青山潤三の世界・あや子版

あや子が紹介する、青山潤三氏の世界です。ジオログ「青山潤三ネイチャークラブ」もよろしく

中国のリンドウ(竜胆Gentiana)のことⅡ 南西諸島と中国大陸のヘツカリンドウ

2021-01-29 20:51:25 | 中国の竜胆


★ 「コロナ(←としておかないと読んで貰えないだろうから、すみません、ほとんどコロナ書いてません)」
「コロナとマスクと三四郎」に、いいね!、応援、役だった、続き希望を押してくださった方々、ありがとうございました。


 
“お前を社会的に抹殺してやる”、、、、もう40年以上前から、いろんな世界(昆虫や植物など自然科学の分野、いわゆる「文学」の分野、個人的な問題etc.)で、そう言われ続けて来ました(そのようなことを言えば、第三者は「被害妄想」と決めつけるので、更に辛くなる)。
 
冒頭に記した表現では余りに扇情的かも知れません。もう少し柔らかく「あなたのようスタンスでいればこの社会では生きて行けませんよ」という忠告、と受けとったほうが良いのでしょうが、実際にはそんな生易しいものではないです。「地位も資格もないのに勝手なことをやるな、続けるなら村八分にする」これでも穏やかなほう。概ね良く知っている人からではないのですよ(面識ない人多数)。僕の存在自体が忌避されているのですね。そして無視される。
 
なぜそこまで嫌われねばならぬのか、僕には分かりません。まあ、よほど人徳がない(with頭が悪い)ということなんでしょうが(笑)。
 
今、中国のリンドウに取り組み始めて、様々な文献を当たっています。植物に限らず、蝶や蝉の場合も含め、印刷本で刊行したもの、ブログなどで発表したものに関わらず、僕の仕事は、ことごとく無視されていますね(笑)。
 
心が折れてしまいます。
 
リンドウ科センブリ属のヘツカリンドウについても、2011年から数十回に亘って「青山潤三の世界・あや子版」に書き続け、2012年の春、それらの記事を基に、『Swertia tashiroi complex:辺塚竜胆(沖縄千振、琉球曙草)と小豆姫竜胆/Some document about Swertia tashiroi(Gentianaceae)Vol.1~Vol.3』として、計466頁(493photos)の作品の販売を始めましたが、結局一冊も売れることなく、完全無視されたまま今に至っています。
 
この機会にブログに再録しておこうと思います。内容を重複記述していますが、とりあえずはそのままにしておきます(ただし「ヘツカリンドウとアズキヒメリンドウの比較」の纏めの部分は三度繰り返されているので最初の一つを削除)。
 
先に文章だけ紹介し、本来の主題である(vol.2/vol.3を併せた)466枚の写真と(組写真を付随した)19の表は(ブログ作成上の手間がかかりそうなので)一時保留し、後ほど付け加えていく予定でいます。
 
もともと今回のブログ「中国のリンドウのこと」は、第2回目に『ヤクシマリンドウGentiana yakushimensisと中国産近縁種群について』、3回目は『屋久島と中国産のツルリンドウ属Tripterospermumについて』(前回のブログ記事で「“社会的抹殺云々”の実例を次々回に示します」と予告した話題はこちらに含まれる)で進めて行く予定だったのです。急遽「ヘツカリンドウ」を前倒しで紹介したのは、わけがあります。
 
それは上記したようなネガティブな問題ではなく、僕にとっては久々のポジティブな朗報を得たからです。そのことについては、末尾に記します(太文字下線の部分の実証)。
 
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Swertia tashiroi complex辺塚竜胆(沖縄千振、琉球曙草)と小豆姫竜胆/Some document about Swertia tashiroi(Gentianaceae) Vol.1
 

ヘツカリンドウは、リンドウ科センブリ属の野生植物。本土の人々には馴染みのない南の植物だが、沖縄では冬の風物詩として親しまれている。
 
花はごく小さく、通常、径1㎝あるかないか。原則として、照葉樹原生林内の暗く鬱閉した急な斜面に生育、茎は細長く雑然と枝を散生し、花は下向きに咲くため、普段は裏側の地味な緑しか目に留まらない。冬のごく限られた時期にだけ咲くことも、この花に出会うのが至難の業である要因の一つとなっている。
 
といって、決して見つけるのが困難な植物と言うわけでもない。どの植物にも負けない、絶好の目印がある。異様ともいえる、肉厚の幅の広い葉。それが崖や地面にへばりついている様は、否応にも目立つ。冬の沖縄の山歩きをすれば、誰もが遭遇しているはずである。しかし、その(一度見れば忘れ難い印象を残す)異様な大きな葉の上に、細長い茎が伸び、小さな美しい花が咲いているとは、ほとんどの人が気付かずに通り過ぎていることと思う(もっとも沖縄の自然愛好家の間では非常に有名な植物ゆえ、この花の探索を目的に冬の山歩きをしている人も多いかも知れない)。
 
和名は、最初に発見された、九州南端大隅半島の小集落「辺塚」にちなむ。「リンドウ」とは似ても似つかぬ(一見、極小の「ユリ」を思わせる)外観だが、紛い無きリンドウの仲間である。学名の種小名は、南九州の植物の研究に多大な功績を遺した、田代善太郎氏に献呈されたもの。
 
その大隅半島(稲尾岳や甫与志岳周辺)を北限に、屋久島や奄美大島を経て、南は沖縄本島周辺(南限は久米島)まで分布する。この分布様を式は、クロイワツクツク(昆虫、セミ科ツクツクボウシ属)とほぼ一致し、幾つかの生物の分布様式の典型となっている。
 
大多数が寒冷地に分布するセンブリ属の中では、例外的と言って良い、亜熱帯性の種である。近縁種としては、南琉球(八重山諸島石垣島と西表島)に固有分布するシマアケボノソウ(ヘツカリンドウと同一種の別変種とする見解も多い)があり、近年になって、第3・第4の種が、台湾の北部と南部から発見されている。
 
中国大陸からは、(筆者の知る限り)現在まで、特に近縁な種は知られていない。しかし、島嶼部などの限られた地域のみで繁栄するこれらの種の祖先種(関連種)は、必ずや大陸部でも見つかるはずである。上海から香港にかけての沿岸山地での調査を期待したい。
 
ヘツカリンドウには、この後述べるように、いくつかの地域間で明瞭な差異(「変異」ではなく「安定差」)がある。しかし、これまで地域間の分類群(種、亜種、変種など)は、特に分けられないできた。沖縄本島産に、著しい個体変異が生じることから、他の産地の特徴は、そのバリエーションの延長と考えられてきた節がある。
 
 その反面、系統的な分類とは無関係と思われる、生育環境などに即した変異型に対して、幾つかの分類群名が記載されている。奄美大島の海岸個体群に対し変種オニヘツカリンドウSwertia tashiroi var.latifolia、屋久島高標高地産の矮生集団にSwertia tashiroi var. yakumontanus、同じく屋久島産で花被片4数の個体に対し変種ジュウジアケボノソウSwertia tashiroi var.cruciata、伊平屋島産の花被片多数の個体に品種ヤエザキヘツカリンドウSwertia tashiroi f.plena、が、その例である。
 
ヘツカリンドウの生育環境・標高は、各産地とも多岐に渡る。著者の確認地に限って示すと、屋久島では、モッチョム岳下部の標高100m~500m付近(主な撮影地は300~400m付近)と大株歩道の標高1000~1100m付近、伊平屋島では、集落部の標高50m付近と賀陽山上部の標高200~250m付近、奄美大島では、名瀬市街地周辺の標高50~100m付近と、湯湾岳上部の標高550~600m付近、沖縄本島では、与那覇岳中腹の標高250m付近と、山頂近くの標高450m付近、津野岳上部の標高350m付近、および石川岳山頂近くの標高180~190m付近。おそらく、各島とも、海岸部から山上部(屋久島の山頂部は除く)まで、広い範囲に亘って生育しているものと思われる。ただし(偶然かも知れないが)著者の印象では、連続して分布しているというより、低地帯の人里周辺と山頂部付近に分かれて見られる傾向があるように感じる。
 
