野生アジサイ探索記(下2f)1沖永良部島・徳之島【トカラアジサイ】2011年5月8日~5月10日
トカラアジサイおよびその近縁種は、屋久島、三島列島黒島、口永良部島、口之島以下トカラ列島各島に分布し、トカラ列島南部の宝島とは呼指の距離に位置する(面積からすれば100倍近くもある)奄美大島には、なぜか分布を欠きます。
奄美大島の事を書きだせば、何100ページあっても足りません。実は全く偶然なのだけれど、いまこの文章を、徳之島から乗船した沖縄~鹿児島航路の船中で、奄美大島名瀬港に寄港中(10日夜7時30分~8時)に書いています。ああ、そうだ、今、僕は名瀬にいるのだ、と思うと感慨無量。今回は、この島に降りることなく鹿児島に向かうのです。
奄美大島は、僕自身にとっても、特別な島なのです。僕の、(30年ほど前、友子さんと出会った前後に付き合っていた)最初の彼女が奄美大島名瀬の出身。出会ったのは東京ですが、何度も名瀬に通って、デートをしていたのです。別れてからも、奄美大島に行くたびに(その後に結婚して離婚したご主人との間に生まれた)3人の娘さんたちと共に、食事などをしていたのですが、今回はパス。前回会ってから、5年余が経ちます。元気で暮らしていてくれれば良いのだけれど、、、後ろ髪を引かれる思いです。
奄美大島の生物相の魅力は、世界一だと言っても過言ではないでしょう。先日、東京都の小笠原諸島が、世界自然遺産に登録される(6月23日に登録される見通し)という情報を知ったのですが、奄美大島も、しばしば“東洋のガラパゴス”の名で呼ばれます。本家ガラパゴスの生物相は、派手でいかにも分かりやすいのですが、見方によれば、比較的新しい時代に急速に特殊化した生物(主に爬虫類と鳥類)が主体を占め、それらは必ずしも、極めて古い時代から遺存的に分布する生物であるということではありません。別の(根源的と言ってもよい)視点から見れば、奄美大島の生物相のほうが、遥かに古い時代から取り残された遺存性の上に成り立っていて、進化の基幹的な道筋を考えるに当たっては、より重要な意味を持っていると言えるのです。
遺存的・原始的ということは、他地域の集団から古い時代に切り離され没交渉のまま、狭い空間に命を繋げ、今に至っているということです。言い換えれば、それらの多くの種が、絶滅寸前の状態で現存しているということです。更に言い換えれば、現存する種はごく一部で、遺存的・原始的な種の大多数は、すでに絶滅してしまっている。
他の地域に見られない非常に特殊な種が残存する、ということは、他の地域には普遍的に存在している種が滅びてしまっている、ということと紙一重なわけです。
多様性に富んだ地形と植生環境を擁し、トータルに見れば九州~台湾間の南西諸島中最大の規模(面積は沖縄本島に次ぎ、標高は火山島を除けば屋久島に次ぐ)を持つ奄美大島なのに、なぜかこの島にだけ欠如する生物が少なからず存在する、という謎。上に記したように、本来なら存在してもいいはずの種が“存在しない”ということは、本来なら存在するはずのない種が“存在する”ということと、同等あるいはそれ以上に、大きな意味を持っているのです。
たとえば奄美大島における、クマゼミ(現在は、奄美大島にも人為的に移入帰化して一部定着)の欠如。以前は神奈川県南部付近が分布の北限だったのが、近年“北上”して東京都区内をはじめとする関東各地に定着しつつあることから、“地球温暖化”の象徴的な例として、しばしば取り上げられます。でも、それは思い込み。南から北へ分布を広げているのではなく、(おそらく庭木や都市樹の移動に伴って)周辺に広がっている、というのが実態ではないかと。
クマゼミは、単純な南方系の種ではありません。日本固有種。台湾や中国大陸には分布していません(近縁ではあっても全く別の種が分布)。関東地方などで分布を広げている集団は「日本本土タイプ」、もともとの分布域も、本州~九州、従って“北上”というニュアンスには相当しないと思われます。
以南の島々には、地域ごとに異なったタイプの集団が分布しています。沖縄本島産と八重山諸島(殊に与那国)産が対極的な特徴を示し、屋久島~トカラ列島(殊に屋久島)産は様々なタイプが出現します。変異の方向性は、空間的な順番と相同ではないのです。それぞれの地域に古い時代に隔離されたのち独自に進化したものと思われ、もし奄美大島に残っていたら、どの地域とも違った特異なクマゼミだったかも知れないのです。
