あの頃(悪役)10

2020-06-08 06:16:27 | 日記
本番が近づいていた。

相変わらずAのテンションは上がらないまま、それどころか、どんどん落ちている。

演出は困り果てていた。

本番一週間前、稽古場はピリピリしていた。

いつも通りに稽古場に出演者たちが集まって来る。

稽古スタート前に稽古場に来て、それぞれにウォーミングアップをする。

ストレッチをする者。

発声をする者。

黙々と台本と向き合う者。

本番を近くにして、皆、準備に余念が無い。

「さて、そろそろ始めようか」

演出が立ち上がる。

あれ?

Aが来てない。

「Aは?休み?連絡来てるか?」

「来てません」

事務員さんが再度確認に事務所に戻る。


何かあったのかな?

本番前だし、こんな時は、誰より早く来て、遅く来た人間に「危機感が無い」なんて言う側のAだ。

携帯も無い時代なので、連絡の取りようがない…。

待つしかない。

「仕方ない、はじめよう。」

稽古が始まった。

本番一週間前と言うこともあって、Aの出演部分を飛ばして、しっかりと出来上がりを確認した。

結局、その日、Aは来なかった。