あの頃(悪役)9

2020-06-07 07:28:50 | 日記
Aのはまり役だと思えるいじめ役…。

彼女が初めて壁にぶつかろうとしていた。

主役の女性の恋人を奪い、勝利の高笑いをする…までは良かったのですが、その高笑いが、稽古を重ねるごとに、テンションが低くなる。

「なんでそこでテンション下がる?最初の頃の意地悪い高笑いは出ないのか?」

演出も、そう言って、頭を抱え込むようになって来ていた。

ーーある時Aが、早い時間から稽古に来て、ぽつんと稽古場で台本を読んでいた。

いつも、いち早く稽古場に来る私は、戸惑った。

「おはよう!早いね」

「おはよう…」

今日は、稽古はじめからテンションが低い…。

気まずい…。

「あのさ…」

「ん?」

「このセリフ、読んでみて!」

「うん」

開いた台本のページにあるAのセリフを読んだ。

「未熟なあなたに彼は似合わない。彼ははじめからあなたを好きでは無かったと言ったわ。」

私がセリフを読むと、Aは、「う~ん…」と唸って頭を抱えた。

「大丈夫?」

「このセリフ、嫌い…
 
『嫌い…とか、そういう問題じゃないでしょ。』

『どんなセリフも自分のものにしないと!』

…と、A自身の口から聞こえて来そうな気がした。

「大丈夫?

…大丈夫?しか言えない…。

「ありがとう…」

Aは、スッと立ち上がると稽古場を出ていった。

本当に彼女、大丈夫そうじゃなかった。