元・還暦社労士の「ぼちぼち日記」

還暦をずっと前に迎えた(元)社労士の新たな挑戦!ボチボチとせこせこせず確実に、人生の価値を見出そうとするものです。

国債発行残高の拡大大丈夫・通貨発行残高の制限は?金本位制・貨幣数量説・MMTとは?

2025-01-04 14:42:02 | 経済・歴史

 国債は未来に禍根を残すのか?未来への投資では・・・ 国債の残高は実質ゼロ

 2025年の国の予算案は、115兆円超で国債額は28兆円超。日銀の国債残高576兆円。財務省広報パンフレットによれば、普通国債残高は1029兆円で国民一人当たり823万の借金になるという(22年度末)=大変だ、大変だ~。

 古典派の経済学は、財政均衡主義を取ってきた。税収等収入の範囲内で使うのが原則。ところが、1930年代に、ケインズ経済に理論的支柱を得て、不況時にアメリカ政府が積極的な財政政策(赤字財政・ニューディール政策)を行って乗りきった。ケインズは、積極的な財政政策により景気を刺激するんだけれも、逆に景気回復の局面にきたら、財政の健全化すなわち赤字回収に努めることが原則としたのです。しかし、実際は、政治的要因が主であろうが、一度予算化したら縮小はできず、景気回復時でも予算の健全化はできないというのが各国の実情ではないかと思うのです。それが、現在まで続いているのです。 

 財務省は、財政赤字をこのまま続けることは、国債の信用がなくなり、通貨の信用にも悪影響を及ぼすというのだ。そこで、そもそも、日本銀行が発行する通貨の量は、制限はあるのか。ないとすれば、極論をいえば、紙幣を刷ればいいだけということになるのだが・・・。

 20世紀の前半においては、(※1)金本位(兌換)制が基本にあって、ドルと金との交換(約束)を前提としていましたので、アメリカが保有する金の量より多大にドルを発行することは抑えられていたのです。日本の円もアメリカドルとの交換比率があったので、円もドルと連動していました。この時代には、金との交換比率の範囲において、制限があったのです。

 ところが、アメリカがベトナム戦争等において経費を使い果たしたため、金との交換を停止しました(ニクソン・ショック1971年)。ここから、金との相対によって通貨の発行に制限があった通貨量は、中央銀行の管理の下のみによって、決められるということになります。

 現実の通貨量を表す計算式が、フィッシャーの貨幣数量説です。                                           <MV=PT>  M=マネーサプライ(貨幣供給量) V=貨幣の流通速度(一定) P=物価水準 T=取引量(一定)     ここで、V=貨幣の流通速度 と T=取引量が一定であれば、M=貨幣供給量を増やせば、p=物価水準 もそれに応じて上昇します。 V・Tが一定であればと言う前提ですが、現実には、景気の拡大・縮小に応じて、多少、上がったり下がったりするように思われます。この貨幣数量説は、例えば第一次大戦後のドイツ経済が、国の貨幣乱発によりハイパーインフレーションを起こしたような大きな動きには説明できる。また、インフレ時に貨幣供給量を抑えるなどの理論的な原理としてはもっともなものである。しかし、貨幣供給量の増加に関しては、それ以下のもの、それ以上のものではないのであって、生産や雇用の増加に結びつくものではなく、貨幣は貨幣(透明人間的)なのである。また、事後説明には、これ以上のものはないのであって、事後的説明に利用可能な計算式なのである。

 そこで、あくまでも、貨幣数量説は、通貨量を決める大雑把な説明にはなっており、現実の予測経済は、それだけでは把握しきれない。事実、日本経済を管理する日銀は、成長率、インフレ・デフレ、通貨の信用・信頼、為替相場等の詳細なデータを分析して通貨流通量を決めていると思われます。

 最近、MMT(経済貨幣理論)というのが浮上している。これは、従来の経済学の常識からしたら、トンデモ経済学になるのだろう。今、私は、勉強中でナントもいえないが、これが一理あるように思うのだ。国家が自国通貨を発行する場合、財政赤字を気にせずに政府支出を増やすことができ、自国の通貨で借金をする(赤字国債等)限り、財政破綻は起きないというもののようです。従来の説と違うのは、財政均衡を取る限り、政府の支出には制限があるのだが、MMTでは、これを赤字国債で賄っても、なんら問題はないというものです。国債は、極論すれば、新たに発行される通貨で返済できるというものです。(れいわ新選組の山本太郎氏の話では、彼はこれによっているものと思われる。)

