元・還暦社労士の「ぼちぼち日記」

還暦をずっと前に迎えた(元)社労士の新たな挑戦!ボチボチとせこせこせず確実に、人生の価値を見出そうとするものです。

自筆証書遺言は、封書に入れ封をする、しない?

2016-01-30 18:15:16 | 後見人制度<社労士>
 封筒の封の有無は家族の状況によるが、封をしないメリット<相続手続が直ぐに。家族の疑心暗鬼を防ぐ。>は十分考える余地あり

 公正証書遺言は、証人の立会いの下に公証人に作成してもらわなければならないのでやっかいだが、自筆証書遺言は、自分一人で簡単に作成できて便利である。ただ、書き換えられる危険性がないかというと、ここが問題かもしれない。しかし、本当に手軽にできるし、書き方の基本は、自分の字で全文を書き、日付と自分の名前も自分で書き、これに印を押せば出来上がりである。ただ、訂正の方法は決まった方法でしないといけないのと、あいまいな表現があれば、死んだ人(=遺言者)に問い質すことができず、せっかく揉めないようにした遺言が、かえってトラぶってしまうことがあるので注意したい。

 さて、遺言書を書いたら、そのままでも「遺言書」の効力があるが、普通は、封筒に遺言書云々と書いて、その封筒に入れた方が恰好がつくし、遺言書が汚れたり破損防止になると思われる。

 ここからであるが、問題は、封はするのか、しないのかである。自筆証書の場合は、検認(家庭裁判所に提出しての検査)をしなければならない(民法1004条1項)ということは、良く知られているが、同じ民法の続く条文で、「封印のある遺言は家庭裁判所において相続人又はその代理人の立ち合いがなければ開封することができない」(民法1004条2項)となっている。封をすれば、結局、検印も開封も家庭裁判所に行かなければならず、別の言い方をすれば、開封は検印まで待たなければならないことになる。検認の手続きは1・2か月かかることになるので、それまで誰も見れない、もちろん相続人も見れないことになる。

 一方、封をしなければ、相続人が内容自体は見ることができるし、目にかかればだれでも見ることができることになる。ただし、自筆証書遺言の場合は、先に言ったように、裁判所の検印だけは済ませなければならない。

 そこで、封をするメリット・デミリットを、老活弁護士の大竹夏夫氏は次のように整理している。<封をしないメリット・デミリットは逆に考えればよいので、念のため> 
 ・メリット
  封をしておけば中身を見られないですみます。また、書き換えや入れ替えをされてしまうようなトラブルも防げます。
 ・デメリット
  いったん封をすると、裁判所で検認を受けるまで開けることができません。開けてしまうと5万円以下の過料に処せられます。

 封をすることは、裁判所で開けてみるまで内容が分からないと相続の手続きに時間がかかる点と、内容が分からない状態が続くことは、家族の関係にもよくない影響がある点を、同氏は指摘しているが、あまりまとまっていない家族の場合は、確かに疑心暗鬼が拡大することにもなりかねません。

 しかし、ある程度(ここは微妙表現)まとまっている家族は、どうせ裁判所で開けなければならず、裁判所で開けるまではということで、遺言の内容に従うことが皆確信している場合は、誰かがそれまで変なことをしない点でも、「良し」ということかも知れない。

 要するに、その家族の状況によって、封をする、しないを遺言者としては考えなければならないことになろう。

 一番いいのは、⇒<「付言」で遺産分割の理由を伝える>で言ったが、残された家族の了解を得てから遺言にしたため、封をすればいいことになるが、そうはいかない場合もあろう。

 そこで、封をしないデミリットをそうしないためには、貸金庫を持っている人であれば、そこに入れておくという方法もあるが、信頼できる人(第三者)がいれば、その人に預けるという方法もある。
 
 なお、封筒をめぐる誤解いろいろとして、氏は次のように述べています。
  「開けたら無効になる」とか「封をしていなければ検認はいらない」というには、どちらも誤解です。
  ⇒開けてしまっても有効(ただし、5万円以下の過料)、封はしてなくても、または封筒自体なくとも、検印は必要ということです。


<「付言」で遺産分割の理由を伝える>
<参考>著者大竹夏夫「はじめての遺言書マニュアル」(秀和システム)
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遺言で特定の人へ多めの財産分割は、「付言」でその理由を!

