ある日の稽古。
役者のひとりが行き詰っていた。
彼女の役柄は、主役の王子を好いている女性の役で、セリフはそんなに多くない。
彼女は素直で真っ直ぐで、悩み出すと、「適度なところで妥協ができない」とことん悩むタイプのように思えた。
彼女は数人の女性たちと笑いながら登場して、「あの人は、そんな人じゃないわ。いつも優しくしてくださるいい人よ」(…たぶん、こんなセリフだったと思います)
最初は、「あの人は、そんな人じゃないわ。いつも……。…いつも…。」
セリフ忘れがきっかけだった…。
「…すみません、もう一度、お願いします」
再び同じところをはじめから…。
ところが、緊張してしまったのか、また、同じところで躓いた。
「…すみません💦もう一度💦」
…そして、また、同じところで躓く。
3度、4度、5度……と、躓く。
迷宮に入ってしまった。
それだけなら彼女自身の問題なのでいいのだけど、演出が参戦してきた。
何度目かのトライでやっとセリフを言い終わった時、
「もう一度!」
…となった。
見ていた皆は、『え~💦せっかくOKテイクなのに~💦』
そしてまた、あらたな迷宮がはじまった。
『え?今のOKじゃないの?』
…という状況でも、演出は、
「もう一度!」
…となる。
彼女はどんどん追い詰められていく。
「あの人は…そんな人じゃないわ。いつも優しくしてくださるいい…」
「ダメ。もう一度」
笑いながら登場するシーンなのに、もう彼女は笑えない。
数人での登場シーンなので、自分のNGテイクのせいで、数人の仲間に何度も何度もやり直しをさせて申し訳ない…という思いが彼女を追い詰めていった。