 私の今の感じ方からすれば、自国での国債を消化する限り(なお85%を国内投資家所有)、また、日銀が市中からの国債取得を最終的に引き受ける限り(日銀の直接引き受けは法律上禁止。)は、大部分は国内での債権・債務者ということになるので、国内での債権関係は、プラス・マイナス・ゼロ(に近い)となる。国債を発行した国にとっては、負債であるが、国内全体で考えれば、債権者もおり、国内経済としては、債権・債務関係はゼロになる。この意味からすれば、この理論は、全く「トンデモ経済学」ではないように思うのだ。

 ただ、少なくとも、インフレが進行するようになれば、それは通貨量が過大ということになり、この時点が通貨量制限となるのではないか。ただ、どこで、どの程度のインフレがあれば、制限となるかは、今後の検討課題とはなるのだろう。

 国債が将来の若者世代に負債を負わせるからダメだというのも、逆に、現実には国債そのものは全世代で買っているので、これは当たらないように思うのだ。むしろ、国債だからこそ長期的な支払いが可能(長期債務の分散)となり、未来への投資的なものも考えられるのではないか。

 なお、国の借金額の多さであるが、森永卓郎氏は、国の公表している連結貸借対照表を示し(2020年末)、負債額は1661兆円であるが、資産とプラスマイナスすると負債は3分の1程度で540兆円になり、さらに日本政府の持つ「通貨発行益」の532兆円を合わせると本来の純債務は、(※2)8兆円に過ぎないとしている。(ザイム真理教 森永卓郎 p54~)

 (※1)なぜ金本位制であったのかは、歴史的経緯からは説明できる(金等の希少なものが使われていた)が、なぜ金と交換を約束しなければならないのかは、必ずしその理由はない。ニクソン・ショックにより、金本位制は廃止されたが、通貨を国が責任をもって管理する以上(信用上)は、問題ないともいえる。しかし、どれだけ流通量を増やすかについては、以下の議論から分かるように不確かなのである。

(※2)そうであれば借金額は、ほとんどないことになり、MMTの理論を借りなくても十分まだ国債を発行する余力を残していることになる。

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ヨーロッパの国々の国民性=ステレオタイプの見方ではあるが歴史・気候・文化等により考えられること

2024-08-17 16:37:16 | 経済・歴史

 ヨーロッパの土産品の絵葉書に書かれた「完璧な欧州人とは」

 今でこそ外国人を町でよく見かけるようになったとはいえ、私のように田舎育ちでの人間にとって、外国人とあまり話したこともない人間にとっては、ヨーロッパの人々について、ドイツ人もイギリス人もフランス人も全く分からないというのが実情だ。池上彰さんが「世界情勢のきほん」(歴史で読み解く!p193)の中で、それぞれの国民性について、ヨーロッパの土産品として「完璧な欧州人とは・・・」と書かれた絵葉書を紹介しています。

〇 イギリス人のように料理上手で           〇 フランス人のように運転マナーがよく                  〇 べルギー人のようにいつでも対応可能で       〇 フィンランド人のようにおしゃべりで            〇 ドイツ人のようにユーモアがあって         〇 ポルトガル人のように技術が得意で            〇 スウェーデン人のように柔軟性があって       〇 ルクセンブルグ人のように有名で                 〇 オーストラリア人のように我慢強くて        〇 イタリア人のように落ち着いていて               〇 アイルランド人のようにしらふで          〇 スペイン人のように謙虚で                 〇 オランダ人のように気前が良くて          〇 ギリシャ人のように片付け上手で              〇 デンマーク人のように慎重で

 絵葉書で売られているということは、一般に知られているようにその国民こくみんにはそういった「国民性」が見られるということだろう。ただ、そういったステレオタイプの見方をする時には、特定の、その一人ひとりの国民については、その人それぞれの独自の性格等がみられるということを考えておかなければならないのは言うまでもない。

 しかし、それでも、こういった国民性が見られるということの背景には、それぞれの国民には、その国々の歴史とか気候とか、それによって出来上がった文化とかによって、培われたものがあると言えるのだろう。