これと似たパターンを示すのが野生アジサイ(トカラアジサイ)です。九州と台湾の間の島々には、小さなトカラ火山列島を含め、主な島嶼に分布しています。しかし、常識的に考えれば最も繁栄していても良いはずの奄美大島にのみ分布を欠くのです(*種子島と沖縄本島にも欠如しますが、近縁別群の種が分布、他にもスケール大きな島に何故か分布が欠如するという不思議な例は、屋久島のカラスアゲハ、西表島のナガサキアゲハなどをはじめ、少なからず知られています)。
トカラアジサイは、次ぎの徳之島、その次の沖永良部島に出現、沖縄本島で再び欠如し、隣接する小さな島の伊平屋島に生育しています。そんなわけで、トカラ列島産と伊平屋島産を橋渡しする位置付けにある、徳之島産と沖永良部島産は、是非ともチェックしておきたかったのです。
当初は、奄美群島の2か所のトカラアジサイ生育地のうち、沖永良部島はパスして徳之島に向かう予定でいたのですが、船の途中下船乗り継ぎが上手く行き、諦めていた沖永良部島の調査も追加することが出来ました。この島に上陸するのは初めて、今数えてみたら、40番目に上陸した(数え落としの可能性あり)日本の島ということになります。「40」という数が多いのかどうか、僕にはよく分りません。一般の人からすれば多いでしょうが、離島の生物を調べている人間としては、思ったより少ない気がします。別に、島に渡ることが目的なのではなく、調べたい対象がそこに生育しているので、仕方なしに訪れているわけです(船に弱い僕ですから、行かなくて済むなら行きたくない)。
今回訪れた6つの島もそうですが、島の最高峰には、大抵登っています。最高峰といっても、標高2000m近い屋久島や利尻島を別とすれば、大抵の島は500mそこいら。4000~8000m峰が大多数を占める「7大大陸最高峰」と比べると、ちゃちなことこの上も有りません。でも負け惜しみを言えば、亜熱帯ジャングルの悪路をハブやマムシにおびえつつ、何度も何度も滑って転倒しながら(今回は都合100回近く転倒している)、キイチゴやサルトリイバラの棘で体中傷だらけになって彷徨い歩くのも、それはそれでなかなかに大変なのです。
それに、目的は山登りではありません。調べたい昆虫や植物の探索のための山登りです。しかも大抵の場合、それらの昆虫や植物にどこで出会えるのかも分からない、場合によっては、その島や山に存在しているのかどうかも不確か、という状況下での登山です。楽しい山登り、というには程遠いのです。
もとより、僕は山の頂上に登るという趣味はありません。目的が果たせれば、山頂の一歩手前まで行っていても、そのまま引き返します。なかんずく、有名な山の場合は、意識的に山頂に立たないようにしている。富士山には一度も登ったことがないし、北アルプスの槍ヶ岳や奥穂高岳なども、山頂の手前でトラバースしたり引き返したりして、まだ一度も頂上に立ったことがありません。ときには、意地になって登山道の無い山腹を無理やりトラバースしたりするものですから、遭難しかかったりもします(笑)。でも、離島の最高峰は、その島の植生や生物相や生態系の全体像を把握するために、登らざるを得ない場合が多いのです。ということで、今回も、心ならずも、6つの島の最高峰(正確には西表島は第2峰)に登って来た、というわけです。
沖永良部島は、起伏の激しい山を擁する奄美大島や徳之島と異なり、単調な地形のなだらかな島ですが、一応標高250m程の最高点をもち、真っ平らな与論島などよりは、幾らか多様な自然環境に恵まれています。最高峰の大山の頂上は平坦な高原状で、航空自衛隊の基地があります。島の大多数は開墾され尽くしていますが、中腹より上部には鬱蒼とした森林も残されています。でも、トカラアジサイはなかなか見付けることが出来ません。やっと頂上の手前の林の中に発見、もう5時近くになっていたのですが、とりあえずこの株を集中撮影することにしました。