2016-01-22 17:59:01 | 後見人制度
 「付言」で遺言者の思いを伝えることにより、財産分割もスムーズに!!

 遺言において、子供は独立してうまくやっているし、長年連れ添った妻に全財産をやりたいとか、体の弱い子がいてその子のみにあげたいとかいうときに、「悪い」息子・娘がいた場合は、私の分はどうなるのというようなことになりかねません。

 法律的には、妻1/2、子1/2の分け前はあります。これを、遺言で取り分を決めしまうということになるわけですが、相続人のために最低残しておかなければならない財産の範囲(比率・これを「遺留分」と言います。)がありますので、これを上まわってしまった場合は、その相続人はその分を取り戻すことができます。(これを「遺留分減殺請求」といいます。) 法律の最低限の分け前(遺留分)は、法律で定まっている取り分の1/2です。(ただし、親・祖父母だけの場合についてのみ1/3です。また、兄弟の場合は、遺留分はない。) ですから、子1人で妻に遺言で全部相続させるとした場合についても、子の遺留分は、法律上の取り分1/2のさらに1/2ということで、1/2×1/2=1/4が遺留分ということになります。せっかく、妻に全財産を残したいとしても、遺留分を主張されたのでは、妻に生活費としてやっと残せたのに妻の取り分が少なくなってしまいます。

 こんな場合に、実務ではよく使われるのに、「付言」というのがあるそうです。一般的には、付言とは、付け足していうことですが、遺言でも末尾に付け足していうことばを指すようです。家族への感謝のことば、葬儀や法要の希望など自由な形で何を書いても構いませんが、法的な拘束力はありません。

 もともと、遺言できる事項は、法律で決められています。よく知られているのが、認知(結婚外でできた子供を自分の子と認めること)、ほかに、未成年後見人の指定、遺贈や遺言執行者の決定などである。最もよく出てくるのに、遺産分割の分け前を決めることですが、この分け前で不満のある者が出てこないように、また、円滑に財産分けができるようにするのに、この「付言」でその理由・思いを綴るといいといわれている。再度言いますが、この付言には全く法的な拘束力はなく、全く法的には意味をもちません。しかし、こうした理由を伝えることによって、他の相続人が、遺言者の意思を尊重し納得することもあるからです。

 ここで大竹夏夫弁護士は、著書「はじめての遺言書マニュアル」(秀和システム)において、財産分けで相続人以外の人に遺贈したり、特定の誰かに特に多く遺産を渡したりした場合等で、付言でなぜそうしたのかを次のような付言の例を挙げて、説明しています。短くてもいいので、相続を受ける人たちに、自分の気持ちが伝わるように、説得力のある文章にすることが大切です。

 1、配偶者にすべてを相続させた場合 
   付言  この遺言によって、私は、妻花子にすべての財産を相続させます。
      それは、今後の花子の生活に不安がないようにすることを第一に考えて記したものです。
       その意思を尊重して、子供たちには遺留分の請求などしないように望みます。

 2、がいるのに、甥の相続人以外に相続した場合
   付言  甥の啓太に預貯金を残すことにしたのは、早くに父を失って苦労してきたので、
      少しでも今後の生活に安心を得てほしいと思ったからです。
       また長男の一郎には、大学院卒業までの学費を提供しているので、この点も考慮して配分を決めています。
       みんな、父の思いを分かってくれると信じています。

 3、長男に多く相続させ、長男の妻にも遺贈した場合
   付言  長男浩一郎は、父一郎が残した店を継いでくれました。
      妻のさなえさんは、私と同居し病気がちな私をよく看病してくれました。
      おかげで(長女)と(次女)には迷惑をかけずに暮らして来られました。
      それを考え、このような内容にしています。
       皆が仲良く幸せに暮らせるように願っています。 
 
 ただ、一番いい方法は、生前に前もって、皆の了解を得ておくことだと思いますが、事によっては、そうもできない事が多そうですからね。
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地方公共団体の違法派遣受入(偽装請負)は当該労働者を直接雇用しなければならなくなる場合も!!