生育環境に関しても、大きく2分し得るように思われる。一つは、人為が強く加わった、車道の法面などの比較的日当たりの良い開けた環境(伊平屋島の集落に近い駐車場、沖縄本島与那覇岳中腹の森林公園、奄美大島名瀬市街地の公園や海岸近くの農園など)。もう一方は、人為的な介入がほとんど成されていない原生的な環境で、急峻な斜面の鬱閉した照葉樹林内林床(屋久島モッチョム岳中腹、伊平屋島賀陽岳上部、奄美大島湯湾岳山頂付近、沖縄本島与那覇岳山頂付近など)。いずれも平坦地ではなく、垂直に近い傾斜地の土壌が崩壊するような場所に生育していることは共通する。傾向として、前者では、草丈の高い(1m近くに及ぶ)株が多く見られるが、後者では比較的草丈が低く、中にはほとんど花だけが地面から直接咲いているように見える株も含まれる。ただし、同一地点でも、微環境の違いに因って、各々の株や花の形状は大きく異なる。
 
結局のところ、上記した花被片の枚数(同じ株に4片~7片の花が付くこともある)や、葉の厚さや広さ、全体の大きさなどは、環境の違いに基づいた適応的な変異と見るのが妥当であろう。
 
著者は、この後、それとは対極の次元にある、固有性を有した、かつ安定的な地域集団間の差異についての検討を試みるのだが、アカデミックな立場からは、上記したような、不安定で連続する集団のみを、この植物の種内分類群と結論づけ、何らかの系統関係を反映している可能性のある地域間の固有の特徴は、完璧に無視されてしまっている、というのが現状なのである。
 
その「根本的」な次元での、変異の実態を、おおざっぱに(主にビジュアル的な側面から)指摘・検証していくことにする。屋久島、奄美大島、沖縄本島(北部と中部)、および伊平屋島産は、自らの調査・撮影による。大隅半島産と久米島産(八重山産の「シマアケボノソウ」や台湾産近縁2種も)は、インターネット上のブログなどを参照した
 
最初の発見地、大隅半島産は、純白(うっすら緑)の地色。基本5枚の花被片の中央に、丸い緑の密線(蟻が群がる)を配する。シンプルで清楚な印象の、いわば緑の日の丸。
 
奄美大島や沖縄本島(中~北部にのみ分布)産もこれに準じるが、地色は白に加えて淡緑~青~紫を帯び、花被片の先半部などに様々な模様を配する。蜜腺の数や形も、単一のものから2分するものまで様々。ことに与那覇岳周辺産は著しく多様で、まるで宝石箱から散らばったような趣である。
 
沖縄本島には、北部の与那覇岳(498m)周辺の他に、もう一か所産地がある。中部の石川岳(190m)。興味深いことに、多様極まりない与那覇岳産とは対照的に、大隅半島産と同じ、シンプルなタイプのみ(白~淡黄緑色の地に丸い大きな緑の蜜腺)。ちなみに、本島の南西に位置する久米島産も、大隅半島産や石川岳産同様にシンプルなタイプ(インターネットでのチェック)。
 
さて これらとは全く異なる色彩斑紋の集団が、屋久島に分布している。濃赤色の地に金色の単一の蜜腺。花被片先半部に濃色の班点群を配する。その特徴は、全島でごく安定している。奄美・沖縄の集団は、地域によっては著しく多様な、おそらくあらゆるパターンと言っても良いほどのバリエーションが見られるが、唯一、赤~褐色系統の花は見出せない。
 
しかるに屋久島産は、全ての個体が、例外なく鮮やかな赤色を示す。どう考えても、大隅半島や奄美大島や沖縄本島産との間には、大きなギャップがある。なのに、誰もその事実を検証しないでいるように思える。その理由の一つは、沖縄本島産に著しいバリエーションが見られるため、そのうちの一つ(例えば紫色の個体)と重なると、漠然と思われている可能性。

加えて、屋久島などの「北琉球」と、奄美・沖縄の「中琉球」は、全く無関係の植物区系に属するとの妄信(「渡瀬線」の過度の評価)から、両地域の固有的生物相を、トータルに見渡そうという機運に欠けていること(その反面、「中琉球」と八重山などの「南琉球」については、常にトータルに捉えられている=「蜂須賀線」の過少評価)も、遠因となっているように思われる。
 
北の大隅半島産や、南の奄美・沖縄産は共通するのに、それらの地域に挟まれた屋久島産は全く異なる、それだけなら、似た例は他にもいくつかある。究極の興味深い現象は、もう一か所、屋久島から遠く離れた、かつ基本型の分布する、沖縄本島北部(国頭半島)と目と鼻の先の離島、伊平屋島に、屋久島と同一タイプの集団が分布するという事実。この島の個体群も、屋久島産同様、例外なく赤~褐色の地色と、花被片先半部の濃色の斑点群を持っている。屋久島産に比べ、色調がやや淡いなど幾つかの差異があるが、近接する沖縄本島産とは、こと色調に於いては、共通点が全くない。明確で安定した特徴で、沖縄本島産との間には、中間的個体、移行的個体を含め、何らの共通点も見だせない。
 
伊平屋島産と屋久島産の類似、および沖縄本島産との相違は、系統的な繋がりを反映しているのであろうか?それとも、単に偶然の出来事なのであろうか?
 
余りに不思議なこの現象は、偶然の所作として捉えるのが賢明なのかも知れないが、この島には、他にも同様の例が幾つか存在するのである。例えば、対岸の沖縄本島には分布しない(別系統の種が稀産)、野生アジサイのトカラアジサイ(近縁種を含め、屋久島やトカラ列島、徳之島などに分布)が見られる。
 
これら、南西諸島に於いて、「順番通り」ではない不思議な分布をする種は、非常に遠い過去(南西諸島が大陸と繋がっていた時代)に祖先集団が既に存在し、その後、陸地や島が何度も何度も切り離されたり、くっついたりを繰り返してきた結果、それぞれの地域で今に至っている(近い類縁関係の集団が順番に並ぶのではなく、バラバラに組み合わさっている)と捉えることが出来るかも知れない。
 
 改めて整理しておく。沖縄本島(中部の石川岳、および久米島=南限)産は、北限の大隅半島産と共通の形質を示し、中でも北部国頭半島(与那覇岳周辺)産は、著しく多様なバリエーションがある。そして、国頭半島と至近距離に位置する伊平屋島産は、その変異の中に全く含まれることのない、独自の形質を示す。その特徴は、遠く離れた屋久島産と共通する。屋久島・伊平屋島産(アズキヒメリンドウと仮称)の特徴は、沖縄本島産を含めた他の地域集団には、一切現れないのである。
 
仮に両者の間に、直接的な系統上の繋がりがないとしても、「祖先形質の共有」という可能性は、否定できないと思う。それは、系統とは別の意味で、重要な類縁関係を表示しているのだが、その辺りの事実は、DNA解析では知ることは出来ない。分子生物学的手法による本質の把握の、限界であるように思えてならない。
 
検証を行った、大隅半島、屋久島、奄美大島、沖縄本島、伊平屋島、久米島(大隅半島と久米島はインターネット画像に因る、他の地域も著者自身の調査に加え、ネット画像を追加チェックした)以外にも、文献上に記録のある産地として、種子島、三島列島(黒島)、口永良部島、トカラ列島(口之島、中之島、諏訪瀬島など)、徳之島、沖永良部島、慶良間諸島などが挙げられる。それらの地域の実態を検証したい。
 