撮影終え、通りかかった車に現在地を訪ねてみました。助手席にダックスフォンドを乗せた若いおばさん(女性を安易に“おばさん”と呼んではいけないのだろうけれど、お嬢さんとか奥さんとか呼ぶのは何となく照れ臭いので、ついつい親しみを込めて“おばさん”と言ってしまう)です。撮影している花を見て、「アジサイの原種ですね」。一瞬、ギョ!としました。今回の撮影中、こんな反応は一度もなかったのです。こちらから「アジサイの原種を探しています」と言っても、
比較的自然に詳しそうな方を含め、そんなのがこの島にあるのですか?という反応がもっぱら。
“すぐ先のカーブのところにも咲いていますよ、島ではここでしか見られないので、貴重な植物では、と思っていつも通るたびに気にしているのです”、と。これは唯者ではない、相当に植物に詳しい方なのでは、、、。で、あなたは何ものですか?と訪ねたら、一介の主婦です、という答え。そういえば、ここに来るまで、車に乗せて頂いた年配の男の方(方向が分からなくなり、農作業をしていた方に道を訪ねた~案の定、逆の方向に向かってに歩いていた~ところ、暇だから送ってあげますと、林のある山の中腹まで連れて行ってくれたのです)も、趣味でカタツムリを調べている、この間新種を一つ見付けた、と。知る人ぞ知る有名研究者かもと思ったのですが、本人は“唯の元高校教師です”と言っていました。この島の人々は、気さくで、かつ謙虚な方が多いようです。
暗くなったので、明日もう一度来ることにして、とりあえず撮影を終えようとしたら、件の“一介の主婦氏(森オトノさん)”が戻って来ました。その間、通りかかった自衛隊の方にも声をかけられていて(普通このようなところで声をかけられる時は尋問に近い形となるのだけれど、この自衛隊員氏は単純に何かあったのかと心配してくれてのこと、町への戻り方などを丁寧に教えてくれました)、“野生アジサイの撮影です”と伝えたら、“この場所はもしかすると早晩造成されて無くなってしまうかも知れませんよ”と。
その話を森さんにしたところ、“どうすれば良いのでしょうね、場所を移せば厳密な意味での「野生」ではなくなってしまうのでしょう?”大抵の人は、このような場合、“ではどこかに植え変えて保護しなくてはならないですね”、というリアクションをするものです。善意の心持で言われているわけですから、(それは間違っていますと切り返すわけにいかず)返答に困ってしまいます。その点この方は、“一介の主婦”にしては本質が良く解っている、と関心したものです(ちなみに、僕と同じく、セミの鳴きはじめの日時を毎年チェックしている、と嬉しいことも)。
下の町まで車で便乗させて頂くことになったので、なっちゃん談義(攻略法の伝授、笑)をしていたら、港の町の宿舎まで連れて行って下さりました。
ノアサガオ。
リュウキュウイチゴの実。 シマアザミ。
モンシロチョウ、イシガケチョウ、ランタナとセイヨウミツバチ。
翌日、朝一番のバスで麓の町に。バスのある場所や時間帯には、なるたけヒッチをせずに公共バスを利用せねばなりません。あれあれ、7時46分発(始発)のバスが、7時40分に出発してしまったぞ! バスの運転手氏が、一人しかいない乗客の僕に気を利かせて早めに出発したのだけれど、良いのかしら?(親切にして貰っていて、それはダメです、とは言い難いです)
どこの離島でも似たり寄ったりですが、バスに乗ると乗客は僕一人ということがしばしば。利用者が少ない→本数が少なく運賃が高い、という構図になってしまいます。利用者がいないのは、皆が自家用車を持っているからです(観光地の場合ツアーバスが主体になることも一要因)。豊かになればなるほど、反比例するように地方の公共交通機関は廃れてしまう。こと公共交通機関に関しては、貧しい国ほど便利で、豊かな国ほど不便なわけです。いや、交通だけでなく、全ての事例についてもそのことは当て嵌まるでしょう。
豊かな国、というのは、結局のところ勝者が中心の世界なのです。勝者のための便利さ、取り残された人々は、必要以上の不便を強いられる構図になります。
極力自家用車の利用を無くし、より多くの人々が公共交通を利用するようになれば、長い目でトータルに見れば交通インフラの充実に繋がるはずです。
