「それで彼らは人を遣わして、ペリシテ人の領主を全員集め、『イスラエルの神の箱を送って、元の場所に戻っていただきましょう。私と私の民を殺すことがないように』と言った。町中に死の恐慌があったのである。神の手は、そこに非常に重くのしかかっていた。」(Ⅰサムエル5:11新改訳)
イスラエルとペリシテ人との戦いのとき、無力に見えた契約の箱は、いざペリシテ人の国に持って行かれると、そこで恐るべき力を現した。行く先々の町で偶像を破壊し、人々を悪性の腫物や病気できびしく打ったのである。▼たしかにイスラエル人が主に罪を犯したとき、神の臨在は彼らをこらしめた。なにしろ3万4千人もの歩兵が戦死したのだ。だが神は異邦人で偶像教徒であるペリシテ人が契約の箱に触れることは絶対に許さなかった。▼私たちはここに、唯一の神の選びというおごそかな事実を見ないわけにはいかない。キリスト者はこの世から選び出され、聖なる神の御霊を内に宿した。いわば新約的な意味で、私たちは新しい契約の箱なのだ。このふしぎですばらしい事実を教会が軽視し、進んで罪を犯し、この世と交わるなら、それは非常に大きな罪となってしまう。そういうことがあってはならない。神を心からおそれ、聖潔の生涯を全うさせていただこう。