南琉球八重山諸島の石垣島・西表島産のシマアケボノソウSwertia makinoanaも、種としてはヘツカリンドウに含める見解がある(その場合は、Swertia tashiroi var.makinoana)。しかし、少なくても花の印象は、他地域産のヘツカリンドウとは余りにもかけ離れていて、単系統上に位置するか否かの検証を行わねばならない。
 
台湾の北部と南部の、ごく限られた地域から、それぞれ最近2種の近縁種が記録されている(シンテンアケボノソウSwertia shintenensis/タイコウサンアケボノソウSwertia chengii)。写真図版と文章から判断する限りシマアケボノソウとの関連は薄いように思われる。ただし、北部産は、色彩斑紋に幾らかの共通点があるようにも思える。南部産はシマアケボノソウと全く共通点が見出されず、むしろ沖縄本島産などに類似するように思える。そして、屋久島・伊平屋島産以外には、唯一赤色系の花被片を持つように見えることは、興味深い。
 
今後、ヘツカリンドウの実態解明に当たっては、屋久島・伊平屋産と、大隅・奄美・沖縄・久米島産の比較だけでなく、上記以外の産地(例えば九州南西方の宇治・草垣諸島とか、台湾東南方の緑島や蘭嶼など)での分布の確認と併せ、既知各産地に於けるより詳細な調査が望まれる。
 
九州(南端部)~南西諸島~台湾(一部地域)で成立した、島嶼タイプといって良いこの種(または上種)の母集団は、どこかに存在するのであろうか? 中国大陸東南部(上海~香港間の沿岸島嶼や沿海山地)、或いは熱帯アジアが、その候補地と思われる。
 

最後に、系統分類上の諸問題は別にして、日本産の野生植物で、花の外観がこれほど多様なバリエーションに富んだ種は、他にないのではなかろうか? 宝石箱、あるいは万眼境を除いているようである。沖縄では、既にその魅力は知れ渡っているようだが、冬、野生植物の花が僅かしか見られない季節、この花の観察を目的に、各産地を訪れる自然愛好家が、もっと増えても良いのではないかと、期待している次第である。
 
2011年11月~2012年1月に、ブログ「青山潤三の世界・あや子版」に連載し、その一部をまとめて同年春に、青山潤三ネイチャークラブ会報「Nature Asia」に掲載した内容を、そのまま再掲した(電子ブック刊行際して、上記巻頭文のみ追加)。
 
*写真(77枚)は割愛しました。改めて紹介する予定です。
 
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ヘツカリンドウとアズキヒメリンドウの比較
*図表(1~2)は省略。
 
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屋久島および伊平屋島のヘツカリンドウ(アズキヒメリンドウ)について
*図表(3~4)は省略。
 
ヘツカリンドウSwertia tashiroiは、北は鹿児島県の大隅半島や甑島から、屋久島、奄美大島を経て、南は沖縄県の沖縄本島や久米島に至る地域に分布する、リンドウ科センブリ属の野生植物。八重山諸島(石垣島・西表島)産は、ヘツカリンドウと同一種に含める見解や、近縁別種のシマアケボノソウS.makinoanaとする見解がある。
 
各地域産がどのような関係にあるのかについては、ほとんど全くと言って良いほど検証されていない。ことに、屋久島産と他の地域(沖縄本島、奄美大島、九州大隅半島)産との間に、著しい色彩の違いがあるらしい、ということは、指摘されてはいても、深く詮索されることはなかった。
 
屋久島産の花色の基調は、全て濃小豆色(蝦茶色、赤褐色、チョコレート色)。基本的な色調や斑紋は極めてよく安定していて、花冠内面の色調が白色(帯淡緑色、帯淡青紫色)になることや、花弁先半部や周縁に青紫色の班紋が出現することはない。
 
一方、奄美大島産や沖縄本島産の花色の基調は、うっすらと緑がかった白色(沖縄本島産はしばしば地色が薄紫色を帯びる)。花色、斑紋、花弁の数(4~7 枚)や形(細長いものから円形に近いものまで)の変異は著しいが、基本的に地色は常に白(~淡緑、淡青紫)色、斑紋も青紫色で、小豆色や赤褐色を帯びることはない(九州の大隅半島産と沖縄本島中部の石川岳産は、白い花のみが咲くが、多様な変異の中の一形質が安定して出現しているものと考えている)。
 
このように、屋久島産と、その他の地域産とは明確に特徴が異なるのにもかかわらず、両者の関係は積極的に検討されていなかった。その理由は、奄美大島産や沖縄本島産のバリエーションが余りに豊かなために、「奄美大島や沖縄本島にも、紫色系の花が出現する、屋久島産の小豆色に連続しているのでは」と推測されてしまっている可能性。それと、全体の姿に、草丈が高いものや低いもの、葉が広く大きいものや狭く小さいものがあり、その多様な細部の変異にのみ目が行って、基本的な形質を基にした比較に取り組もうとする姿勢自体を、欠いていたからではないかと思われる。
 
これまでヘツカリンドウの種内分類群として報告されたものとしては、奄美大島産により記載された、変種オニヘツカリンドウvar.latifolia、沖縄県伊平屋島産により記載された、品種ヤエザキヘツカリンドウなどがあるが、前者は生育環境の違いに伴って出現する、多様で著しい変異を示す生態型の一つ、後者は八重咲きの個体変異に過ぎず、本質的な系統を探る分類形質とは無関係と考えてよい。
 
伊平屋島は、沖縄県の西北端に位置する、一島一村からなる離島である。筆者は、野生アジサイのトカラアジサイ Hydrangea kawagoeanaの探索に、度々この島を訪れている。トカラアジサイは、鹿児島県の三島列島黒島・口永良部島・トカラ列島の各島に分布し、なぜか奄美大島に欠如、徳之島と沖永良部島を経て、与論島や沖縄本島ではなく、伊平屋島に現れる、という不思議な分布様式を示している(屋久島のヤクシマコンテリギH.grossaseratta、台湾や中国大陸のカラコンテリギH.chinensisと同じ種とする見解もある)。
 
筆者は、そのトカラアジサイの探索と並行して、ヘツカリンドウの調査も行ってきた。この島のヘツカリンドウは、屋久島以外では唯一、小豆色の花が咲くのである。屋久島産同様に、例外なく地色が小豆色(屋久島産より色が淡く、チョコレート色と言ったほうが良いかも知れない)で、先半部に濃小豆色の多数の斑点を散布する。奄美大島と沖縄本島産は、著しく個体変異に富み、あらゆる班紋パターンが出現すると言って良いほどだが、屋久島産や伊平屋島産に共通する色彩・斑紋の個体は、全く見出せない。
 
伊平屋島の生物相は、トカラ列島や屋久島と、何らかの繋がりを持つように思われる。筆者は、その繋がりは、人類の活動が始まるより遥かに以前の、琉球弧が形成された、数 100 万年前まで遡って検証しなければならないと考えている。数100万年の時間の中で、沖縄の島々と、九州や、台湾や、中国大陸は、様々な組み合わせで、繋がったり離れたりを繰り返してきたはず。伊平屋島のトカラアジサイやヘツカリンドウも、その永劫の時間の流れと共に、今に至っているのである。
 
沖縄本島や奄美大島(及び九州大隅半島)のヘツカリンドウと、屋久島や伊平屋島のヘツカリンドウ(仮に“アズキヒメリンドウ” と名付けておく)は、全く別物(別種?別亜種?別変種?)の可能性がある。今後、分布北限とされる鹿児島県甑島や、分布南限とされる久米島の探索、石垣島・西表島の近縁種「シマアケボノソウ」との関係などを調べたうえで結論を出したいと考えている。
 
