しばらく前に、中国で見たゲンゲ(レンゲソウ)属の写真を、ほとんどコメント無しに羅列して、穴埋め的に紹介していったことがあります。その時、「湖北省恩施で見た白いゲンゲは、日本産ゲンゲとの関係に於いて興味深いのだけれど、残念なことに写真が行方不明で手元には僅かしかない、見つけ次第改めて紹介することにしましょう」と記しました。今回整理中に、その一連の写真が出てきたので、紹介していくことにします。ついでに、ゲンゲの話だけでなく、その日出会った蝶や花や出来事も併せて。(全27回を予定)
(第1回)
湖北省恩施といえば、将来書き著そうと予定している、短編5連作「少女の涙と純白のウエディングドレス/重慶1988年・西安1990年・昆明2003年・桂林2005年・恩施2009年」の一編として取り上げたいのだけれど、ここでは「宣昌~恩施、国道318号線と高速G50号線」「猫児坪の赤いバラ」「絶壁の下の白いレンゲソウ」の“自然観察三部作”の一つとして紹介していきます(残りの2項目はそのうちに)。
省西南部の中心都市(かなりの大都市)なのですが、日本人観光客にとっての知名度は余り高くない(というか全く知られていない?)のではないかと思われます。もっとも、日本人の好む歴史とかを基にした観光事情については、全く疎い(菅さんの奥さんの指摘に従えば“知らない”)ので、意外に有名な観光ポイントだったりするのかもしれません。
一言で言えば、中国の中心。別に確たる根拠に因るというわけではありません。漠然と、です。とは言っても、僕の中では、結構しっかりした根拠があります。東に上海(杭州)、西に成都、北に西安(その北東に北京)、南に桂林(その南東に香港)を設定すると、十字の交点になる地が恩施です。
恩施を中心とした東西のラインは、ほぼ次に示すラインとも相当します。長江流域、国道312号線、2009年皆の皆既日食ライン、屋久島と同緯度の北緯30°20′ライン。従って、その東の延長が屋久島、西の延長がチベットで、四川から北西に反れて甘粛、南西に反れて雲南、という、僕のフィールドとも重なっているわけです(恩施は、北緯30°13′~30°28′に位置する屋久島と完全に同緯度)。
十字の東西南北に相当する、杭州や成都、桂林や西安には、もう何10回も通っているのですけれど、湖北省にはこれまで足を踏み入れたことがありませんでした。2009年の初夏、武漢から直通バスで恩施に向かった今回が、始めての訪問です。武漢(武昌)のターミナルから10時間余、とのことだったのですが、全行程の2/3の宣昌には、4時間弱で着いてしまいました。と言うことは、あと2時間もすれば恩施に到着する計算です。けれどもその後が悲惨。建設中の高速道路を横目に見ながら、曲がりくねった悪路をさらに10時間近くかかって、夜も遅くになっての恩施到着、振動で飛び上がって頭をバスの天井にぶつけないように、前の座席の背もたれにしがみつき続けていなければならないので、もうへとへとです。しかし、その間には、かけがえなしに素晴らしいと思われる自然環境が連続して現れます。今となっては、高速で一気に行くことが出来るので、このときが最後の“苦行”行となったわけですが、高速道路では、途中で下車(はともかく上車)することは困難になってしまう、少し残念な気もします(2010年現在では、西の重慶から東の武漢までの高速道が開通しているので、ということは、上海~成都間の高速全線が開通したと言うことになります、、、、、のみならず、上海~成都間の新幹線鉄道建設も着々進行しているようですから、この1両年中には、上海から新幹線で一気に成都へ到達出来るようになるのでしょう)。
ちなみに、恩施に比較的近い有名観光地としては、北の重慶市東北部に「長江ダム」、南の湖南省西北部に「世界遺産武陵源」が知られていますが、余り興味はありません。僕にとっては、上記十字路という位置付けのほうに意義があるのです。
この一帯には、日本から隔離分布する幾つかの重要な動植物の分布が記録されています。その一例が、野生アジサイの2つの「準・日本固有種」ギンバイソウとタマアジサイです(具体的な紹介はまたの機会に)。その他にも、著名有用生物の祖先種と目される野生集団の分布の可能性が、幾つも考えられます。すぐ隣の利川市(今回のゲンゲ調査地のすこし先)は、世界で唯一のメタセコイアの自生地でもあります。地味ながら、魅力に溢れた地なのです。
