休業手当の「使用者の責に帰すべき事由」は民事上の過失責任とは違い経営上障害を含む⇒その意味するところは菅野著労働法にて納得<ノース・ウェスト航空事件判例>
ノース・ウェスト航空事件の最高裁判例は、ストライキに参加しなかった同じ組合員の賃金請求権の有無のリーディングケースとしてだけでなく、同じ「使用者(債権者)の責に帰すべき事由」という表現でありながら、労働者に賃金全額の請求権がある場合(賃金請求権=民法536条2項)と平均賃金の60%以上の休業手当請求の場合(休業手当の請求=労基法26条)のその要件である「使用者の責めに帰すべき事由」の範囲が違うという対照性に注意すべき判例である。
民法536条2項の賃金請求権とは、「債権者(ここでは「使用者」である)の責めに帰すべき事由」によって、債務を履行(ここでは労働者が「労働の提供」すること)ができなくなったときは、債務者(ここでは「労働者」)は反対給付を受ける権利を失わない(ここでは「労働者の賃金請求権」が、依然として、あるということ)としたものである。一方、労基法26条は、「使用者の責めに帰すべき事由」に基づく休業の場合に、使用者は労働者に対して平均賃金の60%以上の休業手当の支払いをしなければならないとしている。
そこで、民法の536条2項の「賃金請求権」の「使用者の責に帰すべき事由」とは、取引における一般原則である民法上の「過失責任の原則」であって、「故意、過失又は信義則上これと同視すべき事由」であるのに対し、休業手当の「使用者の責に帰すべき事由」とは、この民法上の過失責任である故意・過失等よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むとされているところである。
従って、賃金請求権の「債権者(使用者)の責めに帰すべき事由」(より狭い意味)であれば、労基法26条の休業手当(より広い意味での{使用者の責}である)60%に加えて、民法536条2項により残りの40%の請求が可能ということである。(池貝事件・横浜地判平成12.12.14)
改めてこの事件の概要を言うと、Y社の下請け化の方針に反対して東京都区の組合員でストを決行した。同じ組合の組合員Xらは沖縄・大阪支店に勤務していたが、このストのため、Y社は運行本数を大幅に減便せざるを得なくなり、運行がなくなった沖縄・大阪の空港の従業員Xらに休業を命じ、その間の給料を支払わなかった。これに対し、Xらは賃金請求と予備的に休業手当の支払いを求めたものであるが、最高裁は、対象範囲の違うそれぞれの「使用者(債権者)の責」のいずれにも該当しないということで、賃金請求、休業手当権利のどちらも認めなかった。
「使用者(債権者)の責」という同じ表現ながら、この相違がなかなか私には、しっくりこなかったが、菅野著労働法を見て、やっと納得した次第である。
もともと、休業手当は、当初「労働者の責に帰することのできない事由」による休業の場合における労働者の最低生活の保障を図るとの構想で提案されたものであったが、不可抗力の場合まで使用者の義務を広げるのは適当ではないとの指摘により、結局「使用者の責に帰すべき休業」に限定して立法化されたとしている。(菅野著労働法) つまり、不可抗力を除く「使用者の責」の意味であって、民法でいう過失責任とは異なる観点を踏まえた概念(ノース・ウエスト航空事件)なのである。
そのうえで、次のように、(今まで述べてきたところと重複する部分はあるが)菅野著労働法では述べている。
『休業手当の保障における「責めに帰すべき事由」は、*民法536条2項の賃金請求権の有無の基準である「責めに帰すべき事由」(「故意、過失または信義則上これと同視すべき事由」と解されている。)よりも広く、民法上は使用者の帰責事由とならない経営上の障害も天災事変などの不可抗力に該当しない限りはそれに含まれる、と解するのが妥当である。要するに、休業手当は、労働者の最低生活を保障するために、民法により保障された賃金請求権のうち平均賃金の6割にあたる部分の支払いを罰則によって確保したにとどまらず、使用者の帰責事由を拡大した。すなわち、民法においては「外部起因性」及び「防止可能性」の2要件を満たして使用者の責めに帰すべきでないとされる経営上の障害であっても、その原因が使用者の支配領域に近いところから発生しており、したがって労働者の賃金生活の保障という観点からは、使用者に平均賃金の6割程度で保障をなさしめた方がよいと認められる場合には、休業手当の支払義務を認めるべきである。』
休業手当の場合の「責めに帰すべき事由」の具体例は、故意、過失による休業はもちろんのこと、機械の検査、原材料の不足、流通機構の不円滑による資材の入手困難、監督官庁の勧告による操業停止、親会社の経営難による資金・資材の獲得困難(昭23・6・11基収1998号)がある。裁判例としては、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含む全業務量の8割を占める得意先の労働争議により、自社が業務停止となった場合であっても休業手当をまぬがれる事由にはならないとしたものがある。(扇興運輸休業手当金請求事件・熊本地八代支決昭37.11.27)
(参考)
労働法第11版 菅野和夫著 弘文堂
労働法第2版 林弘子 法律文化社
最重要判例労働法 大内伸哉著 弘文堂