テレビも必要ない。冷暖房も要らない。最低限(T.V.ならニュースとか、冷暖房なら病院の病室とか)はあっても良いのでしょうが、今では無くては暮せないような世界になっているらしい。ファッションにしろ、グルメにしろ、日本人は、なんと贅沢なのかと、たまげてしまいます。そのような生活を続けている人達が、平等だとか、平和だとか、環境保全だとか、シンプルライフとか言っても、嘘っぱちにしか聞こえません。
慎太郎(東京知事)は嫌な奴ですが、物事の本質は分かっている。自動販売機規制は大賛成です。彼の言う、日本人は我慾の固まり、大震災は天罰、この機会に根本から思想や生活の仕組みを変えて行かねばなりません、と正しいことを言ってると思います。
さて、貸切状態のバスを終点で降りて、標高250mの最高点に登ります。登っている気配は自分ではほとんど感じないのだけれど、いつの間にか山頂に達していました。4000m峰が2つあるハワイ島では、ほとんど平坦に見える真っ直ぐな道を車で登っていたら、いつの間にか2000mほどの標高に達していたし、中国雲南省康定も、手前の濾定の町との標高差が1500m程あるのだけれど、車に乗っている限り“登っている”という感触は持ち得ないまま到着してしまいます。円錐状の大きな火山や、まっすぐに流れる川沿いの道は、気が付かぬうちに意外な標高を登っているのです。
昨日と同じ株を、たっぷり時間をかけて撮影。徳之島行き船便の時刻に併せて港に戻ったのですが、このあと、大変みっともない出来事を起こしてしまいました。カメラを撮影現場に置き忘れてしまって、親切な自衛隊の方が、わざわざ港まで届けに来てくれていたのです。面目ないことこの上も有りません(詳しい顛末はそのうちに紹介予定)。
午後2時30分沖永良部和泊出港、午後4時30分徳之島亀徳入港。港近くの素泊まり旅館に投宿。船内で見たT.V.で
台風1号の発生を知ります。12日には奄美地方に到達するとのことで、すでに風雨が強まっています。明日10日午後4時半発の鹿児島へのフェリーの出港も覚束来ません。よしんば、11日鹿児島に辿りつけたとしても、帰京便の12日夕刻は、ちょうど台風(もっとも勢力は衰えて熱帯低気圧になってはいるはずですが)が鹿児島に再接近している頃、なっちゃんへの電話連絡可能時間は、午後9時ジャストのみ、と本人から言い渡されています(笑)、船中から電話は出来ないでしょうから、今のうちに、変更の可能性を伝えておかねばなりません。公衆電話のあるコンビニ前まで行って、9時ジャストに電話、でも残念!繋がりませんでした(留守電に入れました)。まあ、電話が繋がらなかったからと言って度々落ち込んでいるわけには行きません。ついでにジン君に電話して、気を紛らわして(笑)、ここはグッと我慢の子です。
翌朝7時出発。林道をしばし歩き、徳之島最高峰・井之川岳(622m)に、トカラアジサイの最終探索行。暴風雨の中、道標も目印も何もない急斜面を、ハブを気にしつつ、ひたすら登ります。途中、トカラアジサイ群落出現。これで、フィリッピン・ルソン島を除く、この一群の主な生育地全てのチェックを終えたことになります。
山頂で昼食(宿のおばさんが無料で作ってくれたおにぎり)。右:山頂の手前にあった、大半が朽ち果てたプレート。
徳之島のカンアオイは興味深いテーマ満載。 冬にはこの植物(ヘツカリンドウ)の調査に再訪します。
あとは、12日になっちゃんに会うことだけ。何だか僕の人生全てが、“なっちゃんと会う一瞬”に集約されてしまっているようです。
なっちゃんの方は、忙しい最中に、さぞ気が重いことだろうけれど、それも一瞬の間だよね。僕と会ったあとは、彼氏とデートとかしてるんだろうなあー、いいなあー、、、、
その、僕にとっては一年に何回か(もしかしたら一生に一回きりとなってしまうかもしれない)の、“なっちゃんと一緒にコーヒーを飲む一瞬の間の幸せの時間”が、“毎日何時間も彼氏と過ごしている(のかも知れない、笑)なっちゃんの沢山沢山の幸せの時間”に挟まれた一瞬の間の“気の重い時間”と均等なのかぁ~。神様は不公平過ぎるよなあー。
【注:読者の皆様へ。“なっちゃん”がらみの話は、ほとんどジョークですから、真に受け止めなきよう、くれぐれもお願いします。】
限りなくヒガんでいる、今日この頃であります(いかんいかん!)
徳之島井之川岳山頂 2011.5.10