館帰着。朝食をとって8時30分出発。トメさんのお墓に献花とお焼香。そして富屋食堂ホタル館へ。
とにかく私にとっての知覧の旅は、明久さんの存在なくしてありえません。今回も二日間、がっぷり四つでお付き合いくださいました。参加者の誰もが、明久さんのその姿に胸を打たれたと確信しています。



学び多き知覧を離れて、次は特別にある場所をご案内。今回唯一特攻に関係のない場所です。それは『西郷隆盛蘇生の家』。行徳先生が網小屋、あみごや、アミゴヤ、と言っている、西郷の生涯の中でも、極めて重要な場所です。幕末安政の大獄を期に、西郷にとって命の恩人とも言うべき月照が薩摩藩から追放されることになった。やむにやまれず、西郷は月照と共に船上から無理心中を図った。月照は溺死、しかしあろうことか西郷は漁師に救われて息を吹き返してしまった。西郷は武士です。恩人を殺して自分がおめおめと生きることなど到底できるわけがない。
しかし、西郷は死ななかった。後の明治維新で大活躍していく西郷。『土中の死骨』の西郷の激しい人生は、ここが転換点となって新たに始まったのです。西郷を語る上で、最も重要な場所だと言えるのです。

一度死んだからこそ、西郷は強かった。そこまでの経験はないにしても、私たちもどん底に落ちることがあるかもしれない。どん底に落ちたことがあるかもしれない。でもその時こそ、大きな転換点なのではないか。参加者の皆さんと、西郷が蘇った時に観たであろう同じ桜島の景色を見ながら、深く感じあったのでした。
次回は平成30年『特攻に学ぶ知覧の旅』最終回です。
ではまた。
おさむ