糸井重里さんのtwitterだったかなぁ。 こんな時だからこそ花を買おう・・・いや、飾ろうだっけな?
そういうのがあった。 そんな時、偶然、どこかに出かけてらした彼の奥様が花を一輪持ち帰ったそう。
街角で配られていたとか。
ああ、人々の思いは同じなんだな。 っていうような呟きだったと思う。
そうかも知れない。 こんな時だからこそ花を飾る余裕を・・・精神的に持とうよ、という声には賛成する。
でも、、、今回の地震の追ニュースを新聞で読んで朝から号泣した事があって。
被災地の花屋さんにユリの花を求めに来た女性がいたそうです。 花屋さんは(残っていた)ピンクのユリを渡そうとしたら、母が亡くなったのでその母の好きだった白百合が欲しい、と答えたそうな。
その方のお母様はかろうじて、火葬できたらしいのですが、花を手向けたいと思っても被災地は花どころじゃないんだろうな。
花屋さんは代金をもらわずにまた来て下さいねと言って1本だけ残っていた白百合を渡した。。。という話で、なんかすごく泣けてきた。
被災者には食糧支援、衣類、衛生用品等々、だいぶ届くようになったらしいが、被災者は同時に家や財産だけでなく愛する人を失った遺族でもあるわけで、身元が確認できれば埋葬もしたいだろう。
目の前の命からがらの被災者のことばっかり頭にあったけれど、遺族にもなっている被災者は、そりゃあ弔いをしたいわけで、いつもなら当然有るはずの花もないんだな、という事に思い至った時に、そこまで思い浮かびもしなかった現実にショックを受けた。
せめて故人に手向ける花を・・・と言うのはもっと落ち着いてからの事になるのだろうか。
亡くなった愛する人の為に花を送ってくれませんか?とは言いだせないのだろうか。
悲しいねぇ。 本当に悲しいね。
愛する人が亡くなってもちゃんとしたお葬式も出来ずに、花を供することもできないなんて。
私はここ何日か、花を植えたり食べものの種を播いたりと、生あるものを育てたい!という気持ちが高まっているの。
ほんというと、そういう思いも悲しい。
あ゛~~~~!!!!
家の周りの雪が、だいぶとけてしまいました。
被災地からのニュースで、道沿いの瓦礫の山に等間隔に菊の花が手向けられていました。
それは、きっと他所から来た人が手向けてくれたものだと思いますが…。
通りすがった被災者の方も、その手向けられた花に目を止めて立ち止まっていました。。。
寒いでしょうね、まだまだ。
コメントありがとうございます。
携帯からでしょ? 我が家ならお気になさらず(笑)
私も勝手にエーさんとこで遊んでるから。
瓦礫の山の菊の花かぁ。。。
なんだか泣けてきちゃうよね。
kettyさん
ありがとうございます。讀賣新聞の話、
すごく嬉しい。 女性ならではの視線かもしれません。 自分たちがほっこりするためでなくご遺族の心に寄り添う形の支援も大事だと感じています。
へぇ、何を競り落としてきたのかな?
なんかかっこいいね。
震災後20日近くになって、あれこれ足りないものや、被害の広がり方・・・影響ってのかな、そんなのがいろいろ出てきたね。 お商売にしたってゴーストタウンと化した街では成り立たなかったり、そもそも入荷のない所、風評被害で出荷できなかったり、たたき売りされたりって、じわじわ忍び寄ってる。 どうすればいいのかな?
doriちゃん
お疲れさまでした。 昨日も暖かいんだか寒いんだか分からないような一日だったね。 震災や原発事故にあった所だけでなく、その周り、もっと大きくいえば日本自体が、あの日を境に様変わりしている、、、いくような忍び寄る不安感、閉そく感、、に包まれている気がするね。 どうしたらいいのかなぁ。
何必館、、私、書の方はさっぱり(苦笑)