ということで、恩施到着の翌日、あてずっぽうで、良さそうな環境のある場所に行ってみることにしました。市の北西に、地図に猫児梁2123m(広西桂林北方の猫児山2141mと名前も標高も良く似ている)と記されている山があります。麓の板橋というところまでバスがあったので、そこに行こうとしたのですが、間一髪乗り遅れてしまいました。次のバスは午後までありません。しかたなく、さらにあてずっぽうで、適当な場所に向かうことにしました。北東方向の、“太陽河”という村はどうでしょうか? 途中に良い環境があれば、そこで降りて探索、という目論みです。で、隣町の建始行きのバス(包車)に飛び乗ったのですけれど、昨日とは打って変わって、切り開かれた単調な環境ばかりが続きます。下車しあぐねているうちに、建始の町に着いてしまった。慌てて別の包車を探します。うかうかしていると一日を無駄にしてしまうので、こうなれば目的地はどこでも良い、乗った包車の行き先まかせ、というわけで、第一日目の探訪地は、“猫児梁”ならぬ“猫児坪”という小集落。その紀行は、いつか「猫児坪の赤いバラ」として紹介していく予定です。
翌5月4日、満を持して、午前9時発板橋行きのバスに乗ることにしました。ところが昨日とは運行ダイヤが違う!朝早くに出てしまった、というではないですか。あちこち別の場所を探しまわり、午前11発板橋行きにやっと上車。地図では近くに感じたのですが、終点の板橋までは結構遠いようです(後で分かったのですが、丸半日はかかる由)。近くに“恩施大渓谷”とかいう名のリゾート?スポットがあったりするのですが、どんなところなのでしょうか?
長江本流の三峡の南に並行して東西に流れる、長江支流の清江河の最上流部を、利川方向に向かって少し進んでから、川を離れて山に登っていきます。登りきった台地上をしばらく進むと、さらに頭上に、断崖の山が押し迫ってきます(これも後で判明したのですが、どうやらバスは更にその上に登って、板橋に向かうようです)。早く撮影・調査を開始したいと気持ちは焦るし、見事なスケールの断崖絶壁の山の麓に足を踏み入れて見たい、という思いもあって、バスを乗り捨てることにしました。しばし探索をした後、次に来るバスに乗るなり、車をヒッチするなりして、板橋に向かえば良いわけです。歩いても大したことは無いでしょう(実はまだ遥か先だということが後で分かったのだけれど)。幸い、少し手前の集落に宿泊施設らしきところを見かけたので、とりあえず今日はそこに泊まっても良いのです。
そうそう、探索の目的は、上に書いたように、この地域の生物相は非常に興味深いので、何であれO.K.なのですが、一応ギフチョウということにしておきましょう。北の神衣架のオナガギフチョウ、東の武漢近郊のアカオビギフチョウ(シナギフチョウ)の、両産地の中間付近に位置していることから、どちらが棲息しているのか興味深いし、あわよくば、第5の種?を発見出来ないだろうか、という淡い期待もあります。時期的にはやや遅いのだけれど、カンアオイがあれば卵や幼虫を探すにはちょうど良い時期かも知れません。でも、ギフチョウやカンアオイが見つからなくっても(結論を言えば、結局見つけることが出来なかった)、意外なチョウや植物に出会えるかも知れません。本命の野生アジサイ類2種には季節が早すぎるとしても、どんなチョウや植物に出くわすか楽しみ、とにかく何でも撮影しておくことにしましょう。
↓写真①
板橋へ向かうバスの中から。山の斜面に樹々が茂り、気持ちのいい環境です。
↓写真②
台地の上に出ました。川の向こう断崖のあたりが、リゾート地?の大渓谷なのでしょうか。
↓写真③
小さな集落を過ぎると、行く手にも大絶壁の山が。
↓写真④
ここで降りることにしました。手前の集落に宿があるかどうかを聞いて見たら、あるという答え、ならば安心して探索を進められます。
↓写真⑤
絶壁の麓に、まずはジャケツイバラの花を写しに行くことにしましょう。
↓写真⑥
スケールが大きすぎて、広角レンズでも3枚に分けて撮影せねばなりません。
↓写真⑦
畑の中も岩だらけ。これでは、耕すのにも、さぞかし大変な苦労を強いられることでしょう。
↓写真⑧~⑪
その石や岩も、こんな変てこなものばかり、自然のアートと申しましょうか。
↓写真⑫
渓谷を挟んだ向かいの山もカッコいい、マッターホルンみたいです。標高は2000m余ぐらいかな?これが猫児梁?(たぶんもっと奥)