新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出制限によって、多くのビジネスパーソンが在宅勤務を始めている。Zoomなどのオンライン会議システムを用いて同僚や取引先とやり取りする場合も少なくない。だが、相手が受け取る情報量が対面に比べて圧倒的に少ないオンラインコミュニケーションには、独自の作法もある。プログラミングが不要なアプリ開発プラットフォームを提供しているヤプリの庵原保文氏に話を聞いた。(聞き手は結城カオル)
もともとはリモートワークに否定的
──東京など一都7府県に緊急事態宣言が出ました。ヤプリの勤務状況はどうなっているのでしょうか。
庵原保文氏(以下、敬称略) 当社の場合は2月からリモートワークを推奨しましたが、実際には半分くらいの社員が会社に来ていました。ただ、その後の海外での感染拡大に危機感を感じたため、3月20~22日の3連休の直後、完全リモートワークに移行しました。3月25日に小池百合子・東京都知事が会見を開き、週末の外出自粛を求めるましたが、その前に企業として自発的に実行できたのは、社会に対するメッセージとしても、社員のエンゲージメント向上という面でも、良かったと思います。
──もともとリモートワークを進めていたのでしょうか。
庵原 私はリモートワーク懐疑派でした。環境と自己管理の面でオフィスの方が生産性が優れていると考えていましたし、顔を見せ合って話をしたり、仲間が頑張っている姿を共有できる空気感のようなものの価値が高いと考えていました。
ただ、エンジニアが典型なんですが、今の若いビジネスパーソンは多様な働き方を求めています。リモートワークがないというだけで、優秀な人材を採用できないというリスクもある。実際のところ、今のコロナ問題が起きる前から、リモートワークを導入するかどうかは常に経営課題になっていました。
庵原 そうです。私自身のリモートワークに対する期待値が低かったというのもありますが、今はかなりポジティブです。
──どのあたりがいいと感じていますか?
庵原 仕事の進め方自体はオンラインの方が圧倒的に効率的です。オフィスの場合、会議をハシゴするのにも時間がかかりますが、Zoomであれば画面を切り替えるだけ。通勤時間もありませんから、時間を有効に活用できます。
また、オンラインでのコミュニケーションを活性化させるようなアイデアが続々と現場から出てきているのも予想外でした。
リモートワークで重要なのは、物理的にいないけれども一緒に働いているような状況をどうつくるか。今も各部門が試行錯誤しているところですが、ある部長がコアタイムが始まる10時15分に「おはよう会」という朝会を始めました。対面ではありませんが、Zoomの「ギャラリービュー」を見れば、それぞれのメンバーの様子は分かります。勤怠管理という意味でも、一日1回、みんなで集まるのはとてもいい取り組みだと思いました。
また、上司とのちょっとした会話をオンラインで実現するため、「Open Room」という取り組みも始めました。本部長がZoomを開きっぱなしにして、用があればいつでも上司のZoomに参加できるというものです。社員同士のコミュニケーションはSlackでやっていますが、話した方が早いものもありますし、テキストでは伝えづらい話もあります。そういうやり取りはOpen Roomでやればいい。
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顔を合わせられない分、社員の体調や悩み事などに気づく機会が減りますので、今後はオンラインでの会話の絶対数を増やしていこうと考えています。具体的には社員とのOne on Oneのミーティングです。会話の時間よりも、頻度を高めていく必要があると思っています。
最大の課題は社員の自宅環境
──課題はどうでしょう?
庵原 リモートに踏み切って驚きましたが、社員の自宅の環境が想像以上に悪いんですよ。特に若い人は都心のワンルームマンションに住んでいるので、ベッドと小さなちゃぶ台のようなローテーブルだけで、ベッドに寄っかかって仕事している人もいる。これでは長時間、仕事はできません。1万円のリモート手当を急遽、支給して、椅子や机の購入を促しました。
また、IT企業に勤めているのだから自宅にWi-Fiがあって当然だと思い込んでいましたが、家にWi-Fiがない社員がいます。個人パソコンを持っていないという人も結構いました。パソコンは会社で使っているノートPCを持ち帰ればいいとして、Wi-Fiは営業の社員が使っていたモバイルWi-Fiを貸与するなどで工面しています。
あと、リモートでの営業はやはりチャレンジングですね。当社はインサイドセールス部隊がアポを取り、営業担当が説明に伺うという体制を取っています。ただ、お客さんが会社に出社していないので、日に日にアポ獲得はハードルが上がっています。また、サービスの説明もZoomでやっていますが、お客さん側にリモート環境が整っておらず、キャンセルになるケースも出てきています。自社だけでなく、相手側の環境の影響も受けやすいですね。
──現在はもちろんですが、コロナウイルスの感染拡大が落ち着いた後も、リモートワークやオンラインによるコミュニケーションが常態化する可能性があります。これまでの経験から、何か注意すべきポイントはありますか?
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庵原 間違いなく言えるのは、Zoomに映る自分の姿が重要になるということです。実際に対面で会う場合は表情や髪形、身だしなみ、清潔感など、目の前の相手を理解するためのさまざまな情報を総合的に得ることができます。一方、Zoomの場合は画面越しのため、得られる情報が大幅に減ります。ビジネスの観点で言えば、画面に映る自分を通して、相手にいいインプレッションを与える必要があるということです。
Zoomでやり取りしている時にしばしば見ますが、室内の光量が足りずに顔が暗くなっていたり、服が部屋着だったり、部屋の中が生活感が出すぎているような人もいます(笑)。よく知っている人であれば問題ありませんが、初対面やそれほど親しくなっていない場合、どれだけ実際にはいい人でも受ける印象は変わってしまいます。
「上半身の時代」が始まる
──庵原さんは何か工夫しているんですか?
庵原 部屋の照明では顔が暗くなってしまうので、ライトスタンドを買ってモニターの方から光を当てています。色調も、昼と夜では変えています。また、Zoomをするときはリビングから植木鉢を持ってきてさりげなく映るようにしていますし、背景を作るためにスノボをベッドの上に載せています(笑)。
私は「上半身の時代がくる」と言っていますが、オンラインのコミュニケーションが主流になると、上半身と背景しか映りません。上半身映え、つまり画面の中の上半身と背景にこだわらないと、いいファーストインプレッションを与えることができないということです。一人ひとりがYouTuberになる感覚です。
──リアルコミュニケーション中心の時代には戻らない?
庵原 ある程度は戻るかもしれませんが、今回のコロナウイルスによって人類の考え方は変わったと思います。これまでライブやパーティは楽しいことでしたが、人類は密集した場所が最大のリスクだと知ってしまった。なくなるとは思いませんが、避けようとする人は増えると思います。
僕も、今のリモートワークの状況を完全に元へ戻そうとは思いません。ヤプリは昨年、オフィスにかなりの金額を投資しました。当社オフィスが令和版「東京ラブストーリー」(注:FOD、Amazon Prime Videoで配信)のロケ地に起用されたのも、社員が働きやすい、優れたオフィスだと評価されたからだと思います。かなり背伸びをした投資でしたが、採用や社員のエンゲージメントなど、あらゆる指標が大きく改善しました。
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ただ、2020年になってオフィスが最大のリスクになってしまいました。賃料などのコストを考えると非常に手痛い状況ですが、コロナ問題が収束したからといって、リモートワークを完全にやめようとは思いません。繰り返しますが、人類は最大のリスクを知ってしまった。リスクを冒して、満員電車に揺られてオフィスに行こうとは思わないでしょう。そのような会社に優秀な人材は来なくなるでしょう。もう元の世界に完全には戻りません。ならば、次の時代に適応すべきです。