2016-01-16 18:17:54 | 社会保険労務士
 地方公共団体で協会・団体の職員に対し直接指揮命令をしていませんか。<偽装請負の恐れもあります>

 労働者派遣法の改正(H27.10.1施行分)の第40条の6については、企業については、大きな影響を受けると考えられていましたが、地方公共団体(都道府県・市町村等)もそれ以上に大きな影響を及ぼすかもしれません。というのも、地方公共団体にとっては、労働者派遣法という法律そのものが、いままで直接かかわってくることはあまりなかったようです。しかしながら、派遣法は、船員を除き、国家公務員・地方公務員を含めたあらゆる労働者、あらゆる事業に適用になります。ところが、あまり派遣労働者を使ったり、また逆に他の民間への派遣労働として派遣することはなかったようですので、いままで縁のない法律と思われていたようです。

 それが、この条文は、いわゆる派遣職員を使用するとかではなくて、「偽装請負」とみなされ実態は派遣と認められたときは、その請負業者の労働者を地方公共団体(都道府県・市町村等、以下「県市等」といいます。)で直接雇用しなければならない恐れが出てきたからです。「偽装請負」って何、違反行為はしていないといわれるかもしれませんが、まずは労働者派遣法第40条の6から順に説明して参ります。県市等において、本来、採用試験や面接を行い、厳正に採用していた職員について、この偽装請負をしたことによって、地方公共団体は試験採用を行うことなく、またなんら採用の意思がないのにかかわらず、その請負をしているところの、そこで働く労働者を直接に採用(強制採用)しなければならないことになりかねません。県市等においては、罰金を払うことならまだすぐにできるアクションですが、直接雇用しなければならないという地方公務員上どうかというような、こういった事態は是非とも避けなければなりません。

 派遣法第40条の6 労働者派遣の役務の提供を受ける者・・が、次の各号のいずれかに該当する行為を行った場合には、その時点において、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し、その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申し込みをしたものとみなす。ただし、労働者派遣の役務の提供を受ける者が、その行った行為が次の各号のいずれかに該当することを知らず、かつ、知らなかったことにつき過失がなかったときは、この限りではない。
 1 派遣禁止業務への派遣受け入れ 2 無許可等の派遣元からの派遣受け入れ 2 派遣可能期間の制限を超えての派遣受け入れ 4いわゆる偽装請負に該当する場合

 派遣先が採用する意思があるかどうかにかかわらず、違法派遣を行った場合はそのペナルティとして、違法行為を行ったその時点をもって、派遣先から当該派遣労働者に対して、同じ労働条件で労働契約の申し込みがなされたものとみなされます。いわゆる「派遣先からの擬制の労働契約の申し込み」がされることになるのです。それに対して、派遣労働者が承諾の意思表示を1年以内にすれば、契約の理論に従って、申し込み・承諾という合意がなされたことになり、労働契約成立となります。その契約の成立により、派遣された労働者は、派遣元の労働者から、派遣先に直接、雇用された労働者ということになります。いままで、契約は合意のもとに成立するということでしたが、「擬制の申し込み」がなされるとはいえ、いや、実際は派遣先が申し込んでいないのに、派遣先との間で労働契約が成立するという、違法派遣のペナルティとはいえ、いわば強制的な、従来にない契約の根幹をゆるがすような規定となっております。

 さて、違法派遣とは、1、2、3、の派遣禁止業務への派遣受け入れ、無許可等の派遣元からの派遣受け入れ、派遣可能期間の制限を超えての派遣受け入れは、いずれも派遣を使用していなければ、全く関係ない条項ですので、違法派遣に問われることはありません。ところが、問題は4のいわゆる偽装請負に該当する場合ですが、実態は「派遣」なんですが、派遣の受け入れ側が派遣と認識していない場合が考えられます。

