本番が近づいていた。
相変わらずAのテンションは上がらないまま、それどころか、どんどん落ちている。
演出は困り果てていた。
本番一週間前、稽古場はピリピリしていた。
いつも通りに稽古場に出演者たちが集まって来る。
稽古スタート前に稽古場に来て、それぞれにウォーミングアップをする。
ストレッチをする者。
発声をする者。
黙々と台本と向き合う者。
本番を近くにして、皆、準備に余念が無い。
「さて、そろそろ始めようか」
演出が立ち上がる。
あれ?
Aが来てない。
「Aは?休み?連絡来てるか?」
「来てません」
事務員さんが再度確認に事務所に戻る。
何かあったのかな?
本番前だし、こんな時は、誰より早く来て、遅く来た人間に「危機感が無い」なんて言う側のAだ。
携帯も無い時代なので、連絡の取りようがない…。
待つしかない。
「仕方ない、はじめよう。」
稽古が始まった。
本番一週間前と言うこともあって、Aの出演部分を飛ばして、しっかりと出来上がりを確認した。
結局、その日、Aは来なかった。