アズキヒメリンドウ=地色が小豆色(蝦茶色、赤褐色、チョコレート色)、班紋パターンは安定。
→小豆色で基半部も濃色【屋久島】
→チョコレート色(→☆)で基半部はやや淡色【伊平屋島】
 
(→☆)伊平屋島産の変異の傾向
●花色は、一般に屋久島産ほど鮮やかではなく、屋久島産に近い赤味強い濃色の個体、やや黒ずんだチョコレート色の個体、明るい茶褐色の個体など。いずれも屋久島産同様、蜜腺から先半分に多数の濃小豆色紋を散布する。
●花弁の形は比較的多様で花色にも(同一株の花でも)かなり顕著な濃淡差があるが、それ以外の変異は少ない。
●蜜腺は単一。
●花被片の数は 4~6 枚(現時点でのチェック)。
■については、沖縄本島・奄美大島産と共通。
 
ヘツカリンドウ(リュウキュウアケボノソウ、オキナワセンブリ)=地色は小豆色(蝦茶色、赤褐色、チョコレート色)でない。
→一様に白(帯淡緑)色【大隅半島、沖縄本島石川岳】
→様々な斑紋パターン(→☆☆)
→→地色は通常白色【奄美大島】
→→地色はしばしば淡青紫色【沖縄本島ヤンバル】
 
(→☆☆)奄美大島産・沖縄本島産の変異の傾向
●花弁の形と班紋の変異は著しい。
●一般に山上部原生林の個体は、花被片が細くて華奢。
●一般に山麓部の開けた環境の個体は、花被弁が幅広く大型。
●蜜腺は単一または二分、形は多様。
●花被片の数は 4~7 枚(現時点でのチェック)。
●花弁先半の模様は様々だが、常に濃青紫色。一様に塗りつぶされることが多く、斑点となる場合は、通常、側辺や下辺が濃く縁取られる。
●同一地点に生える株でも、花色、斑紋、蜜腺の形状などの変異は多様。
●同一株に咲く花にも、花の形、花色の濃淡、花被片の数などに顕著な変異が見られる(花色と花弁の模様は共通する)。
●場所により、白一色の個体のみ出現する地域(石川岳ほか、大隅半島産も同様)、多様な色彩斑紋の個体が出現するが白一色の個体は見られない地域、白一色の個体を含む多様な色彩斑紋が出現する地域、地色の青紫色が強く表れる地域、など様々。
■茎高や葉の大きさは、環境により著しい変異を示す。人為の手が入った場所の、例えば刈り取られて主茎が切断された株などでは、茎高1~2 ㎝の株に、小さな葉と、比較的大型の花を多数付けることがある。
■当年の実生株と、2 年目以降の株では、花数、(開花期を含む)開花状況などに、かなりの差が見られる。
 
 
【要約】
 
屋久島・伊平屋島産は、例外なく地色が小豆色(蝦茶色・赤褐色・チョコレート色)で、単一の蜜腺を中心に、先半部に濃小豆色の多数の斑点を散布する。
 
その他の地域(大隅半島・奄美大島・沖縄本島)では、地色や模様が小豆色になる個体は無い(地色は白・淡緑・淡青紫、斑紋は濃青紫)。奄美大島と沖縄本島産は、著しく個体変異に富み、あらゆる班紋パターンが出現すると言って良いくらいだが、屋久島・伊平屋島産に共通する色彩・斑紋の個体は、全く見出せない。
 
大隅半島(ネットでの検索画像による)・沖縄本島石川岳産は、白地(帯淡緑色を含む)に緑色の蜜腺を備えただけの、最もシンプルなタイプ。これは、奄美大島・沖縄本島(ヤンバル地域)産に見られる、著しい変異の一方の端の形質が固定されたものと仮定しておく。
 
本来のヘツカリンドウ(リュウキュウアケボノソウ・オキナワセンブリ)と、屋久島・伊平屋島タイプは、異なる系統に帰属する可能性が強く、近い将来、分類群を分けるべき(別亜種または別種)と考え、アズキヒメリンドウの和名を仮称しておく。
 
文献上の分布記録がある、甑島、徳之島、久米島産が、それぞれどちらのタイプに属するかの検証。種子島、三島列島、口永良部島、トカラ列島、沖永良部島など、未記録地域の再調査。石垣・西表島産シマアケボノソウとの関係の考察。台湾(文献記録あり)および中国(文献記録なし)などにおける(近縁種の)分布可否のチェック。DNA の解析による、各地域個体群の系統解析。以上を行った後、分類群の再編成を行う。
 
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形質の類似性は、おおむねⅠ⇔Ⅱ⇔Ⅲ⇔Ⅳ⇔Ⅴ⇔Ⅵ⇔Ⅶの順に沿って認められる。
 
*以下に付随する図表(5~10)は省略
 
●Ⅰ 石垣・西表島(シマアケボノソウSwertia makinoana) 花冠裂片内面の地色は白で、全体に明瞭な青色条を施す。裂片の幅は中位または広い。花冠は大型で、通常内向して漏斗状に開く。蜜腺溝は単一。
 
●Ⅱ 伊平屋島(イヘヤアズキヒメリンドウSwertia tashiroi?) 花冠裂片内面の地色は褐色~赤(淡白赤褐色・淡褐色・茶褐色・チョコレート色・蝦茶色・小豆色)。先半部に濃赤褐色班点をほ ぼ均質に散布する。裂片は幅広いものが多い。花冠はやや大型で、内向気味に開くことが多い。蜜腺溝は単一。
 
●Ⅲ 屋久島(ヤクアズキヒメリンドウSwertia tashiroi?) 花冠裂片内面の地色は赤(蝦茶色・小豆色・赤紫色)。先半部に濃赤褐色班点をほぼ均質に散布する。裂片の幅は中康ないしはやや幅広い。花冠は比較的大型で、反り返る傾向が強い。蜜腺溝は単一。
 
●Ⅳ 台湾(シンテンアケボノソウSwertia shintenensis/S.chengii) 花冠裂片内面の地色は紫(淡紫色・濃青紫色・濃紫色)。先半部は一様に濃紫色または濃色斑点を散布。裂片の幅はやや狭い。
 
●Ⅴ 沖縄本島(ヘツカリンドウ・リュウキュウアケボノソウ・オキナワセンブリSwertia tashiroi/S.kuroiwae) 花冠裂片内面の地色は白~青紫(白色・帯淡緑色・帯青紫色)。先半部は(無班を含む)様々な斑紋パターンを示す。花冠の大きさや裂片の幅の変異は著しい。蜜腺溝は一個(大きさや形は多様で、しばしば 2 個が接続した瓢箪形になる)または2 個。
 
●Ⅵ 奄美大島(ヘツカリンドウ・リュウキュウアケボノソウ・オキナワセンブリSwertia tashiroi・S.kuroiwae) 花冠裂片内面の地色は白~淡青紫(白色・帯淡緑色・帯淡青紫色)。先半部は(無班を含む)様々な斑紋パターンを示す。花冠の大きさや裂片の幅の変異は著しい。蜜腺溝は一個(大きさや形は多様で、しばしば 2 個が接続した瓢箪形になる)または2 個。
 
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筆者の観察に加え、インターネット上で検索可能な、ヘツカリンドウ近縁種群の特徴を纏めて見た(●▲は筆者の観察、○はネットによる確認)。先に記したように、抽出形質の類似性は、おおむねⅠ⇔Ⅱ⇔Ⅲ⇔Ⅳ⇔Ⅴ⇔Ⅵ⇔Ⅶの順に沿って認められる。
 
■草丈、葉の大きさと形、花冠裂片数は、全ての集団で多様な変異を示す。それ以外の形質について比較した。
 
*以下の表と写真(11~19)は省略。
 
対象地域:西表島/伊平屋島/屋久島/台湾(北部)/沖縄本島/奄美大島/九州(大隅半島)
 