 ここまで、何となく読んでこられた方は、例えば「イタリア人は落ち着いているの」と思った方もいらしゃると思うが、これは絵葉書の題目にあるように「完璧な欧州人とは」ということで、実際の国民性は、反対のものだということ、イタリア人は、逆に概して落ち着きがないことを皮肉っているのです。ということは、フィンランド人は実際は「無口」(おしゃべりの記述)、ドイツ人は実際はユーモアを解しない(ユーモアがあるとの記述) オランダ人は実際はしまり屋(気前がよいとの記述)ということになるのです。

 同じヨーロッパの中で、これらの国々が相互理解することは必要なことだと思いますが、多分絵葉書に書かれているようですから、多分、それぞれの国民はあの国民はこうだということを十分知ったうえで、付き合っているのだと考えます。

 最後は、引用した本の紹介(世界情勢のきほん)になりますが、これらのヨーロッパの国々だけでなく、アメリカ、中国、ロシアそしてグローバルサウスの国について、池上彰流に分かり安く、地政学の観点だけでなく、歴史的視点からどういうふうに国が出来上がったのかを明らかにしています。私みたいに、外国オンチに進める一冊です。これを読んで、ロシアのプーチン政権がなぜ疑い深いのか、なぜ好戦的なのかが分かったような気がします。  

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NHKプラタモリ「高千穂」;高千穂峡・眞名井の滝・水神様・棚田の成立を地質学・歴史的に解明

2023-01-22 05:18:53 | 経済・歴史

 子供の頃遊んだ「用水路」の由来、こんな歴史があったのだ!!<神話の里・高千穂はどうできた?>

 NHKの23年1月21日(PM7:30)放送のプラタモリを見ていただきましたでしょうか。観光地の九州の高千穂(宮崎県)が取り上げられていました。観光として訪れた人にとっては、なんであんな風景が広がっているのかという不思議を説き明かしてくれることになりましたでしょうし、私のように高千穂出身の者にとっては、今の高千穂を科学的に説明されことにより、巣立った高千穂のよき姿を改めて、見直す機会になりました。

 プラタモリは、私の場合は、散歩の時間でいつもは見ていないわけですが、縁あっての頃良い「連絡」もあり、VTRにて見ました。そこでは、タモリさんの絶妙な語り口と地質学や地元の歴史家たちの解説を加えて、「高千穂」がいかに作られたかを説明してくれました。高千穂峡の観光地のあの渓谷のすばしさを見せながら、そびえ立つ巨大な柱状節理(柱状の岩の割れ方)のでき方や、なぜ神話に出てくる「眞名井の滝」があそこにあるのか、地質学(阿蘇山の溶岩流が流れた経緯)の解説を加えています。

 そして、その観光地・高千穂峡を見たとき、水が豊富にあると思いきや、昔は、生活用水にも困り「水神様」を地区のいたるところに祭り、貴重な「水」に祈りをささげていたという事実。天保の大飢饉を境に村をあげて一大事業として山の上の水源を基に用水路を張り巡らし、今の有名な「棚田」の風景が出来たということ。高千穂峡の絶景から、棚田の風景のすばらしさを結び付け、そしてそれには高千穂の人々が生活の困窮さから(特に「水」に焦点をあてる。)脱するためどうしたかを、科学的に説明してくれたのだ。私、高千穂出身の者にとっては、神話の世界は、いくぶん語り継がれたものもあって知っているところもあるが、地質学的に、また歴史的に、こういった「科学的な」高千穂の説明は聞いたことがなかった。「プラタモリ」の番組に感謝したい。

 実は、高千穂を紹介されるたびに思っていたのは、民俗(学)的な視点から、古来から受け継がれている風習を取りあげ、それだけならいいのだが、今では存在しないようなものまで現在も残っているような取り上げ方で、「面はゆい」思いをしたものだった。現在の捉え方をきっちりするならば、民俗学的な視点はもちろん否定するものではなく、必要なものであろう。プラタモリでは、そういった視点ではなく、現代と地質学的な時代を結んだ、すなわち「う~万年」前の阿蘇山の大噴火にその根源を発し、それらを科学的に結び付け、現在の高千穂の風景を説明してくれた。見事である。

 今も流れている(と思われる)山間を流れる「(用)水路」。田んぼに供給される水であることは知っていたが、こんな歴史があったとは驚きである。よく夏の暑いときには、子供の頃その水で遊んだものである。そして、誰かがそこでおぼれたためか、何時ごろからか学校ではそこでの遊びが禁止された記憶があるが・・・。その用水路にそんな歴史があったとは。

 見逃した方は、特に高千穂に由来を持つ方、プラタモリ(高千穂)を「NHKぷらす」(登録すれば簡単に見れる)では、まだ1週間見れますので(‘23 1月28日同放映時間終了まで)、是非ご覧ください。

   

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「インフレ手当」の経済効果を国は考えて<所得税は課税!社会保険料控除はちょっと疑問?>

2022-10-22 13:41:04 | 経済・歴史
 国の財布も痛まない「せっかく企業が考え出したインフレ手当」を経済政策に生かす!!

