7月5日 千本閻魔堂 風まつり 1日から16日
このシリーズを始めて、いきなり壁にぶち当たる。ドンピシャその日に行事がない日もある。さて、どうする?
同じ日に複数の行事が重なることがかなりある。月初1日とか、7月7日とか9月9日など得意日は相当数の行事が重なる。そこで何日~何日と期間がある行事の場合は、その期間中の紹介をお許し下さい!
さて、引接寺(いんちょうじ)の風祭りは、この時期の京都の「夕涼みイベント」のひとつだ。筆者はまだ、訪れたことはないが風鈴の涼しげな音色のなかお詣りをするようだ。京都では特に風鈴を暑さ対策に使う習慣があり、清水寺もこの時期、南部鋳鉄製の風鈴が田村堂(開山堂)の周辺に飾られる。坂上田村麿が現在の岩手県辺りに蝦夷征伐で遠征した縁からのものだ。
この引接寺は、千本閻魔堂として上京の人達には、馴染みの町堂である。鳥辺や化野と並ぶ京の葬送の地、蓮台野の地に小野篁が閻魔像を彫ったのが始まり。千本とは無数という意味、無数の石塔や塔婆があった地の意味だ。さらに言うなら風葬(遺体を野ざらしにする葬送法)の時代だ、無数の遺体が鳥の餌になっていたのだろう。
平安初期、定覚上人が「光明山歓喜院引接寺」と命名した。引接とは引導の意味。しかし千本えんま堂という通称の方が世に伝わる。また、定覚ゆかりのえんま堂狂言が毎年5月に演じられる。壬生の無言の狂言に対して有言の狂言であることが特徴だ。
普賢象桜と狂言(えんま堂大念仏狂言)
また、普賢象桜や紫式部供養塔など見どころは多い。
京都の暑い夏、庶民はあらゆる方法でしのいだ。ご承知の通り平安の時代、京都は意外にも今のように多くのお寺があったわけではない。朝廷は官寺である東寺と西寺以外は建設を禁じていた。従って、清水寺や広隆寺などの平安以前にあったお寺と六角堂や革堂などの町堂と言われる地域コミュニティとしてのお寺があったのみであった。閻魔堂もその一つだった。
調べたら「風まつり」の本来は、
農作物を風雨の被害から守る祈願を行う祭らしい。ちょうど田植えが終わり梅雨の大雨などで被害を受けないようにこの時期に行う民衆の願いが込められる。
以下にHPから、年中行事を貼りつけた。
1月1〜3日 年頭会
2月2・3日 節分会(こんにゃく煮き)
4月第3土曜 普賢象桜の夕べ(野点茶会・奉納舞台)
5月1〜4日 千本ゑんま堂大念佛狂言
5月5日 わらべ祭り(フリーマーケット)
7月1〜16日風祭り(夜間特別拝観・風鈴供養)
8月7〜15日お精霊迎え
8月14日 千本六齋念佛
8月16日 お精霊送り
12月23日 小野篁忌(お餅搗き)
12月31日 晦日会(除夜の鐘)
毎週日曜 早朝のおつとめ(朝粥接待 午前6時より)
毎月16日 ゑんま様の日(本尊開扉)
毎月第3日曜東寺流御詠歌奉詠