 この偽装請負とは規定によると、「労働者派遣法等の適用をまぬがれることを目的として、派遣契約を締結せずに派遣労働者を受け入れる」ことを言います。一般的な例としては、請負契約を結んでおき、請負事業の独立性に反して注文主が請負事業者に直接指揮命令する事例が該当します。その偽装請負として取り上げられた判例があります。
 『請負契約においては、請負人は注文者に対して仕事の完成義務を負うが、請負人に雇用されている労働者の具体的な作業の指揮命令はもっぱら請負人にゆだねられている。よって、請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内(事業所・事務所内)において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、たとい請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても、これを請負契約と評価することはできない。そして、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、(請負人・注文者・労働者の)3者の関係は、(*1)労働者派遣に該当すると解すべきである。』(パナソニックプラズマディスプレイ事件 H21.12.18最高裁)

 県市等においては、○○協会や○○団体というようなものと同じ室内において仕事をしているようなことが見受けられます。当然仕事の内容は、県市等に関連する仕事ですし、同じ机を並べているわけですが、本来は県市等とは別の組織のはずです。そこで、県・市等の仕事をその協会・団体に委託(?)していても、本来は独立しているのですから、協会・団体そのものに対してその仕事についての説明をやるべきですが、同じ場所にいる関係上、日常的に指揮命令が直接そこの職員にしているというような場合が考えられます。すなわち、本来許可を受けて派遣業者(=派遣元)として行うべきなのに、許可を受けてない協会・団体から労働者を派遣してもらっていると考えられ、偽装請負となる恐れを生じます。上のパナソニックプラズマディスプレイ事件において、「注文者」を「県市等」、「請負人」を「協会・団体」、「請負人に雇用されている労働者」を「協会・団体に雇用されている労働者」と言い換えれば、同じ構図になっていることが分かります。本来は、協会・団体の職員ですから、指揮命令は協会・団体の上司が命令を下さなければならないところ、県市等から直接指揮命令が出されると、偽装請負の構図が生ずる恐れが生じます。

 国から「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準を定める告示」(昭61労告37号)が出されていますが、その要件をめぐっては議論があり、この偽装請負認定については、はっきりした区別が難しいところもあります。新たな設備の借り入れの初めての技術指導等は、本来の請負においても行うことは認められていますが、日常的に技術指導を行うことまでも認められているとは言い難くところでしょう。指揮命令と取られかねないことになり、偽装請負になる恐れもあるところでしょう。

 いずれにしても、県市等においては、協会・団体の業務とその指揮命令等について、整理をしておくべきでしょう。でないと、偽装請負と認識した労働者(=協会・団体の職員)がいた場合は、その時点で、県・市等からの労働契約の申し込みを受けたと労働者は捉え、承諾の申し込みをすれば、県市等と労働契約成立と捉えかねられません。そこで、県市等としても、その労働者の労働提供を拒絶をすれば、厚生労働省県労働局需給調整事業課がどうなのかを判断する(行政として、助言・指導・勧告等の所管、助言・指導・勧告等は法第40条の8)ことになりますし、労働者は直接裁判に訴えることもあり得ます。そうなれば、県市等としても、対応に追われますし、それだけの時間と労力の無駄となります。ちゃんと、疑問のないように整理しておくべきでしょう。
 ただし、国・地方公共団体が当事者となった場合は、違反行為の終了日から1年の猶予期間をもって、採用等の措置を講じるとされているところであり、地方公務員法等の関係ですぐに採用はできないことなどの関係でしょうか、1年の猶予期間が設けられています。(法40条の7)

 *労働者派遣とは、自己の雇用する労働者を当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることを言います。一般の労働者は、雇用主と働く職場の主(=使用者)が同じですが、派遣労働者は雇用主と使用者が違い、働く場所が雇用主ではなく別の使用者ために、使用者の職場で働くことになります。いわゆる、「雇用」と「使用」の分離がなされます。