 エネルギー価格や急激な円安を背景に、食料品や日用品の値上げが相次ぐ中、企業が従業員に「インフレ(特別)手当」を支給するところが相次いでいる。 手当の特別の名目が示すように、一回限りとしているものが多いが、一定期間に行うといった様子見的なところもあるようだ。ただ、企業収益も悪化するなかで、積立金を行ってきた大企業はまだ出せる余地のあるところはいいが、中小企業やさらには小規模事業ではそうはいかないところも多い。
 イートアンドホールディングス ・社員など約480人が対象 ・10月支給分から一律8000円を毎月の給与に上乗せ
 サイボウズ          ・海外拠点を含む1000人が対象 ・日本では最高15万円を支給
 ケンミン食品         ・在籍期間に応じて1万~5万円を7月に支給
 ノジマ            ・社員と契約社員約3000人を対象に7月から毎月1万円を支給
 大都             ・会社員29人に一律10万円を7月に支給       (共同通信社・宮日新聞報道)

 以下、論点を明確にするために、インフレ手当を一回限りのものとして、限定して論じていくこととします。

 ところで、このインフレ手当は、所得税に課税されることには間違いなさそうだが、社会保険控除の対象になるかについては、不明確であったようだ。すなわち、社会保険料の対象からは、臨時的なものは除かれておりますので、この臨時的かどうかをめぐって解釈が分かれたようです。そこで臨時的とは「支給時期の発生、原因が不明確なものであること」と厳格に考えられていますが、インフレ手当を一時金で支給する場合は、一度きりの支給であり、金額も1年間の物価高騰の影響を考慮して決めるとのことですので、きわめて臨時的なものであるように考えられます。よって、社会保険料の対象から外してもよいように思えます。 

 しかし、年金事務所の見解では、一時金を「臨時的なもの」として、社会保険料の算定基礎に含めない扱いは、「極めて狭義に解するもの」とされている関係から、インフル特別手当は一時金であったとしても、賞与扱いとなり社会保険料の算定基礎に含める必要があるとのことである。(「社労士・井口克己の労務Q&A」のオンライン記事による。)
 
 いずれにしても、このような問題は課税とか社会保険料の控除をどうするのかといった考えは一応置いといて、経済的側面から、企業がわざわざ困窮した従業員のためにお金を支給しているのだから、これら全部免除するぐらいの制度として考えて欲しいものである。企業が自分のところの従業員のために支出するのだから、政府として自分の財布はいたまないのだ。もともとの発想は企業が「インフレ手当」を考えだし、政府が国民のために一般の生活困窮者に対しての給付とかを検討すると言うことになったようだ。

 そうであれば、この際、企業の考え出したこの「インフレ手当」を手取りで、そのままの額で従業員にわたるようにしてもらいたい。社会保険控除は、約15%取られるようになっているので、これが取られるとぐんと少なくなるのだ。さらに所得税が課税されるのだ。これでは、経済効果の点からいって、多くの損失になるのだ。かっての国の支給する特別定額給付金等においては、非課税であったことから考えると、国の支出と企業が支出するものと差異が感じられてならないのだ。

 ただし、企業側は小回りが利くからで支出しようと思えば容易とはいわないが、国の制度ほどではない。一方、国の制度をいじるとなると法律の兼ね合いもあり、相当の期間が必要になることは分かる。そこをどうにかならないのか、私の「つぶやき」を少しでも聴いてもらいたいのだ。

 <追伸> 「臨時的なもの」を社会保険料の対象外とするものとして、次のような通達があります。
 
 「臨時ニ受クルモノ」とは、被保険者が常態として受ける報酬以外のもので極めて狭義に解するものとすること。例えば、①従前に賞与として、一年に一回又は二回の支給を受けていた者が給与の慣行として毎月分割支給を受けるもの、②飢餓突破資金として、二月又は三月目毎に支給を受けるもの 又は③遡及して昇給が認められ、その差額として二月又は三月目毎に支給を受けるもの等は、その支給を受ける実態が、被保険者の通常の生計に充てられる性質のものであるから本法に所謂報酬(賃金・給与等)の範囲とすること。(昭和23(1948)年7月12日の通達「改正健康保険法の施行に関する件(抄)」) 

