那珂川方面の坂(2)です。(写真は大坂)
御杉山坂
復元された杉山門のある二の丸から、那珂川方面へ降りる坂道です。水戸二中グランドあたりに水戸徳川家の霊廟があり、杉の木が多くあったので、「御」「杉」山坂となったそうです。その杉は徳川光圀の時代に熊野杉を取りよせたのものだそうです。
伝燈坂
弘道館公園あたりから水府橋へおりてゆく坂です。北三の丸に伝燈山和光院(現在田島町)があった(その後監獄になったそうです)ことに由来しているそうです。曲がり方がえびに似ているため、海老坂ともいわれているそうです。
大坂
水戸二高北隅の信号から根本町へ降りる坂道です。昭和41年に改称された梅香の大坂町の語源になった坂だそうです。
富士坂
五軒小学校の東側の那珂川方面へ降りる坂道で、坂の上に富士権現社があったことに由来するそうです。滝坂ともいったそうで、かつて湧き水があったようです。
大乗院坂
茨城大学裏の笠原神社脇の那珂川方面に降りて行く道です。笠原神社は昔、大乗院という修験者の寺だったそうで、それに由来する名だそうです。
御杉山坂
復元された杉山門のある二の丸から、那珂川方面へ降りる坂道です。水戸二中グランドあたりに水戸徳川家の霊廟があり、杉の木が多くあったので、「御」「杉」山坂となったそうです。その杉は徳川光圀の時代に熊野杉を取りよせたのものだそうです。
伝燈坂
弘道館公園あたりから水府橋へおりてゆく坂です。北三の丸に伝燈山和光院(現在田島町)があった(その後監獄になったそうです)ことに由来しているそうです。曲がり方がえびに似ているため、海老坂ともいわれているそうです。
大坂
水戸二高北隅の信号から根本町へ降りる坂道です。昭和41年に改称された梅香の大坂町の語源になった坂だそうです。
富士坂
五軒小学校の東側の那珂川方面へ降りる坂道で、坂の上に富士権現社があったことに由来するそうです。滝坂ともいったそうで、かつて湧き水があったようです。
大乗院坂
茨城大学裏の笠原神社脇の那珂川方面に降りて行く道です。笠原神社は昔、大乗院という修験者の寺だったそうで、それに由来する名だそうです。
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