Gentiana arethusae 輪葉竜胆 (地域集団:四川省雪宝頂)
〔sect. Kudoa 多枝組〕
ナナツバリンドウ 輪葉竜胆 Gentiana arethusae。 四川省雪宝頂 標高4200m付近。 2005.9.25
一般論としてだが、日本でも中国でも、北半球中緯度の、いわゆる中間温帯地域(四季がはっきりし、日本大都市圏の多くが相当する)に於いては、植物でも昆虫でも、最も数多くのバラエティに富んだ種が現れるのが、6月の夏至の前後であり、梅雨の晴れ間でもある。
南に向かうにつれ、その傾向は曖昧になる。逆に北方ではより明瞭になり、生物たちの出現は一時期に集中する。日本の高山地帯では、6月より一か月遅れの7月が中心。8月の後半以降は秋の様相を示し、9月には紅葉が始まる。
低地の多くの場所においても、8月は暑くて、野生生物の積極的な活動は行われていない(クーラーなどを頼りにして走り回っているのは人間ぐらいのものだ)。
野生生物の種類数が最も多いのは、6月から7月。
野生生物の個体数が最も多いのが、9月から10月。
(8月は“夏休み”)
前者には、古くから在来分布している(しばしばその地域に固有の)種が中心となり、後者には、比較的近年になった分布を広げてきたと思われる、他の地域にも広く普遍的に見られる種が多く含まれる。
リンドウ科の種の多くは、その流れに沿わない。ハルリンドウなどの春咲きの種を除く大半の種が、(その多くは固有種を含む古くから在来分布種であるにも関わらず)秋になって花の季節を迎える。
高山帯(や緯度が高い地域)では、8月の後半は既に秋、大半の種が咲き終えている。9月-10月は、各種リンドウ 類の独り舞台となる(他にはトリカブト類や秋咲きキク科の種)。僕が本来対象としている蝶においても、それは同様である。
ということで、通常、調査撮影に赴くのは、概ね7月いっぱいまでであることが多い。春咲きの小型リンドウ類はともかく、他の多くのリンドウ科の種に出会うチャンスは少ない。
ヤクシマリンドウの対応種とされる、中国西南部高地帯産の「輪葉竜胆」類も、開化期は9月~10月と(「中国植物志」などの文献に)記されている。どうにかして自分の目で確かめたい。
それで、他の多くの植物や昆虫は無視して(季節としてはシーズンオフだ)、「輪葉竜胆類」探索にピンポイントを絞って、秋に現地を訪れることを決意した。
2005年9月末。メインの目的地は雲南省の白馬雪山であったが、成都インの交通ルートを選んだので、スケジュールを数日だけずらして、四川省北部の雪宝頂(黄龍渓谷に向かう途中の標高4200mの峠)に、とんぼ返りで向かうことにした。
夏にはそれまでに(最初は1989年)何度もこの地域を訪れているが、花がまだ咲いていない時期なので、見つけることは出来なかった。通常はローカルバスを利用して、何度か乗り変えながら成都から黄龍に向かう。今回は、飛行機を利用してのピストン。「輪葉竜胆」との邂逅のため、2泊3日の突貫スケジュールである。
到着翌日は渓谷の上部を探索、見つけることは出来なかったので、最終日の帰路、路線バスを乗り捨てて、峠の周辺の探索に賭けることにした。あいにく吹雪のような最悪の天候である。ずぶぬれになって探したら、見つけた。傘をさして、雨と風が弱まるのを待ち、始めて出会った「ヤクシマリンドウ近縁種」の、唯一の写真を撮影することが出来た。
雪混じりの雨で花が閉じた状態(この天候では当分開かない)ゆえ十分とは言えないのだけれど、僕にとっては、この一枚が撮影できたことは、大きな成果だった。
夜、成都に戻り、夜行の列車で昆明に向かい、バスで香格里拉を経由して、目星をつけていたメインの探索地、白馬雪山に転進したのは、その3日後である。
雲南省最西北部の白馬雪山は、長江上流域とメコン川上流域を分ける分水嶺で、その峠は標高約4300m。ここで「輪葉竜胆類=ここでは“ナナツバリンドウ”と呼んでおく」の大群落に遭遇し、数多くの写真を撮影することが出来た。
次回(第12回)からは、雲南省に移って、白馬雪山の“ナナツバリンドウ”について紹介していく。
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「ヤクシマリンドウの中国大陸産対応種群」「ナナツバリンドウ」「輪葉竜胆 (中国文字では“轮叶龙胆”だがパソコンで示すのには手間がかかるので相当する日本漢字を使用した) 類」「ヤクシマリンドウ系(ヤクシマリンドウ組)」「Kudoa」「轮叶系(多枝組)」「七叶龙胆」「川东龙胆(ほかに「六叶龙胆」「六叶龙胆」etc.)」といった名称の使用についてのメモ。
このグループの紹介は、このあと7~8回に亘って続く予定なので、簡単に整理しておく。
上記の各名称は、「ほぼ同義語」と考えておいていただきたい。臨機応変に(あまり根拠なく)使い分けて置く。まあ、客観的に見れば、まるで無責任であるように思われるだろうけれど、(頭の悪い、笑)僕なりに熟考した結果である。