*「民法536条2項の賃金請求権」; 著書では「反対給付請求権」となっているが、一部引用のため前後関係が分からないため、このように言いなおした。
ノース・ウェスト航空事件の最高裁判例は、ストライキに参加しなかった同じ組合員の賃金請求権の有無のリーディングケースとしてだけでなく、同じ「使用者(債権者)の責に帰すべき事由」という表現でありながら、労働者に賃金全額の請求権がある場合(賃金請求権=民法536条2項)と平均賃金の60%以上の休業手当請求の場合(休業手当の請求=労基法26条)のその要件である「使用者の責めに帰すべき事由」の範囲が違うという対照性に注意すべき判例である。
民法536条2項の賃金請求権とは、「債権者(ここでは「使用者」である)の責めに帰すべき事由」によって、債務を履行(ここでは労働者が「労働の提供」すること)ができなくなったときは、債務者(ここでは「労働者」)は反対給付を受ける権利を失わない(ここでは「労働者の賃金請求権」が、依然として、あるということ)としたものである。一方、労基法26条は、「使用者の責めに帰すべき事由」に基づく休業の場合に、使用者は労働者に対して平均賃金の60%以上の休業手当の支払いをしなければならないとしている。
そこで、民法の536条2項の「賃金請求権」の「使用者の責に帰すべき事由」とは、取引における一般原則である民法上の「過失責任の原則」であって、「故意、過失又は信義則上これと同視すべき事由」であるのに対し、休業手当の「使用者の責に帰すべき事由」とは、この民法上の過失責任である故意・過失等よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むとされているところである。
従って、賃金請求権の「債権者(使用者)の責めに帰すべき事由」(より狭い意味)であれば、労基法26条の休業手当(より広い意味での{使用者の責}である)60%に加えて、民法536条2項により残りの40%の請求が可能ということである。(池貝事件・横浜地判平成12.12.14)
改めてこの事件の概要を言うと、Y社の下請け化の方針に反対して東京都区の組合員でストを決行した。同じ組合の組合員Xらは沖縄・大阪支店に勤務していたが、このストのため、Y社は運行本数を大幅に減便せざるを得なくなり、運行がなくなった沖縄・大阪の空港の従業員Xらに休業を命じ、その間の給料を支払わなかった。これに対し、Xらは賃金請求と予備的に休業手当の支払いを求めたものであるが、最高裁は、対象範囲の違うそれぞれの「使用者(債権者)の責」のいずれにも該当しないということで、賃金請求、休業手当権利のどちらも認めなかった。
「使用者(債権者)の責」という同じ表現ながら、この相違がなかなか私には、しっくりこなかったが、菅野著労働法を見て、やっと納得した次第である。
もともと、休業手当は、当初「労働者の責に帰することのできない事由」による休業の場合における労働者の最低生活の保障を図るとの構想で提案されたものであったが、不可抗力の場合まで使用者の義務を広げるのは適当ではないとの指摘により、結局「使用者の責に帰すべき休業」に限定して立法化されたとしている。(菅野著労働法) つまり、不可抗力を除く「使用者の責」の意味であって、民法でいう過失責任とは異なる観点を踏まえた概念(ノース・ウエスト航空事件)なのである。
そのうえで、次のように、(今まで述べてきたところと重複する部分はあるが)菅野著労働法では述べている。
『休業手当の保障における「責めに帰すべき事由」は、*民法536条2項の賃金請求権の有無の基準である「責めに帰すべき事由」(「故意、過失または信義則上これと同視すべき事由」と解されている。)よりも広く、民法上は使用者の帰責事由とならない経営上の障害も天災事変などの不可抗力に該当しない限りはそれに含まれる、と解するのが妥当である。要するに、休業手当は、労働者の最低生活を保障するために、民法により保障された賃金請求権のうち平均賃金の6割にあたる部分の支払いを罰則によって確保したにとどまらず、使用者の帰責事由を拡大した。すなわち、民法においては「外部起因性」及び「防止可能性」の2要件を満たして使用者の責めに帰すべきでないとされる経営上の障害であっても、その原因が使用者の支配領域に近いところから発生しており、したがって労働者の賃金生活の保障という観点からは、使用者に平均賃金の6割程度で保障をなさしめた方がよいと認められる場合には、休業手当の支払義務を認めるべきである。』
休業手当の場合の「責めに帰すべき事由」の具体例は、故意、過失による休業はもちろんのこと、機械の検査、原材料の不足、流通機構の不円滑による資材の入手困難、監督官庁の勧告による操業停止、親会社の経営難による資金・資材の獲得困難(昭23・6・11基収1998号)がある。裁判例としては、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含む全業務量の8割を占める得意先の労働争議により、自社が業務停止となった場合であっても休業手当をまぬがれる事由にはならないとしたものがある。(扇興運輸休業手当金請求事件・熊本地八代支決昭37.11.27)
(参考)
労働法第11版 菅野和夫著 弘文堂
労働法第2版 林弘子 法律文化社
最重要判例労働法 大内伸哉著 弘文堂
*「民法536条2項の賃金請求権」; 著書では「反対給付請求権」となっているが、一部引用のため前後関係が分からないため、このように言いなおした。