参考;雇用法改正 日本経済新聞出版 安西愈著
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有期の黙示の労働契約更新は無期に転換か、同一の条件での期間更新か

2016-01-12 01:34:09 | 社会保険労務士
 同一条件での期間更新の解釈の方が時代の変化(解雇濫用法理の確立)にあっていると思われる

 例えば、3か月の有期労働契約を結び、3か月の契約期間が過ぎても、契約期間の更新をせず、そのままその労働者が出勤して働き、使用者もそのまま何も言わず認めているいうことはないだろうか。さすがに最近ではあまり見かけなくなったようであるが、というのも、そういうことをしていると、いざ雇止めをしようとする場合に、困難な状況に使用者が陥ることが認識されるようになったからだと思われる。

 この黙示の契約更新については、民法629条で次のように述べられている。

 「(有期労働契約において)雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事する場合において、使用者がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の雇用と同一の条件でさらに雇用をしたものと推定する。この場合において、各当事者は第627条の規定により解約の申し入れをすることができる。」(民法629条) すなわち、更新をしなくて労働者が引き続き労働に従事して、使用者も何も言わない時は、「従前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたもの」と推定されるといっているのです。

 更新後は、前と同一の条件で雇用ということですが、例えば、賃金、労働時間、勤務場所、勤務内容などは、前の条件で雇用されるということなのですが、雇用の期間だけは、ちょっと検討が必要です。というのも、続く条文で、「この場合において、各当事者は第627条の規定により、解約の申し入れをすることができる」となっています。なーんだ解約について記したものではないかと思われるかも知れません・・が、確かに民法627条は解約の規定ですが、民法627条をよーく見てください。

 627条「当事者が雇用の期間を定めなかったときは各当事者はいつでも解約の申し入れをすることができる。」
となっており、雇用期間を定めなかった(=無期労働契約)場合の解約になっています。黙示の期間更新を規定した629条は、私が( )書きで条文を書き足していましたが、これはあくまでも有期労働契約についての規定です。したがって、黙示の契約更新した場合にあっては、その労働契約の期間について、有期労働契約であったのが無期の労働契約に移行するとの解釈が定説になっていました。
 
 そして、「第627条の解約の規定により」とは、無期の労働契約になった上で、解約申し入れはいつでも可能とする規定だったのです。

 しかし、これもおかしいと思いませんか。民法627条は、労使双方ともいつでも解約できるとしていますが、今では無期労働契約であっては、使用者は解雇をするときは、簡単にはできません。期間の定めのない無期の労働契約の解雇については、裁判で解雇権濫用法理が確立され、労働契約法においても、その内容が盛り込まれました。解雇権濫用法理とは、「解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を乱用したものとして無効とする」というあの規定です。民法627条は、無期労働契約において、いつでも労働者からでも使用者からでも解約できるとしたところですが、少なくとも使用者が解雇する場合においては、いつでもできるとは限らず、「客観的に合理的な理由」かつ「社会通念上相当」かどうかという眼を通して、行わなければならないということです。

 そこで、素朴に629条の黙示更新の規定は、解雇濫用法理ができる前からの規定でして、契約更新後は、更新後無期契約になっても、民法627条の規定によって、使用者もいつでも解約=解雇ができる時代でしたので、それはそれでよかったのですが、解雇権濫用法理が確立されてからは、なかなか使用者の解雇が困難になってきました。

 そこで、新しい解釈として、黙示の契約更新をしても、更新後の契約の期間も従前と同じとして、当初のケースでいうと更新後も3か月の労働契約の期間は変わらず、もちろんその他の賃金等も前と同じ条件で契約したと推定するものです。そうでないと、3か月の有期契約で雇ったアルバイトを、契約更新をせず、3か月を経過して雇ってしまった場合は、解雇がなかなか困難な、雇止めということももちろんできない無期契約になってしまうというのは、実態からしておかしいといえ、契約期間も同じ3か月として更新されると考えるべきであるとしているところです。