竜胆属Gentiana中の、「多枝組Kudoa」に含まれる「輪葉系」の種は、以下のような観点から、纏められている。
輪葉性、すなわち、茎の同じ位置から、3ないしそれ以上(3-8枚)の葉が派出していること。
茎頂に近い部分の葉の派生様式と、萼裂片の様式は、相関性があるように思われる。通常、萼裂片は、花をつける茎の最上部の葉と一応区別がつく(最上部の輪葉と萼裂片の間に間隔があく)場合が多いが、茎の輪葉の様式が
そのままの流れで、茎葉最上部の輪葉と全く同じ状態となって、萼裂片が構成されている例も少なくない。
ただし、萼裂片がほぼ常に概ね5~8片から成るのに対して、花茎最上部の輪葉の数は、それ(萼裂片)と同数のことも有れば、それより少ない(例えば3~4数)こともある。後に述べる(同組の別系に分類されている)フタツバリンドウ(すなわち対葉種)でも、萼裂片数が特に少なくなることはない。
ちなみに輪葉性の種の場合、同じ花茎に着く「輪葉」の数は、通常茎の位置(上下)によって異なる。
「中国植物志」そのほかでは、それら葉の状況(主に輪葉枚数)に基づいて、この系に所属する種(すなわち輪葉性のリンドウ)を8つの種/変種に分割しているようである。
「中国植物志」に掲載されている8種(1変種を含む)は、次のとおり。
*中国語版と英語版は微妙に内容が異なり、和名を含む細部は僕の判断で調節した。
Gentiana ecaudata C. Marquand 1923
无尾尖龙胆 オナシリンドウ
西蔵東南部/雲南西北部 3000-4000m meadow slopes 生態写真:1枚、標本写真:4枚
Gentiana ternifolia Franchet 1884
三叶龙胆 ミツバリンドウ
雲南北部3000m-4100m wet meadow 生態写真:なし、標本写真:29枚
Gentiana yakushimensis Makino 1909
台湾轮叶龙胆 ヤクシマリンドウ
台湾/日本 標高不明 grassland slopes(!←青山注) 生態写真:(別植物栽培3枚)、標本写真:1枚(詳細不明)
Gentiana viatrix Harry Smith 1937
五叶龙胆 イツツバリンドウ
四川北~西部 3400-4800m alpine meadows, forest margins 生態写真:31枚(2個体)、標本写真:10枚
Gentiana tetraphylla Maximowicz ex Kusnezow 1894
四叶龙胆 ヨツバリンドウ
四川北~西部 3300-4500m grassland slopes 生態写真:なし、標本写真:8枚
Gentiana hexaphylla Maximowicz ex Kusnezow 1894
六叶龙胆 ムツバリンドウ
四川北~西部/青海東南部/甘粛南部/陝西(太白山) 2400-4400 m grassland and roadside slopes, alpine meadows, scrub 生態写真:約150枚、標本写真:約120枚
Gentiana arethusae var. arethusae Burkill 1906
川东龙胆 カワヒガシリンドウ
四川東部 2000-3000 m grassland slopes 生態写真:なし、標本写真:なし
Gentiana arethusae var. delicatula C. Marquand 1931
七叶龙胆 ナナツバリンドウ(*狭義)
西蔵東南部/雲南西北部 2700-4800 m grassland slopes, alpine meadows, scrub meadows, forest margins, roadsides
生態写真:約250枚、標本写真:約130枚
それらの処遇の正否はひとまず置くとして(同じ個体の同じ花茎に関しても輪葉数は一定していない)、別の形質や傾向(花色、花冠の形、花筒の太さや長さ、個々の葉の形、種子を含むその他細部の形状等々)も複数に入り組んでいて、そのうちの幾つかは“種間”で連続しているように思える。
では、それら(多枝組輪葉系に含められる各種)を“同じ種”と見做して良いのか、というと、その両極の個体を見る限り、全く異なる。とても“同一種”とは言い難いのである。
では、やはり“複数の種”として捉えるべきなのか、と言えば、様々な形質が様々な組み合わせで、種ごとにクロス・オーバーしているようにも見える(具体的な説明は第16回に予定)ので、(どこで線引きしてよいか分からず)結局一つに纏めて置くほかなくなってしまう。
ここでは、(ヤクシマリンドウを除く輪葉系7種中6種を)強引に「輪葉竜胆*日本名と学名についてはこのあと考察」として(あくまで便宜上)一つに纏めておくが、そうなると今度は、同組別系(華麗系)種のフタツバリンドウ(第18回に紹介予定)との関りも、改めて考察する必要が起こってくる。
ということで、全く適当に“一種”として纏めておくのだが、となれば、「学名」「和(日本)名」はどのように表記すれば良いのだろうか?