比較形質:花冠内面の地色/花冠裂片先半部の紋の色/花冠裂片先半部の紋/花冠裂片の幅/花冠の大きさ/花冠の向き/蜜腺溝の数・形・大きさ/蜜腺溝の色
 
2011/01/09 記
 
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南西諸島産リンドウ科センブリ属の一新種 ≪記載準備草稿:東アジア生物地理学研究会会報Ⅱ2011/01/22≫
 
ヘツカリンドウ(リンドウ科センブリ属)には、従来から個体ごとに著しい変異があることが知られていた。そのため、花冠内面が小豆色をした屋久島産と伊平屋島産も、多様な変異の一端に含まれると考えられ、これまで他地域産との比較が行われないでいた。
 
屋久島・伊平屋島産は、例外なく地色が小豆色(茶褐色・チョコレート色・淡赤褐色)系で、単一の蜜腺溝を中心に、先半部に濃小豆色の多数の斑点を散布する。
 
その他の地域(大隅半島・奄美大島・沖縄本島)では、地色や模様が小豆色になる個体は無い(地色は白・淡緑・淡青紫、斑紋は濃青紫)。奄美大島と沖縄本島産は、著しく個体変異に富み、あらゆる班紋パターンが出現すると言って良いくらいだが、屋久島産や伊平屋島産に共通する色彩・斑紋の個体は、全く見出せない。
 
屋久島産および伊平屋島産は、その他の地域のヘツカリンドウとの間に、上記の形質において明確かつ安定的な相違があり、新たに独立種として記載する。
 
Swertia hottai Condensmilk, sp.nov.
Holotype:Japan, Okinawa Pref., Iheya-son, Feb.1,2011(伊平屋村役場).
和名:アズキヒメリンドウ 分布:屋久島、伊平屋島
 
ヘツカリンドウSwertia tashiroiは、北は鹿児島県の大隅半島や甑島から、屋久島、奄美大島を経て、南は沖縄県の沖縄本島や久米島に至る地域に分布する、リンドウ科センブリ属の野生植物。八重山諸島(石垣島・西表島)産は、ヘツカリンドウと同一種に含める見解や、近縁別種のシマアケボノソウS.makinoanaとする見解がある。
 
各地域産がどのような関係にあるのかについては、ほとんど全くと言って良いほど検証されていない。ことに、屋久島産と他の地域(沖縄本島、奄美大島、九州大隅半島)産との間に、著しい色彩の違いがあるらしい、ということは、指摘されてはいても、深く詮索されることはなかった。
 
屋久島産の花色の基調は、全て小豆色(蝦茶色)。基本的な色調や斑紋は極めてよく安定していて、花冠内面の色調が白色(帯淡緑色、帯淡青紫色)になることや、花弁先半部に青紫色の班紋が出現することはない(*1)。
 
一方、奄美大島産や沖縄本島産の花色の基調は、うっすらと緑がかった白色(沖縄本島産はしばしば地色が薄紫色を帯びる)。花色、斑紋、花弁の数(4~7 枚)や形(細長いものから円形に近いものまで)の変異は著しいが、基本的に地色は常に白(~淡緑、淡青紫)色、斑紋も青紫色で、小豆色や茶褐色を帯びることはない(九州の大隅半島産と沖縄本島中部の石川岳産は、白い花のみが咲くが、多様な変異の中の一形質が安定して出現しているものと考えている)。
 
このように、屋久島産と、その他の地域産とは明確に特徴が異なるのにもかかわらず、両者の関係は積極的に検討されていなかった。その理由は、奄美大島産や沖縄本島産のバリエーションが余りに豊かなために、「奄美大島や沖縄本島にも、紫色系の花が出現する、屋久島産の小豆色に連続しているのでは」と推測されてしまっている可能性。それと、全体の姿に、草丈が高いものや低いもの、葉が広く大きいものや狭く小さいものがあり、そ の多様な細部の変異にのみ目が行って、基本的な形質を基にした比較に取り組もうとする姿勢自体を、欠いていたからではないかと思われる。
 
これまでヘツカリンドウの種内分類群として報告されたものとしては、奄美大島産により記載された変種オニヘツカリンドウvar.latifolia、伊平屋島産により記載された品種ヤエザキヘツカリンドウf.plena、屋久島産により記載された変種ジュウジアケボノソウvar.cruciata、などがあるが、前者は生育環境の違いに伴って出現する多様な変異を示す生態型の一つ、後 2 者は花冠裂片の数の違いに基づく個体変異(同一株でも花ごとに花弁数が異なる)に過ぎず、本質的な系統を探る分類形質とは無関係と考えてよい。
 
伊平屋島は、沖縄県の西北端に位置する、一島一村(*2)からなる離島である。私は、野生アジサイのトカラアジサイHydrangea kawagoeanaの探索に、度々この島を訪れている。トカラアジサイは、鹿児島県の三島列島黒島・口永良部島・トカラ列島の各島に分布し、なぜか奄美大島に欠如、徳之島と沖永良部島を経て、与論島や沖縄本島ではなく、伊平屋島に現れる、という不思議な分布様式を示している(屋久島のヤクシマコンテリギH.grossaseratta、台湾や中国大陸のカラコンテリギH.chinensis と同じ種とする見解もある)。
 
そのトカラアジサイの探索と並行して、ヘツカリンドウの調査も行ってきた。この島のヘツカリンドウは、屋久島以外では唯一、小豆色の花が咲くのである。屋久島産同様に、例外なく地色が小豆色(屋久島産より色が淡く、チョコレート色と言ったほうが良いかも知れない)で、先半部に濃小豆色の多数の斑点を散布する。奄美大島と沖縄本島産は、著しく個体変異に富み、あらゆる班紋パターンが出現すると言って良いほどだが、屋久島産や伊平屋島産に共通する色彩・斑紋の個体は、全く見出せない。
 
伊平屋島の生物相は、トカラ列島や屋久島と、何らかの繋がりを持つように思われる。筆者は、その繋がりは、人類の活動が始まるより遥かに以前の、琉球弧が形成された、数100万年前まで遡って検証しなければならないと考えている(*3)。数100万年の時間の中で、沖縄の島々と、九州や、台湾や、中国大陸は、様々な組み合わせで、繋がったり離れたりを繰り返してきたはず。伊平屋島のトカラアジサイやヘツカリンドウも、その永劫の時間の流れと共に、今に至っているのである。
 
沖縄本島や奄美大島(および九州大隅半島)のヘツカリンドウと、屋久島や伊平屋島のヘツカリンドウ(アズ キヒメリンドウと名付けておく)は、全く別由来で成立した集団である可能性が考えられる。
 
アズキヒメリンドウ =地色が小豆色(蝦茶色、赤褐色、チョコレート色)、班紋パターンは安定。
→小豆色で濃色【屋久島】
→チョコレート色~茶褐色で淡色【伊平屋島】
 
ヘツカリンドウ(リュウキュウアケボノソウ、オキナワセンブリ) =地色は小豆色(チョコレート色、茶褐色)でない。
→一様に白(帯淡緑)色【大隅半島、沖縄本島石川岳】
→様々な斑紋パターン
→→地色は通常白色【奄美大島】
→→地色はしばしば淡青紫色【沖縄本島ヤンバル】
 
奄美大島産・沖縄本島産の変異の傾向
●一般に山上部原生林の個体は、花冠裂片が細くて華奢。●一般に山麓部の開けた環境の個体は、花冠裂片が幅広く大型。●同一地点に生える株でも、花色、斑紋、蜜腺溝の形状などの変異は多様。●同一株に咲く花にも、花の形、花色の濃淡、花冠裂片の数などに顕著な変異が見られる(花色と花弁の模様は共通する)。●場所により、白一色の個体のみ出現する地域(石川岳ほか、大隅半島産も同様)、多様な色彩斑紋の個体が出現するが白一色の個体は見られない地域、白一色の個体を含む多様な色彩斑紋が出現する地域、地色の青紫色が強く表れる地域、など様々。■茎高や葉の大きさは、環境により著しい変異を示す。人為の手が入った場所の、例えば刈り取られて主茎が切断された株などでは、茎高1~2㎝の株に、小さな葉と、比較的大型の花を多数付けることがある。■当年の実生株と、2 年目以降の株では、花数、(開花期を含む)開花状況などに、かなりの差が見られる。
 