 ・井口社労士さんが、年金事務所に問い合わせた結果が報告されている。
 年金事務所に「インフレ手当」の一時金について、社会保険の算定基礎に含めるべきか確認をすると「物価上昇のため生活費を補填する手当は一時的であっても、従業員が負担すべきものに対する補填となり報酬に含めるように」と回答を受けたとのこと。これは1回限りの支払いであっても、「被保険者の通常の生計に充てられる性質のもの」となるものは、「極めて狭義に解するものとすること」に則って、臨時に受けるもので社会保険料の算定基礎から除いてよいものにあてはまらないと判断されたものと推察されます との記事があります。(「社労士・井口克己の労務Q&A」のオンライン記事)

 しかしながら、私としては、この上記の年金事務所の回答は納得できないところです。当該通達の具体例として示す「被保険者の通常の生計に充てられる性質のもの」とは、①②③のように「給与の慣行」とか「分割」「二月又は三月目毎」とかであって、今回のサイボウズの例のような1回限りで継続的でないというようなものではないのです。そもそもサイボウズの場合は、海外に拠点を置く事業所があり物価高が相当なものとなっていることから、日本を含めて従業員を救済するために、一回限りの救済策として、特別手当を出すことになったようです。敷衍して申し上げると、突然で予期せぬ出来事(物価高騰)に際して、一回のみの手当を支給するということで、これぞ「臨時的なもの」と言わずしてどうなんだという疑問です。

 なお、会社から支給されるものであっても、病気の見舞金や災害見舞金等の「事業主が恩恵的に支給するもの」は、もともと「報酬」(賃金・給与等)には該当しないされているところで、社会保険料の対象とはならないとされています。この範囲には「インフレ手当」は含まれないと考えられるところです。






 
 
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財閥解体・農地改革によりスイスを目指すがマッカーサーの理想にはならず<憲法の地方自治においても/戦争の定義>

2022-08-20 10:44:16 | 経済・歴史
 「地方公共団体」は「地方自治の本旨」に基づく運営を取り戻す時代ではないか<マッカーサーの考えた地方自治とは>

  1945年8月15日日本は太平洋戦争で降伏し、翌8月30日に占領軍が厚木基地に到着したが、その日本の連合軍(GHQ)の最高司令官はマッカーサー元帥であった。改めて思うに、日本は敗戦国であって、相手のアメリカの占領「軍」の指揮下におかれたということである。これから約6年間は、占領「軍」という軍の占領政策による「政治」が行われたといってもよい。この日本における占領政策は、日本が戦ったアメリカによるのものであって、ドイツのように分割してアメリカ・イギリス・フランス・ソ連が分割して行うものではなかったので、アメリカの一存で、しかも主な決済はマッカーサーに委ねられたといってよい。例えば、天皇制を象徴天皇として残したのも最終的にはマッカーサーの本国への報告に基づくもので、マッカーサーが天皇制を占領政策に利用したというのは事実であろうが、マッカーサーが戦争の責任は全て自分であるといった昭和天皇の潔さにほれこんだからだともいわれている。この最高司令官マッカーサーは、超エリートの軍人、理想の「あるべき」アメリカに近づけるようにした意味での「理想主義者」、スコットランドの名門出身という誇りを持った、そして、ある意味「人間的な」人物でもあったのである。

 体制的には、マッカーサーは日本を「極東のスイス」を目指して、財閥解体、農地改革を実施する。財閥を解体することによって、自由競争を活発化して、中小企業を栄えさせる。独占が再び起こらないように「独占禁止法」を施行した。また、農地を開放することによって、小作も土地を持てるようにして、小作も自営ができるようにした。小規模小作農とそこに点在する中小企業であるなら、軍事産業は発達しないであろうというものであった。世界の中では、平和で美しい日本の存在であって、マッカーサーが描いたのは、この「日本は極東のスイスであれ」であった。ところが、このマッカーサーの期待と目論見は、この後の20・30年の歴史によってもろくも崩れ去るのである。小規模小作農の次男・三男等は、生活が出来ず都会に出ることになる。そして、独占禁止法は厳格に運用されずに、製造業を中心に大企業が復活して、農家の次男・三男等は、その企業の労働者として働き始める素地を作ったのである。その後の日本は、都市集中型の資本主義として発展することになるのである。

