日本語とは何か。文法とは何か。文章論とは何か。文法文章論をどうとらえるか。日本語文法と日本語文章論とを合わせるのは何か。その概説をおこなう。まず日本語について、にほんご、にっぽんご、いずれを読みとすするか。日本語はそのままに、漢字表記が日本語である。それを呼称して、にほんご にっぽんご と読み慣わしてきたのは、近代以降である。もとより読み仮名をもって音韻である音節発音を、にほんご としても、それは、にっぽんご とも、漢字表記を当てて理解する。その逆の、にっぽんご としても、それはにほんご とも、漢字表記して日本語ととらえている。日本語の呼称が近代以前では、どうであったか。その証拠となるものは、漢字表記であったとして、確たる証とすべきはない。日本という国号において合わせるならば、それには、やまと を当てて訓読みをしていたと思われるから、それをもって、読み仮名を見るわけではないので、大和語として、日本語を、やまとことば と呼んでいたか、それも定かではない。近代になる幕末の外国との交渉過程で、NIPPONでありながら、ヤマトとは言わなかったようである。 . . . 本文を読む
トランプ大統領の発言は日々、選挙前のスピーチと同様に変わらぬ勢いである。選挙運動さながらに就任後もツイッターをはじめ、短くえぐり出すことばの切りこみでトランプ節と解説する記事も現れた。タイトルには、解剖トランプ流 挑発口調、意外な共感 平易な言葉/感情的な表現多用 中低所得層の支持つかむ と見える。挑発と共感、平易と感情的と、そのターゲットを中間層の支持と見ている。同紙の記事によると、こんな具合である。その節回しに、批判する表現に、total disaster、完全な大失敗、対象が人の場合にも、lightweight、軽量級、女優のメリル・ストリープ氏には、overrated、過剰評価された人と、見よう、聞きようによっては、耳目に値する、その対象と内容はさておき、である。大学の政治心理学の研究者は、文法力、語彙力を小学1年生から7年生に据える分析をしている。これからの動向がその言動とともに、人々に伝播し始める。 . . . 本文を読む