伊平屋島産の変異の傾向
●花色は、一般に屋久島産ほど鮮やかではなく、屋久島産に近い赤味の強い濃色の個体、やや黒ずんだチョコレート色の個体、明るい茶褐色の個体、白味を帯びた淡赤褐色の個体、など。いずれも屋久島産同様、蜜腺から先半分に多数の濃小豆色紋を散布する。●花冠裂片の形は比較的多様で、花色にも(同一株の花でも)かなり顕著な濃淡の差があるが、それ以外の変異は少ない。■については、沖縄本島・奄美大島産と共通。
 
【花冠裂片の大きさと質】
ヘツカ:より小さく(10~20 ㎜)華奢
アズキ:より大きく(20~25 ㎜)剛健
 
【花冠裂片の概形】
ヘツカ:卵型~被針形(前後長/幅=1.5~3.5)
アズキ:卵形~楕円形(前後長/幅=1.5~2.5)
 
【花冠裂片数】
ヘツカ:4~7
アズキ:4~6(8 の報告有り)
 
【蜜腺溝の数】
ヘツカ:1~2
アズキ:1
 
【蜜腺溝の大きさと形】
ヘツカ:円型~楕円形(しばしば瓢箪型)、大きさの変異は著しい。
アズキ:円型~楕円形、大きさの変異は少ない。
 
【蜜腺溝の位置】
ヘツカ:中央(またはやや先方寄り)
アズキ:中央(またはやや先方寄り)
 
【蜜腺溝の色】
ヘツカ:明黄色~明黄緑色~明緑色~濁緑色(鶯色)
アズキ:明黄金色~濁黄金色(黄土色)
 
【花冠裂片内面の地色】
ヘツカ:白色~淡緑白色~淡青紫色~青紫色
アズキ:淡赤褐色~淡小豆色~茶褐色~小豆色
 
【花冠裂片内面先半部の模様】
ヘツカ:無班・中央や縁に青紫班・青紫斑を散布(非均一で部分的に集中)・全面濃青紫、など多様。
アズキ:常に濃小豆色の大型(時に小型)の斑点を、ほぼ均一に散布する。
(*1)伊平屋島産には、稀に地色の白っぽい個体が見出されるが、その場合でも常に淡赤褐色を帯びている。屋久島産にも、同様の傾向を示す個体が存在する可能性がある。
(*2)南端に小さな野鋪島があり、本島とは橋で結ばれている。
(*3)屋久島産と伊平屋島産に見られる共通性は、分化前の母集団から選抜された個体が、たまたま同じ形質を持っていた、あるいは、遺存的な潜在形質が、並行的に再現されたもの、と考えることが出来るかも知れない。しかし、母集団と考えられる近隣の地域(大隅半島・奄美大島・沖縄本島など)の個体群の中に、屋久島産や伊平屋島産と共通する形質を持つ個体が(多くの地域で著しいバリエーションを示す中にあって)全く見出せないのは、不思議である。将来の、DNA 解析の結果如何に係わらず、両集団(アズキヒメリンドウと典型的ヘツカリンドウ)の相関性については、様々な方向から、検証を重ねて行かねばならないものと思われる。
 
≪要約≫
 
屋久島・伊平屋島産は、例外なく地色が小豆色(茶褐色・チョコレート色・淡赤褐色)系で、単一の蜜腺溝を中心に、先半部に濃小豆色の多数の斑点を散布する。
 
その他の地域(大隅半島・奄美大島・沖縄本島)では、地色や模様が小豆色になる個体は無い(地色は白・淡緑・淡青紫、斑紋は濃青紫)。奄美大島と沖縄本島産は、著しく個体変異に富み、あらゆる班紋パターンが出現すると言って良いくらいだが、屋久島・伊平屋島産に共通する色彩・斑紋の個体は、全く見出せない。
 
大隅半島(ネットでの検索画像による)・沖縄本島石川岳産は、白地(帯淡緑色を含む)に緑色の蜜腺溝を備えただけの、最もシンプルなタイプ。これは、奄美大島・沖縄本島(ヤンバル地域)産に見られる、著しい変異の一方の端の形質が固定されたものと仮定しておく。
 
本来のヘツカリンドウ(リュウキュウアケボノソウ・オキナワセンブリ)と、屋久島・伊平屋島タイプは、異なる系統に帰属する可能性が強く、分類群を分けるべきと考え、アズキヒメリンドウの和名を提唱しておく。
 
文献上の分布記録がある、甑島、徳之島、久米島産が、それぞれどちらのタイプに属するかの検証。種子島、三島列島、口永良部島、トカラ列島、沖永良部島など、未記録地域の再調査。石垣・西表島産シマアケボノソウとの関係の考察。台湾(文献記録あり)および中国(文献記録なし)などにおける(近縁種の)分布実態のチェック。DNAの解析による、各地域個体群の系統解析。以上を行った後、分類群の再編成を行いたい。
 
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上記した“新種記載”は、最初から「有効」とは考えずに行いました。無視されることは織り込み済みで、ヘツカリンドウの面白さに注目を向けるための「釣り」です。でも「有効/無効」や「注目」以前に、ここまで完全無視されるとは、思っても見なかった。
 
というわけで、その後、冬には毎年のように、台湾での追調査&中国での探索を行いたい、そして改めてより内容の充実した作品を著そう、と思い続けてきたのですが、あっという間に10年が経ってしまいました。 
 
今回、中国のリンドウ科に取り組むに当たって、「中国植物誌」や「中国植物図像庫」のネット検索を続けていた際、もしや?と思って、センブリ属を詳しく検索してみました。ヘツカリンドウは載っていなくても、台湾産のSwertia shintenensisは載っているはず、と思ったのです。
 
アケボノソウを含むsectionの中に、Swertia shintinensisを見つけた。記述の上では台湾固有種となっていて、大陸部の分布には全く触れられていません。「正式には」大陸側には分布していないことになっているわけです(ちなみに台湾南部産のS.changiiは紹介されていない)。
 
しかるに、「画像」として付随されている「中国植物図像庫」の方には、いくつかの台湾産(撮影地の特定は曖昧)の写真に混じって、大陸側の個体が紹介されています。
 
2か所。福建省と広東省。
 
紛いなきSwertia shintenensis、いや、むしろ、ヘツカリンドウそのものと言って良いような、、、、。ちなみに、検索表では、アケボノソウSwertia bimaculataと同じセクションに位置づけられています。それが妥当かどうかはひとまず置くとして、肉質で著しく広く大きな葉を持つことなどをはじめとした、このグループ(八重山産や台湾産を併せた広義のヘツカリンドウ)の特異性には、気が付いていないようです。
 
花の色は、やや赤味がかった紫色、ヤンバルの紫味の強い個体と屋久島産の中間ぐらいです。密線溝の位置や形、花冠裂片の模様のパターンは、より屋久島/伊平屋島産(アズキヒメリンドウ)に類似して見えます。台湾産2種が、明らかにヘツカリンドウとは異なる固有の特徴を著しているのに対して、この大陸2地域産は(花冠裂片がごく細いことを除けば)ヘツカリンドウとの共通点をより多く保持しています。
 
(屋久島産や伊平屋島産をヘツカリンドウ一種に含めるなら)大陸産も同一種(Swertia shintenensisではなく、ヘツカリンドウSwertia tashiroi)として扱っても良いのではないか、と。
 
概ね、僕が思っていた通りの筋書きですね。南西諸島産ヘツカリンドウが「順番通りに繋がらない」という謎の鍵を、対岸地域(上海~香港沿海山地)の未知の集団が持っているはず、という。
 
広東省の記録地の方は、僕のアパートからさほど離れていない場所です。撮影は11月25日となっていますね。ヘツカリンドウとも一致します。まだ咲いているかも知れない。飛んで行きたい。それともモニカに行ってもらう?
 
