しげる牧師のブログ

聖書のことばから、エッセイを書いています。
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朝の露 <ギデオンの息子たち>

2024-11-04 | 士師記
「ギデオンには彼の腰から生まれ出た息子が七十人いた。彼には大勢の妻がいたからである。」(士師記8:30新改訳)

ギデオンは神の力によって奇蹟的な勝利を得たが、敬虔な信仰者と呼ぶにはほど遠い心を持っていた。つまり、どこまでも肉性に支配されたふつうの人間だったのである。▼その証拠に多くの妻妾(さいしょう)を持ち、七十人もの子どもをかかえていたが、それに飽き足らず、シェケムにいた側女(そばめ)からまたひとりの息子を設けた。その結果やがて七十人全員が悲惨な死をとげる結果になった。また、安易な動機からエポデを作り、民を偶像礼拝に導いたことも、彼の不敬虔さをあらわしている。これからわかるのは、人間にとって最も恐ろしいのは心に巣食う肉性(罪の腐敗性)だということである。そしてこの肉性をほろぼして下さったのが、キリストの十字架の死なのである。▼もしギデオンがダビデのように神を心から愛し敬(うやま)い、エポデではなく契約の箱を中心に礼拝の場所を作っていたら、イスラエルの歴史は大きく変わっていただろう。なにしろ彼はダビデと同じ四〇年間、イスラエルのさばきつかさだったのだから。しかしキリストの十字架が成就する以前の時代、それは無理な話であった。▼私たちも表面的な信仰生活ではなく、真に聖霊に支配された器にならせていただきたい。「キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、情欲や欲望とともに十字架につけたのです。私たちは、御霊によって生きているのなら、御霊によって進もうではありませんか。」(ガラテヤ5:24,25同)