 判例は、更新契約後も同じ契約期間としたのは、平成15年のタイカン事件(東京地裁)で支持されているが、無期に変わるとしたものも平成9年の紀伊高原事件(大阪地裁)等の最近までみられるところであり、立法的に整理し解決した方が良いように思われる。

 参考;雇用法改正 日本経済新聞出版 安西愈著
 なお、黙示更新後も契約期間が同じ条件とするのは、菅野和夫「労働法(第10版)p228」に詳しく述べられている。
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気に入らない上司にはどんどん相づちを打とうよ!!<ウマが合う⇒補論2>

2016-01-01 15:23:25 | 社会保険労務士
 学ぶは真似るから始まる<学ぶと真似るは同じ語源>

 職場研修のときに、聞いたことがある方もいると思うが、「まねぶ(学ぶ)」と「まねる(真似る)」は同じ語源だという。私は研修で聞いたとき、「学ぶというのは真似るから始まる」という重要性を話すための、研修講師のこじつけであるのではないかと初めは疑問に思っていた。しかし、最近、パソコンで語源由来辞典を見たとき、学ぶの語源は、「真似ぶ(まねぶ)」というのは本当らしい。「真に似せる」ということから、まねやまねぶが生まれ、そこから、まなぶという言葉も生まれたといわれている。 ※1

 子供でも、言葉を覚えるときや箸の使い方でも、見よう見まねで覚えていくのであって、見よう見まねは学びの基礎である。その意味からいうと、猿まねというが、そこから学びは始まるのである。これらの真似る=学ぶ行動は、親子等の信頼関係のある人同士の間に生じると考えられる。これは、ウマが合う者同士も言えることであって、お互い尊重しあい、自分にないところは学び=真似るのであって、ますますウマが合う関係になるのである。

 ウマが合うというのは、いうならばこの「同調」しあうような者同士の仲をいうことである。一方、上司と仲が悪いというときには、いろんな面での考え方の違いが生じるときに多いようである。そうであるならば、逆に、上司の気に入っている部下の言動が、上司の言動に似ている場合は、ウマがあうことになる。これは、人間関係を円滑にするものとしての「類似性の法則」※2である。

 初めて会う人同士が、相手の動作等をまねしながら話すと、相手は好意的な評価をすることが心理実験で知られている。そこで、上司との間で言うと、服装や癖であからさまにまねをするというのは、あまりにもお前おれをおちょくっているのかとなるが、ゴルフ等趣味で合せられる人は、その関係はうまくいくかも知れない。

 そこまでしなくても、「うなずき」「相づち」をすることである。相手が意見を言っているときに、相づちをうつのである。会社の面接試験のときを思い出してほしい。数人の面接官がいて、その中の一人がうなずいているときには、あなたはその人を見ながら話をし、さらによく話ができたと感じるはずである。一方、面接官がいずれもうなずきもせずに、にこりともしなかったらどうでしょうか。とても、しゃべれない雰囲気をかもしだすことになる。面接官のうなずきは、自分の意見が評価されていると感じ、熱心に聞いてもらうと感じ、より多くの発言に結びつくからと考えられる。※3

 気に合わない上司には、まず、相づちを打つことから始めましょう。しかし、どこからか聞こえてきるようです。相づちを打てる相手なら、すでにそういうことはしてるよ。できないから、苦労している、気が合わないんだと。※4

※1 自分の無知を恥じ入ります。最近まで、こじつけ論であると思っていました。
※2 似た者同士が寄り合うという法則
※3 アメリカのマタラッツォの警察官・消防官の採用の際のうなずきの有無による心理実験がある。
※4 相づちをうつのは、自分自身無理にしなければできないことは感じていますので・・・

 参考;ウマが合う人合わない人 樺旦純著 PHP文庫

ウマが合う、合わないとは<その1>
ウマが合う、合わないとは<その2>
ウマが合う、合わないとは<補論>
 
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