でも、ここは落ち着いて、来年(今年の年末)の目標として、じっくりと計画を練っておくことにしましょう。
 
 
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10年前にアップしたアズキヒメリンドウ関連の旧ブログを紹介しておきます。
 

ヘツカリンドウ(辺塚竜胆)とアズキヒメリンドウ(小豆姫竜胆)-1

(2011-01-09 10:15:05 | 屋久島 奄美 沖縄 八重山 その他)
Swertia tashiroiの2つの系統につい...

ヘツカリンドウ(辺塚竜胆)とアズキヒメリンドウ(小豆姫竜胆)-2


(2011-01-10 15:48:08 | 屋久島 奄美 沖縄 八重山 その他)

ヘツカリンドウ(辺塚竜胆)とアズキヒメリンドウ(小豆姫竜胆)-3


(2011-01-11 15:34:24 | 屋久島 奄美 沖縄 八重山 その他)

ヘツカリンドウ(辺塚竜胆)とアズキヒメリンドウ(小豆姫竜胆)-4


(2011-01-12 16:28:26 | 屋久島 奄美 沖縄 八重山 その他)
屋久島および伊平屋島のヘツカリンドウ(アズキヒメリンドウ)について


(2011-01-13 22:21:27 | 屋久島 奄美 沖縄 八重山 その他)
 
 
2006.11.6 屋久島モッチョム岳 アズキヒメリンドウ 1

(2011-03-15 14:48:27 | 屋久島 奄美 沖縄 八重山 その他)
*1~19まで続きます。アズキヒメリンドウ(ヘツカリンドウ)の登場は、3からです。
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中国のリンドウ(竜胆Gentiana)についての断片的話題 Ⅰ

2021-01-18 20:09:31 | 中国の竜胆



リンドウ属の2種 2009.7.2 四川省康定~雅江(標高4500m付近)




せっかく、あや子さんが(「ブログ村」登録に当たり)「自然科学」のジャンルに入れてくれた(ジャンルは一つしか選べない)ので、一応自然科学関連の話題をアップしておこうと思う。

その前に、以前にも述べた「前口上」を、もう一度繰り返しておく(年寄りは同じ話が多い、笑)。「前置きいらない!リンドウの話だけでいい」という読者の方は、前半2/3ほどは飛ばすこと。
 
坪内逍遥(1859~1935)が「小説神髄」を著した直後の明治19年(1886年)、山田美妙(1868~1910)と二葉亭四迷(1864~1909)がそれぞれ別個に「言文一致」小説の制作に取り組んだ。

逍遥は、良くも悪くも謙虚な(小説家としての資質が欠如していることを自覚している?)人物なので、誰かが新しい文体の小説を著すことにそれとなく期待をかけていたように思える。

すぐさま、美妙と二葉亭(二人はたまたま幼馴染だったそうな)が名乗りを上げた。

美妙は、出たがり屋パフォーマー、いわば「軽い人」であったそうで(でも実は非常に謙虚で重厚な部分もある)、新しい文体創始者一番乗りを目指して(望み道りそれを果たして教科書にはそう書かれている、それ以外の実績は無視されちゃってるけれど)、いの一番に「言文一致」小説を発表した。

二葉亭のほうは、美妙とは正反対の「重厚な」人だった(「偏屈」と言い換えても良い?)らしく、「どうすれば新しい様式の小説を書くことが出来るか」深刻に悩んだ末、翌明治20年に「浮雲」を(逍遥名義の単行本で)刊行した。

二人とも、「最初の言文一致小説」に挑戦するにあたり、「~です(ます)」調で行くか、「~だ(である)」調で行くかで、 迷ったそうだ。

二葉亭は、一度は「~です」にする方向に傾きかけたが、逍遥に相談したところ、逍遥は「~だ」の方が良い、という意見だったので、最終的には「~だ」調を選択した。

一方美妙は、(二葉亭とは全く別経路で)「~です」調の小説を発表した。両者は殆ど同時期だったようで、今でもどっちが先との結論は出ていず、教科書には2人の名前が「言文一致の創始者」として並列されている。

後に、二葉亭が美妙から聞いた話として、“美妙も最初は「~だ」で行こうと考えていたそうだが結局「~です」を選んだとのこと、(最初「~です」調にしようと思っていたけれど結局「~だ」調を選んだ)自分とは正反対の推移だ”、と回想している。

スタートの時点から、「だ」にするか、「です」にするかで、悩んでいたわけである。ということで、135年経った今も、僕は、どっちにするかで迷っているわけだ。

美妙と二葉亭では、現在では圧倒的に二葉亭のほうが評価が高い(しかし嵐山光三郎氏の指摘のように、美妙を見直すべき、という意見もある)。また、現在の文体に於いては、一般的には「だ」が主流のように思う。だからというわけでもないけれど、前回に引き続いて今回も「だ」調で行く。別に今後これに決定するというわけではない。途中でまた「ます」調に変える可能性も大いにあり得る。

本題に入る。その前に、もひとつ別の前口上(笑)。

僕が全力で取り組んできた「野生アジサイ(アジサイ科アジサイ連)の系統と分布についての再検討」の膨大な写真と資料、および纏め終えた論文の全ては、修復を終えたまま未回収(修復費を毎月3万円づつ支払ってあと35万円、年末には戻ってくる予定)のHDD内に収納されている。

やはり長年取り組んできた“麦菜(中国の野生レタス)”関係の資料は、中国の部屋(現在は移動してモニカの実家)に置いたままだ。

僕の“本職”と言ってよい、蝶や蝉を纏めるには、(やはり上記の諸事情も関わって)少なくてもまだ2年や3年はかかる。

とりあえずは、手元に残っているハード・ディスクの整理を行うことにした。幸い、2009年と2010年に撮影した全原版写真、および野生アジサイや麦菜をはじめとした僕の専門(守備範囲)分野以外の、中国の野生植物の大半のデジタル写真は、何台かの健在HDDの中に収められている。

何かの拍子で再度アクシデントにあうと困る(また47万円かかる)ので、今のうちに、(僕がいなくなった後も利用できるように)モニカに原版写真を渡しておこう、と考えた。
 
むろんUSBメモリなりHDDなりに全ての資料を収納して手渡せば簡単なのだけれど、次にいつ中国に行けるか分からない(K氏の言うに“早くても再来年以降じゃないか”と)。また、それらを日本から国際郵便で送るとしても、いろんな制約があって、非常に手間がかかりそうである。それで結局メールで送信することにした。

野生植物といっても、僕が実際に自分で調べているのは、アジサイなど一部の分類群だけだ。しかし、写真は様々なグループに亘って撮影している。種数にして数千種、写真枚数にして数十万枚あるはずだ。

そこで、(とりあえずアジサイ以外の写真を)適当に選びつつ送り始めることにした。

最初は、以前モニカからリクエストのあったシャクナゲ(ツツジ)にした。シャクナゲについての知識は皆無に近いが、写真だけは腐るほどある。

「雲南」と「そのほか」に分け、「中国の植物全100巻:第一回【シャクナゲⅠ雲南】」として、2500枚の原版写真と、385頁のPDFテキスト(英語版)のモニカへの送信を開始した。