「輪葉系」の各種の中で、最も早く記載が為されているのが「三葉竜胆Gentiana ternifolia」なので、“統合”(ただしヤクシマリンドウ以外)するとなればこれを使用することになるのだろうが、、、。生態写真は紹介されていないし、標本写真をチェックしても典型的な“輪葉竜胆”の特徴を示しているとは思えないので、使用を躊躇う。
といって、一般的には最も対外的に紹介されている「川東竜胆Gentiana arethusae var. arethusaeの変種Gentiana arethusae var. delicatula七葉竜胆」は、記載年がかなり後である。
さらに、原変種**(注:後述) 「川東竜胆」と、変種「七葉竜胆」の関係が、よく呑み込めない。「川東竜胆」は、この仲間としては例外的に低い標高に分布し(3000m以下、ヤクシマリンドウを除く7種変種の中で唯一標高4000m以上には分布しない)、分布域も他の種変種からかなり離れたところに位置している。この仲間としては、かなり特異な存在である。
なおかつ、その存在自体が、ほとんど知られていない(原記載の後どれほどチェックが為されているのだろうか?)。これを、この仲間の全体の代表とするのは、更なる躊躇を余儀なくされる。
ということで、ほぼ消去法で、全く暫定的便宜上処置として(こう表現すればともかく別の表現では“適当に”、笑)、全体に対する種名を、(狭義には“六葉竜胆”に相当する) Gentiana hexaphyllaとし、和(日本)名と中国名に、それぞれ「ナナツバリンドウ」と「輪葉竜胆」を当てて置く。
でも、正直のところを言えば、一つに纏めてしまうには、余りに無理があるようにも思う。なので(どうせ「適当に」処理するのならば)、両極の典型にそれぞれ「名」(一方は「ナナツバリンドウ」Gentiana hexaphylla、もう一方はこれから考える予定)を付けておく。
今、ちょっと迷っているところなのだけれど、、、「どうせ“適当”」なのだったら、やっぱり、インターネットでチェックする限りに於いて最も頻繁に出てくる(画像約250枚チェック)Gentiana aretusae var.delicatulaを「輪葉竜胆」全体の名に与えておいたほうが良いかも知れない(Gentiana hexaphyllaとされる画像は約150枚チェック)。変種名は、この際無視。
ということで、
一群(ヤクシマリンドウを除くヤクシマリンドウ系)に対しての名を、
日本語:ナナツバリンドウ
中国語:輪葉竜胆
学名:Gentiana arethusae
としたうえで、便宜上、各地域ごとに分けて紹介していく。
対応する種は、同じ「多枝組」でも(葉が輪生にならないことにより)別series「華麗系」に置かれるGentiana veitchiorumフタツバリンドウ(蓝玉簪龙胆)またはその近縁分類群。
ナナツバリンドウのうち、フタツバリンドウとの中間的な形質を示す個体を、Gentiana ternifoliaミツバリンドウ(三葉竜胆)あるいはGentiana hexphyllaムツバリンドウ(六葉竜胆)に暫定的に当て嵌めて置く(どちらを選ぶかこれから考える)。
冒頭に紹介した、四川省雪宝頂の一個体は、多くの個体(チェックした限り全ての個体)が典型Gentiana aretusae var.delicatulaであった雲南省白馬雪山産と、ほぼ変わらないように思われる(ただし「中国植物志」においてはGentiana arethusaeの分布域に四川省は含まれていない)。
**【原変種】という言葉について。
僕はこの日本語呼称があまり好きではない(しかし決められた用語なので使わざるを得ない)。
なぜ好ましくないと思うのかと言えば、多くの人たちに誤解を与えかねない言葉だからである。「原」というのは、たまたま人類(研究者)が最初にチェックした、ある特定の分類群(「種」と考えて貰っても良い)の中の、他と区別が可能な下位の分類単位、という“事務的手続き”を指す「原」なのであって、植物自体の在り方(いわゆる“母系集団”であるか否か)とは全く関係がない(原亜種の場合も同様)。
僕としては、「原名変種」「原名亜種」と呼びたいのだが、それは手続き上(慣例として?)許されないのだそうである。ちなみに、動物の分類の方では、「原亜種」ではなく「原名亜種」を使う。
雪宝頂5588m 1995.8.6
黄龍渓谷 1995.8.7
黄龍渓谷 2005.9.24