モエギチョウ萌葱蝶(旧名・シリアアゲハ/ニセアポロ/ムカシウスバ)Archon apollinusは、一見した姿こそギフチョウ属とは全く異なりますが、実は遺伝的に最も近い血縁にある“姉妹種”です。ギリシャ・サモス島にて 2022.3.30
「萌葱Books」新刊書の内容の一部を先行紹介していきます。
*近日中に刊行予定。
萌え始める樹々の薫りと光と風の物語【その2】
The story of early spring, budding of trees, fragrant, light and wind,,,,,
【大都市に生き残った“絶滅危惧種”】
まず最初に訪れた(1988年)のが、上海の南の杭州です。文献によると、チュウゴクギフチョウは、長江河口の上海の南北に位置する杭州と南京、やや内陸の武漢などにも分布するとされています。いずれも中国有数の大都会です。そこにギフチョウの姉妹が棲んでいる、、、俄かに信じることは出来ません。
でも、ギフチョウだって、少し前までは、東京の近郊にも棲息していたのです(多摩丘陵の一角など、ほとんどの産地で絶滅し、現在では首都圏では唯一神奈川県の石砂山だけに残存分布している)。
そもそも、ギフチョウのメインの棲息地は、四季の移り変わりによって常に遷移が繰り返され続けている、「中間温帯林」(クリ・コナラ林)です。
その空間はまた、人間の活動拠点とも重なります。そのために「原型」はほとんど消滅し、人為的に整えられた、いわゆる「里山」の雑木林に置き換わりました。人間の手によって常に管理され、萌芽更新を繰り返していくことで成り立つ環境です。そこに、ギフチョウもセットになって残存し、改めて人類と共に繁栄し続けた、というわけです。
里山の新萌林の主な役割は、燃料としての薪炭の確保です。しかし、人間社会の更なる近代化から、そのような素材は不要とされていき、里山的環境も急速に消滅して行きます。ギフチョウもそれに伴って姿を消していったのです(ただし、人の手の及ばない深い山の渓谷の崩壊地や、人里近くでも冬に積雪が多く開発が困難な急斜面の樹林などには、今も棲み続けています)。
筆者は、中国大陸には、大都市の周辺にも、そのような“原型”が残っているのではないだろうか?と考えました。
いましたね。町のど真ん中、西湖を取り囲む住宅街やお茶畑に隣接した、食草ウマノスズクサ科カンアオイ類の生える、木漏れ日の雑木林の中を、多数のチュウゴクギフチョウが舞い飛んでいました。
ただ気になったのは、(幼虫の食草は沢山有っても)成蝶の吸蜜源たる在来種の草本の花が極めて少なかったこと。それと幾らなんでも余りに町の中過ぎます。都市化の波は半端ではない。大丈夫なんだろうか?
その懸念は的中しました。数年後、チュウゴクギフチョウは、杭州の町中から、一斉に姿を消してしまったのです。
【「里山」のモデルとしての“動き続ける極相”】
もう一つの種、オナガギフチョウの分布の中心は、陝西省西安市の近郊です。西安は、やはり中国有数の大都会です。しかし、杭州や南京や武漢のチュウゴクギフチョウと違って、こちらの発生地は市の中心部からだいぶ南へ離れた、標高2000~3000mの山並みが続く太白山(秦嶺山地)の中腹です(ちなみにここにはチュウゴクギフチョウも混棲しています、、、、もうひとつちなみに、日本の佐渡で絶滅したトキの唯一の在来分布地でもあり、ジャイアントパンダの分布東北限でもあります)。
険しい山腹の急斜面を温帯落葉(夏緑広葉)樹林が、へばりつくようにして覆い、その林床にオナガギフチョウの食草であるタカアシサイシンが生えています。花弁のない地味な色のカンアオイ属と違って、鮮やかな黄色い花弁を持つ、全体の印象がウマノスズクサ属にも似た、背の高い草本です。
そこは、立っているのも困難なほど、急峻な斜面です。常に土壌が崩壊し、場所を移るたびに石や岩が崩れ落ちていきます。生える樹木は、ブナ科やカエデ科を中心とした、日本の里山の雑木林を構成するメンバーです。しかし、人間の手で整えられ、維持されて来た里山雑木林と違って、人間とは無関係に、遥かな昔から存在している天然の森林です。
自然の現象で崩壊が繰り返されていくことによって、いわゆる中間温帯林の植生が成り立っているわけですね。そこは里山・雑木林の原型であり、人間の手で「常時遷移」が調節される代わりに、何の手を加えずしても、常に遷移の途上が保たれ、“動き続ける極相”が出現するという、一見アナクロティックな関係性が成り立っているわけです。
この秦嶺山中の「天然の雑木林」には、筆者は30年以上通っています。そして、「春の女神」たちは今も健在です
オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地 陝西省秦嶺2005.4.25
オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地 陝西省秦嶺2005.4.26
オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地(野生のハナズオウ) 陝西省秦嶺1995.5.3
写真⓻オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地 陝西省秦嶺2005.4.26
オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地 陝西省秦嶺2005.4.26
写真⓽オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地 陝西省秦嶺2005.4.26
オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地(食草タカアシサイシン) 陝西省秦嶺2005.4.26
オナガギフチョウLuehdorfia taibaiの棲息地 陝西省秦嶺2005.4.26
ギフチョウLuehdorfia japonicaの棲息地 新潟県浦佐市2020.4.15
ギフチョウLuehdorfia japonicaの棲息地 新潟県浦佐市2020.4.17
モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.24
モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.24
モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.24
モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.25
モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.24
モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.24
モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.25
モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.25
モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.27
モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.27
モエギチョウArchon apollinusの棲息地 ギリシャ・サモス島 2022.3.25