PDFテキストはともかく、原版写真(軽くしてあるがそれでも1枚1~2MBはあるので全部で数GBになる)の送信は並大抵ではない。一度に送る方法もあるそうだが、僕はその方法を習得できないでいる。だもので、アナログ的に数枚づつ送信していくことになる。

先日、約100回の送信で500枚ほど送り終えたところで、モニカのパソコンが受納キャパシティを越えてしまった。それで一時中断し、今後の方針を思案中、というわけである。

シャクナゲの次は、サクラソウに取り組むことにしていた(そこそこ見栄えがする準メジャーなグループだ)。というか、シャクナゲと並行して、既に整理を終え、一部送信を開始していた。写真の整理とテキスト作成を別個に行いPDFテキストを送り終えてから原版写真の送信にかかっていたシャクナゲと比べれば全体量がずっと少ない故、テキスト作成・送信と並行して原版写真の送信も行っていた。しかし、それも保留。

アジサイ(の生物学的な視点からの分類)については、誰よりも詳しく、的確な(たぶん多くの研究者が知らなかったり間違えていたりすることも含め)意見を述べることが出来る。

他にも、“麦菜(アキノノゲシ属)”についてや、屋久島がらみの(例えば、キイチゴ属、カエデ属、キッコウハグマ属など)幾つかの分類群については、自分の脚と目と頭で培ってきた、それなりの知識を持っていると自負している。

しかし、大多数の植物については、全く無知に等しい。知らない、分からない事だらけである。そこで本やネットで 調べるのだが、知りたい情報はなかなか見つからない。誰に聞けば良いのかもわからない

そこで、ブログの読者から、いろいろと教えて貰いたい、という想いを持った次第である。僕の方は情報を公開する。といっても、アジサイなどの例外を除けば、僕の知識は、かれこれ40年ぐらい前でストップしたままだ。1990年代に刊行されていた「週刊朝日百科植物の世界」、中国科学院からの「中国植物誌」、それに植物の形態学の(とんでもなく難しい)単行本。知識の供給源はそれぐらいしかない。

ことに「植物形態学」の本は常に手元に置いて持ち歩いていたのだけれど、この間、思うところがあって突然段ボール150箱の整理始めたら、どうやらその中に紛れ込んでしまったようである。下手に中途半端に整理を始めるから、いつもそうなってしまう。「中国植物誌」も概ね段ボールの中だし、よって、頼るべき参考書は、「週刊朝日百科」ぐらいしかないのである。そんなわけだから、情報公開といっても、僕自身の側に十分な知識がない故、正確に伝わるかどうか、不安である。

僕に於ける、初歩的な知識の欠如、といえば、例えば、今書こうとしているリンドウの花についても、そうかも知れない。

ということで、やっとリンドウの話。

「リンドウ」は「サクラソウ」とともに、中国の高山植物を代表する一群だ。科全体としても「準メジャー」な存在と位置付けて良いだろう。シャクナゲとサクラソウのモニカへの原版写真送信を一時保留して、何気なしにサクラソウの横のファイルに収納しているリンドウでもチェックしておくか、と思い、それを開いた。

すると、ファイル中に収納してある多数の地域別のフォルダの中から、(たまたま)一枚の写真がはみ出していた。それが最初に示した写真である。

この写真を見て、思わず首をひねってしまった。

いや、見る人(リンドウに詳しい人)によっては、別にどこもおかしくはなく、当たり前のことなんだろうけれど、リンドウの仲間に対する生物学的知識がほとんどない(唯一センブリ属のヘツカリンドウについては詳しい)僕としては、この写真には戸惑ってしまうのである。

とりあえず考えたことを、思い浮かんだ順に記す(結論らしきものは最後に)。

国道318号線に沿った康定(その西の新都橋)と雅江の間の標高約4500mの峠上で撮影した、小型のリンドウ属の種である。

白と青の小型(花冠直径約9mm)種。青花の種のほうは、雄蕊が花被にくっついているように見える。そして雌蕊が良く発達し、柱頭が2分している。一方、白花の種の方は、一見したところ雌蕊だけで、雄蕊が無いように見える。でもよくよく見ると、一見雌蕊に見える中央の部分は、雄蕊の(葯の)集合体であることが分かる。

ということは、雄蕊だけで雌蕊がない。雌雄異株ということも考えられるわけだ。

もとより白青の両者は明らかに別種だろうから、リンドウの仲間には、2つのパターンの(花の構造の)種がある、と考えた方が良いのかも知れない。

で、いろいろと(上記した手元にある)文献に当たってみた。雌雄異株のことも、種によって雄蕊や雌蕊の状況が大きく異なることも、書かれていない。少なくても「雌雄異株」ではない、と判断すべきだろう。おそらく、(開花の過程に於ける)もっと一般的な理由による「状況」の、たまたまその両極が2つの個体に示されている、と考えたほうがよさそうだ。

他の写真をチェックしてみた。しかし、(種の違いに関わらず)やはりそのほとんどが、ここに示した2パターン、すなわち、雌蕊が明瞭で雄蕊が花冠内側にくっつく、あるいは、雌蕊のない(少なくとも外側からは見えない)雄蕊の集合体、のどちらかに収斂する。

同じ種の同じ株の中で両方のパターンを備えている例はないだろうか、と探してみた。いくつか見つけた。

結論はこうである。やはり最初に見た(上掲の)写真は、リンドウ属の花の展開期に於ける典型的状況の個体が、たまたま2つの異なる種に示されて隣接して並んでいたのであって、それほど特殊な例ではないのであろう。

何枚もの写真をチェックしていくと、明らかに同じ種の同じ株に、それぞれの状況が示された個体(花)が共存していることが分かる。

ひとつは、雌蕊が中央に上伸突出(花頭が二分岐)、雄蕊は花冠内側にへばりついた状態の花(上写真右)。もうひとつは、中央には雌蕊は見当たらず、(おそらく雌蕊を包み込んだ)雄蕊が集合して一見雌蕊のように上伸突出し、その先端に、原則として花被裂片数(通常5片、しかし各裂片間に副片を伴うので見かけ上は10個の裂片、というよりも10枚の花弁のように見える)と同数の葯が集まった状態の花(上写真左)。

前者のほうが後者より時間的に後であることは、明らかである

ただ、だとしたら移行時の(中間的な)状態の花もあるはずだ。なぜか、それがなかなか見つからない。ほとんどが、上記どちらかのパターンである。

といって、全く見つからないというわけではなく、いくつかはあった。「雌蕊から外側に向けて少し離れかけた雄蕊」の状態の花である。ということは、「雄蕊の群れに包み込まれて隠れていた雌蕊」がその隙間から見えるはずだ。

ところがその姿がない。やはり雌雄異株なんだろうか?とチラリと思うが、でも子細にチェックし続けたところ、雄蕊が中央に集まっている時点では雌蕊は未発達で、柱頭はまだ上伸せずに基方に隠れていることが分かった。幾つかの(雄蕊が周囲に分離しかかった状態の)写真で、下の方に潜む雌蕊の姿も確認できたからである。

いずれにしても、どうやら、「雌蕊が未発達で雄蕊が中央に集まった状態」から「雌蕊が発達し雄蕊が分離して花冠の内壁にへばりつく状態」までは、極めて短い時間の間になされているようなのである。

それらを検証する写真の紹介は次回に。

なお、四川・雲南の高山性小型リンドウの大半の種は(僕の写した写真で見る限り)上記のパターンが示されているが、(例えば日本のリンドウなど)他のリンドウ属各種も同じように「雌蕊発達後の雄蕊が花冠の内壁にへばりついている」のだっけ? それについては、よく知らない。(たぶん僕が知らないだけだと思うので)誰かご存じの方がいらっしゃれば教えて下さい。

注:文献を改めてチェックしたところ、雄蕊が先に発達した後に、時間差を置いて雌蕊が発達する、リンドウのような パターンの花の展開様式を、「雄性先熟」というらしい。





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