 さて、GHQは、日本の憲法の創設にもかかわる。ここで突然フランスのルソーの話になるがしばらくお付き合いください。ルソーは彼の生きた18世紀の戦争しか経験がないはずであるが、戦争の本質を「戦争は国家と国家の関係において、主権や社会契約に関する攻撃、つまり、敵対する国家の、憲法に対する攻撃、という形をとる」といっています。相手国が最も大切だと思っている社会の基本秩序を書き換えるのが戦争だといっているのです。倒すべき相手がもっとも大切だと思っているものに対して根本的な打撃を与えられれば、相手のダメージは相当大きいものとなるということです。第2次大戦は、まさにこの憲法を攻撃する戦いだったのです。
 
 憲法は、国の基本法である点からいえば、象徴天皇制、国民主権に基礎を置く民主主義、戦争の放棄という基本原則は今も変わっていない。その点からいえば、マッカーサーの考えた基本秩序の「変換」は成功したと言える。事実、マッカーサーはアメリカ大統領から突然の最高司令官の地位を解任されたとき、「日本国民は、日本を敗戦という虚脱状態に陥っていた時に、民主主義、平和主義のよさを教え、日本国民をこの明るい道へ導いたのはマッカーサー元帥だった」(朝日新聞社社説)と誰もがほめたたえ名残り惜しんだという。

 しかし、日本国憲法に一章をわざわざ設けて記した「地方自治」については、マッカーサーの考えるものと違ったものになっているといえる。彼の考える地方自治とは、アメリカにおける国とは独立した「州」が治める地方自治であったといわれている。西部劇の世界では、個人個人で自分のことは自分で守るという考え方で、「地方自治」とは、泥棒や強盗はもともと自分で撃退するという「個人の自助の精神」に基礎をおいたものとされている。強盗等には自分一人では対応できないから、自警団をつくる。さらには、それでは自分の仕事がおろそかになるので、お金を出し合い保安官を雇う。そういった意味での自分たちの自治組織として「州」が出来、その上に国をおいたのが「アメリカ合衆国」だあった。

 しかし、日本にそんな「自助の精神」の考えはなかった。稲作農業に端を発する日本の組織は、集団指導体制である。互助組織はあったが、アメリカのような自助の精神はないのである。基本的には、日本の組織は中央集権的であり、彼の考える自助に基づく地方自治は育たなかったのである。現実には、「地方自治」は国の企画を受けて、地方を運営する組織であり、どこの地方に行っても「金太郎飴」のごとくほとんどの地方が同じことをやっている。実は、マッカーサーは、そのころ地方を統制していた内務省を廃止すれば、自分たちは自分たちの町を治めたがっているはずだから、都道府県は住民の直接選挙で選んだ知事の下で、地方自治を確立し中央政府とは別の運営をするだろうと考えていたようなのだ。マッカーサーは、日本の文化との違いを完全に見誤っていたのである。

 ここで、先ほどわざわざ一章を設けて地方自治を規定しているといったが、日本国憲法の第8章に第92条に「地方自治の本旨」に基づいて法律でこれを定めるとある。しかし、この「地方自治の本旨」とは、定義がちゃんとどこにも書かれていない。参議院憲法審査会の資料には、「地方自治の本旨」については、地方自治が住民の意思に基づいて行われる民主主義的要素と、地方自治が国から独立した団体にゆだねられ、地方団体自ら自由主義的・地方分権的要素にあるとしている。これは、日本の「地方自治の本旨」を整理したところであるが、厳密にとらえれば、この国からの独立と地方分権要素等の点において、今の都道府県市町村のありかたには疑問が残るといえよう。

 今まではそれでよかった。中央政府の号令のもと、日本経済は急速に発展してきた。しかし、将来もこれでいいのか。今それぞれの自治体が独創性を出そうとしてはいるが、もっともっと 地方のそれぞれの強みを生かして「地方自治」を取り戻すべきときに来ているのではないか。

 (参考) 日本を創った12人 堺屋太一 PHP文庫 主に「アメリカ型地方自治」「財閥解体と農地解放」の記事 同署p118~
      アメリカはいかに占領したか 半藤一利 同  朝日新聞社社説他 
      それでも日本人は「戦争」を選んだ 加藤陽子 新潮文庫 ルソーの「戦争とは」
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